家に帰りたい狩りゲー転移

roos

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2章

(13)里長

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 湧き立つ民衆の声が敗戦の空気を塗り替える。

「ロッシュ様!」
「やはり来てくださった!」

 住民たちが声を上げて喜ぶ中、ロッシュと呼ばれた長身の男は次々に浅黄マントたちを制圧していく。滑らかな回し蹴りが一気に五人を吹き飛ばしたかと思えば、長い腕で高速パンチを繰り出し、的確に急所を狙って意識を刈り取る。

 武闘派な戦い方だが、ロッシュの外見は勇壮さと全くかけ離れたものだった。

 黒い着物にインパネスを羽織った、牧師のような服。グレーの髪は丁寧に撫でつけられており、顔立ちもなよなよして気弱そうだ。戦闘に参加するよりも、厳かな書斎で羽ペンを持っている方が似合っている。

 しかしロッシュの胸には、里長の証である金色のバッジが炎を受けて輝いていた。

「あれが里長……」

 俺は燃え盛る里の景色も忘れてロッシュの戦いぶりに魅入っていた。全く身体捌きに無駄がない。実力はエトロやアンリを越えるだろう。

 浅黄マントたちを粗方倒し終わった後、ロッシュは手の埃を払いながら民衆の方へと振り返った。

「皆さん。落ち着いて、よく聞いてください。我々は今、停戦条約を結んでいたスキュリアの里から襲撃を受けています。エラムラの狩人たちの指示に従って広場へ避難してください」

 スキュリアの里。
 それがエラムラの隣里であり、ベアルドルフが潜伏していたと思われる敵組織の名。

 名が明かされるだけで、倒すべき敵の輪郭が明瞭になるのが不思議だ。

「ここから先は僕が皆さんを誘導します。慌てずについてきてください。僕の近くにいる限りは絶対にお守りします」

 ロッシュは演説の最後に、広場の民衆へ向けて慈悲深く微笑んだ。それを見ただけで、不安で泣き崩れていた人々に安堵の表情が生まれ、怒りに震えていた人々も希望を抱いたように背筋を伸ばした。

 誰一人としてロッシュを責めるものがいない。むしろヒーローが現れたかのように、民衆はロッシュの演説に一心に耳を傾けているようだった。

「ここから先は我々にお任せください。貴方がたの憎しみや恨みは、すべてエラムラの狩人が代行しましょう」

 リィン、とどこからともなく、ラビルナ貝高原よりもはっきりとした鈴の合唱が起きる。

 刹那、広場の付近で争っていた浅黄マントの狩人たちが、いきなり耳や目から血を吹き出して絶命した。
 バタバタと人が倒れる音が過剰に響き渡り、一瞬だけ炎の弾ける音や戦いの気配が遠のく。

 人の死体。
 初めて人が殺される瞬間を見た。
 骸の顔は歪んでいるが、苦しみから解放されたように中途半端に弛緩しているようにも見える。

 鉄分を多く含んだ血の香りが、蒸し暑い風と共に俺の髪を揺らした。

「……は?」
「「「わああああああ!」」」

 俺の間の抜けた声が群衆の喝采でかき消され、目の前で起きた凄惨な殺人の嫌悪感までも塗りつぶされていく。

 今のはロッシュの菌糸能力か。鈴の音色が発動条件だったのだろう。だが広範囲かつ、特定の人間にしか影響を及ぼさない能力なんて聞いたことがない。

 ロッシュの強さに、恐ろしさや頼もしさを抱けない。

 ただ不安になった。
 教会や寺院にうっかり迷い込んで、異国の説法を意味も分からず聞いているような感覚だ。大勢が心から信じて救われている光景を前にして、なぜ救われているのか俺には理解できない。

 しかし、その場から離脱するだけでこの空気を壊してしまいそうで、俺は縫い留められたように一歩も動けなかった。

 ロッシュの声が広場を警護する狩人たちへと向けられる。

「さあ、反撃の時です」
「「「おおおおおおお!」」」

 惨劇を前にした人間と思えぬ、力強く頼りがいのある鬨の声が広場中を奮い立たせた。事態の好転を予感させるが、やはり俺にはついていけない。横を駆け抜けていく狩人たちを呆然と見守ることしかできなかった。

 その時、俺の傍を通りがかった狩人の懐から鈴の音がした。よく見てみると、エラムラの狩人全員が外套や鎧の端に木製の鈴をぶら下げている。

 鈴の音色は走る動作と大きくズレたテンポで鳴っており、短くなったり長くなったりと、モールス信号を発しているようだった。あれがきっと、ロッシュの指示を伝達しているのだろう。

 エラムラの狩人たちは今までの劣勢が嘘のようにスキュリアの狩人たちを殲滅していった。ドラゴンを狩るための武器が躊躇いなく人間に振るわれ、破壊的な力で打ち倒していく。

 取り繕う必要もない、単純な戦争だ。

 FPSやアクションゲームで疑似的に人間同士の争いを知っていたが、いかに自分が平凡に生きていられたのかを見せつけられる。

 人の命一つ一つに一喜一憂する暇がない。
 個人の感情や躊躇いといったものが、群れの勢いですべて押し流されていく。

 狩人たちが敵を殺した時、すでに彼らの意識は次の獲物に向いていた。

 仲間が負傷すれば助けはするが、安全な場所に置いたらすぐに戦いに戻る。

 負傷者もまた、自分や仲間の応急処置が終わればまた戦火へ突っ込んでいく。

 ここで戦わなければエラムラの里が滅びてしまう。だから狩人たちは果敢に立ち向かっているのだ。なのに俺は、武器を人間に向けるのがとても恐ろしく、その場から一歩も動けなかった。

 里を守るために武器を取るのは立派だ。里の人間から感謝されるだろうし、仲間を助けられた自分を誇らしく思えるだろう。殺さずに敵を無力化できるのなら、俺だって迷いなくこの戦いに身を投じられたかもしれない。

 結局俺は、人を殺したくないのだ。
 一度人を殺せば、俺は日本に戻っても以前と同じ生活を送れない。人を殺した負い目を一生抱えて生きていくなんて俺には無理だ。

 俺はどう頑張ったって人を殺せないのだ。

「そこの黒髪の方」
「え、は、はい」

 放心から立ち直ると、先ほど民衆の前で演説をしていた男が目の前にいた。そのとき俺はロッシュに自分の臆病さを咎められそうな気がして、冷や汗を垂らしながら目を泳がせた。

「えっと……」
「ああ失礼。驚かせてしまったようですね」

 ロッシュは片目を隠すモノクルの位置を調整し、右手を胸に添えながらお辞儀した。

「初めまして。エラムラの里長ロッシュと申します」
「その……リョーホです」

 たどたどしく自己紹介をしながら頭を下げる。
 よく見ると、ロッシュの中指には黒い紐が括りつけられており、その先に鈴がぶら下がっていた。先ほどスキュリアの狩人たちを殺したのはこの鈴だろうか。

 俺の視線の意味を察したロッシュは、見せびらかすようにその鈴を持ち上げた。

「気になりますか? 僕の能力は『響音』。自分の意識下に置いた人間を音で狂わせるんですよ。この鈴はただの共振媒体です」

 ロッシュは聞き心地の良い声で説明しながら、徐に右手を俺の前に差し出した。

「え?」

 困惑しながら左手を出してみると、狩人たちが持っていたものと同じ木製の鈴が俺の掌に乗せられた。

「持っていてください。それがあれば、貴方の居場所をこちらから把握できますから」
「うぉ……」
「なんですか。汚物を渡されたような反応をしないでください」
「ご、ごめんなさい」

 ロッシュは笑顔のまま不機嫌そうに言うが、仕方がないだろう。渡された鈴は、見方を変えれば人殺しの凶器と変わりなく、下手をすれば俺も『響音』で殺されかねないのだから。できることなら投げ捨ててしまいたいが、人の好意を無下にするほど切羽詰まってはいない。

 俺がしぶしぶ懐に鈴を収めると、ロッシュは一つ頷いて口を開いた。

「シャルをお探しなのでは? その腕では戦えないでしょうし、良ければ薄明の塔まで護衛を付けますよ」
「……え!? いや、ありがたいですけど、なんで知ってるんです?」

 シャルを探していることはともかく、薄明の塔を目指しているとは誰にも言っていない。まさか精神に干渉する能力でもあるのか。
 途端に目を鋭くする俺を見て、ロッシュは首を横に振ってから人差し指で耳をトントンと叩いた。

「僕はとても耳がいいので、その鈴を経由して里の中で何が起きているか、大体は聞き取れるのですよ」
「それなら、なんで敵の奇襲を止められなかったんですか?」

 言った後に失言だったと気づいて、俺は慌てて口をつぐんだ。幸い不敬は買わなかったようで、ロッシュは肩をすくめながら世間話のように答えた。

「どうやら、敵に僕の能力の弱点が知れているみたいでして。いやはや、里を担う者にあるまじき失態を見せてしまいました。お恥ずかしい限りです」
「それって……ダウバリフがスキュリアに情報を流したって事か?」

 俺の問いにロッシュは沈黙を返した。沈黙は肯定、と良く言うが、この場合は遠回しな否定に感じられた。部外者に詳しい説明をしたくないが故の行動だろう。あまり口外できない事態、かつ、ダウバリフが情報源ではないのだとしたら、もう一人の裏切り者はロッシュに近しい人だ。

 この人も仲間に裏切られたんだな。

 そんな女々しい発想が生まれて、俺は慌てて思考を外に追い出した。今は裏切り者を探すのではなく、シャルを探しに行かなければ。

「あの、さっきの話なんですが……俺に護衛を付けてもらえませんか。俺一人ではシャルを助けられないんです。本当に失礼な話なんですけど、お願いします!」

 まとまりのない言葉を吐きながら俺は深く頭を下げる。今まさにエラムラを襲撃しているベアルドルフの娘なんて、ロッシュにとっては邪魔な存在でしかない。しかも緊迫した場面で余所者に戦力を預けるなんて──たとえ先にロッシュが言い出したことでも──できればやりたくないだろう。

 頭を下げ続ける俺の肩に、ぽん、と優しく手が乗せられる。

「レブナ。この人についていきなさい」
「あいあいさー!」
「うお!?」

 気配もなく後ろから返事が聞こえて飛びのくと、白く小さな花冠を乗せた銀髪の少女が立っていた。年齢はアメリアと同じ中学生ぐらいで、彼女の細い腰には三つに折りたたまれた大鎌がぶら下がっていた。意外にも、少女の衣服はエラムラの特有の着物ではなく、バルド村に類似した軍服風の装いだ。

 ロッシュは俺に目くばせをした後、レブナという少女に向けて簡潔に指示を出した。

「薄明の塔で敵の拠点を見つけ、シャルを救出してください。拠点を見つけたら報告を。その後はリョーホさんにお任せします」
「え、え?」
「了解なのですロッシュ様! いざぁ!」

 なんの説明もなしにレブナはいきなり俺の脇腹に腕をくぐらせると、肩に担いで爆風を生み出しながら走り出した。

「ちょおおおおお!?」

 遠のいていくロッシュと地面に手を伸ばしながら、俺は情けなく叫ぶしかなかった。
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