家に帰りたい狩りゲー転移

roos

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4章

(9)手探り

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「リデルゴア暦三百七十五年。祈稲の月の十五日」

 ドミラスはラボの椅子で胡坐をかきながら、記憶に刻みつけるように日付を口にした。

「要するに……俺はヤツカバネ討伐で頭を吹き飛ばされて三日間眠り続け、目が覚めたら二十一年分の記憶が吹っ飛んでいたと」
「記憶喪失と思えない理解力には脱帽するよ。全く」

 二十一年分、ということは、今のドミラスは十五歳のころまでの記憶しかないらしい。確かに言動は少し幼いような気がしなくもないが、よく観察しなければ差異が感じられないぐらいには普通だ。こうして説明をさせた後でも、まだ悪い冗談を聞かされているんじゃないかと疑いたくなる。
 
「記憶がないのは不便だが、幸い未来の俺は日記をつけていたようだから後で読めば問題ないだろう。何せ俺だしな、こんなこともあろうかと手を打ってるはずだ。でなければこんな凡ミスをすると思えん」
「あれを凡ミスって言うのかよ」

 ヤツカバネの逆鱗の咆哮から全ての狩人を守るために、自分を犠牲にした献身を凡ミスと呼ぶには不相応である。しかし俺の指摘も虚しく、ドミラスは何故か胸を張って断言した。

「当然だ。自分より他人を優先するなんて俺らしくない。それでも全員を守ったのなら、記憶を失うリスクを負ってもどうにかなる手があるのだ」

 記憶を失うこと自体が想定外、と思わないのがドミラスらしい。記憶を失っても昔から自信満々の性格だったようだ。

 呆れたように言葉を失うエトロとアンリを横目に見つつ、俺はおずおずとドミラスへ聞いてみた。

「その、今のドクターって十五歳なんだよな。その時に、俺と会ったことあるのか?」

 ドミラスはじっと俺を見つめた後、背もたれに寄りかかりながら天井へ目を向けた。

「おそらく別人だ。俺が知っている浦敷はそこまで若くなかったし、今のお前は間抜けそうだ」
「間抜け!?」
「確かに、リョーホは博士ってタイプの人間ではないな」
「悪口に乗っかるな!」

 しれっと便乗するエトロに吠えると、ドミラスは顎に手を当てるようにして肘をついた。

「ふむ。見れば見るほど浦敷博士と似ても似つかない。となると、浦敷博士にそっくりなお前が何者なのかが問題だな」

 あげく、遠回しに俺が浦敷博士の偽物だと言われてしまった。実際に偽物に違いないのだが、エトロたちの前でクローンやら記憶やらの話をするのは憚られる。

 できれば変なことを口走らないでくれよ、と願う俺をよそに、エトロたちは容赦なく質問を始めた。

「そもそも、浦敷博士とは何者だ? 今まで聞いたこともないぞ?」
「俺も」
「そ、そうか、エトロたちには言ってなかったもんな!」

 俺はドミラスが口を開くより先に、今思い出したと言わんばかりに声を上げた。それから話が散らばらないように、話していい結論を一つだけ捻り出す。

「浦敷博士は……俺と同じ記憶を持つ、機械仕掛けの世界の人だ」
「機械仕掛けの? なぜその男とお前の記憶が同じなんだ」
「話せば長くなるんだけど」

 俺は最初にそう断りを入れて、ベートから手に入れたばかりの情報をかいつまんで説明した。だが、俺がNoDであることや、死んだときの記憶を思い出したことは全て割愛した。ただでさえドミラスが記憶喪失な時に、傍に居た人が人間じゃなかったなんて事実は混乱を呼ぶだけだ。

「……ということは、お前はベートから浦敷博士の記憶を流し込まれた被害者で、そうするように仕向けたのは浦敷博士だったと。つまり、浦敷博士はトトと同じ敵というわけだな」
「まぁ、大体そんな感じだ」

 どうやらうまく納得してもらえたようだ。これで俺がNoDであるとバレる危険性も低くなるはずである。

「浦敷博士がリョーホと瓜二つなのは気になるけど、それよりも、なぜドミラスが機械仕掛けの世界にいる男の顔を知っているんだい?」

 と、アンリが至極当然の質問をすると、ドミラスは言いにくそうに間延びした声を上げた。

「あー……一応聞くが、お前たちは俺から博士について何も聞いていないんだな?」

 三人で顔を見合わせ、代表として俺が口を開く。
 
「今ので初耳だな」
「なら答えられない」
「なんだよそれ!」

 思わせぶりな態度に眉を吊り上げると、アンリが冷静に分析を始めた。
 
「でもドミラスが会ったことあるって言うならさ、浦敷博士は今も生きてるってことだよね? 四百年以上も前に予言書を作って、菌糸融合実験を行った人なのに?」
「さっきも説明した通り、機械仕掛けの世界は精神だけの世界だから寿命とかない、はずだ。だから生きててもおかしくはないよ」

 俺がアンリの疑問に答えると、なぜかドミラスがものすごく嫌そうな顔をしていた。その反応でアンリは肩をすくめる。

「正解っぽいね。しかもさっきの言動からして、ドミラスって浦敷博士とそれなりに仲が良いんだろ? どっかに機械仕掛けの世界との連絡手段とか隠してるんじゃないか?」
「そんなものはない」
「嘘つけ! 連絡手段がなきゃ面識だってないはずだろ!」

 白々しい回答に思わず大声を出すと、ドミラスはますます嫌そうな顔になって、腕を組んだまま回転椅子ごと背を向けた。

「なんでお前までそっち側に回るんだ、全く」

 ドミラスは深くため息を吐くと、諦めたように口を開こうとした。
 
「浦敷博士は――」
「ドミラス」

 咎めるような声が部屋の外から飛び込んできて、俺たちは一斉にそちらを振り返った。いつのまに来ていたのか、レオハニーが開けっぱなしのドアの向こうで、廊下の壁に寄りかかりながらドミラスを睨みつけていた。ドミラスはまた回転椅子をくるりと回して、威嚇する犬のように歯を剥き出しにして笑った。

「レオハニーじゃないか。二十年経っても変わらないのはお前だけだな」
「君、何で記憶を失っているんだ。自分がしでかしたこと分かってる?」
「ほう? 分からんな。むしろ今の俺に言うのは酷だと思わんのか?」

 議題すら分からない会話に、俺たちは頭上に疑問符を浮かべるしかない。少なくとも二人の間でなんらかの協定が交わされていたのだけは分かる。

 レオハニーは人を殺せそうな眼力でドミラスを凝視した後、諦めたように大きく息を吐いた。

「……そうか。君はその道を選んだのか」
「師匠、あの!」

 エトロが思わずといった風に椅子から立ち上がるが、レオハニーは一瞥すら寄越さずその場から立ち去った。
 
「行ってしまった……」

 誰も口にはしないが、レオハニーは弟子に対して些か冷たすぎるような気がする。突き放されても師匠を慕っているエトロが、なんだが不憫に思えてきた。
 
 ドミラスは肩を落としているエトロを一瞥した後、カラカラと椅子を回して、また俺たちに背を向けた。

「博士に関しての詳しい話は、レオハニーがいない時にしよう。今説明すると俺の首が今度こそ飛びそうだ」
「レオハニーさんは流石に殺さないんじゃないかな」
「多少丸くなってもレオハニーは最強の狩人に違いない。人類の中で最強なら、最も大勢の人を殺せる人間だと忘れるな」
「そんなこと……」

 俺は否定しようとしたができなかった。狩人はドラゴンだけでなく人間も殺す仕事を請け負うことがある。実際に俺はトトと殺し合いをしたばかりだし、ゼンが以前所属していた暗殺部隊は、文字通り邪魔な人間を殺すための組織なのだ。里同士の争いが当たり前のこの世界で、最強の狩人であるレオハニーがどんな仕事を請け負っているのかは、想像に難くない。すべてがそうとは言わないが、レオハニーだって後ろ暗い仕事を受けたことがあるはずだ。

 例えば、ノクタヴィスの惨劇のような。

 ぞっとする想像が頭をよぎり、俺は慌てて首を振った。いくらレオハニーの事を信用できないからと言って、ベートたちの実験を証拠隠滅するためにノクタヴィスに派遣されたなどと、突拍子のない発想が出てくるなんて。

 眉間を揉みながら不穏な想像を脇に押しやっていると、ふとドミラスが口を開いた。

「浦敷。お前はこの世界の事をどう思う?」
「なんだよ突然」

 顔を上げると、猛禽類の目がじっと俺を見つめ返してきた。なんとなく本心を言わなければならないような気がして、俺はしどろもどろになりながら口を動かした。

「えっと、最初は生きていけるか不安だったけど、今は狩人生活も悪くないって思ってる。あー、もちろん、故郷には帰りたいけど、二度とここに戻れないってなったら……躊躇うよ」
「そうか」

 満足そうに笑う表情は、俺にエトロと仲良くしろと言った時にそっくりだ。二十年の歳月が経っても、ドミラスの本質は変わっていない。

 だからきっと、ドミラスが浦敷博士のことを黙っていた理由があるはずだ。

 俺は少しだけ身を乗り出しながら、久しぶりに浮き足だった気分で問いかけた。

「なぁ、博士にもさっきと同じ質問をしたんだろ。あっちはなんて答えたんだ?」
「自分で聞いて確かめてみろ」
「それって……」

 ドミラスは俺が答えるより早く、口の前に人差し指を立てて苦笑した。
 
「またレオハニーに雷を落とされたら堪らん。今日はもういいだろ。早く行け」
「えー」

 アンリが不満そうな声を上げるが、ドミラスはしっしっと猫を追い払うように手を動かした。無理に居座っても糸で追い出されるのが目に見えているので、俺たちは渋々部屋の外に出た。

 それから、部屋を出る前に一瞬だけ振り返ってみると、ドミラスはじっと何かを考え込んでいる様子だった。

 レオハニーは機械仕掛けの世界を断つために、俺に協力を要請してきている。では、俺のコピー元である浦敷博士と面識があるドミラスは、なにを目的としているのだろう。ベートを捕縛してまで、俺に何をさせたかったのか。

 俺は首筋の『雷光』の菌糸模様に触れながら、現代的な廊下を真っ直ぐと歩き出した。
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