家に帰りたい狩りゲー転移

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4章

(36)キメラ

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 オラガイアを一瞬で真夜中にしてしまうほどの真っ黒な亜空間を見て、俺は顎が落ちそうなほど驚愕した。

「な、なんだありゃ!?」
「ベアルドルフだ。あれだけ全力を出す相手ならば、おそらくトトと交戦している」
「マジかよ」

 会話をしている間にも、雷神が唸るような激しい爆音が立て続けに巻き起こり、衝撃で押し出された風圧がトルメンダルクの防壁を乱す。あの暴風の真下にいるロッシュたちは大丈夫なのだろうか。動き回るトルメンダルクのせいで視界が定まらず、亜空間で光を遮られているせいでオラガイアの状況が分からない。

 すると、俺の肩にドミラスの手が乗せられた。

「浦敷、お前はトルメンダルクに集中しろ。ベアルドルフなら大丈夫だ」
「……あいつの心配なんかしてねーよ」

 俺はシャルの方を一瞥しながら吐き捨てた後、まだ足に絡まっていたドミラスの糸を解き背を向けた。

「俺は大丈夫だから、ドミラスも残りの角を頼む」
「そうしたいのは山々だが──」
 
 ドミラスが何かを言いかけた瞬間、トルメンダルクの尾の方角からビルのガラスを全て割ったような音がまき散らされた。驚いて二人で振り返れば、グレンの緋色の光が東京タワーのようにそそり立ち、真下からトルメンダルクの腹を貫いているのが見えた。

「討滅者サマサマだなぁ」
「ああ。俺たちの出る幕はない」

 と、言った傍から再びトルメンダルクの腹で硬質な粉砕音が轟き、俺たちの足元からびりびりと震えが伝わる。シャルも見たこともない強敵を前に大興奮しているようだ。あと数分で腹角は全て彼女の手で全滅させられるだろう。

 そこでふと、いつの間にか俺の最大の障害だった強風が、会話ができる程度に弱まっていることに気づいた。浮遊器官を破壊されたからというのもあるだろうが、ドミラスが張ったままの糸がトルメンダルクの強風まで防いでいるようだ。

 これはもしかすると、もしかするかもしれない。俺は半ば期待しながらドミラスへ口を開いた。

「ドクター。アンタの糸ってどんぐらい伸ばせるんだ? 一気に頭の方まで行きたい」
「この身体で試したことはないが、頭部までなら送ってやれる」
「なら頼む」

 ドミラスは強風を防ぐために伸ばしていた糸を切り、新たな糸で俺と自身の身体を鱗に固定した。遅れて、立っているのもやっとな強風が吹きつけてうっかり倒れそうになる。俺は足腰に力を入れてバランスを整えると、前髪を押さえながらトルメンダルクの上半身側を睨みつけた。

 日光を反射するほど真っ新な白と、青磁色の鱗が入り乱れるトルメンダルクの肉体。そして紫色の瞳からは苦悶に歪む無数の人間の魂が垣間見える。幸い、このトルメンダルクはNoDのような高速再生能力はないようだが、決着は早いに越したことはない。囚われた人々の魂を開放するためにも。

「準備できた。行くぞ!」

 ドミラスが鋭く言い放つと同時に、無数の糸がぐるぐると回りながら筒を形成し、人一人が通れる程度のトンネルを作り上げた。金網フェンスのようにより合わさった糸は一見すると隙間だらけだが、先ほどの蜘蛛の巣状の壁でも完全に強風を防いだ実績があるので問題ない。この中であれば風の妨害を受けず、微風の道を通るより簡単に頭部まで到達できるはずだ。

 俺はハンドサインでドミラスに礼を言いながら、躊躇いなくトンネルの中へ飛び込んだ。トンネルの土台はドミラスの糸で固定されているため、トルメンダルクが暴れて曲がりくねろうが、伸縮することで直線を保ち続けている。『雷光』の加速があれば、頭部までおよそ一キロ以上の道のりも数秒で駆け抜けられる。

 だが、トンネルの中間に差し掛かったところで、進行方向からトルメンダルクの放った強風が穴の中へ流れ込んできた。周囲を密閉されたトンネル内では風は分散せず、むしろ威力を上げて俺へと迫り来る。

「やっぱ見逃しちゃくれないよな!」

  向かい風が直撃するより早く、俺は太刀で前方を切り裂く。しかし風の勢いは想像以上で、俺は透明人間とつばぜり合いをしているような体勢のまま完全に勢いを削がれてしまった。風は俺を押しのけながら少量ずつ横をすり抜けていくが、後から二段目の強風が突撃してくるのが紫色の瞳で視認できる。このままではトンネルからはじき出されスタート地点に逆戻りだ。

 ならば自爆覚悟で『紅炎』で燃やし尽くすか、と掌に力を込めた瞬間、俺の頭上ぎりぎりを褐色肌の腕が掠め、紫色の閃光を放ちながら強風をまとめて逆流させた。

「うおっ!?」

 驚きながら見上げれば、お団子が少しほどけた桃色の髪が視界を掠めた。かと思いきや襟首をがっちりつかまれ『重力操作』であっという間にトンネルの外へ連れていかれる。

「おおおおお!?」

 シャルのアシストで二度目の砲弾役を果たした俺は、そのままスポン! とトンネルから飛び出した。眼下にはトルメンダルクの細長い首と、山羊のような無骨な角を生やした頭部があった。頭のサイズだけでもバルド村と並ぶほど遠大で、見ているだけで距離感が狂ってくる。

「シャル! このまま頭まで行くぞ!」

 後方に声を掛ければ、シャルはコアラのようにがしっと俺に手足を絡みつけ『重力操作』で急加速した。雷光と違い、軌道上のものを全て支配下に置く『重力操作』はほとんど風の抵抗がない。しかも遠い場所から接近するほど威力が増すため、ここまで接近を許してしまったトルメンダルクにはもはや止める手だけがない。

『グゥゥゥルァァァァアアアアアア──ッ!』

 細い首から放たれているとは思えぬ激しい怒号が、途中で耳鳴りに切り替わり米神を苛む。まるで万力で頭部を絞られるような痛みに堪えながら、俺は『雷光』で鼓膜と平衡感覚を再生させ、太刀を大剣へと作り替えながら霞の構えを取った。

「うおおおおおおおおおおお!」

 頭部の角と角の境目、隆起した鱗の継ぎ目を全身全霊で貫く。シャルの『重力操作』が加わった大剣は柄まで深々と突き刺さり、頭蓋を砕かれたトルメンダルクは大きくのけ反った。

 まだだ。あと一発『紅炎』で内部に火を流し込めば──。

「ってぇ!?」

 後頭部にシャルの手が叩きつけられ、俺はそのままトルメンダルクの頭にべしゃりと倒れ込んだ。その直後、俺とシャルの上を扇状の切り風が駆け抜け、トルメンダルクの角を鋭角に抉っていった。

 自らを傷つけるような軌道で、しかも浮遊器官もない頭部からどうやって菌糸能力を発動したのだ。ありえない現象に驚きながら俺は身を起こし、ふと顔を向けた先のものを見て絶句した。

 トルメンダルクの額部分に真っ白な女性の裸体があった。下半身は完全にトルメンダルクに飲み込まれて見えず、露出した上半身はびっしりと鱗に包まれている。そして腹を捩じるようにして俺たちの方を振り返る彼女の顔は、ハウラによく似た美しい顔立ちで、目じりにはエラムラの人々が好んでする化粧にそっくりな赤い隈取が滲んでいた。
 
「ニヴィ、なのか」

 驚愕して動けないシャルを抱き起こしながら、俺は無意識に声を発した。ニヴィらしき女性はワカメのようにぼさぼさになった白髪の隙間から俺を睨むと、長い爪で己の顔を掻きむしり、大口を開けて暴れ出した。

「ア゛ぁぁアあアアアアアアア!」

 聞いているだけで心臓を鷲掴みにされるようなおどろおどろしい絶叫だった。それに呼応するようにトルメンダルクが大きく頭を持ち上げ、ジェットコースターのように一回転しながら己の尾を追いかける。上下逆さまになりながらも、遠心力で押し付けられるせいで身動きができない。真下で燦燦と輝く太陽に吐き気を覚えながら、俺は慣性に押しつぶされないよう全身を強張らせた。

 どぉん、とどこか遠くに感じる爆音が、太陽と入れ替わるように俺の目の前で火炎を散らす。グレンの手甲剣に練り込まれた雷属性の菌糸が、トルメンダルク本体に攻撃を叩き込んだらしい。ぐるぐると回るトルメンダルクの頭部に、ハラハラと砕け散った青磁色の破片が雪のように降り注いだ。

「ア゛ァァ……グゥゥゥゥ……」
 
 黒い血の涙を流しながら、ニヴィが悶え苦しんでいる。

 俺はニヴィのことを全く知らない。精々が、シャルの親友を目の前で殺し、俺を殺そうとし、エラムラを滅ぼそうとした最悪の敵という印象だけだ。

 だとしても、この所業はあまりにも非人道的にすぎる。敵はいったいどこまで腐っているのか。現実世界を救おうとした浦敷博士の想いを踏みにじり、NoDを暴走するように設計したのみならず、人の形すら捨てさせるとは。

「……絶対に、ぶっ殺してやる」

 ずっと理不尽だと思っていた。菌糸能力を持って逞しく生きている人々がいるのに、NoDやら予言書やらがしゃしゃり出てきて、機械仕掛けの世界の陰謀に勝手に巻き込まれて。俺はただ普通に生きていたかった。エトロだって故郷が滅ぼされなければ家族に囲まれて笑っていたかもしれない。シャルもNoDがこの世界に関わらなければ親友と共にいられた。ベアルドルフもミカルラを殺してシャルから故郷を奪うようなことはしなかった。

 ふざけるな。どれだけ大勢の人の人生を台無しにすれば気が済むんだ。

 怒りを滾らせると、俺の腕に抱えられたシャルが肩を震わせた。それから俺の腕を掴んで必死に首を振り口を動かすが、俺は彼女の顔を見る余裕はなかった。

「……め……あ……めッ!」
「大丈夫だシャル。すぐに終わらせるから」

 いつのまにかトルメンダルクは回転するのをやめ、身体を逆さまにしながら雲海の中へとダイブを始めていた。完全に逆さまになった重力に抗いながら、俺は手元に太刀を生成し、痛みに項垂れるニヴィのうなじ目掛けてそれを振り下ろした。

「──ころ、し、ダメ!」

 雲海が俺の視界を白く飲み込むのとほぼ同時に、掌に骨を断ち切る感触が伝わった。瞬間、トルメンダルクの絶叫が足元から膨れ上がり、俺とシャルを音圧だけで吹き飛ばした。空中に投げ出された俺は即座にシャルを抱えて、トルメンダルクの背中に回り込もうと『雷光』で飛ぶ。

 その直後、トルメンダルクの全身から濁った緑色の風が吹き出し、巨大な竜巻が作り出された。トルメンダルクに近づいていた俺たちは落ち葉のように軽々と上空に持っていかれ、薄い酸素による強烈な頭痛と吐き気に襲われた。同時にトルメンダルクから離れたことにより、オラガイアの調整された気候の範囲外に追いやられてしまったのだと悟った。

 凍えるような寒さを『紅炎』で誤魔化しつつ、なんとかオラガイアまで降りようと『雷光』で足掻く。しかし空気が薄いこの高度では炎も燃えにくく、呼吸に必要な酸素まで燃やしてしまう。かといって炎を切らせば、凍傷で麻痺していく感覚が身体の末端から蝕んできた。

 せめてシャルだけでも。薄れゆく意識を繋ぎ留めながら、俺はオラガイアの方角へと目を向けた。

 すると図ったようなタイミングで、俺とシャルの数メートル横を灼熱の溶岩が通り過ぎ、濁った巨大竜巻のどてっ腹をぶち抜いた。高温と膨大な質量で気流を乱され、竜巻は炎を纏いながら風船のように萎んで消滅する。

 竜巻が消えたことで、先ほどよりも身体の自由が利くようになった。だが、酸欠の頭ではオラガイアまで飛ぶ力を絞り出すことすらできなかった。

 シャルを抱きかかえながら、俺は無防備に落下していく。シャルも急激な気圧変化に耐え切れなかったようで、蒼白のまま固く目を閉じて意識を失っていた。なんとかしなければと思うほどに、意識が水底に沈むように消えていく。

 くん、と服に何かが絡みついた気がした。それは凄まじい勢いで俺を引っ張り、途中で球技の延長のように放り投げる。寒さに震えながらも目を開けると、まるで俺を受け止めるように伸ばされた氷の橋が真っすぐとオラガイアの西区画へ続いていた。

 あの滑り台はどこかで見た気がする。たしかまだ異世界に来たばかりで、初めてソウゲンカと戦った時の。

 微睡んだ思考が終わらないうちに、背中に微かな衝撃と肌を刺すような冷たい感触が走る。無事に氷の橋に受け止められたらしい。そこでようやくオラガイアの空調圏内に入ったようで、膨らみ切っていた肺から自然と息が吐き出され、反射的に新鮮な空気を大きく吸い込んだ。

 急激な環境の変化に身体が追いつかず、身体のあちこちが引き絞られるように痛い。『雷光』を発動しながら症状を緩和すると、シャルも遅れて息を吹き返し、激しく咳き込み始めた。

「……ホ……リョーホ! 走れ!」

 ふと、滑り台の下からエトロの声がする。

 ぼんやりと頭をもたげながら氷の橋の上に寝転がっていると、不意に背後からバキバキと騒々しい音が聞こえてきた。驚いて振り返れば、トルメンダルクが橋の先端からこちらに向けて、氷を噛み砕きながら突進してくるのが見えた。

「おわあああああ!」

 俺はシャルを抱え直しながら橋の上で立ち上がると、スキーヤーのように勢いをつけて氷の上を滑り出した。トルメンダルクの鼻息が自分の襟首をごうごうと吹き鳴らすたび、鳥肌が立ってそのまま飛べてしまいそうだ。いっそ飛んで逃げられれば良かったが、必死な俺の思考はとてもそんな発想に思い至れなかった。

 氷の橋を経由してついにオラガイアの西区画へ入る。瞬間、俺の背後に迫っていたトルメンダルクの鼻ずらが、まるで何かに衝突したように音を立てて遠ざかった。外周にあるオラガイアの結界は薄い膜なので、おそらく西区画の地面にぶつかってしまったのだろう。

 頭の片隅でそうと理解していながらも、俺はひいこら息を荒げて橋を渡り切り、西区画の地面に転がり落ちた。シャルを自分の隣に横たえてから大の字になり、まだ正常な酸素量に慣れていない肺で呼吸を整える。

「し、死ぬかと、死ぬかと思った……」
「お前はいつも死にかけないと気が済まないのか」

 ばしっと腹を強く叩かれ、俺はぐえっと濁った悲鳴を上げた。乾きすぎてしぱしぱする目を何度か瞬かせてから、俺は自分の横に座って呆れるエトロを見上げた。

「よぉ……意外と早かったな」
「かっこつける余裕があるならさっさと立て。師匠の手を煩わせるな」

 エトロの手が目の前に差し出され、無意識にそれを握ると勢いよく起き上がらせられる。一気に視界が変わったせいで薄らいでいた吐き気がまたぞろ顔を出してきたが、深呼吸で何とか押しとどめた。

 大聖堂上空ではまだベアルドルフとトトの戦いが繰り広げられており、戦闘の余波が強風となって西区画まで伝わってくる。そして彼らの戦闘を妨害するかのように、一度雲海に退避したらしきトルメンダルクが、鯨のように飛び上がりながらオラガイアの上を通り過ぎた。

 ゴゥン、と重機を動かすような音が空から降ってくる。直後、トルメンダルクの背中で溶岩がなんの前触れもなく膨れ上がり、小さな太陽を形成しながら青磁色の鱗を焼き焦がした。トルメンダルクは悲鳴を上げながら身体を波打たせ、再び雲海の中へと逃げるように飛び込んでいく。

「レオハニーさん、もうあんなところに……」
「師匠でも一撃で殺しきれないとは。一体、あの竜王はなんなんだ?」

 エトロの問いかけに俺はしばし黙り込み、冷静を装いながら情報を共有した。
 
「普通のトルメンダルクじゃない。あの体の模様からして、ベート側の勢力が改造したドラゴンだ。スタンピードに合わせて襲撃してきたから間違いない。それに、トルメンダルクの頭部にニヴィがいたんだ」
「なんだと?」
「ニヴィはトルメンダルクとほとんど同化していたし、『支配』の能力でトルメンダルクを操っているのかもしれない。……けど、俺がニヴィの首を切り落とした瞬間に竜巻が起きた。俺のせいでトルメンダルクが暴走してるんだ」

 あの時の俺はニヴィを殺すことばかりを考えていた。その先に何が起きるか予測もせず、自分のためだけに太刀を振るったのだ。すぐ近くで俺を止めようとする声に気づいていながら。

「シャル……すまない。お前の言葉をちゃんと聞いていればよかったな」
「シャルの、言葉?」

 きょとんと目を丸くするエトロに、俺は淡々と言葉を紡いだ。

「ん? ああ、シャルがさっき俺に話しかけ、て……あ?」

 途中で違和感に気づき、俺はがバリとシャルの方を振り返る。地面から起き上がったシャルは、胡坐をかきながら喉に手を添えてじっとこちらを見つめていた。それから意を決したかのように息を吸い、自信なさげに唇を動かす。

「りょー、ほ。リョーホ!」
「シャル! 声が出るようになったんだな!?」

 思わず抱き着くと、額に掌底を押し付けられて引きはがされた。

「オマエ、ほんとバカだし!」
「最初に言うことがそれかよ!」

 ツッコミを入れた瞬間、シャルから容赦ない頭突きを食らわされて俺は後ろにひっくり返った。

 ああ、そういえばシャルってこんな感じだったなぁ、としょっぱい気持ちで出会ったばかりの頃を思い返す。前より手加減できるようになったのは良いが、口の悪さは健在だ。これもダウバリフに似たのかと思うと複雑である。

「おい、さっさと起きろ」

 エトロに脇腹を蹴られ、俺はエビのように飛び跳ねながら上体を起こした。そして今度はシャルに胸ぐらを掴まれ、顔を近づけるために下へ引っ張られる。

「ぐぇ、シャル待ってくれ、マジで悪かった。謝るから」
「うるさいバカ!」

 シャルは俺に一喝すると、紫色の瞳に薄く涙の膜を張った。予想外の反応に俺が口をつぐむと、シャルは久しぶりの発声に苦戦しながらこう言った。

「ニヴィのたましいは、ドラゴンを閉じ込めてた。だから倒したらあばれる。ニヴィは、ドラゴンを止めるために抗ってた」
「ニヴィが?」

 シャルはこくりと頷くと、僅かに視線を落としてさらに続けた。

「じいちゃんが言ってた。ニヴィはむかし、すごく仲間おもいでやさしかった。でも、たましいがこわれたせいであんな風になった」

 俺は息を呑み、エトロと顔を見合わせた。NoDの暴走は人格すらも破壊する。初対面が最悪だったせいで無意識に除外してしまったが、ニヴィだって最初はあのような殺人鬼ではなかったはずなのだ。

「オレ、ほんとうのニヴィに会ってみたい。だから、ころすのはナシ。狩人はドラゴンをころすのは仕事だから!」

 シャルは念を押すように俺の頬を両手で挟み、じっとこちらの目を覗き込んできた。

 親友を殺した相手のために、シャルは戦いたいらしい。その思いはどことなくエトロに似ている気がして、俺は無性に嬉しいような寂しいような気持ちになった。

 頬を挟む小さな手に触れながら、俺は噛み締めるように笑った。

「分かった。俺にも手伝わせてくれ」

 守りたいものを守ると言いながら、俺の視野は狭いままだった。ニヴィも被害者であるという認識がありながら、俺は彼女を敵と一括りにして始末しようとした。

 次は失敗しない。エラムラの人々を助けたように、またはヤツカバネで死者を出さぬよう立ち回ったように、俺ならニヴィごとオラガイアを守ることだってできるはずだ。それだけの力が、今の俺にはある。

 シャルは俺の返事を聞いてぱあっと華やぐと、勢いよく立ち上がりながら仁王立ちした。

「トクベツに手伝わせてやるし! エトロもいっしょ!」

 ニカッと笑いながらシャルが見上げれば、エトロは柔らかく微笑みながら頷いた。

「ああ。大船に乗ったつもりで私に任せるといい。今の私はかつてないほど絶好調だ!」

 完成したばかりの氷の槍を、西区画の地面へ真っ直ぐと突き立てる。その時に響き渡った音は、雪の妖精が演奏したかのような美しさだった。槍に刻まれた雪結晶の模様もエトロと呼応して、冴え冴えと光を纏いながら冷気を放つ。

 長い槍と共に戦場に立つエトロの姿は、民衆を導く自由の女神を連想させた。
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