家に帰りたい狩りゲー転移

roos

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4章

(37)切願

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 オラガイア西区画、工業地域の最西端。そこではトルメンダルクが街をなぎ倒しながら暴れ回っていた。

 トルメンダルクから繰り出される竜巻はオラガイアの地表を絶え間なく削り、人間が近づこうものなら一瞬で四肢をもぎ取らんと牙を剥く。その暴れっぷりはすさまじく、巨体にものを言わせてオラガイアに体当たりをしかけ、街の一角を崩壊させるほど傍若無人であった。

「シャル、本当にニヴィを助けるんだな?」
「リョーホがやらないなら、オレひとりでもやるし」

 シャルは舌っ足らずに言いながら、ふんふんと鼻を鳴らした。喋れるようになったお陰で生意気さも五割り増しである。

 懐かしさを覚えながらシャルを見下ろした後、俺はぐっと身体を逸らすようにして、真上を滑空するトルメンダルクへ目を向けた。俺たちがトルメンダルクの頭部で戦っていた間、グレンとドミラスが上手く浮遊器官を破壊してくれたおかげで、トルメンダルクの飛行速度は最初よりも明らかに遅くなっていた。だが都市一つを覆い隠せるほどの巨体が相手ではまだまだ災厄レベルだった。

 シャルの話によれば、ニヴィの魂はまだトルメンダルクの中にあるらしい。俺もヤツカバネの力を使って魂を見通してみれば、無数に蠢くトルメンダルクの魂の中にニヴィらしき白い魂を見つけられた。あの中からニヴィの魂だけを取り出すのは骨が折れそうだ。そもそもどうやって魂を取り出そうというのか。

 俺は思案しながら、ドミラスから貸りていた銀色のブレスレットを見下ろした。それからふと思い出して、隣にいるシャルを振り返った。

「なあシャル。前にバルド村で、ヤツカバネの菌糸能力なら魂を操れるかもしれないって言ってたよな? あれってお前ならできるのか?」
「オレのいちぞくはみんな魂がみえる。もっと昔の人は魂をあやつってたって、じいちゃんから昔ばなしで聞いたことがあるし」
「じいちゃんって、あいつか……」

 偽物の祖父ダウバリフの話となるといささか信憑性に欠けるが、ことは一刻を争う。魂を操れた先祖の血筋を今は信じるしかない。

「魂を操れるなら、トルメンダルクからニヴィの魂だけ取り出せると思う。問題は取り出した魂をどうするかだな」

 ニヴィを助けられるのは魂を見ることが出来る俺とシャルだけだ。しかしニヴィの肉体は既にないため、単純に魂を解放するだけでは死期を早めるだけになってしまう。ならば、魂を保護するための器を用意するしかない。

「……よし、決めた。俺の身体にニヴィの魂を入れる」
「えっ!?」

 シャルが愕然と目を見開くのとほぼ同時に、エトロの手が閃き俺の胸ぐらを掴み上げた。

「おいリョーホ! 自分が何を言っているのか分かっているのか!? 魂が混ざり合ったら別人になってしまうと、お前自身が言っていたじゃないか!」
「だが人間の魂を入れられるようなものって言ったら、誰かの身体しかないだろ? 俺たちが魂をトルメンダルクから取り出すこと自体が初めての試みだ。成功率が高くなるなら使うに越したことはないだろ?」
「だからって、自分の身体を差し出す奴があるか! 最悪お前の人格が消えるかもしれないんだぞ!?」

 真っ青になって怒鳴り散らすエトロの目には焦燥が滲んでいた。俺は至近距離でそれを見つめてしまい、腹の底が重くなるような罪悪感に苛まれた。

「エトロ、心配しないでくれ。鍵者の俺なら確実に平気だ。ベートから浦敷博士の記憶を流し込まれても、俺はまだ自我を保てているだろ? それに俺もニヴィと同じ作られた人間だから、普通の人間より親和性とか適正とか、とにかく成功しやすいはずだ」
「お前……」

 エトロは目を見開きながら絶句した。また怒鳴られるのだろう、と甘んじて受け入れるべく目を伏せた時、今度はシャルから鋭い声が発された。

「やだ」
「……シャル?」
「やだ! リョーホが傷つくぐらいなら、オレがニヴィをあきらめればいい!」
「おい、簡単に諦めるっていうなよ」
「簡単じゃない! オレはそんなつもりでニヴィを助けたいって言ったんじゃないし!」

 意外なところから猛反発を喰らい俺は困惑した。それから、シャルにはまだ自分がNoDであることを話していなかったことに気づいた。

 NoDは機械仕掛けの世界が生み出した人造人間であり、魂を入れるために最適な身体として改良されている。しかしそのことをいきなり説明したところでシャルは納得しないだろう。

 俺は地面に片膝をつき、シャルと目線を並べた。

「シャル、これは俺自身がやりたいことでもあるんだ」
「いや!」
「聞いてくれシャル」

 そっぽを向こうとするシャルの肩を掴んで、彼女を落ち着かせるために一言ずつゆっくり告げる。

「俺にとって、シャルは大事な家族だ。お前には本当の家族がいるけど、もう俺は本当の家族に恩返しなんてできない。だからその分、シャルのやりたいことは全部叶えてやりたいんだ。だから、頼む」

 俺はただベアルドルフに娘を預けられただけの男だ。家族を名乗るのも烏滸がましい。それでも俺は本心からシャルを大事に思っているつもりだ。

 その気持ちがどこまで伝わったか。シャルはむずむずと口の端を噛み締めた後、鼻先に皺を寄せながら俯いた。

「……オレだって、あんな父とかニヴィよりも、リョーホの方がだいじだし」
「でも、ニヴィに会えるのはこれで最後になる。本当のニヴィに会いたいんだろ? 俺もニヴィに会ってみたいんだ。ハウラがお姉様って慕っている本当のニヴィがどんな人だったのか知りたいんだ」
「ニヴィとオレの父は、本当は仲よしなんだし。だからドミラスに話してもらったみたいに、ほんとうのニヴィと話したい。ほんとうのこと、父のこと、ぜんぶ、ぜんぶ! でも、リョーホがいなくなるのはもっとやだ!」

 シャルは目にいっぱいの涙を溜めて叫ぶと、肩に置かれた俺の手を振り払った。弱々しい動作にちくりと胸を刺されながらも、俺は真摯に言葉を重ねた。

「シャル。俺を信じてくれ。必ず無事に終わらせる。そのためにはヤツカバネの力を借りているだけの俺よりも、先祖代々から魂を見る力があるシャルの方が成功しやすいはずだ」
「でも、シャルそういうのやったことないし……」

 確かに、できるかも分からないことを土壇場でやらせるのは無茶振りにも程がある。はっきり言って、魂を操れるかどうかは出たとこ勝負だ。
 俺は迷いなくシャルの両肩に手を置き、身を屈めて彼女に目線を合わせた。

「一発勝負だし、不安になるのは分かる。でも俺はお前の力を信じてる。シャルはその年で守護狩人になって、俺よりも自由に戦えてるし、能力の扱い方も上手い。狩人としちゃ大先輩のお前と一緒なら、絶対に上手く行く。だろ?」

 少し煽るように笑ってやれば、シャルはむすっと眉を吊り上げ、視線を地面に落とした。

「……そうだよ。オレは採集狩人のリョーホなんかよりずっとずーっと大先輩だし。こんなよわっちい格好、見せるのはいけないんだ」

 シャルは涙を拭うと、ニシシッと子供らしく無邪気な笑顔を咲かせた。

「仕方がないから、シャルがかっこいいところ見せてやるし!」
「ああ。頼りにしてる」
 
 その直後、トルメンダルクの方から大地を砕くような轟音が響き渡った。見れば、トルメンダルクの腹部から溶岩が噴き出し、胸鰭が一枚千切れ飛んでいくところだった。
 
「早く行かないと、レオハニーさんに殺さちまうな」

 俺は立ち上がり、傍で見守ってくれていたエトロの隣へ並んだ。エトロはまだ俺の話に納得がいっていない様子だったが、一つ深呼吸をして真剣な表情になった。
 
「リョーホ」
「うん?」
「アンリが来る前に終わらせるぞ」
「マジで言ってんのか?」
「大マジだ。それと、自己犠牲もこれで最後にしろ」
「……はは。それは約束できねーな」

 そう答えると、エトロから無言で背中を叩かれた。
 
「痛ってぇ!」
「あの約束を忘れたとは言わせないぞ。私は本気でお前とヨルドの里に行きたいんだからな!」

 急に昨日の夜の話を持ち出され、俺の顔が一気に熱くなった。

「……おう」
「照れるな! 私まで恥ずかしくなる!」
「悪い」

 気持ちを切り替えるために深く息を吸い、胸の前で両の拳を打ち付ける。皮膚を打つ軽い痛みで雑念を吹き飛ばし、俺は不敵な笑みを浮かべながらエトロとシャルを振り返った。

「準備はいいか?」
「ああ」
「いつでも行けるし!」
「じゃあ、行くぞ!」

 俺は小さく頷くと全身に『雷光』を纏いながら力強く地面を蹴った。浮遊器官を失い防壁を張れなくなったトルメンダルクは、大砲を使わずとも容易に接近できる。しかしその代わりに濁流を吸い込んだような竜巻が俺たちの前に立ちはだかった。

「乗れ!」

 氷の足場を伝って追いついてきたエトロが、竜巻を迂回するように『氷晶』を発動する。すると、ヴァーナルが作り上げた新しい武器が呼応して輝き、学校のプールに並ぶほど大きな氷の孤島が出来上がった。

 これまでの『氷晶』と比べ物にならない規模の氷塊に俺は舌を巻きながら、空中で軌道を変えて氷の上に着地する。数秒後、さっきまで俺がいた場所の真下から竜巻が吹き上がった。あのまま強引に突き進んでいたら身体がバラバラになっていただろう。

「助かった!」

 礼を言いながら、エトロと共に氷の足場を走り抜け、トルメンダルクへ急接近する。近づくにつれてトルメンダルクがかき乱す大気の流れが俺たちに襲い掛かってきた。吹き荒ぶ強風は相変わらず厄介で目を開けるのも一苦労で、手で庇を作りながら紫色の瞳でニヴィの魂を追いかける。トルメンダルクの内部で悍ましく蠢き続ける無数の魂に紛れて、一瞬だけ銀色の魂が閃くのが見えた。だが追いかけようと踏み出した時には、すでに銀色の魂は背角を二つ飛び越えた先へ流れてしまった。

「早すぎるっつの!」

 すかさず『雷光』を発動して追いかけるが、向かい風のせいで思うように進めず、あっという間にニヴィの魂から引き離されてしまう。銀色の魂はそのままトルメンダルクの腹側に回ってしまい、それきり見えなくなってしまった。
 
「くそ、見失った!」
「リョーホ、あっち!」

 遅れて追いついてきたシャルに服越しに背中を掴まれ『重力操作』で飛ばされる。俺は身体を捻ってシャルを抱え直すと『雷光』でさらに加速をつけた。先ほどより高速で景色が流れ、頬の肉がぶるぶると震える。何とかニヴィの魂を目で捉えられる距離まで来たが、この速度で魂を取り出しに掛かるのは無謀だった。

「流れが速すぎる! 回り込まないと追いつけないぞ!」
「むぅ、じゃあどっかで流れを止める!」
「どうやって!?」
「わかんない!」
「知ってた! つかそもそも魂って止められるもんなのか!?」

 哲学的な壁にぶち当たり、俺はやけくそ気味に声を荒げた。シンビオワールドというゲームの先入観があったため魂が見えることになんの疑問も抱いていなかったが、いざ魂とは何かと問われれば何も分からない。水のように止められるのか、それとも魂は魂でなければ干渉できないのか。そんなものを定義づけられるのは研究者気質の人間だけだ。

 と、丁度良い所にドミラスの姿が見え、俺は顔の横に手を当てながら叫んだ。
 
「ドクター! ちょっと顔貸せ!」

 一旦トルメンダルクの背中に降りると、即座に糸がぐるりと回り込んでドミラスも着地した。

「おい、今度は何する気だ」
「こん中にいるニヴィの魂を取り出して俺に移したい。レオハニーがトルメンダルクを仕留める前に協力してくれないか?」
「ほう、色々と聞きたいことはあるが――魂なら俺の専門だ」

 かなり説明を省いてしまったが、ドミラスはそれだけで十分に理解してくれたらしい。ばさりと上着を広げながら糸を広げ、ワイヤーを引っ張るような音を立ててトルメンダルクの胴体を囲い始める。

「俺たちの身体に浮かび上がっている菌糸模様は、いわば魂の模様だ。忙しいからざっくり説明するがな、菌糸は絶えず肉体に魂というエネルギーを供給する血管のようなものだ。それを止めるには、菌糸模様に傷を付ければいい。並みの攻撃では菌糸までを傷つけられんから、特殊な力が必要になる」
「特殊な力?」
「無属性の菌糸能力だ。なんの属性も持たないコイツは他の属性を持つ菌糸能力を僅かだが無力化できる。俺は人体から菌糸を採取するためにその道を究めてきた。故に、こういうのは得意分野だ」
「おい……その説明だとアンタ、バルド村の人たちから魂を引っこ抜いてきたってことになるが」
「端っこぐらいならいいだろう」
「良くねーよ!」

 とんでもないカミングアウトをされて俺は内心蒼白である。この場にエトロがいたら間違いなくドミラスの鳩尾に一発入れていただろう。

「準備できたぞ、浦敷。お前が合図を出せ」
「お前なぁ……後でアンリ達に叱られろよ!」

 俺は吠えるように言ってから、瞳に力を込めて魂の流れを見下ろした。魂の奔流は洪水を起こしたように絶え間なく、トルメンダルク本来の魂が見えないほどである。この速度ではニヴィの魂が見えるのはほんの一瞬。背中側ではなく腹側から流れてくる可能性もあるが、二手に分かれたとてドミラスに合図は出せない。下手に手を広げず、ニヴィの魂が流れてくるのを祈るしかなかった。

 戦車が砲撃でもしているかのような爆音が、トルメンダルクの頭部から聞こえてくる。レオハニーとグレンが本格的にトルメンダルクを殺しにかかっているらしい。早くニヴィを取り出さなければ手遅れになる。

「うお!?」

 不意にトルメンダルクの身体が山なりに大きくうねる。俺たちの立っている場所が頂上へと達し、トルメンダルクの胴体を一望できるようになった。その時、麓の辺りできらりと銀色に反射する魂を見つけた。それは滝を上るかのようにみるみる俺たちの元へ近づいてくる。

「来たぞ!」
「よし!」

 ドミラスが右手を握りしめるや、二か所で展開された糸が内側に向けて引き込まれ、トルメンダルクの胴体を締め付けた。ギリギリと鱗と擦れ合う糸から時々火花が散り、やがて握りつぶされた林檎のように表皮がひしゃげた。数秒後、トルメンダルクの青磁色の鱗がじわじわと色あせ、魂の流れが滞る。一部の魂は逆流しかけたが、反対側にもきつく糸が締まっているため完全に逃げ場を失っていた。

「早くしろ、あまり長くは持たない!」

 ドミラスに急かされながら、俺とシャルは手分けして魂を探し始めた。逃げ出す恐れがなくなったとはいえ、魂たちは狭い空間の中を好き勝手に動き回っており、見ているだけで目が回る。規則性が失われた分、ニヴィの魂だけを見つけるのは困難だった。

 その時、突然トルメンダルクの鱗が膨らみだし、内側から白い皮膚を露出させた。その皮膚は蛇のようにうねった後、ドミラスの糸を飛び越えて魂が流れる本体と結合した。魂の行き場が出現したことで、内部に閉じ込められていた魂が次々に外へ流れ出してしまう。

「ほう、魂を操れば肉体も変形できるのか!」
「何嬉しそうにしてんだよ止めろって! ニヴィが逃げちまう!」

 はしゃぐドミラスにツッコミをいれながら結合した部位を切り離そうとするが、一歩遅くニヴィの銀色が流れ出し、あっという間に頭部の方へと流されてしまった。よりにもよってレオハニーたちが大暴れしている方向に行ってしまい、俺は最悪だと悪態をつきながら走り出した。

 トルメンダルクが殺されるのも問題だが、ニヴィの魂がある部位を破壊されたら今度こそ取り返しがつかない。数秒ほど走ると、トルメンダルクの細長い首から太陽のプロミネンスのように溶岩があふれ出すのが見えた。そしてその手前では、ちょうどニヴィの魂がある首の根元に切りかかろうとするグレンの姿もあった。無骨な赤いアーマーに包まれた華奢な身体から突風が逆巻き、莫大なエネルギーを解き放たんと真っ赤な光を纏い始める。

「グレン! 待ってくれ!」

 咄嗟に声を張るが間に合わない。その時、青白い粒子を散らしながらエトロがグレンの武器を真っ向から受け止めた。俺たちと別れた後、エトロは一足早くレオハニーの元へ合流していたらしい。

 グレンから手甲剣の斬撃はエトロの槍とかち合い、激しい金属音をまき散らしながらエトロを押し込んだ。エトロは背中から激しくトルメンダルクの鱗にぶつかり、さらに首筋と肩の間をすり抜けるようにして手甲剣が滑った。グレンの手甲剣はエトロの髪束を数本食いちぎった後、背後のトルメンダルクの鱗を破壊し深々とクレーターを穿った。

「くっ!」

 グレンの攻撃をただ掠めただけだというのに、エトロの首と肩が赤黒く焼ける。討滅者の本気の攻撃で首が飛ばなかったのが奇跡なぐらいだ。俺は全身から血の気が引くのを感じながら、トルメンダルクの背から滑り落ちかけたエトロをキャッチした。

「エトロ! 生きてるよな!?」
「ああ……」

 返事があることにほっとしながら、急いで『雷光』を発動し治療を施す。数秒後、エトロの黒ずんでいた皮膚が微かに膨らみ、焼けた部分がかさぶたとなって落ちていった。幸い傷は残らなかったが、再生したばかりの皮膚はピンク色のまま元に戻らなかった。グレンの手甲剣に込められた『雷嵐』の菌糸が傷口の奥深くまでダメージを与えてしまったのだろう。『雷光』で治療しなければ傷口から壊死が始まっていたはずだ。

 グレンはいきなり目の前に現れた俺たちに驚愕し、同時にエトロの負傷に動揺していた。だがすぐに気を引き締め直し、手甲剣を俺の喉元に突きつけながら怒鳴りつけた。

「なぜトルメンダルクを守るの!? この期に及んで裏切る気!?」
「違う! この中に助けたい人がいるんだ!」
「どういうこと? まさか誰か食べられたの!?」
「似てるけどちょっと違う。複雑な事情があるんだ」

 俺はシャルを抱え直しながら簡潔に状況を説明した。グレンは十数秒程度の話を最後まで聞いた後、手甲剣を下しながらもしかめっ面でこう言った。

「そう。でも悪いけど人を助ける余裕はない! 早くトルメンダルクを殺さないとオラガイアが持たないから!」

 グレンが視線で指し示す先には、竜巻で削られ崩壊しかけたオラガイアがある。地上にある建物は半分以上が瓦礫の山と化し、南旧市街だけでなくほとんどすべての街の地面が崩れ、一回り小さくなっているようにも見えた。唯一結界のある大聖堂とビーツ公園は原型を留めているが、戦闘の余波でオラガイアの心臓部が破壊される可能性も十分にある凄惨さだった。
 
 私情を優先する場合ではないのだと俺だって理解している。しかしニヴィは黒幕に近づくための貴重な情報源であり、どうしてもシャルに会わせたい。シャルが我儘を言うのは今に始まったことではないが、今回だけは彼女の人生を左右する大事なものとなるはずだから。

 だがそれを言ったとてグレンは納得しない。グレンは思いやりがあり子供から懐かれるような女性であるが、ルールに人一倍忠実で頭が固い。大勢を救うためならば少数を切り捨てられる人でもあるのだ。

 歯噛みしながら必死に思考を走らせていると、背後から淡々とした声が聞こえた。

「グレン。ドラゴン化した人間が元に戻る可能性を考えたことはあるか?」

 ドミラスだ。その声は普段と比べ物にならぬほど冷涼としており、顔まで無表情に徹していた。それは逆に心胸で荒れ狂う感情を抑え込んでいるようだった。グレンはドミラスを訝し気に見つめた後、心の傷を想起したように眉間に皺を刻んだ。

「私もダアト教幹部の端くれだから、ドラゴン化実験の資料は呼んだことがある。でも、キメラにされた人間の魂が元に戻るなんて聞いたことない」
「それがもし戻るなら、面白い話だと思わないか?」

 猛禽類に似た瞳がひたとグレンを捉える。グレンはまるで琴線に触れたように目を彷徨わせ、それから迷いがちにドミラスの顔を見つめた。
 
「……どうやって魂を捕まえるつもり?」
「さっきはドミラスが魂のある部位を糸で閉じ込めて、その間に俺とシャルでニヴィの魂を取り出そうとした。だがトルメンダルクの皮膚が変形して失敗したんだ」
「なら、ニヴィっていう人の魂がある部位だけ切り落とせばいい。後は魂が外に流れ出す前に勝手にやって。レオハニーも、もう手加減できないだろうから」

 それがグレンの譲歩できる限界だろう。レオハニーがトルメンダルクを殺すのが先か、切り落とした部位からニヴィの魂が抜け出すのが先か。選択肢がはっきりした分、俺も安全圏からどうにかしようとする気持ちを諦めきることが出来た。

 俺は意識がはっきりしたばかりのエトロに囁き、次にシャルへ呼びかけた。

「エトロは足場を頼む。シャルは俺から離れるなよ」

 二人が頷くと、エトロはトルメンダルクから飛び降り、俺とシャルはトルメンダルクの背角の傍へと移動した。後は先ほどと同じようにドミラスの糸で魂の動きを止め、その間にグレンが本体と部位を分断するのみ。すべてはニヴィの魂が俺たちの元に来てくれるのに掛かっている。

「頼む、来い……」

 瞳に紫を灯しながら神経を研ぎ澄ませる。シャルも俺の傍で目を眇め、無数の魂の流れを鋭く睨みつけた。一秒一秒が早く感じる。俺たちが立ち止まっている間にもレオハニーの攻撃は熾烈さを増し、トルメンダルクの抵抗も激しくなっていく。俺たちの元へほとんどトルメンダルクの竜巻が襲ってこないのは、それだけ余裕がないことも意味していた。

「──!」

 レオハニーの溶岩に照らされ、青磁色と白の鱗の境目が銀色に光る。

「今だドクター!」

 叫んだ瞬間、先ほどより素早く糸が胴体を括りつけ鱗を破壊する。溶岩の熱で溶けていた鱗はあっさりと砕け、内側からぶしゃりと血を吹き出した。俺は吹き出す血を飛び越え、魂が滞った一瞬を狙ってニヴィのいる部位へと太刀を突き刺す。さらに立て続けに三本刺して目印を付けた後、素早くその場から飛びのいた。

「グレン!」

 俺が叫んだ時には既に『緋閃』で身体能力を向上させたグレンが、弾丸のように目印へ飛び込んでいた。太刀の『雷光』と手甲剣『雷嵐』が共鳴し、四角く肉を焼き焦がし、その上をなぞるように赤い閃光が斬撃を刻む。コンマ数秒の間に行われた攻撃は、数秒遅れて結果を見せた。

 黒焦げの断面を晒しながら、四角く肉が剥がれ落ちる。一メートルほどのサイズに収められた肉の中には、ニヴィの銀色の魂が綺麗に収まっていた。

「シャル! 最後の仕上げだ!」
「うん!」

 俺たちが四角い肉片へ飛び移った瞬間、トルメンダルクの頭部から大爆発が起き、血の雨が降り注いだ。思わず空を見上げると、紫色の瞳越しに噴水のようにまき散らされる無数の魂を見ることができた。肉体から解放された魂たちは淡く様々な色のオーラを纏いながら空へ溶けていき、オーロラのような模様を描き出した。

 どうにかタイムリミットに間に合ったらしい。だがこちらも急がなければ、ニヴィの魂が空中へ溶けだしてしまうことに変わりなかった。

 俺は肉片を抱えながらエトロが用意してくれた足場へ移動しつつ、ニヴィの魂を見下ろした。紫色の菌糸模様を浮かべたシャルの手が肉の中に突っ込まれているからか、ニヴィの魂はまだ濃度を保っている。しかしシャルの手がない面からはじわじわと銀色の光が滲みだし始めていた。

「ニヴィ、待って! きえちゃだめ!」

 素手で押さえるシャルの手に俺も自分の手を重ね合わせる。遅れて、氷の上にふわりと着地した。足裏から冷気が這い上がり一気に身体の端々がかじかんでいく。俺はシャルの体温を逃さないように背後から抱きしめながら、冷静に言葉を紡いだ。その時だけ、自分の身体が別人に乗っ取られたような気がした。

「シャル。落ち着け、魂の流れを意識してみるんだ」

 魂が菌糸ならば、ドラゴンの菌糸を手に入れた時のようにニヴィの魂も取り込めるはず。ドラゴンのように核がないせいで体内に取り入れる方法が明確ではないが、同じNoDの肉体に呼応してくれるはずだ。

「消えるな! こっちにきて、ニヴィ!」
 
 喉が掠れそうなほどの大声でシャルが呼びかける。自然と俺の手にも力がこもり、瞳の中だけでなく、指先にも紫色の菌糸が伸び始めた。俺の体表に現れたヤツカバネの菌糸模様は、やがて俺の爪を紫に染め上げ、シャルの掌へと移り始めた。そしてヤツカバネの菌糸がシャルの手からトルメンダルクの肉片へと入り込むと、ニヴィの魂の流出が止まった。

 時間が止まったかのように、風の音も景色も動かなくなり、生臭い血の匂いまで感じられなくなる。それからニヴィの魂が眩く発光し、俺とシャルを白い世界へと飲み込んでいった。
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