家に帰りたい狩りゲー転移

roos

文字の大きさ
159 / 243
5章

(28)面影

しおりを挟む
 レオハニーの合図とほぼ同時に、紫色のセスタスと深青の氷槍が交錯した。奥歯に響くような金属音が消えぬうちに、二撃、三撃目と技が重ねられていく。

 互角に思えた攻防は、波の満ち引きのように揺らぎながらも互角の戦いを繰り広げていた。しかしその均衡を崩しにかかったのはやはりベアルドルフだった。

 二つのセスタスが交互に、時にはフェイントを掛け、氷槍を大きく押し込んだ。

 エトロは一定の距離を保ちながら槍を大きく振るうと、くるりと足を入れ替えて一回転した。

「せぇい!」

 素早い薙ぎ払いがベアルドルフのセスタスを弾く。エトロはさらに踏み込み、槍の石突を逆手で突き込んだ。

 ベアルドルフは即座に両腕を引き戻すと、石突を避けながら槍を掴んだ。

「むん!」

 ぐん、と二人の身体が傾き、槍ごとエトロの身体が投げられる。

「くっ……!?」

 華奢な身体が、空中で急いで体勢を立て直す。その時にはすでにベアルドルフは地面を蹴っており、エトロのすぐ側まで追い縋っていた。

 エトロは咄嗟に防御体勢を取る。だが一瞬早くセスタスが到達し、エトロは錐揉みしながら地面に叩きつけられた。

 衝撃で地面にヒビが入り、石の破片が宙を舞う。ベアルドルフは追い打ちをかけるべく、空中で二回転しながら砂埃に向けて踵を落とした。

 バサッ! とベアルドルフのマントが蝙蝠羽のように広がる。瞬間、エトロのいる砂埃の奥から無数の氷の矢が飛び出してきた。

 十分に間合いを引きつけてからの飽和攻撃だ。ベアルドルフは氷を砕いて直撃を免れたが、発射の勢いまで殺しきれなかった。熊のような巨体が空中で鞠のように弾み、両足を地面に引き摺るように着地する。

「──クハハッ!」

 上機嫌な笑いが溢れ、セスタスから『圧壊』の閃光が散る。その閃光の軌跡をなぞるように、ベアルドルフの周囲が半透明の大蛇のようにうねりだした。

 エトロは歪められた空間を目で追いつつ、氷を足場にして空へ逃れた。その直後、『圧壊』のうねりが氷の足場ごと地面を握り潰した。

 『圧壊』の通った地面には、糸屑をぶち撒けたような無数の皹が入っていた。少し遅れて、その上に極小の砂が力無く降り積もる。

 極小のブラックホールが生み出されたかのような惨状に、俺は思わず言葉を失った。あの攻撃に人間が巻き込まれたらミンチどころの話ではない。

 エトロは蹂躙された地面を見下ろして舌打ちする。次いで、空中で氷槍を車輪のように回転させながら、氷の矢を大量に生成した。

 整列しながら暁光を浴びる氷の矢は、海上を飛ぶカモメの群れを思わせた。その美しさに意識を奪われた瞬間、氷の矢は凶悪な速度でベアルドルフに襲いかかった。

 人間の拳より大きな鏃が、ホーミング弾のようにベアルドルフの四方へと回り込む。槍を新調したおかげか、エトロの氷の操作精度が以前より格段に上がっているようだ。

 面白い、と言わんばかりにベアルドルフが隻眼を細める。直後、セスタスから紫紺の煌めきが噴出し、氷の矢を全て粉々にしてしまった。

 氷の破片が高々と舞い上がり、俺たちのところにまで冷気が吹き荒ぶ。遅れて、俺の吐く息が白く染まった。

 そこで俺は、ようやくバロック山岳が凍えるほどの気温まで下がっていることに気づいた。

 策の成功を誇示するかのように、エトロの手元で氷槍が光り輝く。すると、ベアルドルフに粉砕され、そのまま消えるかに思われた氷の破片が、みるみる雪玉となって広場に降り積もった。積雪の勢いは、まるで広場全体がスノードームの中に放り込まれたような速さだった。

 キィン、と空気の凍る音が上空で集約される。

 俺たちが見上げた先には、両足で挟むように槍先の狙いを定め、右手で弓引くエトロがいた。

 氷槍の先端に、エトロの菌糸模様と同じ青白い光が濃縮されていく。その光は周囲の雪をかき集め、冷風を纏いながら肥大化していった。

 ベアルドルフはそれを迎え撃つべく、大きく重心を下げて両手を脇に絞った。固く握られたセスタスがぼんやりと光を放てば、地面がボゴボゴと音を立てて陥没する。ベアルドルフから生み出される強烈な引力のせいで、彼の周囲の景色が陽炎のように屈折していた。

 これが幕引きの合図であることは、誰の目でも明らかだった。俺は『雷光』で盾を作りつつ、『紅炎』を灯して守りの体勢に入った。俺たちの前にはレオハニーが出てくれているが、任せきりにできるほど楽観視できない状況だった。

 不意に、轟音を撒き散らしていた広場から音が消える。

 ぞわり、と全身が鳥肌に呑まれた。

 瞬間、両者の間で破壊的な力が衝突した。

 ダイヤモンドダストが現れるほどの極寒が、レオハニーのマグマを超え、俺の『雷光』の盾を破って吹き荒ぶ。

 極寒を纏った氷槍はなおも止まらず、衝撃波だけでバロック山岳を銀雪へ塗り替えた。

 しかし、ベアルドルフが立っている場所だけは白に呑まれない。双頭のセスタスが、禍々しい咀嚼音を立てながら着実に氷を削り取っていた。

 拮抗したのはほんの三秒。それを超えた瞬間、氷槍の冷気がセスタスのひと振りで綺麗に剥ぎ取られた。推力を失った槍は、二撃目に繰り出されたセスタスの正拳突きで大きく弾かれてしまう。

「う……ッ」

 エトロはバランスを崩し、咄嗟に氷の足場を生み出そうとした。だがそれよりも早く、高く飛び上がったベアルドルフの膝蹴りがエトロの鳩尾を捉えた。

「がはっ!」

 太い膝蹴りは抉るように角度を変え、勢い任せにエトロを地面へ放り捨てた。

 どさり、と重々しい音を立ててエトロが倒れる。その横に着地したベアルドルフは、セスタスの刃を彼女の喉元へ突きつけた。

「止め」

 レオハニーの声が入り、ベアルドルフはセスタスを引く。エトロは鼻先に皺を寄せた後、ぐったりと脱力した。

「まだ弱いな」

 ベアルドルフはそう言って、セスタスの刃を甲の鞘に戻しながら背を向けた。

 頃合いを見て、俺は半壊した『雷光』の盾を解きながらエトロに駆け寄った。

「平気か?」
「ああ……」

 返事をしても一向に起き上がれないエトロを抱き起こし、彼女の腹部に手を当てがう。『雷光』で治療を施すと、水から上がったようにエトロは大きく息を吸い込んだ。

 エトロは激しく咳き込みながら俺の手を掴むと、眉を顰めながらベアルドルフの背中を見上げた。

「……エラムラで対峙した時、貴様は手を抜いていたな」

 じゃり、とベアルドルフの足が、地表に残った雪を踏み締める。能力が解除されたため、エトロの雪は早くも溶け始めていた。

 エトロは俺の肩に寄りかかるようにして立ち上がると、一歩だけ前へと踏み出した。

「私がヨルドの里の生き残りだと知っていながら、貴様はトドメを刺さなかった。殺せる隙があってもなお、私の出方を試していただろう。今の一戦のように」

 ベアルドルフは皮肉げに笑い、短く大きな息を吐いた。白く染まった息はベアルドルフの表情を烟らせ、すぐに消える。

「オレが狙っていたのはハウラの命だ。貴様の命がどうなろうと知ったことではなかった」

 突き放すような物言いに、たまらずシャルが何かを言おうとした。だが何も言葉にできないまま、背を丸めて座り込んでしまう。

 エトロはシャルの反応を見て眉を顰めると、呆れ返ったように嘆息した。そして、疲れの残る声色でベアルドルフに重ねて問いかけた。

「アンジュから、お前がマリーナと面識があったと聞いている。その上で聞いておきたい」

 背を向けていたベアルドルフがようやくエトロへ向き直る。エトロは少しだけ目を背けた後、覇気のない目つきでベアルドルフを見上げた。

「私は、母に似ているか?」

 しおらしい反応にベアルドルフは眉を寄せる。そして、あっという間に消えていく雪を眺めながら、再びエトロに背を向けた。

「マリーナは思慮深く、誇り高い女性だった。短絡的な思考で戦いを挑んだり、感情に振り回されるような愚行は決して侵さない。だが……」

 ベアルドルフはニヒルに笑い、腕を組みながらエトロを顧みた。

「負けず嫌いなところは瓜二つだ」

 エトロは丸く目を見開くと、ははっと穴の空いた風船のように息を吐いた。

「では、また機会があればお手合わせを願おうか?」

 ベアルドルフは大股でエトロの前まで来ると、刃のないセスタスを拳ごと突き出し、獰猛に笑った。

「オレはいつでも貴様を待っている。このイリアス峠の下で」

 エトロは不敵な笑みを返すと、ベアルドルフが向けたセスタスに氷槍の柄を重ねた。軽く打ち合わされた金属音は、雪が溶け込んだバロック山岳に高らかに澄み渡った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

通販で買った妖刀がガチだった ~試し斬りしたら空間が裂けて異世界に飛ばされた挙句、伝説の勇者だと勘違いされて困っています~

日之影ソラ
ファンタジー
ゲームや漫画が好きな大学生、宮本総司は、なんとなくネットサーフィンをしていると、アムゾンの購入サイトで妖刀が1000円で売っているのを見つけた。デザインは格好よく、どことなく惹かれるものを感じたから購入し、家に届いて試し切りをしたら……空間が斬れた!  斬れた空間に吸い込まれ、気がつけばそこは見たことがない異世界。勇者召喚の儀式最中だった王城に現れたことで、伝説の勇者が現れたと勘違いされてしまう。好待遇や周りの人の期待に流され、人違いだとは言えずにいたら、王女様に偽者だとバレてしまった。  偽物だったと世に知られたら死刑と脅され、死刑を免れるためには本当に魔王を倒して、勇者としての責任を果たすしかないと宣言される。 「偽者として死ぬか。本物の英雄になるか――どちらか選びなさい」  選択肢は一つしかない。死にたくない総司は嘘を本当にするため、伝説の勇者の名を騙る。

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...