家に帰りたい狩りゲー転移

roos

文字の大きさ
198 / 243
5章

ミヴァリアの盗人

しおりを挟む
 シュレイブはミヴァリアの里に捨てられた孤児だった。

 自分がどの里の生まれか知らない。物心ついた頃から、両親らしき者たちとあちこちを旅し、わざとみすぼらしい姿をさせられ、物乞いの真似事をさせられてきた。時には道案内を買って出た心優しい狩人から貴重品を盗むよう命じられたこともある。

 ある日、同い年の少年にスリを働こうとした。しかし少年はシュレイブの目の前で霧のように消えてしまい、気づけば背負い投げで宙を待っていた。

 少年はシュレイブを盗人としてギルドに突き出した。ギルドの職員は、シュレイブのスリの手口が利口すぎるとして、誰かに指示されているのではと疑った。そしてシュレイブに証言を求めたが、何も答えられなかった。

 シュレイブは両親らしき者たちの名前も知らなかった。待ち合わせ場所も、どこに泊まっているかも知らない。シュレイブが稼いだ金は、どこからともなく現れる両親たちに奪われる。両親の後を追いかけようとすれば気絶するまで殴られる。そのため、シュレイブは当てどころもなく、ただ両親が会いにくるのを待つほかなかった。

 後から思えば、両親は最初からシュレイブを使い捨てにするつもりだったのだろう。自分たちにつながる情報を一切遮断することで、シュレイブが捕まっても自分たちに被害が及ばないようにしていたのだ。

 唯一、両親から渡されたのはブカブカの首輪だけだ。菌糸が刻まれたそれは、両親がシュレイブの居場所を把握するための道具だったのだろう。

 結局、シュレイブは一人で罰を受けることになった。ギルドの地下にある牢獄に放り込まれ、一週間そこで暮らすように命じられた。

 ただ驚くことに、牢獄の中は快適だった。両親からは地獄のような場所だと吹き込まれていたために、どんな恐ろしい場所かと怯えていたのが馬鹿らしくなるほどだ。

 屋根がある。ベッドがある。三食必ずパンとスープが運ばれて、二日に一度シャワーに入れたる。毎日冷たい地べたで震えながら夜を越してきたシュレイブからすれば天国だった。

 隣の牢にいた男は、飯が冷たくて少ない、ベッドが硬い、部屋が狭いと文句三昧だったが、シュレイブが十分だと反論するたびに男は黙った。そして、シュレイブの境遇と両親の悪口を言った。

 牢獄生活に慣れるにつれ、シュレイブは明日が来るのが怖くなった。贖罪を終えたらここから追い出され、前の生活に逆戻りだ。それに仕事に失敗したシュレイブに両親はきっと見切りをつけているはず。これから先、どうやって生きていけばいいのだろう。

 ついに最終日がやってきた。震えながらベッドの上で丸まっていると、ふくよかで肌が真っ白な男が現れた。

「キィッヒヒヒ! 喜べ小僧! チミの主人は捕まった。チミは今日より奴隷ではない、ミヴァリアの民となる!」
「……ミヴァリアの民になって、意味があるのか?」

 シュレイブは言葉の意味をほとんど理解できなかった。奴隷と民の違いが分からぬほど、当時のシュレイブには学がなかった。

 ふくよかな男は、服がはち切れそうなほど背中を逸らし、胡散臭い目つきでシュレイブを見下ろした。

「民とは、自分自身に正直でいられる身分だ。権力を守る必要もなし。誰に命じられる言われもなし!」
「……それは、こ、困る、気がする」
「なぜだね?」
「命令がないと、何が正しいのか分からない。あの人たちのために働かないと、俺は生きる意味がない、から」
「ふぅん?」

 男はツルツルとした丸い顎を撫でて、狐のようにぎゅうっと目尻を持ち上げた。

「言い忘れておったが、チミの主人は今日からこの牢で一生を過ごすことになる」
「……?」
「……む、牢とは過ちを犯した者を罰する場所だ。チミがここに入れられてしまったのも、過ちを犯したから。ここまでは理解できるな?」
「うん」
「うむ! ならもっと噛み砕いていってやろう! チミの主人は生きる意味がないとほざいたようだが、実は全く正しくなったのだよ! なにせ自ら一生かけても償いきれない罪を背負ったのだからね! そんな者たちの言葉が、はたして正しいと言えようか!」

 と、男は甲高い声で付け加えた。

 シュレイブは眉間に皺を刻んだまま、ベッドの上で深く考え込んだ。そして薄い綿が詰まった布団で全身を抱きしめ、暗い瞳を床に投げかけた。

「じゃあ、俺も正しくないよ」
「なにぃ!? なぜそうなる!?」
「俺はあの人たちの元にずっといた。俺の人生は全部あの人たちのものだった。だったら俺も、正しくない人生を一生かけて償わないといけないんじゃないの?」

 正しくない人に育てられた子供も、きっと正しくない。

 両親からは極端な価値観を植え付けられたシュレイブは、即座にそう結論を出していた。

 すると、あれだけ騒がしかった男が唐突に黙り込んだ。居心地が良いと思っていた牢獄が、急速に冷え切っていく。随分前に墓地で眠った時よりも、強い寒気が全身に襲いかかった。

 男は何も言えないシュレイブを凝視した。それからやたら豪奢な衣服を揺らしながら、曲げるのも億劫そうな太い指で鉄格子を握った。

「お前、ここから出たくないだけだろう?」
「──っ!」

 自分でも無意識だった欲求を炙り出され、シュレイブは身震いした。

 男は満足そうにキヒッと笑い、ギルド職員に牢の鍵を開けさせた。

 横に広い体を窮屈そうに縮めながら、男は狭い入り口からぬうっと牢獄の中へと踏み入った。

「のう、お前は地獄しか知らんのだろう? 天国に興味はないか」
「てんごく……」
「ワタシの元に来れば天国を見せてやろう。だが決して正しい道とは限らない。自ら汚れる覚悟がお前にあるか?」

 斜めから覗き込むように顔を近づけられ、シュレイブは頭から布団を被り直しながら顔を背けた。

「選べない……俺は必ず間違える」

 自分で何かを選ぶ自信がなかった。騙す相手は選んだことはあれど、自分のことについては正解がわからない。間違えたら容赦のない暴力に晒されてしまう。

 自分で間違えるぐらいなら、誰かの道具のままでいた方が利口だと、シュレイブは本気で信じていた。

 しかし、目の前の男から思いもよらぬ言葉をかけられた。

「ならばワタシも一緒に間違えてやろう。共犯というやつだ」

 単語の意味を、全て完璧に理解できたわけではない。断片的に解釈するのが限界だった。

 だが、シュレイブはそれを耳にした途端、凍えた体に暖かなスープを流し込んだような熱を覚えた。初めて感じるそれに当惑し、シュレイブは急いで言い訳を並べた。

「お、俺なんかがお前の人生の罪まで背負えるわけない! 俺は何もできないし、何も生み出せないんだ! 穀潰しなんだ!」
「お前の価値はワタシが決める。お前も決めろ。目の前の男が信用に足るか否か!」

 絶句した。丸くとぼけたような顔立ちの男は、冷然かつ明晰とした熱意を、一心にシュレイブへ注いでいたのだ。

 シュレイブはその時、初めてまともに他人の顔を見た。男の明晰さがどこから来るのか、深くまで暴いて全て盗んでやろうと誓った。

 顔つきが変わったシュレイブを見て、男は満足そうに頷く。

「気に入ったぞ。チミにはワタシ直々に、自力で運命を切り開く術を教えよう! 才を生かすも腐らせるも自分の選択次第だ! ああ楽しいなぁ! シュレイブよ! 行き当たりばったり、行く先も見えない旅に出かけるのはいつだって心が踊るなぁ!」

 男は布団ごとシュレイブを抱き抱えると、小躍りしながらその場で回り出した。

 シュレイブは目を白黒させた後、やたら脂肪に包まれた男の顔をむっと睨んだ。

「……名前、まだ聞いてない」
「キッヒヒ! ようやくワタシに興味を持ったか小僧!」

 男は回るのをやめ、目線を合わせながらシュレイブを片腕に抱いた。

「カミケンだ。よく覚えにくいと詰られるが、チミは何時間で覚えてくれるかね? キィーッヒッヒッヒ!」

 特徴的な笑い声を上げながら、カミケンという男は慣れない手つきでシュレイブの髪をかき混ぜた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

通販で買った妖刀がガチだった ~試し斬りしたら空間が裂けて異世界に飛ばされた挙句、伝説の勇者だと勘違いされて困っています~

日之影ソラ
ファンタジー
ゲームや漫画が好きな大学生、宮本総司は、なんとなくネットサーフィンをしていると、アムゾンの購入サイトで妖刀が1000円で売っているのを見つけた。デザインは格好よく、どことなく惹かれるものを感じたから購入し、家に届いて試し切りをしたら……空間が斬れた!  斬れた空間に吸い込まれ、気がつけばそこは見たことがない異世界。勇者召喚の儀式最中だった王城に現れたことで、伝説の勇者が現れたと勘違いされてしまう。好待遇や周りの人の期待に流され、人違いだとは言えずにいたら、王女様に偽者だとバレてしまった。  偽物だったと世に知られたら死刑と脅され、死刑を免れるためには本当に魔王を倒して、勇者としての責任を果たすしかないと宣言される。 「偽者として死ぬか。本物の英雄になるか――どちらか選びなさい」  選択肢は一つしかない。死にたくない総司は嘘を本当にするため、伝説の勇者の名を騙る。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

処理中です...