家に帰りたい狩りゲー転移

roos

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6章

(13)秘密の会話

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「偽物の魂が、本物と同じだった……?」

 元ダウバリフの家の、手狭なリビングで報告を終えると、レブナは愕然と目を見開いた。

「外見も、菌糸能力も、魂も同じ? 他人の姿を真似する菌糸能力なら聞いたことあるけど、魂まで変化するなんてありえない。本当にロッシュ様の魂だったの?」
「間違いない。ロッシュさんの魂はかなり特徴的だから……」

 尻すぼみになりながら、俺はなんとか言葉を紡ぐ。レブナは幽霊と遭遇したような顔で俺を凝視すると、テーブルに突っ伏して頭を抱えた。俺もまだ現実に理解が追いついていないが、レブナはもっと途方もない衝撃に見舞われているのだろう。

「ツクモ、どう思う?」

 研大がちらりとツクモを見やると、彼女は白い睫毛を伏せながら教科書を朗読するように言葉を紡いだ。

「過去の鍵者の記憶でも、魂まで変化した者の記録はありません。ありえるとすれば、ドミラス様のように別の器に魂を移し替えたか、リョーホ様のように、自我データが魂を持ったかの二通りでしょう」
「そんなポンポン自我データが魂を手に入れていたら苦労してないよ」

 五百年の苦労がフラッシュバックしたのか、研大は盛大なため息を吐いてゴン、と横向きに壁へ寄りかかった。すると、エトロが旧人類を見渡しながら研大へ訪ねた。
 
「一応聞くが、ダアトは魂を作れないのだな?」
「難しい質問だね。確かにダアトは魂を作れない。けれど、レオハニーの頭に乗ってるそこの雀みたいに、記憶や自我データを与えれば生物らしく振舞うことはできるよ」
「しかし、リョーホの身体も元を辿ればダアトから作られているのだろう? ならばトゥアハ派が鍵者とよく似た身体を用意して、ロッシュから魂と菌糸を奪ったとは考えられないか?」
「それならあり得る。現にドミラスがそれを成功させているから」

 確かに、ドミラスの日記の最後のページに、魂の移植先をNoDの肉体にしてタイムスリップするつもりだとも書いていた。今回の時間軸でもドミラスが過去へ旅立ったので、その試みは成功したと見ていいだろう。

「けど、NoDの身体と人間の魂は適合できないんじゃなかった? トゥアハ派が終末の日を引き起こそうとしているのだって、NoDに転生できないからだろう?」

 アンリの指摘はもっともだ。浦敷博士が世に送り出したNoDはすべて自我データで稼働している。NoDの肉体を手に入れたベートでさえも、魂は仮想世界に残されたままだ。

 だが、研大は淡々と告げた。

「一人だけ、NoDに転生した人がここにいる」

 事情を知る、バルド村の人間全員の意識が一点に集中する。彼らの視線の先には、人間離れした美貌を持つ赤毛の女性がいた。

 レオハニーには魂がある。赤く燃え盛り、誰よりも眩い輝きを放つ魂が。

 本来ならありえないはずの存在。遅まきながら、その異常性に気が付いた俺は声を失った。

 今までは、シモン博士が最初に作り上げたNoDのプロトタイプだから、魂の移植も可能だったのだろうと思い込んでいた。しかし言われてみればおかしいじゃないか。シモン博士がプロトタイプで魂の移植を成功させていたなら、研究を引き継いだ浦敷博士ができないはずがない。

 つまりレオハニーの転生は、シモン博士や浦敷博士にとってもイレギュラーなこと。ベートだけは、そのイレギュラーを引き起こせると知っていた。

 研大は壁に預けていた頭を引き戻し、くるりと俺達へ向き直った。

「ベートがレオハニーにNoDの転生を施したってことは、トゥアハ派には俺たちの知らない転生方法を発明していたんだろう。それでも終末の日に拘るってことは、NoDの転生にはかなり厳密な条件を整えなければならないんじゃないかな」
「厳密な、条件?」
「例えば、魂が現実世界にあること。仮想世界を経由せず、肉体から直接NoDへ魂を移行させられること。……対象が、死に瀕している、または死を自覚した直後」
「──!」
「あくまで俺の想像だ。だけどオラガイアで殺されたロッシュさんは、レオハニーやドミラスと同じ条件を満たしていたように思う」

 レオハニーは孤独に死んだ直後、プロトタイプの身体で目覚めた。ドミラスが『星詠』で過去に戻るには、魂の半分を殺さねばならなかった。

 そして俺も、死を繰り返すことで新たな肉体へ乗り換え、魂を獲得していった。

 NoDが人間の魂と適合できない原因。それは、魂が肉体を通して積み重ねた記憶と、NoDの肉体にある記憶とで齟齬が生まれるせいだと浦敷博士が語っていた。鍵者である俺は、無数の経験を積み重ねることで、魂とNoDの記憶の齟齬が生じぬ万能の身体を手に入れた。

 俺はその過程で魂を手に入れたわけだが、いきなり完成品が出現したわけではない。転生を繰り返すたびに、徐々に形が形成されていったはずだ。つまり俺も、魂の引継ぎに成功していた。

 魂は、死ぬことで肉体の制約から解放される。ならば死を自覚した魂もまた、どんな器に入ることができる鍵者となるのではないか?

 もし本当に、ロッシュがトゥアハに殺された直後、NoDの身体で蘇生していたのだとしたら──。

 手狭な部屋がはち切れそうなほどの期待が膨らむ。心なしか目の輝きを取り戻したシャルが、テーブルに身を乗り出しながらレブナに聞いた。

「なぁ、ロッシュさんはエラムラに来てから何かやったか!? 里を改革するとか、独裁政治を始めるとか、してないよなっ!」
「う、うん。まだ目立ったことはしていない。民がまだ混乱しているから、とりあえずハウラ様と里長は隔離しようって話になっただけ」
「軍備強化も、見方を変えればエラムラの防備を固めるためともいえる」
「となると、ロッシュ様が本物って話にも信憑性が出てくるねぇ」

 エトロとミッサが便乗すると、腹の中が沸騰するような心地に見舞われた。今すぐロッシュの元に向かって真意を明らかにしたい、なぜ連絡してこなかったのかと問い詰めたい。

 しかし、ゼンの冷え切った声が情動に水を差す。

「本人ならば、レブナとハウラに事情を説明するはずだ」
「言えない事情があるとしたら?」

 アンリが反論すると、ゼンは無言で首を振った。一方で俺は皆の返答が待ちきれず、いっそ本人に聞いた方が早いんじゃないか、とハンドサインで訴えてみた。が、アンリにすげなく脛を蹴られた。やはり鍵者が直接トゥアハ派の手先に接触を試みるのはダメらしい。

 アンリは呆れたように俺を睨んだ後、テーブルを人差し指でコンコンと叩きながらアルカイックスマイルを浮かべた。

「まぁ、考えたって仕方ないよ。どう転んでも、最期の記憶を民に見せればこっちのものだからね」
「そうだな」
「そ……れなんだが」
「なんだよシュレイブ」

 妙にぎこちない挙手をするシュレイブに、胡乱気な視線が一気に集中する。シュレイブは忙しなく目を泳がせた後、中指と人差し指を揃えた狐の手で、何かをつまむような動作をした。

「えっと、クライヴってほら、ちゃんと鈴、ロッシュ様のポケットに入れられたのかなって」
「いや、あの状況で捕まるわけにはいかなかったのでな……」

 と、クライヴは眉間に皺を刻みながら静かに鈴を取り出した。テーブルの上に置かれたそれは、エラムラの紋章が刻まれた銀色の鈴だった。鈴の回収には成功したが、追手から逃れるので精一杯だったらしい。

 ゼンは砂で薄汚れた鈴を見下ろすと、腕を組みながら小さく唸った。

「うむ……クライヴでも失敗するとなると、今のロッシュに近づくのは難しそうだな。やっぱり別の方法で記憶を再生するしかないか」
「えっとあれ、あの、ハウラ様にミカルラ様の記憶本を渡した方がいい、んじゃないか? で、その後はハウラ様とこれからどうするか相談した方がいい、とオモウ」

 シュレイブが片言で言葉を捻り出すと、ぴり、と首筋にナイフを添えられたような緊張感が走る。

 ミカルラの記憶本は取扱いに最新の注意を払わねばならない。この中にはエラムラの機密も含まれているのだ。もしこれが敵の手に落ちれば、エラムラを乗っ取ろうとしているであろう偽物を止められなくなる。
 
 レブナにはシュレイブの発言が迂闊に思えたのだろう。険しい表情で、半ば威嚇するように言った。
 
「ハウラ様からあたしが一任されてるし、できれば接触は最低限にしてほしいってお願いされてるんだけど」
「いや、シュレイブの言う通りだ。ロッシュさんの魂のことも報告して作戦を練りなおそう。本当にあの人がロッシュさんなら、きっと理由があるはずだから」

 俺がシュレイブの肩を持つ発言をすると、レブナは意外そうに目を見開いた。

「本気なの?」
「まだ本物と決まったわけじゃないけど、一応な。それに、ハウラさんには偽物を暴いた後の混乱を抑えて貰わないといけないし、こっちの動きも知ってもらった方が動きやすいはずだ」
「それは……そうなんだけど……」

 煮え切らない態度でレブナは俯く。なんだかやけに俺とハウラを会わせたくないような口ぶりだ。

 俺は彼女の小さなつむじを見下ろし、一瞬だけレオハニーヘアイコンタクトを取った。意味を察した彼女は壁際に寄せていた荷物に近寄り、中から一冊の本を取り出した。白く繊細な装飾が施された分厚い本には、筆記体でミカルラと書かれていた。

 レオハニーは表紙を下へ裏返すと、両手でレブナの前へと差し出した。

「レブナ。君からハウラに渡してほしい。できれば今夜中に」
「…………分かり、ました」

 レブナは長い間葛藤していたが、諦めて本を受け取った。それから一瞬だけ目を見開き、レオハニーを見上げる。二人は無言で見つめ合い、不意にレブナが弱々しく微笑んだ。

「あの、レオハニー様。もしロッシュ様が本物だった時のために……ほんのちょっとだけ手加減してもらえませんか?」
「いいよ。生け捕りぐらい、私なら朝飯前だ」

 迷いなく告げられたレオハニーの言葉に、レブナはようやく安心したように表情を和らげた。それからレブナは俺たちの方へ向き直り、ミカルラの記憶本を両腕で抱え直す。

「できるだけ早い方がいいよね。今からハウラ様のところに行ってもいい?」
「薄明の塔まで警備網が広がっているかもしれないから、もう少し暗くなってからの方がいいぞ」

 にっかりと笑いながらハインキーが引き止める。彼の言う通り、ついさっきギルドの侵入がバレたばかりなのだから、怪しまれる行動をとるのは愚策である。

 レブナが納得したように頷く血、今度はシャルが鼻息を荒くしながらぴょんぴょん飛び跳ねた。

「じゃあレブナ! 時間までちょっと遊んでほしいし!」
「いいよシャルちゃん。何して遊ぶ?」
「お外がいい! この前、すっごい技発明したから! レブナにも見てほしい!」
「お! 見たい見たい!」

 二人は姉妹のようにきゃっきゃっとはしゃぎながら、駆け足で家の外へ飛び出していった。微笑ましい姿を見送った後、俺はよっこいしょと立ち上がった。
 
「クライヴ。ロッシュさんの鈴は俺が預かるよ」
「ああ」

 テーブルに置かれた鈴を手に取ると、少し錆びたような音色が響き渡った。鈴の表面を眺めてみると、『響音』の菌糸模様が薄っすらと見える。最後に見た時ほどの輝きはなく、脈動も止まっているようだ。

 俺は目頭に力を込めながら、鈴を強く握り込んだ。

「ロッシュさんの魂まで同じとなると、いよいよこの鈴が頼みの綱だな」
「そうだな。できればロッシュが偽物であってほしいくらいだ」

 研大が肩をすくめると、ミッサが重々しいため息を吐いた。それを皮切りに、明るんでいた部屋の空気がだんだんと鉛のように沈んでいく。

 空気に耐えられなくなったか、クライヴはちらりと窓を眺め、玄関の方へ向かった。

「俺は外を見張ってくる」
「おう」

 遠ざかるクライヴの姿が、ドアの向こうに消えるのを待つ。

 バタン、とドアが閉まり、気配が遠のく。それからしばらくして、俺は鈴を握りしめたままふっと笑みをこぼした。

「……エトロ」
「ああ。今夜が正念場だな」

 強風が、窓の表面を引っ掻きながら遠ざかっていった。蝋燭が揺らぎ、部屋に差し込んでいた月明かりが雲に隠れると、部屋の中が一気に暗く沈む。

 薄暗くなった部屋の中で、狩人たちの双眸だけが爛々と輝いていた。
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