初恋のあなたに、二度目の恋を

maricaみかん

文字の大きさ
7 / 12

7話 悲しみの時間

しおりを挟む
 俺は失意の中にいた。魔法にもまるで身が入らなくて、ご飯を食べても美味しいとは思えない。
 こんな感覚は完全に初めてで、どうすれば良いのか全く判断がつかなかった。
 なんだか体に力が入らないし、頭もぼんやりしている。
 失恋というのはこんなにも重くのしかかってくるものだったのか。
 物語で失恋して投げやりになっている登場人物をバカにしていたのだが、今なら納得できる。
 あれはあれできちんとした表現だったのだな。たかが失恋と思っていた俺のほうがバカだったようだ。

 それにしても、俺はいつからミネルバさんを好きになっていたのだろう。
 きっかけは間違いなく空間魔法を見たからだろうが。あんなにきれいな魔法は初めて見たからな。
 今ではミネルバさんの空間魔法は濁ってしまっているが。結局、何故だったのだろう。
 まあ、俺にはもう知る機会はないのかもしれないな。ミネルバさんには嫌われてしまったのだから。
 いったい俺の何がダメだったんだ。今でもわからない。俺はどうすればよかった?
 今からそんな事を考えても無駄だと分かっていても、思考を止めることはできないでいた。

 俺が空間魔法を使わなければよかったのか? 俺が1位を取らなければよかったのか?
 そもそも、ミネルバさんはいつから俺と接することを苦しいと感じていたんだ?
 思い出そうとしても、どこがおかしかったのか分からない。
 結局のところ、俺は好きな相手のことを何一つとして理解できていなかったのだな。
 それもそうか。好きだと気づいた瞬間には嫌われていたのだから。

 俺が恋心を自覚していたのならば、ミネルバさんをもっとよく見ていられたのだろうか。
 それで、ミネルバさんが苦しむ原因に気がつけたのだろうか。
 そんなもしもを考えても仕方ないのだが。それに、俺がミネルバさんの苦しみのきっかけを割り出したとして、解決することなどできたのか?
 何もかもが嫌になりそうだ。俺が何をしていたところで、うまく行っていたとは思えないのだから。

 それでも、学園の授業から逃げる訳にはいかない。ミネルバさんの顔を見れば、もっと苦しくなりそうではあるが。
 どうして、俺はミネルバさんと同じクラスなのだろう。
 くだらないことを考えているな。以前はミネルバさんと同じクラスであることを喜んでいただろうに。
 しかし今となっては、空間魔法に出会えた喜びすら色あせたように感じてしまう。
 あんなに楽しかった時間すらも、俺の苦しみを助長しているように思えてならない。
 そういえば、空間魔法と出会えたきっかけはミネルバさんだったな。それを思い出すから苦しいのかもしれない。

 結局俺は何もできなかったし、未だに何をすればよかったのかわからない。
 俺自身に対する失望のようなものがある。ミネルバさんを好きでいながら、何の役にも立てなかった。
 それどころか、俺がミネルバさんを傷つけてしまった可能性が高い。
 ははっ。俺はどれだけ愚かだったのだろうな。他者から見ればどれほど滑稽だったのだろうな。
 喜んでミネルバさんと話している時間は、単なる一人遊びのほうがまだましだったのだろう。

 呆れ返ってしまいそうだが、まだ未練がましくミネルバさんと和解したいという思いが消えない。
 はっきりと嫌悪感を示した相手に、何をすれば仲直りできるというのか。そもそも、直すだけの関係があったのか。
 どれほど俺は醜いのだろうな。自分の思いに気づかない上に、おそらく表面だけ見て人を好きになっていたのだから。
 俺はミネルバさんに身勝手な想いを向けていただけだと分かりきっているのに、まだ想いを振り切れない。
 俺のこれまでの時間は何だったのだろう。何のために空間魔法を覚えたのだろう。

 俺は空間魔法をミネルバさんに見せびらかしたかっただけなのかもしれない。だから、ミネルバさんに嫌われただけで空間魔法を無意味にすら感じてしまった。
 バカバカしい話だ。俺の魔法を愛する心はその程度だったのだろうか。
 あんなに好きだったはずなのに。あんなに努力していたのに。
 ただ一時だけの思いのために、魔法すらも疑うようになってしまうのか。俺はなんてくだらない人間だったのやら。

 それでも、俺は魔法を止める訳にはいかない。魔法が使えなくなった俺になど何の価値もないことは俺自身が誰よりも知っている。
 なにせ、魔法以外のことが何もできないのだから。だが、空間魔法を使う気にはなれない。
 ならば、空間魔法を使う前に少しだけ発動していた、空間魔法の出来損ないのようなものを研究してみるか。
 あれは5属性をバランスよく組み合わせるのではなく、偏りを持たせればよいのだったか。

 色々と試していると、属性の偏り方によって性質が変化するということがわかった。
 1属性だけ突出しているとその属性に近くなり、2属性ならば反発のようなことが起こる。
 逆に1属性だけ少ないと暴走しそうになり、制御を手放すとものすごい爆発が起きた。
 念のために高威力の魔法を使っても大丈夫な場所を借りていてよかった。
 そして、2属性分を少なくしていると魔力に大きなブレが起きるようになっていた。

 それぞれがまるで違う魔法のようになっていて、とても興味深い結果だった。
 成果に満足していると、はっとする瞬間があった。あれだけ魔法を使うことが苦しいと思っていたのに、もう魔法に夢中になっている。
 やはり俺には魔法しかないみたいだな。よく分かった。
 だが、それでも空間魔法を使おうと考えると胸が痛んだ。
 我ながら重症ではあるが、空間魔法は集中できないと大惨事を招きかねない。
 先程の1属性だけ足りない魔法の爆発を思い返せば当然だ。
 なので、心の整理がつくまでは空間魔法を使わないと決めた。
 それが自分の安全のためにも、周囲に被害を出さないためにも、必要な判断だと信じた。

 だが、それでも空間魔法を使えないことは悲しい。使ったところで苦しいのだろうが。
 俺にこんなに弱い部分があったなんてな。全く知らなかった。
 とはいえ、今日も授業があるのだから、心を切り替えないとな。
 大部分は単なる復習ではあるのだが、新たな発見もあるのだから。
 やっぱり俺は魔法が好きだ。授業のことを考えたら、少し気分が楽になったからな。

 そしていつも通りに授業を受け、それからアベルに相談をしてみた。
 今までにない経験である以上、他者のアドバイスが必要だと判断したからだ。
 他の人には、特にミネルバさんには聞かれたくなかったので、2人になれる場所へと移動した。

「ルイス、今日は珍しく苦しそうだったけど、その話? 僕にうまく解決できるかはわからないよ」

「それでもいいんだ。俺1人で抱え込むよりはマシだろうからな」

「いつも自信満々なルイスらしくないね。でも、親しみも持てる気がするよ」

 アベルは俺にこれまで親しみを持っていなかったのか? いや、からかうような表情をしている。
 そうだよな。流石にアベルから友達と思われていなかったのなら、泣きっ面に蜂と言っていい。

「ひどいことを言うな。まあ、とりあえず聞いてくれ。俺はミネルバさんが好きだったみたいなのだが、嫌われたようでな。それで、どうしたらいいのかわからなかったんだ」

「どうしたらって、ミネルバさんと仲良くするために?」

「いや、俺の心の整理がな。嫌いな人に近づかれて嬉しいやつはいないだろう」

「なるほどね。でも、僕にも良い答えはないよ。時間が解決してくれるとしか言いようがない」

 アベルの口ぶりからすると、アベルも失恋を経験しているのだろうか。
 流石にそれを聞いていいものなのかは判断がつかなかった。さて、どうしたものか。
 とはいえ、時間が解決するというのは、それなりに納得できる話ではある。
 そうなると、できるだけ魔法のことを考えているしか無いか。どうせ、俺にはそれしか無いのだから。

「そうか。そうなると、今のまま過ごすしか無いか?」

「そうだと思うよ。でも、意外だったな。ルイスが人を好きになるなんて」

 何という言い草だ。俺が血の通っていない生き物にでも見えていたのか?
 だが、他の人の態度から察するに、俺には人の心がわからないようだ。
 なにせ、アベルもミネルバさんもそういう態度に見えたからな。
 だからミネルバさんに嫌われてしまったのだろうか。気づかないうちにミネルバさんを傷つけて。
 俺はもっと感情を勉強するべきなのだろうか。そもそも、学んだところで理解できるのだろうか。

「冷血な人間だとでも思っていたのか? 俺にだって情くらいあるぞ」

「知っているよ。でも、君が魔法よりも優先するほどとは思えなかったから」

 それならば納得できる話ではある。俺が魔法を何より愛していたというのは、誰だって見てわかっただろう。
 それがいけなかったのだろうか。ミネルバさんが魔法を愛するより、俺のほうが魔法を愛していたから。
 それならば、どうしようもなかったな。まあ、それが答えだと決まった訳では無いが。

「そうか。だが、俺だって人間だということだ。悩みもするさ」

「そうなんだろうね。ルイスが僕に相談してくれたことは嬉しいよ。だから、いいことを教えてあげる。ミネルバさんはキミを嫌っているわけじゃないと思うよ。ただ、心の整理がつかなかっただけかな」

 アベルのその言葉は信じていいものなのだろうか。思わずすがってしまいたくなるものだが。
 ミネルバさんに嫌われていないのだとすれば、また魔法の話ができるかもしれない。
 勝手に希望が湧き出しそうになるが、まだ気が早い。落ち着け。

「それなら、心の整理がつくまで離れていたほうがいいのか? 俺にはよく分からない」

「そこまでは僕にもわからない。どうしてもっていうなら、ミヤビ先生に相談するのがいいと思うよ」

「そうか。だが、急ぎすぎても仕方ないからな。おいおい様子を見ていくとするさ」

「それでいいんじゃないかな。ミネルバさんとルイスは、案外相性が良いと思うよ。僕からすればね」

 信じたいという思いと、これ以上傷つきたくないという思いの間に挟まれていた。
 もし希望を持ってミネルバさんに近寄っていって、また拒絶されてしまったら。
 それを想像してしまっただけで、俺は震え上がりそうになっていた。
 こんな恐怖、今まで俺は知らなかった。幸運なのだろうか、不運なのだろうか。
 だが、できれば諦めたくない。もう一度、ミネルバさんと魔法の話がしたいのだから。

「どうだかな。まあ、ミネルバさんとまた仲良くできるのなら、嬉しい限りだが」

「君は思った以上にミネルバさんにのめり込んでいるね。でも、良かった。魔法だけしか目に入っていないんじゃないかと思っていたから」

 それは否定できないかもしれないな。空間魔法を知るまでは、いつでもどこでも魔法のことばかり考えていた。
 空間魔法を使うために脇目もふらずに走り続けたこともあった。
 思えば、ミネルバさんを好きだったと自覚するまでは、魔法以外は何も見ていなかったかもしれない。

「それはいいことなのか? アベルが言うのならば、俺以外にとってはいいことなのかもしれないが」

「そんなところかな。君は1人で生きて1人で死ぬんじゃないかと思っていたから。でも、その心配はなさそうだ」

 どうだろうな。俺にはミネルバさん以外にも好きになる人ができるのだろうか。
 まあ、今考えても仕方のないことか。流石に今すぐ他の人を好きになれる気はしない。

「アベルが俺の友達で良かったよ。心配してくれるなんて、ありがたい限りだ」

「どういたしまして。僕もルイスが友達なのは嬉しいから、お互い様だよ。それで、もう大丈夫そう?」

「ああ、そうだな。だいぶ気が落ち着いたと思う。これなら、空間魔法を使っても大丈夫かもしれないな」

「それなら、また明日。ミネルバさんとうまくいくといいね」

「じゃあな。それはゆっくりと考えるとするよ」

 アベルと別れてそれから。
 俺は空間魔法が使えるコンディションかを確認するために、いくつかの魔法を使っていた。
 5属性の複合魔法、単一属性を追求した魔法。
 それらを使っている限りでは、魔力の乱れは感じなかった。
 そこで、空間魔法について考えてみる。すると、気が楽になったのか、集中が乱れそうなほどの苦しみは感じなかった。

 そこで、2属性からゆっくりと空間魔法でも通じる形で魔力を混ぜていく。
 そして5属性に到達し、俺は空間魔法を使うことに成功した。喜びのままに何度か空間魔法を使っていると、あることに気がついた。
 それは、俺がミネルバさんの顔から思い描いた光景の空間魔法では、全く威力を出せなくなっているという事実だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ

汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。 ※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。

今度は、私の番です。

宵森みなと
恋愛
『この人生、ようやく私の番。―恋も自由も、取り返します―』 結婚、出産、子育て―― 家族のために我慢し続けた40年の人生は、 ある日、検査結果も聞けないまま、静かに終わった。 だけど、そのとき心に残っていたのは、 「自分だけの自由な時間」 たったそれだけの、小さな夢だった 目を覚ましたら、私は異世界―― 伯爵家の次女、13歳の少女・セレスティアに生まれ変わっていた。 「私は誰にも従いたくないの。誰かの期待通りに生きるなんてまっぴら。自分で、自分の未来を選びたい。だからこそ、特別科での学びを通して、力をつける。選ばれるためじゃない、自分で選ぶために」 自由に生き、素敵な恋だってしてみたい。 そう決めた私は、 だって、もう我慢する理由なんて、どこにもないのだから――。 これは、恋も自由も諦めなかった ある“元・母であり妻だった”女性の、転生リスタート物語。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

忘れるにも程がある

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたしが目覚めると何も覚えていなかった。 本格的な記憶喪失で、言葉が喋れる以外はすべてわからない。 ちょっとだけ菓子パンやスマホのことがよぎるくらい。 そんなわたしの以前の姿は、完璧な公爵令嬢で第二王子の婚約者だという。 えっ? 噓でしょ? とても信じられない……。 でもどうやら第二王子はとっても嫌なやつなのです。 小説家になろう様、カクヨム様にも重複投稿しています。 筆者は体調不良のため、返事をするのが難しくコメント欄などを閉じさせていただいております。 どうぞよろしくお願いいたします。

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

処理中です...