桜1/2

平野水面

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夏の幻影

思い出話2

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 波打ち際で亜希と遊ぶ恵さんに声をかけた。
「恵さん、場所を変えて二人きりで話せない?」
 亜希は「トイレに行ってくる」と海の家の方へ歩いて行った。
「気を遣わせたみたいね。で、適当な場所はあるかしら?」
「それなら砂浜に隣接した公園のベンチはどうかな?」
「いいわ。案内してよ」
 僕は恵さんの前を歩く。
 砂浜と内陸の境にある短い石段を上ると小綺麗な公園があった。
 見るからに真新しい公園。
 辺りを伺うと最も海に近い所にベンチが設置されていて、海と平行して等間隔に並べられていた。
 ベンチの上には日除けのパラソルが備え付けられていた。
 シーズンに合わせて映えスポットとして作られたとネットで書いてあったけど、辺りを伺う限り発案者の狙い通りにはなっていないようで、海水浴シーズン真っ只中にも関わらず使用者は僕たちだけという残念な結果になっていた。
 まあ他人を気にせずに話せるのでかえって好都合か。
「何か飲み物は?」
 ベンチから少し離れた後方にある自動販売機を指を差したが、恵さんは首を横に振って「いらない」と言ってベンチに腰かけた。
 僕は恵さんの左隣に座った。
 恵さんの表情を窺うと静かに海を眺めている。
 僕も海へ視線を向けた。
 一望とまでとはいかないが、海と海水浴場をよく見渡せる場所。
 海水浴を楽しんでいる人達の喧騒が遠くに聞こえる。
 これなら普通の音量で話せるだろう。
 さっそく気になっていることを訊ねた。
「恵さん、さっき何か言おうとしてませんでしたか?」
「私のサインを受け取ってくれたのね」
「はい。なので周りを気にせずにどうぞ」
 恵さんは無言のまま僕をじっと見つめてきた。
 妙な間があってからクスッと笑ってから口を開いた。
「君の知らない過去のこと。君の中にいる至恩が忘れてしまった私たちの出会った頃の話。それを聞いて欲しいの?」
 僕は黙って頷いた。
「高校入学して間も無く、私も貴方もクラスでは浮いた存在になっていた。今の私とは真逆の立場だったのよ。意外でしょ?」
「はい」
「理由は私がモテるから。同級生だけでなく他のクラス、上級生からも毎日立ち代わりに告白された。その時は私は恋愛に興味が無いから全部断ってたわ。面倒だから男子に素っ気ない態度をとっていたら、女子からは『生意気な奴』と言われるようになっていた」
 恵さんの意外な話に驚きながらも聞き入っていた。
「それでね、モテない同性の僻みって大変なの。身に覚えのない噂が流れたわ。尻軽から始まってヤリマンへ昇格したと思った矢先にヤリマンからビッチへ変わった。まるで二階級特進よ。流石にこれはきついから白井先生に相談して解決して貰おうとしたの。そしたらチクったって噂が広がって、チクリとビッチを掛け合わせた『チクビッチ』へ大出世を果たしたわ。不本意だけどね」
「ネーミングセンスは置いといて。恵さんも大変だったんですね」
「まったくよ。悍ましい黒歴史よ。でも私は仕方がないことだと思ってたの」
「恵さんにしては珍しく弱気ですね。当時は追い詰められていた?」
「違うわ諦めよ。と言っても私自身へではなくクラスの連中によ。学校という閉鎖的な狭い世界で、狭い見識の中から取り出した短い物差しだけで、何もかも測ろうとするからバグるのよ。その物差しでは測れない優れた者の存在と、勝手に引いた基準線に満たない存在を異物と見なし、前者には誹謗中傷を、後者には実力行使いじめで苦しめる。物差しを使う側の測り方が誤っているとなぜ気づかないのかなって。結局、群衆効果で流されているだけとは知らずに愚かよ」
 過去を語る恵さんの目は鈍い光を放つ。
 底知れぬ恐怖を感じる。
 けれどそれすら恵さんの美しさが損なわれるどころか、一層魅力的に見えてしまう僕は、恵さんと同等に異物なのかもしれない。
「その状況の中で今の僕が知らない過去の僕へどう繋がるの?」
「最初に言ったの聞いた? 至恩もクラスでは浮いた存在だったと」
「ああ、そういえば」
「クラスで浮いた者が二人いれば自然と接近しちゃうのが当然。いいえ、必然だったのかもね。至恩から声をかけられたの」
「なんて声をかけたのです?」
 恵さんは海を眺めながら大きくため息を吐いた。
 夢の中にいるバッタもんの性格と今の恵さんの所作から、何となく察しがついた。
「初対面で『何でチクビッチって呼ばれてるの? 乳首と関係があるの?』と厭らしい表情で聞いてきたわ。至恩に限って言えばクラスメイトの評価の正しさを証明していた。最低な出会いだったわ」
「僕の過去ではないけど、他人事に思えない。なんか……ごめん」
「何で君が謝るのよ」
「……だね」
 僕らは笑った。
 恵さんは「もう」と言いながら自身の体を傾け、肩と二の腕を使って僕を小突いてきた。
 一瞬だけ直に触れた恵さんの柔肌。  
 ふんわりとした感触にドキッとした。
 なるべく見ないようにしていた恵さんの胸。
 羽織る白いカーディガンの間から見える胸の谷間へチラリと視線を向ける。
 まだ腕に残るあの感触を胸の柔らかさに重ね合わせ、僕の想像の中で恵さんの胸を弄んだ。
 ここは冷静にと、その邪念を振り払おうと首を左右に振った。
「そ、それで最悪な奴から好きへ変わった切っ掛けは?」
「最初はデリカシーの無い至恩を無視していた。でもあの手この手と色々なやり方で私を気を引こうとしたり、笑わせようとしていた。意味の無いことを愚直に頑張っていたから訊ねちゃったのよ。『どうして私に絡むの?』ってね」
「それで過去の僕は何と?」
「至恩はね、『好きです。僕の童貞を貴女に捧げます』って教室で大声で告白したのよ。ヤバイでしょ?」
「ヤバイですね。最悪だったでしょ?」
「ええ最悪よ」
 恵さんはそうは言うけれど、幸せそうにはにかむ。
 恵さんにとってこの思い出は最悪ではないようだ。
「全くロマンチックの欠片すらない告白だったわ。予想外すぎてお腹を抱えて笑っちゃったわよ。でね、その流れで『OK』しちゃったのよ私。本当に最悪の選択をしたわ」
 聴いていて呆れるような惚気話。
 普通の人なら引くようなつまらない下ネタであっても、恵さんにとっては笑いのツボを刺激するものだったのだろう。
 この二人の笑いのツボは一緒なのかもしれない。
 だとすれば出会うべくして出会った運命の人なのだろうか。
 恵さんの表情を窺う。
 海を見る恵さんの目がキラキラと輝いていた。
 夏の日差しを反射して輝く波よりもずっと綺麗だった。
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