追放即死と思ったら転生して最強薬師、元家族に天罰を

タマ マコト

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第7話:七歳、誰にも教わらない初調合

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 夏の終わりは、匂いが重い。
 草の青さが熟れて、土が甘くなって、川の水が少しぬるくなる。
 村の空気はそれだけで「もうすぐ季節が変わるよ」って囁いてくるのに、その日だけは違った。

 焦げたみたいな熱の匂いがした。

「ライル! ライルいるか! 頼む、来てくれ!」

 戸を叩く音が、家の中に響いた。
 ミラが鍋をかき回していた手を止め、顔を上げる。

「……嫌な声」

 彼女が小さく呟く。
 嫌な声――切羽詰まって、祈りと怒りが混ざってる声だ。助けてほしい時の声。

 ライルはすぐに立ち上がり、戸を開けた。
 外に立っていたのは村の猟師、バルトン。大柄な男が、今日は小さく見えた。

「息子が……ジョシュが熱で……朝からずっと、意識が……!」

「落ち着け。どんな症状だ」

「熱い、震えてる、汗が出ない……目が、焦点が合ってない。水も吐く。俺の手じゃ――」

 ライルは短く頷いた。

「行く。ミラ、包帯と湯を。あと――」

「解熱薬、ないよ」

 ミラの言葉が切れ味を持って落ちた。
 現実はいつも、優しくない。

 ライルの顔が一瞬だけ硬くなる。
 この家には薬草がある。技術もある。
 でも“必要な時に必要なだけ”揃っているわけじゃない。
 王都の名門とは違う。
 貧しさは、選択肢を奪う。

 その会話を、エリシアは台所の隅で聞いていた。
 七歳の身体。短い腕。小さな胸。
 それでも胸の奥には、冷たい鈴が鳴っている。
 助けなきゃ、と鳴る鈴。
 助けないと、また誰かが死ぬ、と鳴る鈴。

 エリシアはライルの袖を掴んだ。

「……いく」

「エリシア、今日は――」

「いく」

 子どもの声は短くて、でも譲らない。
 ライルはエリシアの目を見た。
 数秒、黙った。
 その沈黙は“禁止”じゃなく、“測ってる”沈黙だった。

「……分かった。離れるな」

 それだけ言って、ライルはエリシアの頭に手を置いた。
 軽く、でも確かに。
 その手の温度が、背中を押した。

 *

 バルトンの家は村の端。
 木の壁、低い天井、狭い寝室。
 中に入った瞬間、熱の匂いが濃くなった。
 汗の酸っぱさと、乾いた喉の匂いと、病気が出す独特の甘さが混ざっている。

「ジョシュ……!」

 母親のルーシーが、寝台の横に座っていた。
 顔色が悪い。泣きすぎた目。
 寝台の上には、七歳くらいの少年が横たわっている。エリシアと同い年。
 頬が赤く、唇は乾き、呼吸が浅い。

 ライルが額に手を当てる。

「……高い。かなり」

 ミラが持ってきた布を水で濡らし、額に当てる。
 でも少年の身体は熱を抱えたまま、震えるように小さく動いた。

「薬師さん……助けて……」

 ルーシーの声が擦れている。
 “薬師さん”と呼ばれるのが、エリシアには少し引っかかった。
 ライルは薬師じゃない。治療師だ。
 でも村人にとっては、どちらも“助ける人”だ。

「できることはする」

 ライルはきっぱり言った。
 その言い方が頼もしいのに、目の奥が少し苦しそうだった。
 薬がない。
 今あるのは、水と布と、手。

「町の医者は?」

 ミラが聞く。

「遠い……馬を飛ばしても半日……それまで持つか……」

 バルトンが唇を噛む。

 エリシアは、少年の匂いを嗅いだ。
 鼻から入ってくる匂いが、いつもより強い。
 病が出す匂いは、薬草よりはっきり“言葉”を持つ時がある。

『燃えてる』
『乾いてる』
『詰まってる』

 言葉にならない“意味”が、胸に押し寄せる。
 熱を下げるだけじゃ足りない。
 身体の中の何かが、巡ってない。詰まってる。

(……薬がないなら、作る)

 思った瞬間、自分でも驚くくらい自然だった。
 奇跡じゃない。
 これは、呼吸の延長。
 匂いが言葉になるなら、その言葉で調合すればいい。

 エリシアはライルの服の裾を引いた。

「ライル」

「ん?」

「……くさ、いる。いま」

 ライルの眉が動いた。

「草?」

「ひやす。うごかす。ぬく……ちょっと」

 言葉が足りない。子どもの口は、表現が少ない。
 でも匂いの言葉は、もっと多い。
 その間を繋ぐのが難しい。

 ミラがエリシアの目を見て、息を呑んだ。

「……エリシア、分かるの?」

 エリシアは頷いた。
 頷きながら、胸の奥の鈴が鳴る。
 チリン。
 冷たい音。
 ここで目立てば、危ない。
 でも目立たないまま、ジョシュが死ぬのは嫌だ。

 ライルは少しだけ黙って、そして言った。

「……何が必要だ」

 その声は、信じる声だった。
 疑う声じゃない。
 だからエリシアは、腹の底が熱くなるのを感じた。

「うん、……は……はっか。あと、にがい……」

「セージ?」

「うん。あと、しろいはな……ねむく」

「カモミール」

 ミラがすぐ言う。
 彼女はもう、エリシアの“匂いの言葉”を理解し始めている。

 ライルが頷く。

「採りに行く。ミラ、鍋を借りよう。火を起こせるか?」

「できる。ルーシー、台所借りるね!」

 ミラが動き出す。
 ライルも外へ出る。
 エリシアはその背中を追おうとして、バルトンの手に止められた。

「お嬢ちゃん……寒いだろ。中にいな」

 優しい手。
 でもエリシアは首を振った。

「いく」

 そう言って、外へ出た。
 雨上がりの草むらは濡れていて、靴が泥に沈む。
 ライルが振り返る。

「離れるなよ」

「はなれない」

 エリシアはライルの袖を掴んだ。
 そのまま、草むらへ入る。

 匂いが、道を作る。
 薄荷の匂いは涼しく、セージは深く、カモミールは甘い。
 それぞれが“こっちだ”と囁く。

『冷やせ』
『落ち着け』
『眠れ』

 エリシアは小さな手で薬草を摘む。
 葉の触感が指先に残る。
 湿った柔らかさ。
 根を引き抜く時の抵抗。
 その全部が、材料の“状態”を教えてくれる。

「……お前、ほんとに分かってるのか」

 ライルがぼそっと言った。
 疑いじゃない。
 信じたいがゆえの確認。

 エリシアは頷く。
 言葉にすると怖いから、頷くだけ。

 *

 バルトン家の台所。
 ミラが鍋に水を張り、火にかけている。
 薪がはぜる音。
 鍋の底から小さな泡が立ち始める。

「エリシア、これをどうする?」

 ミラが聞く。
 彼女の目は真剣だ。
 子ども相手の目じゃない。
 “治療師の相棒”を見る目。

 エリシアは、薬草の束を鍋の横に並べた。
 前世の教本の手順は捨てる。
 あれは“正解”を押し付ける体系で、今の自分の呼吸とは合わない。

 匂いと触感と、声。
 それだけを頼りにする。

 鍋が沸いた。
 湯気が立つ。

 エリシアは薄荷をひとつまみ入れた。
 湯気に涼しい匂いが混ざる。

『冷やせ』

 次にセージ。
 深い香りが沈む。

『落ち着け』

 カモミールは最後に少しだけ。
 甘い香りがふわっと上がる。

『眠れ』

 ミラが驚いた顔で見ている。

「……すごい匂い」

 ライルが鍋の上に手をかざす。

「この配合、どこで覚えた」

 エリシアは首を振った。
 覚えてない。
 知っている。
 それだけ。

 火を弱める。
 煮すぎると香りが死ぬ。
 香りが死ぬと“意味”がぼやける。
 エリシアはそれを直感で知っていた。

 しばらく煮た後、火を止める。
 粗熱を取る。
 そして沈殿が下に溜まるのを待つ。

 待つ時間、ミラが小声で聞いた。

「ねえ、エリシア。これ……本当に効く?」

 エリシアは鍋を見つめたまま、頷いた。
 胸の奥の鈴が鳴る。
 チリン。
 冷たい音。
 自分の中の自信が、少しずつ形になる音でもある。

 沈殿が落ちた。
 上澄みは澄んでいて、匂いが立っている。
 エリシアは布で濾して、小さな器に移した。

「……のませる」

 ライルが器を取り、寝室へ向かう。
 エリシアもついていく。
 ルーシーが不安そうに立ち上がった。

「これ……薬……?」

「薬だ」

 ライルが言う。
 でもその目線は、エリシアに一瞬だけ向いた。
 “お前が作った”と言っている目。

 ルーシーの手が震える。

「飲ませて……いいの……?」

 ミラがそっと肩に触れる。

「今ある希望はこれだけ。信じよう」

 信じる。
 その言葉が、エリシアには重かった。
 前世では信じた瞬間、裏切られた。
 でも今、信じることで命が繋がる。

 ライルが少年の頭を少し起こし、唇に器を当てる。
 少しずつ、少しずつ。
 飲ませる。

 ジョシュの喉が動いた。
 一口。二口。
 苦しそうな息の合間に、薬が入っていく。

 数分。
 ただの数分が、永遠みたいに長い。

 少年の呼吸が、少しだけ深くなった。
 震えが小さくなる。
 額の熱が、じわっと引いていく。

「……え」

 ルーシーが声を漏らした。

「……熱、さがってる……?」

 バルトンが少年の額に手を当て、目を見開く。

「本当だ……!」

 ミラが息を呑み、ライルは唇を結んだまま、静かに頷いた。

 ジョシュの眉間の皺がほどけ、まぶたがゆっくり閉じた。
 眠った。
 それは気絶じゃない。
 身体が休むための眠りだ。

「……寝た」

 ルーシーが泣き崩れた。
 バルトンが妻の肩を抱き、声を詰まらせる。

「奇跡だ……!」

 その言葉が部屋に落ちる。
 奇跡。
 信じられない。助かった。
 全部が混ざった言葉。

 エリシアは心の中でだけ答えた。

(奇跡じゃない。これは私の本来の呼吸だ)

 匂いが言葉になる。
 その言葉を辿れば、薬は作れる。
 誰にも教わらなくても。
 教本がなくても。
 家の体系がなくても。

 胸の奥の鈴が鳴る。
 チリン。
 冷たい音。

(ラウフェン家がこれを見たら、どう思うだろう)

 怖がる。
 消そうとする。
 また殺す。

 その想像だけで、背筋が冷える。
 でも同時に――胸の奥が少し熱い。

(見せてやりたい)

 復讐、という感情はまだ言葉にならない。
 でも確かに、心の底で芽を出している。

 ライルが、エリシアの肩に手を置いた。
 今度は子どもを撫でる手じゃない。
 同じ現場に立った者への手だった。

「……よくやった」

 その一言で、エリシアは危うく泣きそうになった。
 泣かなかった。
 泣く代わりに、鈴が鳴った。

 冷たく、小さい音。
 けれど確かに、未来へ続く拍動。
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