追放即死と思ったら転生して最強薬師、元家族に天罰を

タマ マコト

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第8話:再定義の片鱗、毒と薬の境界を溶かす

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 夜の雨は、村の土を重くする。
 昼間に乾ききらない湿気が家の壁に染み込み、薪の匂いまで少しだけ甘ったるくなる。
 そんな夜、ライルはいつもより無口だった。

 無口というより、動きが硬い。
 右腕をかばうように、肩が上がっている。
 火傷跡を隠す布が、いつもよりきつく巻かれている。

「……ライル、腕」

 エリシアが言うと、ライルは一瞬だけ視線を逸らした。
 子どもに隠し事をする、というより――自分に認めたくない顔。

「大丈夫」

 その言い方が、大丈夫じゃない。

 ミラが鍋を火から下ろし、ライルの方へ歩いてきた。
 彼女は生活の音に敏感だ。
 鍋が焦げる前の匂い、誰かの呼吸が浅くなる気配、痛みで人が出す沈黙の形。

「大丈夫じゃないでしょ」

 ミラが言う。
 言い方はキツいのに、目が心配で濡れている。

「……また痛むの?」

「ちょっとな」

 ライルは短く答えた。
 でも“ちょっと”の割に、額に汗が浮いている。

 エリシアは椅子から降り、ライルの横に立った。
 七歳の身長では、彼の顔を見上げる形になる。
 見上げると、分かる。
 彼の目の奥が、痛みで濁っている。

「見せて」

 エリシアが言うと、ライルは苦笑した。

「怖くないのかよ。火傷だぞ」

「怖くない。……見ない方が怖い」

 それは本音だった。
 痛みを隠される方が、よっぽど怖い。
 前世で、家族はいつも“隠して”殺した。
 笑って、泣いて、優しい言葉を使って、裏側で毒を混ぜた。
 だから、隠されると胸の奥の鈴が鳴る。

 チリン。
 冷たい音。

 ライルは諦めたようにため息をついて、布をほどいた。
 巻き終わりが外れた瞬間、湿った血と薬草の匂いが混ざった“嫌な匂い”が立った。

 エリシアの鼻がひくっと動く。
 匂いが、言葉になる。

『詰まってる』
『腐ってる』
『中にある』

 火傷跡の赤黒い皮膚の一部が、じわっと腫れている。
 その周囲が熱を持ち、皮膚の下に何かが溜まっているような硬さがあった。

「……毒素」

 エリシアがぽつりと言う。

 ミラの顔が強張った。

「毒素って……感染?」

「うん。古い傷。……中で、たまってる」

 ライルは顔をしかめる。

「やっぱりか。最近、動かすと刺すように痛む。夜に、ズキって」

 ズキ、という言葉がリアルで、エリシアの背中が冷えた。
 ライルは強い。強いのに、夜に痛みで目が覚める。
 それは“強さ”ではどうにもならない領域だ。

「薬、ある?」

 エリシアが聞くと、ミラが首を振った。

「抗炎症の草はあるけど、根本的に抜けるかは……」

「俺は別に平気だ」

 ライルが言う。
 いつもの“我慢で済ませる”声。

 エリシアはライルの腕に触れた。
 熱い。
 熱さの中に、妙な冷たさがある。
 外は熱いのに、内側が冷えて固まっている感じ。
 それが匂いの言葉と一致する。

『出せ』
『押し出せ』
『流せ』

 エリシアの脳裏に、ある草が浮かんだ。
 村人が嫌う草。
 触ると痺れる、匂いがきつい、家畜が食べると倒れる。
 毒草として忌避され、畑の外に生えると焼かれる草。

(でも……あれは“出す”方向の毒)

 毒は、殺すだけじゃない。
 “動かす”毒もある。
 神経を刺激して、巡りを無理やり変える毒。
 それを――方向を変えれば。

 エリシアは顔を上げた。

「作る」

「え?」

 ミラが驚く。

「ちょっと待って、何を」

「ライルの腕。……出す。毒、出す」

 言葉が足りない。
 でもエリシアの中では、匂いが図面みたいに組み上がっていく。
 薄荷の冷やす。
 セージの落ち着け。
 炎症を抑える草。
 そして――毒草を少量。

 毒を“毒のまま”使うんじゃない。
 毒の性質を、反転させる。
 排出を促し、溜まりを動かし、外へ出す。

 ライルは眉を寄せた。

「待て、エリシア。危険なことは――」

「危険なのは、今」

 エリシアは言い切った。
 子どもの口なのに、言葉が冷たくなる。
 冷たさは復讐の鈴の音と同じ温度。
 失うのが怖い。

 ミラがエリシアの肩を掴んだ。

「エリシア、聞いて。毒草はダメ。使い方を間違えたら――」

「間違えない」

 エリシアの声は静かだった。
 静かで、だから強い。

「私には分かる」

 分かる。
 匂いが言葉になるから。
 触った感触が状態を教えるから。
 薬草が“こう使え”と囁くから。

 ミラは青ざめた。

「それ、毒よ」

 その言葉は正しい。
 村の常識では、毒草は毒。
 触れてはいけない。
 使ってはいけない。

 エリシアはミラを見上げた。
 目を逸らさずに。

「毒は、量と方向で薬になる」

 声に出した瞬間、自分の中で何かがカチッと噛み合った。
 前世で、誰かが口にしていた言葉ではない。
 教本に書いてある正論でもない。
 これは――自分の“定義”だ。

「……私には分かるの」

 最後にそう付け足すと、ミラの手が少し震えた。
 怖い。
 でも信じたい。
 その揺れ。

 ライルが、エリシアの頭に手を置いた。
 いつもの軽い手じゃなく、重みのある手。

「……やるなら、俺が見てる」

 その言葉が、許可になった。
 同時に責任になった。
 エリシアは頷く。

 *

 夜更け。
 外は雨が細く降り続けている。
 家の中は暖炉の火だけが揺れている。
 ミラは眠い目を擦りながらも、道具を並べた。鍋、臼、布、瓶。
 ライルは椅子に座り、右腕を机の上に置く。顔色は悪い。でも目は逸らさない。

 エリシアは外套を着て、裏の小道へ出た。
 雨でぬかるんだ地面を、小さな足で踏みしめる。
 毒草は畑の外れに生える。人が嫌う場所に、強く生える。

 匂いが導く。
 鼻腔に刺さる、鋭い青臭さ。
 触ると指先がじんと痺れる草。

『動かせ』
『出せ』
『押し出せ』

 エリシアは手袋をして、慎重に葉を摘んだ。
 少量。ほんの少量。
 量を間違えたら終わる。
 だから、息を止めて摘む。

 戻ると、ミラが眉間に皺を寄せて待っていた。

「ほんとにそれ、持ってきたのね……」

「うん」

 エリシアは短く答える。
 怖がられるのは慣れている。
 でも今は、怖がられてもやる。

 臼で毒草をすり潰す。
 擦るたびに、匂いが立つ。
 刺すような匂い。

 次に、炎症を抑える草を入れる。
 匂いが丸くなる。
 セージを少し。
 薄荷を少し。
 カモミールは――今回は要らない。眠らせる必要はない。意識は保たせる。

 湯で練る。
 粘度を調整する。
 触感で判断する。
 硬すぎると浸透しない。柔らかすぎると流れて薄まる。

 エリシアは指先で確かめながら、最後にほんのひとつまみ、毒草の粉を混ぜる。
 その瞬間、混合物の匂いが変わった。

 刺す匂いが、裏返る。
 攻撃の匂いが、排出の匂いになる。
 言葉が来る。

『流せ』
『出せ』
『通せ』

 エリシアは、息を吐いた。
 できた。

「……塗るよ」

 エリシアが言うと、ライルは頷いた。
 ミラは顔色がまだ青い。

「待って、ほんとに待って。少しだけにして。ほんとに少しだけ」

「うん。少し」

 エリシアは布を湿らせ、火傷跡の周囲を拭いた。
 肌が熱い。
 触れるだけで痛みが伝わる。
 ライルの指が机を掴む。

「痛い?」

 エリシアが聞くと、ライルは笑った。

「お前に聞かれると、なんか情けないな」

「情けなくない」

 エリシアは真顔で言った。

「痛いのは、悪くない。……生きてる」

 ライルが一瞬、息を止めた。
 次に、ふっと笑った。

「……そうだな」

 エリシアは調合した薬を少量、患部に塗った。
 粘りが皮膚に馴染む。
 匂いが立つ。
 ミラが思わず後ずさる。

「うっ……それ、怖い匂い」

「大丈夫」

 エリシアは言う。
 言うけど、自分も緊張している。
 手のひらに汗が滲む。
 鈴が鳴る。チリン。
 失敗したら、ここが壊れる。

 数十秒。
 ライルが眉をひそめた。
 痛みが増したのかと思って、エリシアの心臓が跳ねる。

「……熱い」

 ライルが呟く。
 次に、歯を食いしばる。

「……う、わ。これ、来る……!」

 ミラが青ざめて、エリシアを見た。

「エリシア、やっぱり――」

「待って」

 エリシアは言った。
 匂いが言っている。これは“動き始めた”匂いだ。
 詰まりが崩れて流れ出す匂い。

 ライルの火傷跡の腫れた部分が、じわっと赤くなる。
 赤さが広がり、次に少しだけ白く浮く。
 そして――皮膚の表面に、薄い汗のようなものが滲んだ。
 汗じゃない。
 膿に近い、溜まっていたもの。

「……出てる」

 ミラが声を漏らした。
 怖さと驚きが混ざっている。

 エリシアは布で優しく拭う。
 拭うたびに匂いが変わる。
 腐った匂いが薄くなる。
 詰まりが減っていく。

 ライルの肩が、少しずつ下がった。
 呼吸が深くなる。
 眉間の皺がほどける。

「……うそだろ」

 ライルが呟いた。
 その声は、痛みが引く驚きの声だった。

「……軽い」

 ミラが口元を手で覆った。

「ほんとに……効いてる……」

 ライルが手首を回す。
 いつもならそこで顔をしかめるのに、今日は顔をしかめない。
 代わりに、信じられないみたいに笑った。

「……動かせる」

 その瞬間、エリシアは確信した。
 胸の奥の鈴が、強く鳴る。
 コトン、じゃない。
 もう少し高い音。
 氷の中に火が灯る音。

(これだ)

 家が恐れたのは、これ。
 既存の薬学がひっくり返る感覚。
 毒と薬の境界が、溶ける瞬間。

 “毒草は使うな”という常識が、意味を失う。
 “正しい配合比”という教本が、ただの檻になる。
 “名門の体系”が、世界の全てじゃなくなる。

 エリシアは、静かに息を吐いた。
 勝った、という感覚はまだない。
 ほらやっぱり、という言葉もまだ早い。
 でも確かに思う。

(私は、私のやり方で生きる)

 ミラがまだ震える声で言った。

「……エリシア、あなた……」

 エリシアはミラを見上げ、少しだけ笑った。

「だいじょぶ。……ちゃんと、戻せる」

 戻せる。
 壊すだけじゃない。
 溶かして、形を変えて、より良い方へ戻す。

 ライルが、エリシアの頭に手を置いた。
 今度は、褒める手じゃなく、感嘆の手だった。

「……お前、すげえな」

 その言葉が、胸を温めた。
 でも胸の奥の鈴は鳴り続ける。
 冷たく小さい音で。

 それは警告でもある。
 この力は、いずれ見つかる。
 見つかったら、また奪われる。

 だからエリシアは、笑わなかった。
 ただ、目を閉じて、匂いを確かめた。

 腐りが消えた匂い。
 流れが戻った匂い。
 生きている匂い。

 その匂いが、今日の成功を静かに証明していた。
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