追放即死と思ったら転生して最強薬師、元家族に天罰を

タマ マコト

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第10話:ラウフェン家の名、遠くで軋む

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 王都の秋は、最初に喉から始まる。
 朝の空気がひんやりして、息を吸うたびに肺の奥が少し痛む。
 人々はそれを「季節の変わり目だからね」で済ませる。いつも通りに。

 でも、その年だけは違った。

「また咳が止まらない人が出たって」

「薬師協会の救護所、混み始めてるらしい」

「熱が長引くらしいよ。普通の風邪じゃないって」

 噂は王都でも風より軽い。
 市場の肉屋の声、パン屋の行列、酒場の裏口、馬車待ちの広場――
 人が集まる場所ほど、病の話が早く回る。

 流行病の前兆。
 まだ“流行”と呼ぶには早い。
 でも目利きの者は気づく。
 空気の匂いが変わった、と。

 王都の中心、ラウフェン家の屋敷の薬室では、いつもより多い注文票が積まれていた。
 封蝋の色も数も、どれも緊急を示している。

 当主グレゴール・ラウフェンは机の前に立ち、紙束を指で弾いた。
 弾く音が乾いて、苛立ちが部屋に広がる。

「薬師協会が騒ぎすぎだ。咳と熱の患者が増えただけで、大げさに供給を求めてくる」

 それは言葉としては冷静だ。
 だが声の底に、焦げた苛立ちがある。
 “名門としての責任”より先に、“名門としての面子”が揺れている苛立ち。

「父上、でも実際に増えてます」

 ルーカスが言う。
 白衣を着た姿は様になっている。
 だが今は、その余裕のある笑みが消えていた。

「協会の救護所から、追加で解熱薬と鎮咳薬の要請が来ています。供給を絞ると、他家に回ります」

 他家に回る。
 それは“名門の席”を奪われる、という意味だ。

 グレゴールの眉が動く。

「奪われる? 奪えるものなら奪ってみろ。ラウフェンの薬に勝てる家などない」

 言い切った。
 その自信は長年の成功が作ったものだ。
 成功は、慢心の形をして積もる。

 セラフィーナは薬室の奥で、静かに手を動かしていた。
 感覚調整薬の調合。
 透き通った液体を瓶に移し、蓋を閉め、印を押す。

 彼女の指先が、ほんのわずかに震えた。
 震えは、一瞬で押し潰される。
 震えを見せることは、この家では“弱さ”だ。

(……震えてる? なぜ)

 セラフィーナ自身も、理由を言葉にできない。
 最近、音が大きい。
 香りが刺さる。
 光が痛い。
 それらを「疲れ」として処理して、今日も瓶を並べる。

 抑制。
 長年の抑制が、彼女の中で当たり前になりすぎて、崩れ始めたことに気づけない。

 ――崩れるときは、派手じゃない。
 雷じゃない。
 静かな浸食だ。

 *

 薬室の外、応接間では、リーナが笑っていた。
 社交界の茶会。
 白いテーブルクロス。
 甘い菓子。
 香水の匂い。
 華やかな笑い声。

「最近、王都で咳が流行ってるって聞くけど……ラウフェン家は大丈夫?」

 貴族の娘が心配そうに問う。
 その心配は半分本物で、半分は“探り”だ。

 リーナは扇子で口元を隠し、可憐に笑った。

「もちろんです。ラウフェン家の薬がある限り、王都は大丈夫。ね?」

 “ね?”の問いかけは、相手に同意を強要する甘い圧。
 リーナはそれが得意だった。
 泣いて、笑って、場を作る。
 愛玩子として生きる技術。

「でも、効きが弱いって噂も……」

 別の娘が、わざとらしく首を傾げた。
 噂を運ぶ口はいつだって、砂糖でコーティングされている。

 リーナの笑みが一瞬だけ硬くなる。
 でもすぐに柔らかく戻す。

「噂って怖いですよね。効きが弱いだなんて、ありえません。きっと使い方が間違ってるんです」

 責任を“外”に押しやる言葉。
 それも社交の作法。
 責任を引き受けるのは当主の役目で、娘の役目は“家の無事”を演出すること。

 リーナはそれを完璧にこなしていた。
 そして、その完璧さが――彼女を守りもしたし、檻にもした。

 *

 夕方。
 薬師協会の監督官がラウフェン家の薬室を訪れた。

「供給量を増やしていただきたい。救護所が追いつかない」

 監督官は淡々と告げる。
 淡々としているが、その目は疲れている。
 患者の匂いが目の奥に染みついている目だ。

「増やしている」

 グレゴールが苛立ちを隠さず返す。

「だが、無駄に配る気はない。軽症にまで出すから足りなくなる」

「軽症が重症になります。当主」

 監督官が言い返す。
 正論の衝突。
 正論は、いつも硬い音を立てる。

「……それより」

 監督官が少し声を落とした。

「ラウフェン家の解熱薬、効きが遅いという報告が増えています」

 その瞬間、薬室の空気が凍った。

 ルーカスが口を開く。
 声が少しだけ速い。焦りが混ざる。

「使い方の問題です。飲ませる時間や量を守らないから――」

「守っています」

 監督官はきっぱり言った。

「同条件で他家の薬と比較した報告もあります。ラウフェン家の薬だけ、熱の引きが鈍い」

 グレゴールの顔色が一段冷える。

「……そんな報告、信用するな。どこの家だ。嫉妬だろう」

「当主」

 監督官の声が、少しだけ強くなる。

「今は争っている場合ではない。王都の人々が――」

「黙れ」

 グレゴールが遮った。

「ラウフェンが負けるはずがない。負けたことがない。結果がすべてだ。結果で証明してきた」

 結果。
 その言葉が、薬室の壁にぶつかって跳ね返る。

 ルーカスは唇を噛んだ。
 焦りが、皮膚の下を走る。
 父は“負けない”と決めつける。
 でも現実は、じわじわと軋んでいる。

(効きが遅い? ありえない。配合は正しい。教本通りに――)

 教本通り。
 その言葉が、ルーカスの胸の奥で不安を呼ぶ。
 教本通りに作れるのは得意だ。
 でも教本が間違っていたら?
 病が変質していたら?
 “正解”が古くなったら?

 その問いは、ルーカスにとって恐怖そのものだった。
 なぜなら彼は、“正解をなぞる”ことで価値を得てきたから。

 セラフィーナは瓶を並べながら、視界の端がチカチカするのを感じた。
 光が刺さる。
 瓶のガラスの反射が、針みたいに目を刺す。

(……やめて)

 心の中で呟く。
 でも手は止めない。止めたら、家が崩れる。
 家が崩れたら、自分の存在が崩れる。
 それが怖い。

 彼女は震えを隠すために、手を更にきつく握りしめた。
 指が白くなるほど。
 抑制は、抑制を強化することでしか維持できない。

 だがその抑制は、限界に近づくほど反転する。
 抑え込んだ感覚は、崩れ始めると暴れる。
 堤防が崩れるとき、最初は小さなヒビから始まるように。

 誰もまだ気づかない。
 天罰は雷ではなく、静かな浸食だということに。

 *

 夜。
 応接間に戻ったリーナは、母の顔を見て首を傾げた。

「母上、顔色悪い? 大丈夫?」

 リーナの声は心配の形をしていた。
 でもその心配は、母の健康より“家の見た目”に向いている。

 セラフィーナは微笑んだ。
 完璧な微笑み。

「大丈夫よ。少し疲れただけ」

 嘘ではない。
 でも真実でもない。
 疲れの名で、異変を隠す。

 ルーカスは窓の外を見つめていた。
 王都の灯りが揺れている。
 その灯りの向こうで、咳が増えている。熱が増えている。
 救護所が混み始めている。

(まずい)

 焦りが、喉を締める。
 なのに父は、椅子に座って酒を飲む。

「騒ぐな。流行病など、毎年のことだ」

「父上、でも――」

「黙れ。お前は薬を作れ。結果を出せ」

 結果。
 またその言葉。
 結果が出ないからこそ、今こうなっているのに。

 ラウフェン家の名は、まだ王都に響いている。
 名門の看板はまだ眩しい。
 だからこそ、軋みが目立たない。
 いや、目立たせないように皆が必死に押さえ込む。

 押さえ込むほど、軋みは内側で増える。

 セラフィーナは夜更け、ひとり薬室に残った。
 灯りを落とし、瓶を抱え、感覚調整薬をさらに仕込む。

 手が震える。
 震えを止めるために、震える原因を増やす。
 抑制の薬を、抑制のために使い続ける。

 それは、長い時間をかけた自滅の調合だった。

 彼女の体内では、長年の“抑制”が崩れ始めている。
 抑制は、いつか必ず反転する。
 感覚過敏へ。
 崩壊へ。

 まだ誰も知らない。
 まだ誰も気づかない。
 王都の秋の空気のように、静かに病が広がっていることを。
 そして、その中心で――ラウフェン家という名が、遠くでぎしり、と音もなく軋み始めていることを。
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