異世界に転生したら人生再スタート、追放された令嬢は恋と復讐で輝きます

タマ マコト

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第19話 判決の静けさと、「帰ろう」の行き先

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 判決は、雷みたいに落ちるものだと思っていた。

 ドン、と空気が割れて、誰かが泣き叫び、誰かが膝を折る。
 祝祭の最後には、派手な終幕が必要で、観衆はそれを求めている——そう思っていた。

 でも現実の判決は、もっと静かだった。

 石の床に響くのは、裁定官の声ではなく、紙をめくる音。
 封蝋を割る音。
 咳払い。
 誰かが水を飲む音。

 王宮の謁見の間は、まだ光っている。
 燭台の火は揺れ、金の縁取りは眩しい。
 なのに、空気だけが冷えたまま固まっていた。

 皆、気づいてしまったからだ。
 これは祝祭じゃない。
 これは現実だ。

 壇上のセドリックは、背筋を伸ばして立っている。
 伸ばしているのに、どこか崩れかけの塔みたいに見えた。
 正義の王太子の仮面は、今も顔に貼り付いている。
 でも、内側がもう空洞だ。

 エステラは、泣いていた。
 泣き方が上手すぎて、逆に下手に見える泣き方。
 さっきまでは武器だった涙が、今はただの水になって床を濡らしている。

 裁定官が、淡々と読み上げる。

「……エステラ・ノクティス。
 虚偽証言、偽情報の流布、放火の演出への関与。
 王家と民を欺いた罪により、爵位剥奪。王都追放」

 追放。

 その単語が聞こえた瞬間、私は胸がきゅっとなった。
 私自身が受けた言葉だから。
 痛みが、古傷みたいに反射で疼く。

 でも同時に、私は奇妙な静けさも感じた。

 ——この言葉は、私のために叫ばれているんじゃない。
 私を救うために使われているわけでもない。
 ただ、現実の結果として落ちている。

 エステラが声を上げる。

「ちが……! ちがうの、私、私は——!」

 言葉が空中で崩れる。
 観衆はもう彼女の物語を見たがっていない。
 涙を見ても、胸が動かない。
 動かないどころか、少しだけ疲れた目をしている。

 “演技を見せられた”という疲れ。

 次に裁定官が読むのは、利権貴族の名だった。

「……カールトン伯。検問権の濫用、通行料の私的流用。
 ……ヴァルデン侯。商会の独占による価格操作。
 ……」

 名前が並ぶたび、会場の空気が重くなる。
 重くなるのに、誰も怒鳴らない。
 怒鳴ったら、自分もその床に立っていたことを認めてしまうからだ。

 処罰。
 没収。
 謹慎。
 場合によっては投獄。

 それは破滅に近い。
 貴族にとって、金と名誉を失うことは死に近い。

 ——でも。

 私の胸は、不思議なほど静かだった。

 やった、とは思わない。
 ざまあ見ろ、とも思わない。

 私は彼らの破滅を見て、快楽を得ない。

 残っているのは、ただの静けさ。
 深い湖の底みたいな静けさ。

 復讐が終わったのに、空虚にならない。
 なぜなら私は、復讐で自分を満たしていないから。

 私が満たしたのは、復讐じゃない。
 生活だ。
 市場の匂いだ。
 領民の笑い声だ。
 そして、私が自分で選んだ未来だ。

 私が終わらせたのは、“奪われる側の物語”。

 誰かに切り取られて、誰かに決められて、誰かに消費される私。
 その物語を終わらせた。

 だから、破滅を見ても飢えない。
 飢えを埋めるための復讐じゃなかったから。

 裁定官の声が、最後にセドリックへ向かった。

「……王太子セドリック・アルヴァロス。
 不十分な検証のまま断罪を行い、王家の信用を揺るがせた。
 『正義』を掲げながら、真実を確認する責を怠った——」

 会場が微かにざわつく。
 王太子を裁く言葉は、空気の温度を変える。

 セドリックの青い瞳が、一瞬だけ揺れた。
 怒りでも悲しみでもない。
 “足元が崩れた”揺れ。

 裁定官が続ける。

「王太子としての器を疑われる立場に置く。
 今後、政務の一部から退き、再教育と監査を受けよ」

 処罰としては、優しい。
 だが、物語としては致命的だ。

 “正義の王太子”という看板が、割れた。
 今後、彼は何を言っても
 「あなたは確認しなかった」
 という影がつく。

 セドリックは口を開きかけて、閉じた。
 言葉が出ない。
 出せば出すほど、自分の仮面の薄さが見えるから。

 彼は私を見る。
 目が合う。

 私は、何も言わない。
 勝ち誇らない。
 哀れまない。
 ただ、見返す。

 ——あなたが捨てた私は、ここで生きている。
 そして、あなたを壊しに来たわけじゃない。

 そんな視線だけが、静かに漂う。

 判決が終わる。
 王宮の光は変わらない。
 でも空気は、完全に別物になっていた。

 祝祭が終わった、というより——
 祝祭が成立しなかった、という感じ。

 人々は静かに立ち上がり、静かに去っていく。
 誰も大声で語らない。
 語れない。
 自分の足元も揺れたから。



 謁見の間を出て、廊下に出た瞬間、私は息を吐いた。
 長い息。
 身体の奥に溜まっていた空気を全部出すみたいに。

 アドミラが小さく言う。

「……終わりましたね」

「終わった」

 終わった。
 なのに、胸が空っぽじゃない。

 空っぽじゃないのが、怖いくらいだ。
 復讐が終わったら、私は虚しくなると思っていた。
 “これで何を支えに生きるの?”って。

 でも今、私の中には火がある。
 怒りの火じゃない。
 生きる火。

 その火は、辺境の薪の匂いをしている。

 足音が近づく。
 重い足音。

 ヴァルクが私の前に立った。
 剣は鞘に収まっている。
 でも、彼の気配は剣より強い。

 彼は一言だけ言う。

「帰ろう」

 帰ろう。

 その言葉が胸に落ちた瞬間、私の中で何かが熱くほどけた。
 帰る。
 帰る場所。

 それは王都じゃない。
 王宮でもない。
 生まれた家でもない。

 辺境だ。

 薪の匂いのする城。
 石壁の冷たい廊下。
 市場の笑い声。
 パンの焼ける匂い。

 “帰る”がそこを指していることに、胸が熱くなる。
 涙が出そうで、でも今は出ない。
 出ないけど、熱がある。

「……うん」

 私が頷くと、ヴァルクはそれ以上何も言わない。
 抱かない。
 押しつけない。
 ただ、隣に立つ。

 その距離感が、私の背中を支える。

 少し離れた柱の影で、オルフェオが壁にもたれていた。
 薄紫の瞳が、いつも通り世界を測っている。

 彼は淡く笑う。
 笑うというより、口角が少しだけ上がる。

「君はもう、象徴じゃない。ひとりの人間だ」

 その言葉は、祝福みたいだった。
 誰かの役でも、誰かの物語でもない。
 ひとりの人間。

 私は頷いた。

「うん。……やっと」

 やっと。
 その一言に、私の過去が全部詰まっていた。
 便利で都合のいい人間だった前世。
 正しい婚約者だった王宮。
 追放された悪役だった噂。

 全部を抜けて、今ここで、やっと。

 私は自分の足で歩き出した。
 宮殿の出口へ。
 光の外へ。

 誰かに引かれたわけじゃない。
 誰かの背中に隠れたわけでもない。

 怖さは残っている。
 でも怖さは、私の足を止めない。

 扉の向こうに外気がある。
 冬の冷たい風。
 でも、あれは生活の冷たさだ。
 生きるための冷たさだ。

 私は扉をくぐる。

 王宮の光が背中に残る。
 でも、もう眩しくない。

 私は帰る。
 取り返した未来を抱えて。

 そしてその未来は、
 私が誰かを壊して手に入れたものじゃない。

 私が、奪われる側を卒業して、
 自分の選択で掴んだものだ。
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