田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト

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第17話「王家からの申し出と、ミントの選択」

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 王城の謁見の間は、いつもより少しだけ静かだった。

 赤い絨毯。
 高い天井。
 壁にかけられた旗には、王家の紋章が誇らしげに刺繍されている。

 けれど、ミントは――そのどれを見ても、正直まだあんまり実感がなかった。

(なんで私、こんなとこ何回も歩いてるんだろ)

 絨毯の上を、こつ、こつ、と靴音が進む。

 前にはサフラン。
 後ろには、宮廷の従者たち。
 左右には、鎧をまとった騎士たちの列。

 あの日、王都に連れてこられた時とは、視線が違う。
 嘲りでも値踏みでもなく、好奇と尊敬が混ざった目。

(慣れない……)

 むずむずするような感覚を、ミントは深呼吸で押し込んだ。

 玉座の前で足を止めると、王が静かに頷いた。
 その隣には王妃、少し離れた位置にセージが座に着いている。

「ミント・フェンネル」

 王の声が、謁見の間に落ちる。

「は、はい」

 ミントは、慌てて裾をつまみ、膝を折った。

 田舎で覚えた、ぎこちないお辞儀。
 あの日と同じ動きなのに――今は、自分でも不思議なほど「引け目」を感じていない。

 王太子を救った薬師として、ここに立っている。
 その事実だけが、足元を支えていた。

「顔を上げよ」

「……失礼します」

 ゆっくりと顔を上げると、セージと視線がぶつかった。

 セージの顔色は、随分と良くなっていた。
 頬の赤みも、体の力の入り方も、もう「今にも折れそうなガラス」ではない。

(よかった……)

 ミントの胸に、じんわりと熱が広がる。

「まずは改めて」

 王は、玉座からわずかに身を乗り出した。

「王太子セージの命を救ってくれたこと、王家を代表して、深く礼を言う。
 ミント・フェンネル。よくぞ我が子を、死の淵から引き戻してくれた」

「も、もったいないお言葉です……!」

 ミントは慌てて頭を下げる。

「私ひとりの力ではありません。
 タイムおばあちゃんのノートと、村のみんなの協力と、サフランさんと、ホップ薬師長たちと――」

「そういうふうに言えるところも含めて、だ」

 王妃が、柔らかく微笑んだ。

「あなたは決して、自分ひとりの手柄だと言わないのでしょう。
 だからこそ、余計に信頼できるのです」

 そんな、王妃にまで性格を褒められるとは思ってなくて、ミントの頭の中は一瞬真っ白になる。

 そこへ、セージが一歩進み出た。

 儀礼用の衣を身につけているのに、彼の立ち姿にはどこか「病み上がり」の柔らかさが残っている。
 それでも、その目はまっすぐだった。

「ミント・フェンネル」

「はい、殿下」

「今度は、僕から正式に伝えさせてほしい」

 セージは、一瞬だけ息を整える。

「君を――王国特級薬師として迎えたい」

 謁見の間の空気が、ぴたりと止まった。

 王国特級薬師。

 それは、宮廷薬師たちのざわめきが物語っていた。

(特級……って、あの、“上から数えた方が早いどころじゃないレベルの……”)

 耳の奥で、ホップに教わった制度の説明が浮かぶ。

『王国特級薬師は、国に十人いるかいないかの枠だ。
 薬草学だけでなく、医療、政治、大規模災害時の対策まで含めて、国全体を見て動く立場――本来なら、年寄りの仕事だがな』

 その枠に――田舎娘の自分を?

 ミントの頭の中が、ふわっと浮いた。

「君の功績は、一時の“奇跡”だけではない」

 セージは続ける。

「夜哭百合類似毒の性質を見抜き、“毒を消さずに眠らせる”という発想で僕の命をつないでくれた。
 その処方は、今後同様の毒が使われた時に、国全体の命綱になる」

 静かな声に、重い意味がのしかかる。

「それに、君は“人を見て薬を作る”薬師だ。
 王都の人間が忘れかけていたものを、君は田舎で当たり前のようにやっていた」

 横でホップが、深く頷いた。

「宮廷薬師団にとっても、君は必要だ。
 処方という“結果”だけでなく、“考え方”を知らねばならぬ」

 セージは、一歩ミントに近づく。

「ミント・フェンネル。
 君に――宮廷に席を持ち、王国特級薬師として、国の医療と薬学を支えてほしい」

 それは、薬師としてこれ以上ない栄誉だった。

 玉座の階段の上から、王も静かに言葉を継ぐ。

「もちろん、王都に居を構え、十分な報酬と地位を約束しよう。
 貴族たちとも対等に話ができる立場となる。
 もはや誰もそなたを“田舎娘”などとは侮れぬ」

(いや、もうだいぶ侮れない扱いを受けてる感はありますけど……)

 頭の片隅で突っ込みながら、ミントは視線を落とした。

 胸の中が、ぐちゃぐちゃだった。

(国の特級薬師。
 宮廷に席。
 王国の医療と薬学を支える……)

 少し前の自分なら――喉から手が出るほど欲しがった言葉だと思う。

 王都で誰にも認められなかった頃。
 ローズ家の端っこで、「田舎娘」と笑われ続けていた頃。

(“認められた”って、これ以上わかりやすい証拠ないよね)

 でも――その一方で。

 ミントの胸に浮かぶのは、別の風景だった。

 木の看板に、手書きの文字。
 「薬草店グリーンノート」。

 朝の光が差し込む、小さなカウンター。
 棚に並んだ瓶と、乾燥ハーブ。
 「おはよう」と言いながら入ってくる村人たち。

 腰をさすりながら入ってくるダンデライオン。
 「今日はよく眠れたよ」と笑うおばあさん。
 子どもの咳が止まって、ほっとした顔をするお母さん。

 森の匂い。
 土の匂い。
 祖母タイムの笑い声がまだ残っている、小さな店。

(あそこが、私の居場所なんだよなぁ)

 目の奥がじん、と熱くなる。

 王都のきらきらした世界に片足を突っ込んだ今だからこそ、余計にわかる。

(あの木のカウンターじゃないと、息がしにくい)

 王城の白い石壁は、きれいだ。
 でも、自分の心臓が落ち着くリズムは、あの田舎の軋む床の上でしか鳴らない。

 ミントは、そっと目を閉じた。

 深く、ゆっくり、呼吸をする。

 胸の中にある「欲」と「望み」を、丁寧に仕分けする。

(認められたい)
(すごいって言われたい)
(もう“田舎娘”って笑われたくない)

 それ全部を、「あるよね」と一度抱きしめて――それから、奥の方にそっと置く。

 その向こうに、静かに残るもの。

 森の匂い。
 タイムのノート。
 「助かったよ」と言われた時の、胸のあったかさ。

(私が本当にやりたいのは、多分そっちなんだ)

 目を開ける。

 目の前には、王。
 王妃。
 セージ。
 たくさんの視線。

 ミントは、一度だけ自分の手を握りしめ、それから――静かに首を振った。

「……ありがたいお話です」

 声が、驚くほどはっきり出た。

「本当に、ありがたいお話です。
 田舎娘の私に、こんな言葉をかけていただける日が来るなんて、思ってもいませんでした」

 謁見の間に、ざわめきが走る。

「ですが――」

 ミントは、そのざわめきを断ち切るように言葉を継いだ。

「私は、田舎の小さな薬草店が好きです」

 その一言に、場の空気がきゅっと縮む。

「“国の医療”とか“大勢の人”とか――
 そういう大きなものを支えるのも、とても大切な仕事だと思います」

 ミントは、真っ直ぐセージを見る。

「でも私は、“目の前の人”と向き合って薬を作るのが好きなんです。
 腰が痛いって言いながら入ってきたおじさんとか。
 畑で手を切っちゃった子どもとか。
 “眠れないんだ”ってぽつりと言うおばあちゃんとか」

 グリーンノートの光景が、目の前に広がる。

「その人たちの生活を、“生活できるくらいには”に戻すお手伝いをするのが――
 私の望む生き方なんです」

 セージが、ほんのわずかだけ目を見開いた。

 驚き。
 でも、すぐにその奥で何かがほどけていく。

「王都の宮廷で、立派な服を着て、立派な肩書きを持って……
 それもきっと、素敵な道です」

 ミントは、少しだけ微笑んだ。

「でも、私はきっと、そういう場所に長くいると、息が詰まってしまいます。
 薬草の匂いと、土の匂いと、村人たちの笑い声がないと、元気に薬が作れません」

 最後の一言に、自分でも少し笑ってしまう。

 ほんの微かな笑いが、謁見の間の緊張をやわらげた。

「だから――」

 ミントは、深く膝を折った。

「ありがたいお申し出ですが、王国特級薬師として宮廷に席を持つことは、お断りさせていただきたいです」

 ざわっ、と周囲が揺れる。

「なっ……」

「特級の座を断るだと……?」

「正気か、この娘……!」

 宮廷薬師たちのひそひそ声が飛ぶ。
 中には「もったいない」と本気で顔を歪める者もいる。

 ホップだけは、目を細めてミントを見つめていた。

 隣でサフランが、小さく「らしい」と呟いたのを、ミントは聞き逃さなかった。

 セージは――最初こそ驚いた顔をしていたが、やがてふっと笑った。

「……そうか」

 その笑い方は、どこか嬉しそうだった。

「君なら、そう言うかもしれないと、少しだけ思っていたよ」

「え」

「君は、“自分の居場所”をちゃんと知っている人だ。
 それを手放してまで、王都に縛られるのは――きっと似合わない」

 セージは玉座から数段降りて、距離を縮める。

「国のために働く形は、“宮廷にいること”だけじゃない。
 君のような人が、国のどこかで薬を作っていてくれる。
 それだけで、僕たちにとっては十分な誇りだ」

 その言葉は、あまりにもまっすぐで、ミントの胸に刺さった。

 王都に残る道を選ばなかった自分を、誰かが責めるかもしれないと思っていた。
 “勿体ない”と笑うかもしれないとも。

 でも、王太子本人が――そんな自分を肯定してくれる。

「陛下」

 セージは、王の方を振り返った。

「彼女に、別の形で“王家からの感謝”を示してはいただけませんか」

「そうだな」

 王は、ゆっくりと立ち上がった。

 隣の王妃も、穏やかな微笑みを浮かべている。

「ミント・フェンネル」

 王は、侍従から一つの箱を受け取る。

 濃い緑色の箱。
 蓋には、金色の紋章が刻まれていた。

「そなたが、宮廷に席を持つことを望まぬのなら――宮廷の方から、そなたの元へ敬意を示そう」

 ゆっくりと蓋が開く。

 中には、一枚の金属板と、巻かれた羊皮紙。

 金属板には、王家の紋章と、小さなハーブの模様が刻まれている。

「これは、王家特認薬師証」

 王の声が、謁見の間を満たした。

「今後、どんな貴族も、官吏も、商人も――
 王国のいかなる者も、そなたの店の正当な営業を妨げてはならぬ」

 ミントの目が、丸くなる。

(……え? それ、めちゃくちゃすごいのでは?)

「税も、王国の一般規定から外れる範囲で優遇する。
 必要な薬草や物資が不足した場合は、王家が調達を援助しよう」

 ざわめく宮廷。

「つまり、そなたは“田舎の小さな薬草店主”でありながら、王家お抱えの薬師ともなるわけだ」

 泣きそうになった。

 王都に縛り付けられるわけじゃない。
 でも、王都と田舎の間に、一本強い橋がかかる。

「……そんな」

 声が震えた。

「田舎娘の私に、ここまでしていただけるなんて――」

「田舎娘、という言葉を、そろそろ“誇り”として使ってはどうだ」

 王妃が、柔らかく言った。

「田舎で、人に寄り添う薬を作る娘。
 王都にとっても、国にとっても、それは宝物よ」

 ミントの視界が、涙で滲む。

 王が、巻かれた羊皮紙を広げる。

 そこには、簡潔な文言が並んでいた。

『薬草店グリーンノートを、王家特認薬草院と見なすこと』
『店主ミント・フェンネルを、王家特認薬師と認めること』
『その活動を妨げることは、王家への反逆に準ずる扱いとすること』

 最後の一文を聞いた瞬間、宮廷の何人かが盛大に肩をすくめた。

(うわ、えげつない一文入ってた)

 でも、それくらいしないと、王都のどっかの偉い人がまたちょっかい出してきそうだということも――ミントはもう知っている。

「受け取ってくれるか」

 王の問いに、ミントは膝をついたまま、両手で証を受け取った。

 金属板の重み。
 羊皮紙の手触り。
 そこに刻まれた文字の重さ。

 その全部が、じんわりと手のひらに染み込んでいく。

「……はい」

 涙が、ぽろりと落ちた。

「ありがとうございます」

 深々と頭を下げる。

「田舎娘の私に、ここまでしていただけるなんて――本当に、もったいないくらいです。
 でも、いただいたからには、ちゃんと使います」

 顔を上げる。

 涙でにじむ視界の向こうで、王も王妃も、セージも、穏やかに笑っていた。

「グリーンノートの看板の横に、これを掛けます。
 “ここは王家も認めた薬草店ですよー”って」

 最後の一言に、あちこちから小さな笑いが漏れた。

 ホップが、ふっと肩の力を抜く。

「……やっとだな」

 短く呟く。

「何がです?」

 ミントが首をかしげると、ホップは少し照れくさそうに笑った。

「宮廷薬師たちが、ようやく“本当の意味で”君を敬意の目で見られるようになった」

 ミントは、周囲を見渡した。

 以前のような、上から目線の蔑みは、そこにはなかった。
 代わりにあるのは、専門家としての敬意。
 そして同時に、「別ルートからとんでもない奴が出てきた」とでも言いたげな、少し悔しそうな目。

「競い合う相手としても、守るべき仲間としても――君は、もう“外の人間”じゃない」

 ホップの言葉に、ミントは胸を押さえた。

 王都に居座らなくても。
 宮廷に席を持たなくても。

(“外”じゃなくなったんだ)

 田舎と王都の間に、細くて強い糸が一本通る。

 その糸をくれたのが――王家であり、セージであり、タイムおばあちゃんであり、田舎の村のみんなだった。

 ミントは、もう一度深々と頭を下げた。

「グリーンノートに、恥じない薬を作ります」

 その言葉は、誓いだった。

 王都のためでも、名誉のためでもない。
 自分が好きな“田舎の小さな薬草店”のため。
 その店を誇りに思ってくれる人たちのため。

「そしていつか――」

 ミントは、ふと顔を上げた。

「王太子殿下が、“お忍びで”薬草店に来られるくらいには、居心地のいい店にしておきますね」

「お忍び前提なのかい?」

 セージが笑う。

「お忍びじゃないと、村長が腰抜かすと思います」

「それは……確かに」

 サフランまで笑い出して、謁見の間の空気が一気に和らいだ。

 重たい事件の後。
 罪と罰と告白を経て、ようやく訪れた、少しだけ温かい時間。

 ミントは、手の中の証をぎゅっと握りしめた。

(帰ろう)

 森の匂いのする場所へ。
 タイムおばあちゃんのノートが待っている場所へ。
 グリーンノートの看板の下へ。

 田舎娘で、追放されて、王都で認められて――
 それでも最後に選ぶのは、あの小さな店。

 それが、自分の“選択”だと、胸を張って言えるようになった気がした。
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