ゴースト・リーパー

御立福

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1話:猫と魂と隔世遺伝。

02 化猫定義

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 幽霊。

 時折待夜の視界に混じる異物は、そう定義するのが適切なのだろう。あの自室で感じる視線もその一種だ。きっと。
 いや、定義というのもおかしい。
 そもそもの話、その幽霊という異物は、僕―――それとあの祖母―――にしか見えていない。
 明らかに世間一般の共通認識からは逸脱しており、むしろそんなものが見えている僕自身が社会の異物だ。
「だったら、どうするの?」
 少女はあくまで笑顔のまま、首をかしげる。
「別に……ハッキリして欲しいだけだよ。曖昧であやふやなのは嫌だし」
 気味が悪い。
「変だわ、あなた。とっても」
「知ってるよ。こんな質問してる時点で頭がおかしい自覚はある」
 というか僕は多分、目の前の少女に変だと、おかしいと、言ってもらいたいのだ。
 そうすれば彼女は世間一般的な人間だったと確定できるから。おかしいのは―――異物なのは僕だったのだと安心できるから。
 そうじゃないと困る。
 幽霊なんて曖昧で時代錯誤でオカルトなものが実在していたら、それが見えている僕が変ではないと知ってしまったら、待夜零が今まで信じていた全てが崩れ去ってしまう。

「違うわ。あなたのスタンスがおかしいと言っているの」

 ―――止めてくれ。その先は聞きたくない。
「ハッキリさせたいと言っているのに―――幽霊なんて曖昧な単語を使っているじゃない」
そんなの何より曖昧だわと彼女は言った。
 知っている。解っている。でも―――
「それが見えてしまった以上、そう言うしかないじゃん……」
 初対面の少女に何を言っているのだろう僕は。我に返りながらも、彼女の指摘に胸の内を吐露してしまう。
「まあ、いいわ。わたしが何なのかはあなたが判断することよ」
「僕自身で判断が出来ないから、君に聞いてるんだけど」
 生憎、世間一般的な共通認識では存在しない筈の異物が見えてしまうのだ。自分の認識する世界を僕は―――到底信じられない。

「それは、あなたが自分を基準にして物事を判断してないからよ」

 ―――彼女はハッキリと言った。

 そうだ。全く持ってその通りだ。
 僕は幽霊という異物を認識しながらも、世間一般的な共通認識に判断基準を置いているために、その異物の実在性を信じられない。
 世間一般では幽霊なんてオカルトで時代錯誤の、存在しないものだ。
 だから僕は今まで自分の見ているものは幻覚なのだと、目の前の空間が歪むあの発作と一緒でただの疾患なのだと、片付けて来たつもりだった。

「それは‥‥‥君が正しい。でも、分からないんだよ。今更、自分で判断しようとしても」
「そうかしら? もうあなたは自分で判断して行動してるように思えるけれど」
「でなきゃ、こんな深夜に児童が一人で出歩いているわけないわ」
 ―――夜の散歩。
 確かにこれは、僕自身があの視線から逃れたくて勝手にやっていることだ。
 世間一般的な共通認識からは外れるだろう。
 僕が口元に手を当て、今までの散歩について思いを馳せていると、少女は少しトーンの下がった少し真剣さを帯びた声音で話しだした。

「ほらあなたって、狙われやすいみたいだし」

 は、と間抜けな声がまたもや出てしまった。今日の僕は一年間の中でも相当間抜けだろう。
「……一体、何の事?」
 恐る恐る少女の顔を見ると、先ほどの声音が嘘の様に嗤っている。
「あ、自覚はないのね。でも、感じたことあるでしょう」

 ―――誰かの視線、とか。

 冷えた風が背中を通り過ぎた。
それと同時に、今日家を出る前に自室で感じた、全身を―――肌の上を這いずり回るような視線を思い出して吐き気を催し、口を手のひらで押さえた。
 わざとらしく彼女は片方の靴の先で、とんとんと地面をたたく。

「それじゃあ、わたしはこれで失礼―――」
「待った。君はあれについて何か知ってる訳?」

 踵を返す少女の背を咄嗟に言葉で引き留める。
「……さあ? でも、わたし達の敵は共通している、という事だけは知っているわ」
 少女は顔だけをこちらに遣り、猫のように口角を吊り上げ嗤っている。
 嗤って―――この状況を楽しんでいる。
「わたし達って……お友達になった憶えは無いんだけど? 全く」
 凄く、焦らされている。
 彼女は間違いなく僕の求める回答を知っている筈だ。でも、あえて核心をずらして話している。待夜を玩具にして、真実をぼやかして、楽しんでいる。
 少女は再びこちらに振り返り、一歩一歩と距離を詰めながら話し続ける。
「憶えが無くても、血筋は証明しているのよ。あなたも例外なくこっち側の人間」
「同族扱いは御免だ」
「恨みの矛先はご先祖様に向けて頂戴」
「そもそも、僕の家族は一般人だ。どうあがいても」

「一人を除いて、でしょう?」
 ―――あの祖母のことか。
 こうなったら、何故僕の家族について彼女が知っているとか、そういった単純な疑問は抜きにしよう。そんな疑問は、彼女が持っている回答の飾りでしかない。
 僕が知りたいのは、もっと本質的な―――先天的な前提の話だ。

「まさかとは思うが……君は今日、僕に会いに来たわけじゃないよな?」
 自意識過剰で自惚れも大概な問い掛け。
「あら、どうかしら? もしかしたら運命の出会いかもしれないわ。嬉しい事ね」
 実に嬉しくない。
 というか、いい加減に苛々してきた。
 僕には彼女がここまで真相をぼかす理由が理解できない。弄ぶにしても限度があるだろう。
 靄を幾ら掴もうとも何も得られないし、霞を幾ら食おうとも腹は膨れない。待夜の彼女に対する飢えはピークに達しそうである。
「あーもう。わかった、わかった」
 実際には何一つわかってないが、少女のペースに呑まれないよう心の中で一線を引く。

「下手に君の正体を追求するのは諦める。けど、君の名前くらいは聞いていい?」

 僕は待夜零って言うんだけどさ、と僕は勝手に名前を告げる。
 すると、何か思う事があったのか、彼女にしては珍しく―――いや、会ってまだ一時間足らずなのだけれど―――口角を下げ、目を丸くした。
 俗にいう、驚いた顔だったと思う。すぐに元の嗤った顔に戻ってしまったけど。

化野真央あだしのまおよ。きっと、また会いましょう待夜くん?」

 何だか苗字まで胡散臭いな、この子。
 ただここまでくると、少女のあやふやさにむしろ納得している自分すらいた。

「結局さ、思ったんだけど」

 いつの間にか日が差し込み明るくなった周囲に、溶けて消えそうな彼女に声をかける。

「君が化け物か人間か、生きているのか死んでいるのか、どっちかだなんて―――今の僕には判断できない」

 結局、待夜零は自分を基準にして判断することは出来ない。

「化野真央って名前と、その少女の貌は、君の外面でしかないから。やっぱり、その中身を観測しないと確定できないよ」
 これがあやふやで、朧げで、曖昧な目の前の少女に対して、今の僕に出せる最適解だ。

 そっか、と彼女は何処か納得したように頷いた。

「それはわたしが、箱の中の猫―――シュレティンガーの猫ってことかしら?」
 じゃあねと含み嗤いを残して、少女は去っていった。

 ああ、思い出した。
 量子力学の思考実験。
 何分僕は頭がそこまで良くないので理解が及ばないが、何でも”生き残る確率と死んでしまう確率が五分五分である密閉状態の箱の中に一匹の猫を入れ、その一時間後箱の中の猫は生きているか死んでいるかという実験”を通して、物質には粒と波と二重性があるという理論を説明するものらしい。
 その実験では、誰か―――観測者が箱を開けて中身を確認した時に、初めて猫の生死が決まるらしい。
 逆に言えば、観測者が箱を開けるまで、生きている猫と死んでいる猫の状態が重なり合って存在しているということだ。
 僕は初めてその話を聞いたときに思ったのだ。そんなのは―――

「―――化猫じゃないかってさ」

 上を見上げた。
 空は青く染まり始め、朝が訪れようとしている。
 月は、もう何処にあるのか分からなかった。
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