仙人様、小間使いいりませんか?

タウタ

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 翌朝は日の光で目が覚めた。澄んだ青空に薄絹のような雲がかかっている。
「おはよう」
 声をかけると、老馬は頬をすり寄せてきた。馬のおかげで寒くはなかったが、座って寝たので身体が痛い。璃央は厩から出て体を伸ばした。鶏が寄ってくる。空腹なのだろう。どこに餌があるのかわからなかったので、璃央は携帯食の餅を砕いてわけてやった。ついでに自分も腹ごしらえをする。門はまだ開いていない。士鵠は眠っているのだろうと考え、仙人も眠るのだろうかと考え直す。
 厩の脇に道具や飼葉が置かれていた。璃央は熊手で汚れた藁や糞を集め、柵の外へ引き出した。本当は馬を外へ出したかったが、横木を縛る縄がどうしても解けなかった。老馬は璃央の熊手に合わせて端へ寄り、掃除に協力してくれた。
「お前、賢いな」
 桶に飼葉を入れてやると、老馬はもそもそと食事を始めた。軒先に水甕を見つけたので、水も換えてやる。馬糞は菜園と厩の間にまとめた。
 熊手を片手に空をながめる。透明な秋の空だ。水晶で磨いたように澄んでいる。画期的な案は思い浮かばない。浮かんだところで、士鵠を説得するのは難しいだろう。多少なりとも弁舌の才があればなんとか言いくるめられるかもしれないが、璃央には丈夫で健康な体以外、何もない。こんな状態でどうやって士鵠を説得すればいいのだろう。
 静かだ。老馬が飼葉を食む音だけが聞こえる。
「うまいか」
 声をかけると、老馬は顔を上げた。口の端から飛び出た飼葉がひょこひょこと揺れている。痩せてみすぼらしいが、よく食べる。いい馬だ。
「馬の世話ならなぁ。上手にやれるんだけどなぁ……あ」
 ひらめいた。これは画期的だ。
「まだいたのか。門くらい一人で開けられるだろう」
「士鵠様、おはようございます」
「開けてやるからさっさと帰れ」
「あの、小間使いいりませんか?」
 振り返った士鵠は怪訝そうな顔をした。
「一人暮らしですよね。俺、掃除とか馬の世話とか得意です。料理も一応できます。薪割りも水汲みもするんで、雇ってください。がんばって働きます。給金はいらないです。だから」
 士鵠の表情が険しくなっていく。
「金丹、欲しいんですけど……」
 画期的な案だと思ったが、勘違いだったかもしれない。
「お前、馬鹿か」
「小間使いいらないですか。もしかして、仙術で全部片付けてるんスか。うわ、仙人すげぇ。でも、俺にやらせれば術使わなくてもいいですよ」
「違う。お前の給金程度で金丹が贖えるわけないだろう。どれだけの価値があるか知らないのか」
「正直、よくわかんないっす」
 皇帝が方々へ人をやって探しても見つからないのだから、とても貴重なのだろうが、金銭的価値に置き換えたらどれくらいになるか考えたことはなかった。士鵠の表情から険が抜け、次いで盛大なため息がこぼれた。
「お前が一生働いても足りない」
「えっ、一生は無理っす!」
 皇帝は璃央より十六も年上だ。璃央が一生働いていたら、金丹を手に入れる前に死んでしまう。
「三倍働くんでなんとかまけてください。それか、後払いでお願いします。都に金丹届けて帰ったら、戻ってきて残りの分働くんで」
「そういう話をしているんじゃない。だいたいお前、人生をかけて皇帝に尽くして何を得るんだ。金か。官職か。なんでもいいが、ここで働いている間は使い道がないぞ」
 金も官職も興味がないと言えば嘘になるが、それより父の愛情が欲しい。よくやったと一言褒められたい。自慢の息子だと思われたい。
「そうかもしれないけど、とにかく金丹がないと始まらないんスよ」
 何もかもが皇帝の指先ひとつだ。その指が金丹を摘まみ上げなければ、どうにもならない。
「お願いします!」
 璃央は深く頭を下げた。昨日ひれ伏したら怒られたし、今は熊手を持っている。
「どうして俺がお前の都合を」
 予想もしていなかった大きないななきに、士鵠と璃央はそろって厩へ顔を向けた。老馬が胸を張って立っている。痩せこけているが、若い頃はきっとこんな風に凛々しかったのだろう。飼葉が一本口の端から飛び出していなければ、もっと格好がよかった。老馬は頭を振り、荒々しく鼻を鳴らした。
「お前、責任取れよ」
「え? あ、はい」
「違う。お前はまず……まず、そうだな、水汲みでもしろ」
「ありがとうございます! 俺、がんばります! 一生懸命やります!」
 思わず声を張り上げる。士鵠は渋い顔でうるさいとつぶやき、門を開けにいった。
小間使いになれた。金丹へ一歩近づいた。天にも昇る気分だ。食事を終えた老馬がぎこちなく膝を折って敷き藁に座る。
「お前が取り成してくれたんだな。ありがとな」
 声をかけると、老馬の濁りかけた目が細められたような気がした。
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