仙人様、小間使いいりませんか?

タウタ

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十四

 士鵠の部屋を片付けるだけで数日かかった。狭い部屋に大量の器具や材料が詰め込まれていたうえに、割れた物も多い。使えるものと使えないものを分けるだけでも一苦労だった。
「ようやく寝床が確保できた」
 掃除が終わり、士鵠が感慨深そうに言った。それこそ足の踏み場もない状態だったので、この数日、士鵠は客間の寝台で璃央といっしょに眠っていた。一人で眠るのは苦手だし好きな人とくっついていられるし、と内心よろこんだが、結果的にはどきどきして眠れなかった。
 祖廟の修理は後回しになった。
「普段使っていないんだから、最後でいい」
 士鵠の祖先ではないとはいえ、冷淡すぎる。霊を祀る場所を放っておくのは気が引けたが、士鵠が言うなら最後にせざるを得ない。
書庫は書物が棚から放り出されていただけだった。乱暴に扱われて折れてしまった紙を伸ばし、破れた箇所は紙片とのりで補強した。
「俺、入っていいんスか」
「いいぞ。今は何も作っていないからな」
 金丹部屋の中を見るのははじめてだ。士鵠の部屋よりも狭い。大人が三人横になったらいっぱいになってしまうだろう。天井は高く、窓がない。壁は平らに塗り込められ、天井付近に通風孔が空いていた。地面は土が突き固められ、部屋の中心の浅い穴に火の跡が残っている。輝くものは何もない。
「ほんとにここで金丹つくってたんですか」
そんな貴重な物を作っているとは思えないほど、暗くて地味な部屋だ。つんと金属の匂いがする。壁にも地面にもへこみがある。沈圭が鉄槌で暴れたのだろう。鉄の鼎が転がっている。部屋の隅の甕が割られ、地面に水が染み込んでいた。
 士鵠の指示に従い、璃央は甕のかけらを拾って中庭に運んだ。小さなかけらはほうきで集める。士鵠は鼎を引きずり出して見分していた。
「駄目だな」
 縁にへこみがある。これも沈圭の仕業だろう。鼎の底には黒いものがこびりついていた。金丹のなり損ないだそうだ。決まった手順で材料を加え、温度を調整しながら繰り返し焼成すると金丹ができるらしい。
「続きからは作れないんですか」
「一度冷えてしまったら無理だ」
「捨てちゃうんですか」
「いや、火で分離して回収する」
「ひでぶんり」
「融解温度が違うだろう」
「ゆうかいおんど」
「低い温度で溶ける物質と、高い温度でなければ溶けない物質があるのはわかるか」
「士鵠様ー、璃央様ー、おいでかねー」
 門に人影が見えた。
「説明はまた今度だ」
 訪ねてきた村人には毎回わけを話し、薬を待ってもらっている。村には話が広まっているようで、男も他の村人から聞いたと言った。璃央は男から素焼きの壺をあずかった。壊れてしまった容器の代わりらしい。
「悪い奴もいるもんだよな。けど、よかったよ。士鵠様が寝たきりだって聞いたもんだから、おれぁびっくりしたんだ」
「どこからの情報だ、それは」
 村では話に尾ひれがつき、士鵠が半死半生だとか璃央が脚を折って歩けないとか言われているらしい。
「士鵠様が元気ならいいのさぁ。おれたち士鵠様の薬がなきゃやってけねぇもん」
「待たせて悪いな。早く作り直す」
「うん、よろしく頼んます」
村人は近所からあずかったと言って魚や野菜を置いていった。士鵠への見舞いらしい。餅は組み紐の少女からだそうだ。
 猪の塩漬け肉と菜を餅に挟んだものが昼食になった。餅はさらにおいしくなっていたが、士鵠の感想は前回と同じく「まあまあ」だった。食べ終わったら金丹部屋のすす払いだ。金丹を作る前には、異物混入を防ぐため部屋を清潔にしなければならないらしい。
「問題は壁だな」
 金丹部屋の壁は白くなめらかに塗られている。士鵠にも素材がわからないらしい。他の部屋ならそだを混ぜた土で埋めてもいいが、大切な金丹を作る場所で生半可な処置はできない。
「お師様が帰ってきたら相談する。どうせこちらの状況は星を読んで知っているだろう」
「じゃあ、泛蕩様が帰ってこないと金丹は作れないんですか」
「ああ。材料の用意も配分もお師様にしかできない。炭もなくなりそうだから、追加で作らないとな。あれは結構手間がかかる」
 炭は木臼で挽いてもち米と混ぜ、鶏卵くらいの大きさに丸めておくそうだ。新しい鼎も調達しなければならない。泛蕩はいつ帰ってくるだろう。必要な材料はいつそろうだろう。壁が直るのはいつだろう。金丹は、いつ出来上がるだろう。都に帰る日が遠ざかっていく。皇帝から褒美を授かる日も。董家の一員になれる日も。
 璃央は餅に大きくかぶりついた。口の中で、菜の茎がじゃきっと音を立てる。じゃきじゃき噛む。暗い考えもいっしょにじゃきじゃき噛んで、餅とまとめて飲み込んだ。
 さらに数日かけて、璃央と士鵠は村人の薬作りを再開した。家は全体としては少しずつ元の状態に戻ってきたが、廟はまったくの手つかずだ。気にしているのは璃央だけで、士鵠は見向きもしない。薬草を取りに山へ行ったり、やってきた村人に街道市への使いを頼んだりしている。士鵠が忙しくしていると手伝いたくなってしまい、璃央も廟を後回しにしていた。毎朝床を掃き清めながら、申し訳ございません、明日には、と祭壇に頭を下げている。祖霊も期待していないのだろう。天罰や呪いにも遭わず、毎日が忙しく過ぎていった。
「今さらだけど、飼葉でいいのか」
 龍馬は老いたぶち馬の姿で、もっちりもっちり草を食べている。仙人の乗りものなのだから、本当は特別な餌を食べているはずだ。子どもの頃、宝石を食べる神獣のおとぎ話を聞いた。璃央に宝石は用意できないが、飼葉よりいい食べ物があるなら知りたい。龍馬は目をしょぼしょぼさせつつ、草を噛み続けている。飼葉でも問題はないらしい。璃央が顔を撫でてやると、鼻を擦りつけてきた。
 璃央は厩の前で干していた薬草をひっくり返した。まだ少し水分を含んでいる。また山へ薬草を採りに行かなければならない、と士鵠が言っていた。保存していた薬草の大半を沈圭たちに荒らされてしまったので、足りない材料があるらしい。士鵠は書物を積み上げ、代わりになる春の薬草を探している。
「俺がもっといろいろ知ってたらな」
 璃央一人では薬草を取りに行けない。必要な草の見分けも生えている場所も覚束ないからだ。老馬が首を振る。
「でも、俺のせいなんだ」
 沈圭に正直に話していたら、と今でも後悔する。父に知られたくないという身勝手な思いで、士鵠だけでなく村人にも迷惑をかけている。璃央には知識も技術もないので、士鵠にばかり大変な思いをさせている。
 老馬は飼葉を飲み込み、首を伸ばした。
「うん、俺がんばる」
 炭焼き人が近々金丹用の炭を届けてくれるらしい。炭を木臼で挽くくらいなら璃央も手伝えるだろう。
「あ、そうだ。ありがとな。俺が士鵠様を好きなこと、黙っててくれて」
 璃央がそう言うと、老馬は一度ゆっくりと瞬きをした。それから頭を大きく振り、また飼葉を口に含んだ。
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