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sideみつき

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長い全校集会もやっと終わり教室に帰っていく中、人波を物ともせず3枚もの大きな賞状を片手に颯爽と歩いていく人が一人。

「今日も見てくれた。」

人混みから少し離れた壁に手をついて表彰された時を思い出す。
しかし3枚も表彰状を貰っておいて、思い出したことは賞を読まれた時表彰状を貰った時でもない。
全校生徒に向かって立ち、礼をする瞬間のことだった。
生徒達の気だるげな表情、心ここにあらずの目、そんな中にひとつだけ決して目を逸らすことが出来ない星のようにキラキラと輝く瞳があった。
それは自分があの日から焦がれてやまない大好きな瞳だ。

初めて見つけたのは入学式の日だった。
当然周りにいる人達は新入生ばかりなのだから、新しい生活に期待を持って入って来た人ばかりだ。
真新しい制服を来て、校則から逸れない程度にお洒落をしてみんな輝きを持って通り過ぎる。
それ以外無いはずだった。
なのにある一人が目の前に来た瞬間、その人しか目に入らなくなった。
ツヤツヤに輝いている黒髪、希望に満ち溢れて星屑を散りばめたようにキラキラの目、楽しそうに春のように暖かな笑顔。全てに魅力的だった。
どうしてその人しか目に入らないのか、何故あんなにキラキラしてるのかなんて分からない。ただその日から一番キラキラ輝いて目を奪って大好きになった人が彼、篠地哉だ。
自分もあの瞳で見られたい。自分があの輝く笑顔を出したい。
しかし自分は彼とはクラスも違う。委員会だって違うし、部活で仲を深めるられるなんて時期はとうに過ぎていた。その上彼は普通科で自分は特進科で重ならないスケジュールは、自分を焦がれてやまないもどかしいだけの日々を作りあげた。

これでもし哉の隣りによく並んでいる友人と同じくらいの背丈であったなら、何もせずとも彼の意識にするりと入り込むことなど容易いのだろう。
実際どこにいてもあの背丈はよく目立つ。哉があの友人を頼りにしていることも、そいつが自分の背丈を利用して哉を引き寄せていることもよく知っている。
反して自分は目立たない背丈をしており、少し人混みを歩けばすぐに埋没してしまうほどだ。
クラスが離れているのできっと哉の方からは自分など全く見えないに違いない。
哉に見て欲しいのに、見つけてもらえる手段が無い。



考えて考えて、その答えを見つけたのは最初の中間テストの日結果が張り出される日だった。
各学年上位30位までは全員フルネームで廊下に張り出される。それは学校が各生徒にやる気や目標を見出してほしいという指標のためだ。

「すごい!すごいね!!」

人混みの合間をぬってよく見ると、そこには彼がいた。
誰か知り合いの名前が載ったのだろう、誰かを本当に嬉しそうに褒めていた。そこには彼があのキラキラした瞳で誰かを褒めてる姿があった。
あの欲しかったキラキラの瞳は自分ではなく誰か知らない人物へと向けられていた。
悔しいという言葉では抑えきれない。あの時のことは今も思い出したくもない。
もちろん自分だって良い結果だ。学年で5位だったのだから。
でもその結果は何も意味が無い。賞賛もあの瞳も全て別の人間のものなんだから。
その時、自分はあのキラキラした瞳に見られたいだけではなく、篠地哉の視線を独り占めしたいのだと気付いた。
でも今はどうすることも出来ない。哉の視線は今、別の誰かのものだった。
あの視線が欲しいのに、自分にはない。
どうすれば見てくれるだろう。
どうすれば哉の視線を独り占め出来るのだろう。
どうすれば、どうすれば。
その時思いついたことは、とにかく目立つことだった。
でも何をしても自分の外見では他人よりもっと目立つことをしないとすぐに埋れてしまう。他にも目立つ人は沢山いる。それこそ哉が褒めた人のように、哉のすぐ近くにいる人よりも、誰よりも目立たないと。
しかしどうすればいいのかが分からない。

しばらくして哉は他の生徒と共に帰ってしまった。
いつの間にかほとんどの生徒は教室に戻ってしまったらしく、周囲には疎らにしか人がいない。
ずっと哉を見ていた視線をふと上げた時、目の前に掲げられた順位表を見て
思い付いた。
されはずっと単純で、でも難しいことだった。

「これだ……。」


そうして気がついた時には大会と名のつくものには片っ端から出場していた。





「ミツミツー、教室戻らんの?」
「うるさい七条。今は忙しい。」
「いやどー見ても忙しくなくね?こんなとこでさー?」

3枚の表彰状を手持ち無沙汰に眺めながら哉のあの瞳を思い出していると、背後から軽々しく話しかける奴が来た。
席が隣同士になって縁でクラスで一番最初に会話をした奴だが何かと絡んで来る人間だった。

「まーあれでしょ?いつものチカチカのことっしょわかるわー。」
「うるさい篠地をそんな呼び方をするなと言ってるだろふざけるな。」

これでこの軽い話し方でもなければそれなりにまともな人間に見えるのだろうが、七条はたとえ相手が教師でもその軽い話し方を変えることをしない。
考え無しなのか堂々としてるのかよく分からない奴だった。それでも特進科にいる時点で優秀なんだろう。 

「いーかげんさー、ミツミツも変だよねー。まず会いに行ったらいいのにー?」
「それが楽に出来たら苦労はしない。」
「いやまー、まじ普通にしてたら全然接点なしだけどさー、全然出来んってことはないじゃん?だってさー。」
「自分の力で会いに行く。」
「そー言って取り返し使んくなってるだけじゃーねー?」

実際にそうなのかもしれない。
こうして沢山の賞を貰っても一向に距離は縮まらない。視界に入れるようになって見てくれるようになったけど、近くに行くことは出来なかった。
それでも後戻りをするつもりなんてない。


「だから俺が広弥ん所行く時ついて来ればっていっつも言ってんのにさ。」
「お前が自分と知り合いだってことは篠地にも兄弟にも言うなよ。」
「りょりょ。」
「普通に了解と言え。」

自分が篠地哉の近くに行けることは出来るのだろうか。
哉の視線をものに出来るのだろうか。
それは分からない。
しかし絶対にやり遂げてみせる。きっとここまで頑張ったのだから哉の視線も、哉も手に入れることが出来る筈だ。
その為に。

「次は県の英語スピーチ大会だ。」
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