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夏の宵
しおりを挟むアタシが泣き止むのを待ちかねたように、襖におとないの声がかかる。
「裕也、食事が出来たぞ」
「どーぞ。どーぞ」
勝次さんの声に慌てて立ち上がろうとするけれど、高遠さんはアタシを抱える腕に力を込めるので、立ち上がれずに膝の上にいた。
「おいたはしていないようだな」
勝次さんの目線がちらりと投げられると、アタシは恥ずかしくて膝の上で少しでも体を離そうと高遠さんの肩を押した。
アタシの力なんて無いも同じで高遠さんとの間には、ほんのわずかな隙間しか開かない。
顔だけでなく、体じゅうが熱くなるくらい恥ずかしい。
「ここでなんて勿体ない」
色気のある声に、勝次さんも笑って答える。
「裕也にも分別がついて良かったよ」
「ちょっと止めてよ。その言い方だと、俺が見境もなくここに女の子を連れ込んで悪戯してたみたいだ」
食事の器を並べながら勝次さんが笑う。
「なにもここだけとは限らないだろう?」
「止めてよ。未也ちゃんに誤解されるように言うの。やんちゃしたこともあるけど、今は一人だけなんだから。俺がやっと口説き落としたのを無駄にさせないでよ」
高遠さんの腕に力が加わって抱き寄せられる。
なんだか腕が振るえているような気がして、アタシは高遠さんの腕に手を沿える。
「大丈夫だと思うよ」
笑いを含んだ勝次さんの声に、アタシ達は顔を見合わせて笑った。
食事が並べられたことで、アタシはやっと高遠さんの膝から下ろしてもらえた。
「このまま食べたら?」という言葉は丁重にお断りしたからだ。
「蛸の刺身食べて。皮をむいてあるから食べやすいよ。あとカレイの唐揚げも美味しいから、熱々のうちに食べて」
にこにこと笑う高遠さんは大きな口を開けて、それでいて上品に食べ物を口にする。見ていて気持ちのいい食べ方だった。
うっかり見とれていたら、カレイの唐揚げを一切れつまんで差し出してきた。
「冷めるから、早く食べて」
「これって…もしかして」
あの漫画の世界とかには存在しているとかいう、あーんとかいうもの?
「はい、あーん」
「あの、なんかその…恥ずかしい、です」
「いいんだよ。誰も見てないから大丈夫」
そうは言われても、大口開けてかじるなんて恥ずかしい。
「じゃあ高遠さん目を閉じていてください」
「……それってイヤラシすぎる」
俯く高遠さんの頬にも赤みがさして、アタシはとんでもない爆弾発言をしたのだとわかった。
食事をセックスに例えることがあるけれど、まさしく今の発言はそれを連想してしまう言葉だった。
アタシは真っ赤になってもじもじとしてしまった。
「あーんは次のお楽しみだね」と高遠さんが言ってくれたので、なんとか食事を続けることができた。
「少し遠回りしていこう」
月も中天を過ぎ、店を出た高遠さんが歩きだした後について行く。
「いいんですか」
一年前、あんなに拒んだことが嘘みたいに、高遠さんは自然体だ。
「いいんだよ。好きな子といたいのは当たり前だから。ただ未也ちゃんを守れるだけ強くなりたいってずっと思ってた」
夏の風が高遠さんの髪をさらう。
「君が居なくなってから、俺は前よりも強くなった。
俺だって一年を無駄に過ごしていない。
これからは一緒にいて守りたいんだ」
振り返った高遠さんが手を差し出す。
手を握ると、きゅっと握り返してくれる。
そんな些細なことでも涙が出そうに嬉しい。
アタシはこの人に憧れて近づきたくて歩いてきた。高遠さんが目印で、灯台で、光り輝く大きな星だった。
距離を埋めるのは、自分の覚悟と力が必要だった。
縮んだ距離の分、アタシは高遠さんを知って、またさらに好きになった。
憧れに追いつくことなんて無いのかもしれない。
でも、確かに縮んだ距離でアタシは高遠さんのそばにいる。
永遠を願う程の幸せのなか、気持ちのいい夏の宵を二人で歩いていく。
終わり
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