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Carbonium
第五十四話 バジリスクの効能
しおりを挟むその後本題に入り、フレイはバジリスクの眼球についてレスタへ説明した。
十七年間不自由だった自分の脚が良くなると言う事実を受け入れがたそうにしていたレスタだったが、親愛なる姉の言葉とあってそれを驚きながらも冷静に受け入れた。
そんな話から暫くして、湯の用意が整ったとレスタの部屋にメイドのクローアと言う人物が慌てた様子で入って来た為、三人はレスタの車椅子のスピードに合わせて浴場へと向かう事になったのだった。
一階より狭いらしいがレスタ専用だと言う三階の浴室なる部屋の前には、既に警備長のサンジが待ちわびた顔で此方に視線を送ってきていた。
メイドのクローアが真とルナ、そして警備長であるサンジをその場で制する一言を告げるとレスタは一礼してそのまま浴室へと入って行く。
「では御友人方は此方でお待ち願えますか、申し訳ありません」
「じゃあ、行ってくる」
「……あぁ、使い方は大丈夫だよな?」
真は此処で待てと言われた事を察し、後をフレイに任せる事にした。
本当に成功するのか、効果の発現に何日間かかるのか、むしろ万が一悪化したら等と様々な事態が脳裏を過る。だが此処まで来た以上最早後は天に任せるしかなかった。
真としても一応ながらデバイスにてバジリスクの眼球が入った瓶を元素補足確認したのだが、これと言って何かが解るわけでもなかった為ソーサリーの話を信じるしか無かったのだ。
ならばと真は予め細胞活性酵素を持つフレイ自身が湯に浸かって異常があるかどうか確認した方がいいと言い含めてある。
万が一にもバジリスクの眼球が薬剤としての効果を発揮せず何らかの毒物であった場合、体に異常、変化が起こるはずであり今のフレイならばその異常事態に見舞われても回復する事が出来るからである。
薬師だと言うソーサリーの言葉を信じない訳ではないが、あくまでこれは保険的な物であった。
真、ルナ、サンジが見守る中、先に浴室へと入ったレスタに続くフレイとクローアは目礼をして浴室の扉を閉じたのだった。
「……本当に、坊っちゃんの脚が動くようになるんでしょうか」
ふと呟かれたサンジの言葉、それにどう返すべきか悩んだ真であるがそこは事嘘を付けない性分である。
「……正直俺個人としての確証は無いですね、ただ薬師の話ではまるで常識の様に治療法を述べていた。フレイは言ってませんでしたがこの治療法を確立した本人が作ってくれた物です。簡単に言うのは憚れますが恐らく信頼に足るかと」
「バジリスクと言う存在ですら私は知りません。しかもそれを発案した張本人とは……。十年……坊っちゃんの事も心配ではありますが、私としては十年もの間ここに辿り着くまでの苦労がお嬢にはあった筈です。それが裏切られない事を祈りたい」
「……そう、ですね」
フレイ自身も恐らく途中までバジリスクの事は諦めていた様に思える。
でなければ弟の病気を治す為の薬を探す旅の中で盗賊紛いな奴等に稽古をつけてやったりギルド設立の為に奔走したりはしないだろう。
つい人の為に全力を尽くしてしまうのはフレイの人間として良い所、なのかもしれないが本来の目的からずれてしまっているのはやはりそう言った側面が伺える。
ただその事に関してわざわざサンジに話そうとは思わなかった真であった。
ふと真はそわそわと落ち着かないルナを視界に入れ、一言元気付けてやる。
「確証はしてやれないが可能性は高い筈だ。元気になったらデートでもして来たらどうだ」
「……えっ、へ!な、何で私がっ!?」
真にしてみれば同い年の二人はお似合いに思えた。
意外にもルナがリードして上手くいく、そんな関係。
過去の真と夏樹がそうであった様に……もし、もう少し夏樹と早く出会えていたのなら、自分の人生も少しは違う物になったのかとルナとレスタを見ているとそんな事を考えてしまうのだった。
「私はシン様にお仕えしたく…………出来れば婚約の犠だって……た、ただ心配ではありますけどね、折角出来た……後輩ですから!」
「……ふぅ、そうか。まあいい、それよりルナ、お前のそのシン様って言う呼び方はいつまで続くんだ?」
「えっ!?いつまでと言われても……ずっとです!ずっと!だって私にとってシン様は、英雄だから」
英雄、それが一体この世界でどれ程の価値があるのか真には分からない。
ただ習慣で、目の前の敵を殺した。それは何ら変わらない真にとっての日常の延長線。それがたまたまこの少女の命を救うと言う結果になっても真にはそれがとても正義とは思えなかった。
「まぁ、いいんだが……気乗りしないな。年的には兄さんて所だろう?」
「ぇへっ!?そ、それじゃあ家族みたいじゃないですか……私はシン様と……」
「家族……か」
真はそんなルナの言葉に地球での両親を思い出していた。
天井からぶら下がり、糸を持つ人間のいない壊れた人形の様な両親の変わり果てた姿。
人はこうもあっさりと死ぬのだと無理矢理に理解させられた忌まわしき過去。
真はそんな記憶に頭痛を感じ、こめかみを抑えた。
「し、シン様っ、だ、大丈夫ですか!?そん、な……わ、分かりました!兄さん、シン兄さんです!そう呼びますから!怒らないで下さいっ」
相変わらずの勘違いを炸裂させるルナであるが、そんな事に一々返答できる程真の心の内は穏やかでは無くなっていた。
だが過去を振り返っても結局何も変わらない。
両親も夏樹も、もうそこにはいないのだ。
どれだけ科学が進んでも消え去った物は元に戻せない。
形の復元までは今の地球の科学技術なら可能だ、粒子分解さえされていなければ。ただ記憶は元には戻らない。一人一人個人の記憶データのバックアップなど取っている筈も無いのだから。
いや、どうなのだろうか。
もしも夏樹が復元できたとしたら……体も意識も、記憶も全て。
そうして出来た夏樹は夏樹か?
本物と一糸違わぬそれはもう一人の本物なのか。
人間はたんぱく質の塊、心など所詮は脳の神経信号でしかない。ならば復元させればそれは本物なのか。
真は自分が人間ですら分からないこんな状況で何処かに違和感を感じていた。
◆
――――やっ、やったぞっ!!
――――そんな、レスタ坊っちゃん!!
やがて扉の向こうから聞こえるフレイとメイドの叫び。
――――う、動くよ……動く、本当に動いた!
驚愕、歓喜、三人の声はバジリスクの眼球が効果を上げたと判断するに十分な物だった。
先天性免疫不全骨障害、ソーサリーの見立は恐らく正解だったのだ。
「ま、まさか本当に……」
「どうやら成功か」
警備長のサンジは未だ開かない扉の向こうで、喜びに沸き立つ三人の声を耳に入れながらただ呆然と立ち竦んでいた。
だがしかしこの文明世界でバジリスクの眼球とやらがそこまでの速効性があるとは意外であった。
真としては先天性免疫不全骨障害、それは地球でかつて言われていたリウマチと言う病気の様な物だと思っていたからだ。
リウマチは免疫系の異常によって引き起こされる関節炎、免疫システムサイトカインによる炎症悪化。
真のいた地球の医療用カプセルマシンならばいざ知らず、あんな生物の眼球が炎症を抑えるだけでなく既に骨の異常まで来している体を動かせるまでに回復させるとは。
それもこの数十分間で。あり得ない治療法、規格外であった。
地球で需要される程では無いにしてもこの世界の薬師もまだまだ侮れない。
真はほんの少しこの世界の現実に興味を惹かれていた。
間もなくして、今まで人生を抑圧されていたのだろうレスタが喜びのあまりに室内を駆け回り、そのあられも無い姿で廊下に飛び出て来た。
「ははぁっ!ほら、もう走れ――――」
「っい!?やゃぁァァァ!」
「レスタっ!」
「レスタ坊っちゃんっ!!」
それを追うようにメイドとフレイが慌ててタオルをレスタの大事な所に掛けるが、そんなレスタに容赦なくルナの叫びと突飛ばしが入ったのは恐らく乙女心なのだろうと思う真なのであった。
「はは……本当に……レスタ坊っちゃん」
(全く、賑やかだな……)
恐らく屋敷内でここだけが一番騒がしく、そして活気に満ちていたのは言うまでもない。そんな幸せな一場面に真は口許を綻ばせていた。
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