その科学は魔法をも凌駕する。

神部 大

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Nitrogenium

第七十五話 本戦一回戦 前半

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――宇宙に存在する不可視エネルギーを利用してこの転移装置は作られてるんだよ。暗黒物質ダークマターって言われててね、なんかさぁ……いい響おとだよね。



 そんな事を言っていたのは誰だったか。
 真をこの世界へ否、本来であれば過去の地球へ時空転移させる為のプログラムを開発し、デスデバッカーの空間転移装置を利用すると発案したフォースハッカーのメンバーが言っていた言葉。
 名をそう、山本猛と言った。

 この異世界から召喚された少年が言い放った言葉は偶然にもそれと一致する。

 だがしかし、真のいた地球でこのような不可思議な力を持つ人間は存在し得ない。
 ならばやはりこの少年は真のいた地球とは全く別の"チキュウ"と名のつく星から来たと言うのか、真は眼前で対立する黒い生物とその半分程度の身長しかない少年の行く末をただ呆然と眺めるだけだった。



 やがて少年が顕現させたであろう黒き小宇宙はその体積を縮小させながら黒き生物、ガーゴイルの体内へと吸い込まれる様にして消滅する。


「……ん?あれ、どうなってるんだろ。効果に全ての物を飲み込むって書いてあったんだけどな……す、ステータス!」

「ケケケケケ……ナンダナンダオマエハシェイプサマノシモベナノカ?ナカナカウマイマナダ、チカラガワク……チカラ、ガ、ウゥゥォォ!」



「何だっ!?アイツ!」
「何かおかしい……皆伏せろッ!」



 構えていた剣士達がそう言い放った直後、薄闇色の暴風がリング上に巻き起こり魔族の咆哮と共に暗闇が視界を遮る。
 思わず真も自らの腕で眼前を覆っていた。



「ケケ、ふふ、ふははは。凄いぞ……何だこの力は。まるで魔王にもなった気分だ、これならシェイプ様にも劣らない……ふふふ、いや、もうシェイプ等の褒美はいらん。そこの、お前は一体何者だ?私に力を与えてくれた、感謝しよう。お前の目的は何だ、折角だ、一度位なら力を貸してやってもいいぞ、ハハハ!!」


「……は、はっ。目、目、目が!暗いよっ!何も見えないッ!何だよこれ!」



 二つの声を耳に入れ、真はゆっくりと顔を隠していた腕を下ろして状況把握に努めようと試みる。

 リングの地表面には未だ漂う薄紫の霧がそこにいる人間達に妖しく絡みついている。
 見れば真以外に七人いた選手達はある二人を残して皆呻き、蹲りながらリングを転がっていた。

 まだ辛うじてその身を起こしている人間、異世界から召喚されし少年はしかし自らの顔を押さえながら喚き定まらぬ足取りでリングを駆けまわっている。


「これは、何が起きてる」
「……ブラインドネスだ、あの少年の魔力はまさか」


 真以外に唯一リングで正常を保つ選手、朱色の長髪に白銀のチェインメイルを身に着けた女剣士は真の呟きに応えるかの様に険しい顔つきでそう呟いた。

 真にはまるで理解の及ばない現状、呻きながらリングを転がる選手に取り乱す異世界少年。
 少年に視線を向けたままのガーゴイルは先程より何処か人間味を帯び、拡げていた汚らしい翼は艶を増して今は背に折り畳まれている。

 ふとそんな状況に真はある一つの事を確認すべく、思い出したように観客席を見回した。
 コロッセオのリングを囲う円周の観客席はガラリと無人になってはいるが、そこには一人だけ見慣れた青色の髪が壁から覗いていた。
 恐らくルナだろう、真は視覚を最大限に拡大させその姿を確認する。縮こまった身体は壁に阻まれよくは見えないが、覗く小さな頭と杖が震えている事から恐らく無事なのだろうと真に認識させていた。
 恐怖の中でもレスタとサンジだけを避難させ、自分は真を見守ろうと必死だったのか。
 そう思うと真は少しだけルナへの態度を改めようかと考えさせられていた。


 フレイは恐らく父ブランタの所に向かっている。レスタとサンジ、そしてアリィは言うまでもなく他の観客と逃げていると見ていいだろう。
 そしてルナも無事ならば後は目の前の化物をどうにかしてこの状況を打開するだけだ。


 はてと真は視線をガーゴイルに合わせたまま思考を巡らせていた。

 周りにはさして多くない人間しかいない上、まともに状況を理解できるのは横の女剣士一人だ。ならばデバイスを使用してこの魔族を斬り殺しても何ら問題はない。だがしかしと。

 いつかのブルーオーガと呼ばれる魔物にはカーボナイズドエッヂで通用した。フレイを危険に晒したバジリスクはそれでは厳しく、たまたまFの収束で難を抜けた。
 果してこの魔族と言う生物には何が有効となるのか、ここに来て下手にこの世界の知識を得ていた真の心にはそんな僅かな迷いが生じていたのだった。




「ただのガーゴイル一匹なら十分に殺れたかもしれないが……そもそも何故こんな場に」

「……今は奴を殺るのが先決だろう」


 ふと女剣士の言葉で真は我に返る。
 何故こんな場に魔族が現れたのか、それはやはりブランタが元凶。つまりフレイの父だ。
 だがそれを万が一にも暴かれるのは都合が悪かった。
 ブランタが裏で魔族と関わっているとは言え、それでブランタが責められる事態になればフレイやレスタを含むフォーレス家全体が非難の対象となる。

 ならばここで手早く事態を収束させ、その後でブランタと接触し事を収める必要があった。何があの生物に有効か等と考えている程悠長な時間はない。


「それも、そうだな。しかし分が悪い……奴は恐らくあの少年の魔力を吸って強大化している。先刻のガーゴイルなら私一人でも辛うじて相手出来たかもしれないが」


 真の発言に同意する女剣士。
 だが、かのガーゴイルはあの異世界少年の不可思議な小宇宙を吸収して力を増したと言う。
 原理は解らないがいつかにシグエーとルナの戦いで見た同魔力は……と言った所なのだろう、真はいつしか眼前で未だ厭らしく耳障りな高笑いを続けるガーゴイルから隣の女剣士に視線を移していた。


「剣は通用するんだろ?」
「剣?はっ、魔力機マナコアの間違いだろう?唯の鉱物で出来ただけのなまくらが魔族に通る物か」

「詳しいな」
「まぁ少なくともAだからな、魔族との戦闘も経験はある。と言うかお前もBかその辺りじゃないのか?魔族と争った事も一度や二度あるだろう?」



 そんな女剣士の言葉に真は苦笑した。
 ザイールトーナメント本戦、それはつまりそれだけの強者が集まっていると言う事。
 それだけの実力がある人間ならその殆どがギルドでもB階級レベルにはなっているだろうと女剣士はそう言いたいのだ。
 確かにフレイも魔物や魔族への知識は中々に持っていた。

 そんな中自分はギルドで言えば新人も新人のDである。真は如何に自分が場違いな所に立っているかを僅かに実感させられていた。


「ブルーオーガ数匹位だな……階級はDの3だ」
「……はっ、こんな状況でそれだけの冗談が言えるとはな。是非剣を交えて見たかったものだが、今はそうも言ってられないか……仕方ない、手を貸せ」


 冗談では無かったがそれを訂正する間もなく、女剣士は朱色の髪を跳ねさせてガーゴイルの前へと踊り出ていた。


「……やるか。端末起動デバイスオン戦闘状態バトルフィールド・拡張オーバーフロー、ダイヤモンズドエッヂ!」



 領域の元素量を確認する事も無く、最初からバトルフィールドを遥かに拡げた真はその手に透き通るCの刃を収束させながら女剣士の斜め後ろへ着いた。



「――――シェイプッ!お前の出番は終わりだぁ!!」

「なっ!?」



 刹那だった。
 女剣士と真に真紅の眼球を向けていたガーゴイルの背後、空中から一人の金髪が何かを叫びながら両手で持った大剣を振り下ろすのが視界に飛び込んできた。


「ムッ!?」
「ハァァァッッ!!」



 気迫に満ちた声と共に、ガキッと言う金属がコンクリートに叩き付けられた様な鈍い音が響く。だがガーゴイルは何事も無かったかの様に背後へ首を捻った。


「何ッ!?」
「……ふはは、人間か、こんな所にも隠れていたとは。しかし魔力も籠もらない玩具で今の私を傷つける……面白い。それに今シェイプと言ったがその名を何故知っている?」



 今やつらつらと人間の言葉を吐くようになった魔族に顔を向けられた金髪の青年はしかし、その顔険しく頬を強張らせて目を見開くだけであった。
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