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Oxygen
第八十九話 大穴集落
しおりを挟む城塞の様に見える場所はまだ程遠く、照りつける日はそれを幻では無いかと錯覚させる。
そんな道すがら、真とレヴィーナは周りを岩々に囲まれた不思議な場所を目に留めていた。
中心にポッカリと空いた大穴、だがそこは噴火口でもなければ魔物の住処と言う訳でもない。明らかに人が住むであろう木造の家々が集落の様に犇めき合っていた。
興味本位で岩場の囲いを容易く上りそんな集落を見つけた真とレヴィーナは、ここで少し休めないかと大穴の下で建ち並ぶ集落を見下ろしながら思案していたのだった。
「これが王都だと思うか?シン」
「いや、どうみてもあの先に見えた方だろ……どうしたらこの集落が王都になる」
「なぁに最初に辿り着いた場所が王都と言うのはよくある話だからな。しかしそもそもこれはどうやって降りるんだ?ここの住人達も外ヘ出られ無い様に思えるんだが」
レヴィーナの不可思議な持論はともかくとして、大穴の深さは軽く見積もっても200m程はありそうである。
中心部には砂漠のオアシスとでも言うべきか、薄青い池が見て取れるが色合いからしてその池にそこまでの深さは無いだろう。
つまりこの高さから池に上手く飛び込んで降りようとしても、次は池の地底に激突する可能性が否めないと言う事だ。
その上無事降りられたとしても、今度はどうやって上がって来るのかと言う事も確かに甚だ疑問ではある。
真は何処かに降り口の様な場所があるのではないかと視線を大穴周囲に巡らせていた。
「何も見当たらないな……魔法とやらでテレポートって訳にも行かないだろう」
「マホウ?テレポート?何の方言だ、それは。まぁ何だ、取り敢えず飛び降りて剣圧で衝撃を和らげれば行けない事もないか。シンには厳しいなら私が様子を見てこよう」
「ん?」
レヴィーナは取り敢えず降りてみようと言い出した。しかも剣圧でどうにかなると。
そこに降りた後の事を考えている様子は微塵もなく、レヴィーナの思考からしてそれも何とかなると考えているのだろう。
だが真はそれ以上に、レヴィーナが自分を差し置いてこの大穴を降りると言う発言に何とも言えない気持ちにさせられていた。
そもそも真がこうも必死に――と言ってもそこまででは無いが――この大穴を降りる方法を思考しているのは誰の為だったか。
レヴィーナの一言により、真はまるで自分の方がここを登り降り出来ない様な人間だと言う錯覚にさえ陥りそうになった。
「ちょっと待ってろ、一走りして内情を確認してくる!」
「おいっ、レヴィーナ!」
レヴィーナは駆け出しながらそう真に言い残すと、身につけたプレートメイルの重量等まるで感じさせない身軽さで颯爽と大穴へと飛び込んだ。
空中を舞うレヴィーナは大穴を半分程落下した辺りで腰の剣を抜き放ち、真下の台地に向かってそれを高速で振り下ろす。
それは剣速によるものか、それともその剣に内包する魔力結石とやらの力か。
レヴィーナの剣から放たれた波動は凄まじい砂埃を上げ、ローズピンクの長髪を激しく真上へはためかせる。
それによりある程度減速されたレヴィーナは自身の身体を丸めながらその地面を転がり着地し、あたかも予想通りと言わんばかりなポージングで剣を鞘へと納めたのだった。
その間、体感にして数秒。
下に着くなり真を振り返って手を振るレヴィーナを見て真は思い悩んでいた。
厄介事を巻き起こしそうな人間が自分以外にもう一人いたと。
◆
地面には名も付いていなそうな雑草が疎らにその顔を固い砂地から顔を出す。
覗けば自分の顔を反射するオアシスの周りにはそこそこ背の高い木々が生き生きと幾つも伸びている。
真は一人先走って家屋調査に向かってしまったレヴィーナを追う為、重力操作により大穴の下で佇む集落へと降り立っていた。
だがレヴィーナの姿はとうに無い。
彼女が家屋調査と称し今頃何をしているかは考えても仕方無い事である。そこまで広くもない場所、何れどこかで鉢合わせる事になるだろうと真もその大穴集落を歩いてみる事にしたのだった。
(随分と静かだな……)
集落にしてみてもそこを歩く人間の姿は今の所見られない。
やけに静かな大穴の集落には、地上で僅かに流れる空気の気流音だけが寂しく響いていた。
人為的に植えこまれた様な木々、木材と土を固めて作った様な簡素な家々。
ここだけがまるで時代から取り残された様な雰囲気は、かつて真がまだ幼き頃に見た地球のスラム地域の様でもあった。
やがて一つの家屋からぎぃと言う古びた扉の軋み音が僅かに聞こえ、中から一つの桶を重そうに持ちながら出てくる老婆の姿が目に留まった。
真はそんな老婆に視線を送ったまま立ち竦むが、それに気付く事もなくゆっくりとした足取りで老婆はオアシスへと向う。
水でも汲む最中なのだろうか、あまり進んで他人へ声を掛けるのも憚れる真であったが折角時間を割いてここへと降り立ったのだ。何かしらの情報を得ようと、真は正に今その手に持った桶で水を汲まんとする老婆へと歩み寄っていた。
「……あの」
「ん……ひっ、ヒィィッっ!?」
老婆は真を視界に留めるなりほんの僅かな間をおいてから手にした桶を池に手放し、奇声を上げて驚倒していた。
突然声をかけたとは言えそこまで驚く必要も無いだろうにと、逆に驚きを隠せない真は二の句も忘れてそんな尻を地面に付けた老婆をただ見下ろしていた。
「なんだ!?どうし……って、シンっ!何をしている?と言うか降りられたのか」
「いや……俺は何も」
老婆の声を聞きつけたのか、レヴィーナが自らの腰の剣に手を当てて何処からか駆け寄って来た。
尻餅を付いて未だ震える老婆とそれをただ見下ろす真。
この状況だけ見ればまるで真が老婆に何か危害を加えたと見られてもおかしくない状況だが、レヴィーナは対象が真だと解り安心したのか腰の剣から手を離して老婆へと近付く。
「どうなさったか、御婦人」
「っは、はひぃ!?か、ご、ご勘弁おぉ!!どうか、どうか……」
「なっ……何だ、どうしたと言うんだ」
御婦人と言う歳でも無いだろうがと言う発言を真は一旦堪え、丁寧に声を掛けたレヴィーナを見ても尚恐怖に慄く老婆に真はまるでこの状況が掴めなかった。
「そんな感じなんだ」
「そんな感じ、とは……私は何もしてないぞ」
「俺だって何もしていない」
地面に平伏しながら何度も頭を下げ続ける老婆を間に、真とレヴィーナはただ頭を悩ませるのだった。
「おい婆さん、水はいつまでかかるんだ。茶が飲めんぞ……っ!?」
刹那、先程老婆が出て来た家屋から白髪の老人がのっそりと顔を出し一人苦言の嵐を老婆へと向けるが、そこに真とレヴィーナの姿を認めると一瞬目を見開き家の中へと慌てて踵を返していった。
「シン……流石の私でも状況が読めないぞ、一体どうなっている」
「流石かどうかは分からないお前はともかくとして、俺にもさっぱりだ」
「っ、き、貴様等!!国の犬が!」
「なんだ!」
真とレヴィーナが思い悩むのも束の間、先程の老人が凄まじい勢いで再び家から出て来た。
同時に集落中のあちこちから叫び声が聞こえ、平伏す老婆、そしてそれを挟む真とレヴィーナはいつの間にか数十人にも上る老人の群れに囲まれていた。
老人群は皆思い思い、凶器と成り得る斧やツルハシ、刃先の短い刃物等をその手に持ちながら口々に罵詈雑言を並べ立てる。
その鬼気迫る老人達の表情は、まさに真とレヴィーナを敵と見なし今すぐにでも始末せしめんと言いたげである。
「余所者は殺すつもりか……」
真はそんな老人達を静かに見回し、これは早々に立ち去るべきかと考えていた。
「なっ、何だと言うのだ?皆待て。私達は何も危害は加えていない!」
「この国の犬がっ!!」
「ついにここまで嗅ぎつけられたのじゃな……」
「敵は二人だ、殺してしまえば問題無いっ」
レヴィーナの叫びはだがそんな集落の老人達に届いてはいなかった。
はっきりとした状況は分からない。だが老人達が口々に発する国の犬と言う言葉から、真達が国から何らかの命を受けてこの集落に訪れた兵士だと思われているのは朧気ながら理解に難しくなかった。
問題はこの国の兵士が、ここの集落の人間から見れば殺したくなる程憎まれている現状である。
集落だけの問題か、それともこの国の街は全てこんな風に殺伐としているのか。
だとすればこれからの旅が更に面倒な事になるのではないかと、真は当初静かにこの世界で暮らそうと考えていた自分を懐かしくも思い出し憂鬱な気分にさせられていたのだった。
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