101 / 139
Oxygen
第九十八話 幼き日の亡霊
しおりを挟む「真、五歳の誕生日おめでとう」
「おめでとうね真ちゃん、来年からはもう学生さんね」
「うん!任しといてよっ」
創星8年。
日本での教育制度は世界標準に合わされ、六歳から十三になるまでを義務教育期間とした。
義務教育期間であるといってもその教育費は全て国の負担にはならないのが現実である。
教育費は国の補助を差し引いても一律一千万。
全ての子供は学園機関にてその成長を見守られる事となる。
つまりは六歳で親元を離れ、国の管轄下によって教育を施されると言うのが創星暦より日本でも開始された世界標準教育課程だ。
これにより子供を学園生活に入れられ負担が減ると喜ぶ者、寂しいから手放しくたくはないと嘆く者、教育費を払えないと子供を学園に入れない者と様々な意見がなされたが、国の、いや世界の意思は否応なく決定されていた。
優秀な人材を国の監視下によって育み、思い通りの世界を形作る。
それが国連だけではなく、ひいては人類の意志理想であった。
真の両親は進歩する科学文明と相反した仕事に身をやつし、それでも必死に一人の息子を育ててきた。
教育資金を必死に集め、自らの贅も投げうって全てを真の為に尽くしたのは両親が愛を持って子供に接した親だったからなのだろう。
だが真は理解していた。
幼心に両親が決して裕福でない事も、無理をして自分を学園に入れようとしている事も。
そんな日本には世界標準教育機関とは別の機関も存在していた。
国家保持機関フォラス。
国を守る自警組織であり、かつて日本で自衛隊と呼ばれた国営組織を丸ごとある一大企業フォラスグループが買収し、国と結託して新たに設立したものである。
学園のように多額の費用も必要なく、生活の不自由もない施設。入関規定は年齢六から十三歳までとなっており、十四からはそのままフォラスグループの企業で就業する事も叶うと言った表向き好条件であるが、それはあくまで表向き。
世界標準教育課程から溢れたものを拾う為と言った体のいい事を主張しながら実際に中で行われるのは人体実験の類だと知る者はまだこの時はいなかった。
そんな大手フォラスグループは教育課程をきっちり積んでから就職する事も可能であり、むしろそちらの方が上位の役職に着けるともあってやはり教育資金が集められる親達にしてみれば自分の子供はまず学園にと言う者が多かったのも事実である。
そんな中真はその貧しくも愛のある家庭で生きながら、無理をしてまで学園生活に身を投じる事に疑問を感じ始めていたのだった。
それはやはり幼心に両親へ負担を掛けたくない、そんな一心から来る気持ちだったのだろう。
六歳までをあと数ヶ月といった頃、真の今後を分ける岐路は突然にそこへ舞い降りた。
否、それは突然では無かったのかもしれない、いわばその事態は真が生まれてしまったその瞬間から始まりを告げていた筈だ。
科学の発達した世には人間よりも生産率のいいAI汎用機がごく自然に現れるようになっていた。
そんな中それを開発研究、生産する仕事は今だ半数が人の手によって行われていたが、それ以外の単純な仕事は人の手に代わってAI汎用機が代替された。
知識も技術もなく、かつての日本をただ無闇に生きていた人間は瞬く間に職を失い、国から捨てられその存在を事実上消して行き、やがてそんな人間達に目を向け声を大にするような人間ももはや数少なくなっていた。
巷では徐々に暗黙で試法されて来ている定齢死罪法が脅威となって国民の心をにわかに押し潰していたのかもしれない。
そしてそんな流れに真の両親も例外なく呑まれていった。
真の両親は国を憎む新興宗教に関わっていたが、職を失ってからはそちらにのめり込む様になっていた。
真はそんな両親は支える為に必死だった。
古びた家賃も滞納するような家屋でひたすらに訳のわからない御託、経典の抜粋事項を語り合う両親。
何れ手に入る平和と幸せの為に今はただ祈るのだと。何を犠牲にしてもただ祈る事が絶対的な幸福の境地へ導くと信じて疑わなかった両親。
幼き真はそんな両親を疑ったりしなかったが、それでも今を生きる為に必死で街中に僅か打ち捨てられる汎用機部品を拾い集めては買い叩かれる日々を過ごし、いつの間に変貌した両親に代わって家庭を支えた。
両親の神への祈りは次第に苛烈を極め、未来永劫の幸福を掴むためには今祈るのだと毎朝毎晩、家の中でも今や最も高価な祭壇の前でひたすらに祈り続けていた。
父も母も何処か窶れて見え、真はもっと自分が頑張らなければならないと更に一歩深い闇の道で両親と自分の命を繋ぎ止める為、その命を削った。
それは何時頃の事だったか。
教育課程云々等真の脳裏からすっかりと消え失せ、自分の歳すらも記憶の海馬に埋もれた頃。
随分と空けていた汚らしい自宅に身を削って稼いだ大金を持って帰った時分。
真は見た。
眩しく肌をジリジリと焼く夕陽が二つの延びた影を六畳間に作り出しているのを。
揺れることも無く、宙に浮いた長さの違う二つのそれは真を産み、育て、愛してくれていた筈の人間であった。
それを硝子の球体が映像として捉えた時、真の中で何かが途切れた気がした。
孤独、悲しみ、無為、死、死、死、死。
壊れていた。
全ては既に壊れていた事を、目の前の現実が否応なく真に突き付けた。
神への祈りは未来の幸せの為に。
ならば今の幸せは一体何処にあるというのか。
神は両親を救ったのか、神は真を導いたのか。
解っていた。
真にはわかっていたのだ、神などいない事は。
だがそれを認めてしまえば神にすがる両親をそうさせたのは自分の存在だと、そう思ってしまえば自分は何処にも逃げられないと感じていたから真は神を認めるふりをした。
自分が存在してしまった罪悪感から逃げる為、真は神を信じようとしていただけなのだ。
だが今、全を失った真にそんな虚像の神は最早必要なかった。
神は誰も助けはしない、存在しない。
もしいるとするなら神は人を産み落とし、罪を背負わせ、そして殺すのが唯一神。
それもいいだろう、真は必死の思いで崩れ落ちようとする自我を保つ為そう強がっていた。
稼いだ汚らわしき大金を、神への供物かのように吊り下がる両親の下へ落とし、自ら噛みちぎった唇から血を流し。
真は感情の全てを捨てるかのように、影となる両親の下でただ泣いた。
◆
稼いだ大金と言ってもそれは子供ながらのものでしかなく、それをただ一人の人間が生きる為に使い切る事はいとも容易い。
真は裏の世界でいつしかその身を立てていた。
見捨てられた人間達にも残された道はある。
暴力という名の娯楽。
数々の大企業も裏でスポンサーを務める世界の富豪向けに行われる裏格闘技大会。
歳の頃六歳から闇を歩き、暴力に身を染めていた真は知らずの内に重ねた年齢と共にそんな世界で唯一無二の居場所を得ていた。
そんな暴力のみに形成された真は裏格闘技大会でも名を馳せ、国外にまで遠征する程の実力を持っていたのだ。
表舞台で活躍していた名のある元格闘技選手、裏世界でその名声を手にした殺人鬼、様々な人間がいたがそんな事等真の知る由もない。
ただ本能を超えた本能、そして憎悪や怒りさえも超越した無の暴力をただ振るうのが霧崎真と言う男だった。
霧崎真は齢十八にして世界の暴力、その頂点に立っていた。
真は数々の富豪、企業の召し抱えとしての勧誘を受けていたが最早そこに思う所もない。
だが再度足を踏み入れる事になった故郷、日本で一つの謳い文句を度々目にした。
科学の著しく進歩する日本、自分の両親を殺した小さな世界は平和の為に人材を欲していた。
世界平和の為に集え、生活の安定はここに。
そう発信していたのは今日本で混乱を巻き起こすおかしな組織デスデバッカーに対抗するべく作られた組織、フォースハッカーというものである。
真の意思は自然とそこへ向いていた。
その理由は本人にも定かではない。
惨めに死んでいった両親、それを追いやった国への意趣返しか、真は自分の持つ全ての暴力を以って全てを壊したかった。
日本を、世界を、何もかもを壊す。
その一歩に、世界平和等と抜かすそこは真にとって最も壊したいものだったからなのかもしれない。
その時の真はそこが逆に自分を壊す為の場所等と気付く由も無い。
◆
神無き世、だがこのオカルトな世界にならば神はいるのか。
今更、もしここに神がいたならその神は真の過去をも助ける事が出来るのか。
否だ。過去は変えられない、フォースハッカーの開発したプログラムも結局はこの様。
フォースハッカーを恨む気持ち等は欠片もない。元々何も期待してはいなかったのだから。
こんな身体になった今だが、思えば自分が壊れていたのはもっと前なのかもしれない。
今はただ、自分の意思を持って、暴力に身を委ねるのではなく、暴力に意味を持たせる事。
それが出来ると真に気付かせた存在を守る為、そしてそんな世界の片隅で自分の存在に少しでも意味を持たせる為。
真は闇夜に佇むその大きな祭(・)壇(・)に、両親と過去の自分の亡霊を見た気がした。
「俺に……神は必要ない」
1
あなたにおすすめの小説
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
異世界で貧乏神を守護神に選ぶのは間違っているのだろうか?
石のやっさん
ファンタジー
異世界への転移、僕にはもう祝福を受けた女神様が居ます!
主人公の黒木翼はクラスでは浮いた存在だった。
黒木はある理由から人との関りを最小限に押さえ生活していた。
そんなある日の事、クラス全員が異世界召喚に巻き込まれる。
全員が女神からジョブやチートを貰うなか、黒木はあえて断り、何も貰わずに異世界に行く事にした。
その理由は、彼にはもう『貧乏神』の守護神が居たからだ。
この物語は、貧乏神に恋する少年と少年を愛する貧乏神が異世界で暮す物語。
貧乏神の解釈が独自解釈ですので、その辺りはお許し下さい。
【完結】おじいちゃんは元勇者
三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話…
親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。
エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
【完結】お父様の再婚相手は美人様
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
シャルルの父親が子連れと再婚した!
二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。
でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる