その科学は魔法をも凌駕する。

神部 大

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Neon

第百十七話 mixture of true

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 時間にして数カ月前。
 地球、フォースハッカー施設第一区。

 防御シールドに囲まれた円球のフロアに二人の人間がいた。
 だが片や命の危険を感じる者、片や常識を覆された者の不可思議な組合せ。


「お願いしますの、お願いします……やめてやめて月華元陽花さん。本当それは危ないの、死んじゃうの」
「黙って!全てを話しながら歩いて!直接柴本統括に真実を聞くわ」

「そ、そんなぁ……だから柴本教授も知ってるんだってぇ。柴本教授と芹川っちが仲悪いからこうなっただけなんだよぉ……でも別に僕達には関係ないじゃないか。僕達は好きな研究を好きなだけすればいいんだからさ、検体がいくら死んでもそれは研究材料で消耗品なんだから。国の予算も下りてるんだよ?あ、連邦のね!」
「うるさいわよっ!そのたるんだお腹蒸発させられたいの?いい……私は今まで沢山の戦闘要員と直接関わってきてる……それが……全部只の実験だったなんて」



 月華元陽花は手に持つ接触分子動作モレキュールアナライザーを一際強く山本猛へ押し付け、フォースハッカー総統である柴本の元へ向かうのだった。





 月華元の心は未だ動揺を隠せない。
 否、人に心など在るのかと言う疑念を鑑みれば、心というより脳内情報の処理が上手く行かないと考えるべきだろうか。


 デスデバッカーによって日本国は滅びた。
 人類は皆、悪の組織によって。
 日本国政府はそれに対抗するべく秘密裏に進めていたキメラ研究の成果を以ってしてそんな悪の権化、デスデバッカーを壊滅しようとし、失敗した。

 それが月華元の知っている唯一の真実であり、その後始末とデスデバッカーを殲滅するのが自分達フォースハッカーの役目なのだと月華元は自然と理解していた筈だ。


 だが山本から聞かされた話が真実ならば、月華元の見当違いは最早甚だしいを通り越したものだった。

 フォースハッカー、デスデバッカー、そんな名前等はどうでもいいただの呼称に過ぎなかった。全てはフォラスグループの手の内。
 政府のキメラ研究にも加担し、どうやら日本国を丸ごと手中に収めた科学研究組織フォラスグループ。
 日本は連盟諸外国から隔離された訳ではなかった。隔離されたのは日本政府だけであり、フォラスグループは最初から国連と結託しこの事態を作り出したのだ。全ては他の星の圧制の為に。

 それが真実なら月華元がどれだけ滑稽か、そして実験材料にされた戦闘要員と国民は、ただの消耗品でしかないのか。
 恐ろしい現実は月華元の中で僅かな悪寒を呼び起こしていた。

 自分がどれたけ大きな事に加担していたのかと。














 施設内に幾つもある眼球細胞認証コードドアをプログラム研究員の山本と抜け、月華元はフォースハッカーを取り仕切る代表柴本統括が居るはずだと言う研究室に足を踏み入れていた。

 据置の中空映写式端末フルレスコンタクターが薄暗い室内にエレクトロルミネセンスの光を放つ。



「……ほう、で?それに此方でも人を出せと?」
「――あぁそうだ。面白そうだろう?人工人格式生物兵器バイオキルヒューマンにこっちのVer.3だけじゃ壊されてしまいかねんからな。しっかりとそのあたりの綱を握っていてくれよ」

「馬鹿馬鹿しい。何の為の鉄屑だ?此方としても霧崎真は成功品だ、後のはこれからの研究の為にも必要な人材。今はこれ以上割けん、早くそっちで回収した検体ニンゲンを寄越せ、話はそれからだっ」



「柴本、統括」


 柴本はモニターに映る中年の男と何やら半ば怒り口調で話しているようだったが、強制的に通話を切った所を見計らい月華元は統括にそう声を掛けていた。


「ん?おぉ、何だ山本に……月華元女史とは珍しい。どうした?」
「柴本教授ぅ……月華元陽花さんがご乱心ですよぉ」

「ん、何だって――っそれは!?」


 月華元は山本の背中に押し付けた接触分子動作モレキュールアナライザーを柴本にも見えるよう体をずらす。


「統括……今話していたのは誰です?日本人口は最早私達三人では?」
「お、おいおい……何だ、どうなってる?どうしたというんだ月華元女史。日本人口がどうしたって……や、人員不足か。すまん、君をそうまでさせてしまったとは。私も自分の事で精一杯でついな、待ってろ、直ぐに芹川さんへ談判する!あの能無しは全く役に立たんでな、これだから物理齧りは困るんだ。物理なら山本の方がよっぽど使い物になると言うのに……」
「統括ッ!」


 一人見当違いの解釈を始める柴本に月華元は思わず声を荒げていた。

「教授ぅ、そうじゃなくてぇ……違うんですよぉ、何故星は丸いのに僕達が落ちないのか。そう言うレベルなんですから。そうしないと僕のお腹がシュンッ!ってなるんですよぉ」
「ん、星が……?それは重力と遠心力だろ、恒星は重力によって中心部に向かって凝縮している一方で熱運動や電気的な反発力によって一定の大きさを保っている、と、そもそも星は円球では無く楕円であって……いや、そもそも円ではなく」
「黙って!!二人共、昇華されたいんですか!?もういいです、私の質問だけに簡潔に答えて下さい統括」


 月華元は話しにならないと判断した。
 この研究者は頭がどうにかなっている。
 自分も兵器開発、デザイン設計と行ってきた研究者だがここまで頭は壊れていない。この二人に話させては埒が明かないと。
 端的に、此方の聞きたい事だけを引き出す。
 そしてそこから弾き出された結論だけが真実なのだ。

「日本の人口は今どれくらいですか」


 月華元が噂程度に知り得ている情報ではデスデバッカーが十人程、フォースハッカーが自分と戦闘要員である霧崎真含め四人。
 施設外で生き残る人間がいるとも思えないがどうかと。


「それは判らん。此方に情報は回ってこないからな、数百程度ではないのか?」

「……ではデスデバッカーとフォースハッカーの関係は?」
「ふぅむ……フォラスの派閥だな、そのセンスの欠片も無い名をつけたのは芹川さんだ」

「では此方の研究員は何故私と山本君しかいないのです?皆デスデバッカーに殺されたのではないのですか」


「エェッ!?妄想ヤバイよ月華元さん、誰からそんな話聞いたの!マジヤバ乙だよ――ひぃぁ!?」


 月華元は山本のでっぷりとした背肉に自らが設計した準用兵器を押し付ける。
 全分子を指定の極性分子に切り替え、それに対応する300MHzマイクロ波を放射して分子を振動させる高度最新技術。モレキュールアナライザー。


「黙って……戦闘要員の皆はそう言っていたわ。研究員もデスデバッカーの開発したアンドロイドキルラーに殺された」
「む……それはまた、私も嫌われたものだな。たしか夛田君だったか、夛田夏樹君の件だろう、あれは確かに事故だったが他の研究員は芹川さんの元で今も健在だよ。第七区辺りだから私達の研究ではあまり行く事も少ないのだろうがな」


 柴本は少々疲れた様子で何かを考える仕草をしながらそう月華元の質問にただ答えていた。

「そんな……事って」


 だが月華元は未だに自分の記憶に定着しきった常識を覆せずに戸惑うばかりである。
 どれだけ自分が周りに無頓着であったか。
 それだけ月華元は自分の仕事が興味を惹く程のものであり、そして日々が目まぐるしく忙しかっただけと言う話でもあるのかもしれないが、今はただそんな現実に呆然とするしかなかった。



「じゃ、ぁ……次元転移、プログラムは……過去を変える技術だって。世界を変えるって、そうよ!バイオメディカル部門の多岐川さんもそう言ってた。山本君、大体貴方が粒子分解移転装置に次元転移プログラムを追加する案を出したんじゃない!」
「え、尊がそれで完成するっていうからさぁ次元転移理論プログラム必死に書いたんだよ。仮定式の現行軸、移行軸、位置はどうするって聞いたら創星30年の1年で座標軸M87-1853-SS3だって、あ、地球の事ね。取り敢えずそれで試行する手筈だったんだよ?真君にプログラムを運ばせる指示はぁ……あ、結城さんだ。そうそう……僕はそれぐらいしか知らないし」


「結城君が……それで座標軸が過去の地球とか何とかって……じゃぁ時間の転移じゃないって事」
「そりゃぁそうだよ?理論上は出来るけどやっぱりそれは無理なんだよなぁ。ただそのプログラム自体おこすのは簡単だからね、それを使って粒子分解移転装置が完成するらしいよ、尊の癖に」


「そんな……私、真に」


 月華元は頭を抱えたくなった。
 山本に押し付けていたアナライザーを思わず取り落とし、ただ自分が戦闘要員を実験材料にする手伝いをしていた事に思考は限界を迎えそうであった。


 いつからこんな事になっていたのか、自分はそれだけこの仕事に夢中であったと言う事か。
 それはただ一つ、自らの歪んだ恋心故の盲目と言えば言い訳か。結城咲元。
 かつて世界標準教育機関からフォラスグループへ入った同期であり、初めて恋をした相手。結城は親友を失ってから何処かおかしくなっていたが、瞬く間にフォラスグループバイオメディカル部門で名声を上げていた。

 昔から優秀で、勉強も運動も出来、物腰も柔らかい。だが彼はまさしく天才であった。
 秀才でしかない月華元はそんな結城に振り向いてもらおうと必死でその地位をあげようと研究に明け暮れたのだ。

 自分の研究と何ら関係の無い検体の監視任務等を兼任させられた時も出世の為ならと、結城に少しでも近付けるのならと……何でもやった気がする。
 いつしか世界は変わり、人も少なくなり、それは全てアンドロイドキルラーのせいだと理解し、結城も既にこの世にはいないのだと気付いた時も。それでも、それすらも月華元は自分に課せられた結城の遺志だと思い必死になって全てを研究成果を上げる事に尽くした。

 内心で次元転移が完成すれば、また自分は過去の結城とやり直せるかもしれないと言う希望も少なからずあったのも事実ではある。だからこそ今回の任務は素晴らしい、絶対に成功させようとFAIBEに新機能も搭載し、戦闘要員の真が行く手を阻むアンドロイドキルラーを殲滅しやすいよう最善のサポートを尽くして指定の施設へ送り出したと言うのに。

 だが、全ては只の勘違い。無知であるが故、全てが指示通りの仕事でしか無かった為の情報の交錯。 

 恐らく戦闘要員と言っても所詮は何かの実験、その被験体でしかない。月華元は現場に近づき過ぎたのかもしれなかった。
 裏で画策される正しき情報を、そんな検体達が知っている訳もない。そんな検体から漏れ出る情報を真に受けた自分の方がどうかしていたのかもしれないと、月華元は全身の力が抜けたようにその場へ膝を崩していた。



「何か情報の行き違いがあったのかも知れないな。しかしそうか、そう言えば月華元君は結城君と同期だったね……今や彼もバイオメディカル部門所長か。彼は天才だよ、芹川さんも彼には頭が上がらないようだから気味がいい。そうだ、研究に区切りが出来たなら山本君と第七区辺りに行ってみたらどうだい?何だ、何とかデバッグだか何だか知らないが芹川さん管轄の研究施設に……私は研究員の殆をあの人に持って行かれて今更、あれなのでね」
「え、尊の所!?えぇ、教授!負けないで下さいよぉ芹川っちなんかにぃ。あんな御曹司ファぅキュですから、僕は柴本教授についていきます!!だから今度一緒にまたアレの構想考えましょうよ!」

「ん、おぉ!アレだな……ふふ、今度のはイイぞ、先程温めていた無限処女膜の細胞培養を田中君にこっそり任せた所だ。彼もあっちの派閥の設備がいいと言っていただけで私等の野望は諦めていないようだからな、そうだ、田中君に会ったらその辺も聞いといてくれ」
「ファッ!!キタコレ!!夢の……ryっ!」




 ワクワクと左右に余った腹の肉を揺れ動かしながら部屋を出ようとする山本。

 だが月華元にそんな二人の会話が届く事は無かった。
 
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