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Beryllium
第三十三話 次なる目的は
しおりを挟む――――軽い。
真の振るった刃、通称フローリンエッヂはかつて無いほど軽く、最速でバジリスクの硬い鱗に覆われる首を侵食した。
ガラスやプラチナさえも侵す性質。
単体で保存することは実質的に不可能であると言われた元素。
それを覆した超科学技術によって収束されたFの刃はバジリスクの鱗を意図も容易く溶かしきりその首を切り落とした。
細胞組織を侵したのだろう。その切断面は溶け固まり、生物ならあるはずの血液の流出さえも起こらなかった。
バジリスクはその大きな二つの眼球を持つ首上を地面に落とし、胴体は二つ足によってそのまま動きを停止させていた。
「……これは、恐ろしいな」
改めてフッ素の毒性を再認識する。
真は自分の手をも侵食させるフローリンエッヂを素早く動かないバジリスクの胴体に全て突き刺す様にしてその収束を解除した。
フッ素がこの世界でも安定元素に成りうる為、他の何かと結合するとしたら大気中に再び霧散させるのはどうにも気が引けたので、どうせならバジリスクの体内へ戻してやろうと考えての事だ。
胴体に溶けた穴を開けて首を失ったバジリスクが地に鈍い音を立て倒れる。
真はそれを見つめながら戦闘が無事終了した事に全身の緊張を解いていた。
フローリンエッジを刀型に収束させ、それと同じ元素で覆われた為に焼け爛れた自らの右手が細胞活性によって異常なスピードで再生していく。
ふと振り向き様にフレイとルナが唖然とした顔で立ち竦むのが見てとれた。
辺りの暗闇はいち早く東の大陸から昇り始める朝日によって身を潜め始めている。
一筋の光がフレイとルナの背を照らし、真の視界を遮った。
真は眼球が光量を再び調整し終わるのを待ちながら二人の元へと歩み寄るのだった。
◆
温度差からか、大気の水蒸気はうっすらとした靄のようになって平原を包む。
遥か先に見えるのは朝陽の光を浴びて僅かに煌めくファンデル河川の横に堂々と鎮座する白亜の城とその城下町、ファンデル王都があった。
真と今や意識を何処かへ持っていかれた自称英雄の付き人ルナは、元怪我人フレイに背負われながらゆっくりとした足取りでそんな朝靄のかかる平原を一歩一歩進んでいた。
「……そろそろ代わったらどうだ?お前も一応は怪我人だったろ」
「いや、もう治っている。シンの接吻でな……それに大の男がこんな年若い少女を背負って身体を密着させるのも……な」
「そんなもんかね……」
「そんな物だ、気にせず歩けシン」
半ば強引に気絶したルナを背負い、その事を頑なに譲らないフレイにシンはもう何も言わないと軽く手を振った。
何故こんな事態になっているのか、それは真が切り落としたバジリスクであろう生物の眼球をフレイに取らなくていいのかと聞いた事が発端である。
バジリスクを真が一人で切り伏せた事に驚愕し、ただ呆気に取られていた二人の反応は対照的であった。ルナは相変わらず真を英雄だと賛嘆し、フレイも流石だなとは言う半面、毒さえ何とかなれば大した敵でも無かったかと負け惜しみにも似た発言をした。
そんな二人を適当にあしらいながら真はふとバジリスクの眼球がフレイの弟の病気を治すと言う事を思い出しフレイにそれを提言したのだ。
フレイははっとした顔でバジリスクの元へ行き、腰の剣でそのバジリスクの眼球を抉り出した。
真とルナも勉強の為とそれを見学したのだが、あまりにグロテスクな光景にルナはそのまま卒倒した。
生存を確認し、気絶したルナを寝かせてもう一つの眼球も抉り出す。
フレイは抉り出した眼球の毒を多少心配していたが、デバイスにより大丈夫だろうと判断した上での真のお前に毒は無効だと言う言葉を受けてそれを自らの麻袋に納めた。
バジリスクの捕獲が依頼内容であるから死体を持って行かなければ報酬は出ないとの事だったが、流石に徒歩でそれは辛いと言う事と、フレイもこれだけで十分だと言う言葉により真達一行はファンデル荒野を後にした、と言う経緯である。
その際に操りの効かなくなったルナの獣トモダチはその場から興味を失った様に何処かへ去ってしまったが、襲って来ないだけいいと安堵したのは真もフレイも同感であった。
「で、フレイ。その弟の病気とやらはそれで治る物なのか?」
「……あぁ、そう言えばその話はしてなかったな。別に隠していた訳じゃないぞ、奴が、ブレイズがその事を知っていたのもたまたま前に私が少しそんな話をしたからで……まあその時は一笑されて終わった。だから別に奴と私が深い関係って訳じゃないからな?勘違いするなよ!」
どんな勘違いだと突っ込みを入れたくはなったが、まぁこれも女心の一つかと軽く流す事にした。
「私はファンデル王国のザイールと言う街で生まれた……ここよりもっと西の方にあるまぁそこそこの街だ。私には弟が一人いてな、丁度そうだな今がルダーナ歴の5年だからもう年の頃17になるか、弟は生まれつき身体が弱くてな……ベッドから身体を起こすので精一杯。生まれてから一度も自らの足で地に立った事がない」
フレイの弟はルナと同い年だった。
生まれついての手足不自由、不治の病だと地球で言う所の医師、薬師に言われたとの事であった。
幸いにもこの世界にも車椅子的な物はあるようで、それを使い表に出る事は出来たし他に何かの病気があるわけでも無かったので弟は今も元気でやっているだろうとの話だった。
だろうと言うのはフレイ自身も一度家を出てから故郷に帰っていないので分からないとの事だ。
「私は約束したんだ……弟に、レスタに世界を見せてやると。私がその病気を治せる薬を手に入れて見せると、な……弟を看た薬師が言っていたんだ、お伽噺にでも出てくるバジリスクの眼球とやらでもない限りこれは治らないだろうとな。それで私はそのバジリスクを探しに行くと言った。父親は猛反対でな、半ば勘当寸前で家を飛び出して気づけばもう10年もこんな事をしている……全てを諦めて冒険者となった私に今更父親と弟に会わせる顔なんてないが、もう諦めていたのにまさかこんな形で本当に見付かるとは……全く天も意地が悪い」
「……そうか」
真はフレイがどのような気持ちでこんな危ない仕事をしているのか何となく理解した。
弟の為、有るとも分からない薬を求めてただ一人で十年間もひたすらに生きてきた。
一人で生きる事すらそれは多大な労力を要すると言うのに、それがまた人の為と言うのが何ともフレイらしかった。
だがそうやって一人で踏ん張って生きていたならフレイが自分をもっと高みへ、もっと強くと意固地になってしまうのも解る気がした。
真自身もそうやって生きてきたのだ。全てを失った様に感じた時から人は一人になり、いつの間にか何を目的にしていたかも分からなくなり、ただ自分一人で生きる術のみに執着してしまう。
と言っても人の事をとやかく言えるような立場ではない真もそんなフレイに掛ける言葉が思い付かなかった。
ただ一つ、言えるとしたらそれは――――
「成功者はよく言う、成功するまでやっただけだと……時間はかかったかもしれないが目的を達成出来るチャンスだ、次は何をすればいいフレイ?」
真はわざとそう言ってフレイの揺らぐ気持ちを昂らせた。
「……ふ、また誰かの受け売りか?敵わないなシン、お前には。分かった、戻るさ……故郷に、レスタの病気を治しにな。ただその前にやることがまだ残ってるんだ」
「やる事……?」
真は神妙な面持ちになるフレイにそう尋ねる。
「あぁ、このバジリスクの眼球とやら……何でもその病気によって扱い方が違うらしい。私も旅をする中で聞いた噂だから何とも言えないが、まぁバジリスク自体が眉唾物だったからそれも無理はないがな」
「で……どうする?」
「私がこの国の王都を主に拠点としていたのは確かに仕事が多くあるからと言うのもあるが、他にも理由があってな。何でもあそこの城下街には腕利きの薬師がいると聞いたんだ、言ってもバジリスクの眼球を半ば諦めていた私は本格的にその薬師を探した事等無いんだがな」
どうやらその薬師は切り落とされた腕でも足でも治してしまうと言うとんでもない人間だと言う事である。
だが不思議とその詳しい所在は分からないらしく、フレイもそこそこファンデル王都に滞在していたにも関わらずその薬師に治して貰ったと言う人間にすら出会った事が無いと言う。
(眉唾物の連鎖か……)
真にとっては寧ろこの世界が眉唾物の塊である。
今更伝説の薬師を探すと言う事態になっても特にそれを無理だとは思わなくなっていた。
「んじゃぁ行くか、ファンデル王都に」
「…………その前に宿がいいんじゃないのかシン?」
真とフレイは昨日の朝方交わしたあのやり取りを思い出して笑った。
その後にありがとうと言うフレイの言葉が聞こえたが、真は相変わらずそれを無視して流すのだった。
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