その科学は魔法をも凌駕する。

神部 大

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Borium

第三十七話 迷子の人探し

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 明け方前の空気は何とも清々しい。
 外に人気はあまりなく、時おり聞こえる風鳴りが真の耳を遮った。

 メッシュアーマーの隙間から風が通り抜けるがそこまで寒いとは感じない。
 この国の気候は今の所真にとって心地のいいものだった。


 未だ魔力機の灯りによってぼんやりと照らされる街道を何の目的も無しに歩く。
 年期の入った身の丈以上はある石造りの壁づたいに、景色を堪能しながら真はただ真っ直ぐとその道を進んだ。

 この景色だけを見るならばそこは地球と言っても納得出来なくはない。
 地球でもヨーロッパ圏内では未だ過去の遺産としてこう言った街並みを大切にしようと言う考えがあるのを真は知っていた。

 古き良き時代、科学技術にだけ固執するのではなく昔からのやり方でただ美しいと思える物を残していく。そんな考えであれば真のいた日本ももう少しはマシな結路を辿ったのでは無いかと考えさせられた。











 あれからどれくらいの時間を散歩に費やしただろう。気付けばあっという間に日は昇り、辺りは朝と言う名の光景に早変わりしていた。


 曲がりくねった街道、階段、細道や裏道の様な所を歩き、真としては真っ直ぐに歩いてきたつもりが背後を見れば今やその面影もない。
 少し歩きすぎたかなと考えを改め、そろそろ戻ってもいいかと辺りを一頻り見渡したそんな時だった。

 街道の裏路地へと入っていく二人の人間に両腕を挟まれる様にして連れられる鮮やかな色のローブを身に纏った少女の姿を見た気がした。

 一瞬の事だったので真は暫くその場に立ち止まり考えを巡らせる。
 散歩か、それにしてはバラバラの面子だ。
 男二人に少女らしき者が一人、そんな組み合わせがあるだろうか。
 だがここは地球ではない、何がどんな状態であるか等今の真には知る由も無いのだ。

 そんな事を頭の中で巡らせながらも真はとりあえずこっそり後を付けようかと言う衝動に駆られる。
 短い石段を軽く駆け上がり、先程男二人と少女を見た場所まで行くとそこから更に細い裏道があった。
 先程の三人の姿は既にそこには無かったが、真はそのまま吸い込まれる様にして裏路地へと足を進める。


 もう既に朝だというのにその道は家屋の壁に挟まれ日の光が遮られて暗い。
 地面の端から生え出る鮮やかな緑色の苔が壁までを侵食し、湿気の多さを現していた。


 やがてそんな裏道を越えると少しばかり開けた街道。いくつもの道筋が四方へ延び、辺りを見回す限りに先程の三人が見えない事から真は追尾を止める事にした。

(ふぅ……まぁ、仕方ないか)


 真は先程の事態が特に何の異常も無い事を何となく祈りながら、元来た道を戻るのも癪だったので何となく他の道から宿へ戻ろうと歩みを進めるのだった。






◆ 






「……くっ、嘘だろ」


 真は一人悪態をつく。
 それは日が真上近くまで昇り出していた事か、それとも宿への方角を見極めて歩いたのに全く宿に辿り着かない事か。
 更には昼近いと言うのに道を聞ける様な人間が歩いていない事への苛つきか。


 答えはその全てである。
 真は二十代も後半に差し掛かってあり得る筈の無い迷子と言う状況に陥っていたのだった。

 道は聞けばいい、太陽の方角から宿への方向は分かる。
 そんな安易な考えはこの複雑な城下町で通用しなかったのだ。
 科学力によっていい加減空中にでも飛ぼうかとも考えた。だが今となればこんな真昼間、いつ誰に見られるとも限らない。他人への情報開示を嫌う真にとってそれは愚策でしかなかった。

 しかし同時にそれをする事への悔しさも少なからずはある。
 真はポーカーフェイスを装ってはいるものの、花ひとつルナに先を越され見つけられた事への悔しさを感じる程の負けず嫌いな一面があるのだ。

 だからこそまだ日本と世界が交流していた頃に行われた総合格闘技のトップに幼くしてなれたと言うのも一理はあるが、ここ迷子と言う状況にあってそんな真の性格は何とも相性の悪いものだった。




 歩けば歩くほどに人気は無くなり、曲がりくねった一本道を宿から反対方向だと薄々も感じながらひたすら進む。

(何なんだ……ここは)


 見れば辺りの街並みは何処か寂れた様相を醸し出していた。
 宿近くやギルドへ向かう途中の街並みとは比べ物にならないほど古ぼけた印象を真にもたらせたのは今にも崩れそうな家屋や、遠くに見える恐らくは修復されたと分かる城壁等からだろう。


 ここの町並みだけが他から隔離された様にただ取り残された場所として存在する、そんな印象を持ちながら真はふと今自分が王都ではない場所に再び転移してしまったのかと言う幻覚に囚われていた。


 早く戻らなければならない。
 いい加減フレイとルナも起きる頃だろう、そんな焦りが込み上げた。
 一応伝言としてあの宿の店主に出掛けるとは伝えてあるが、真は今この現状に頭を抱えたくなっていた。


(……?)


 ふと古びた一際小さな木造家屋からこの場にはとてもそぐわない緑色の髪を靡かせた優男が出てくるのが目に入る。

 苔色のローブに黒いズボンとそれに合わぬグリーブ。そんな出で立ちの一見女とも見間違う様な顔を見つけ、真はそれが知っている人間だと直ぐ様理解した。
 炎を纏う蹴りをくれて、負けじと自分が組伏せたギルドの試験官。

「ハイライト=シグエー……」

 思わずそう漏らしてしまった真だが、特に気が合う訳でも無いそんな男に今回ばかりは安堵感を覚えてしまったのもまた事実であった。



 ふとハイライトがキョロキョロと辺りを見回した際に真と目が合う。
 一瞬目を見開いてその場に立ち尽くすハイライトへと真は歩みを寄せていった。


「……シン、か。何だいこんな所で、一人で散歩……と言うかまさか迷子かい?」


 冗談で言ったのか、それでも真にとっては紛れもない事実に一瞬心臓が跳ねた。
 真は平然とした顔でハイライトを下からねめつけその視線を合わせる。


「そっちこそ……仕事はいいのか?」


 特に思い付く言葉もなく、ただギルドにいた時の様な制服姿ではないハイライトへ真はそんな言葉を投げ掛けた。


「今日は久しぶりの非番でね……ただ、ゆっくりも出来そうにない」

「……何か、あったのか?」


 あの時とは違うハイライトの落ち着かない様子。飄々としたいつもの感じとは少し違うそんな姿に真は思わずそう聞いた。

 ハイライトは何か言いづらい事でもあるのか、視線を下で泳がせながら言葉を発するかどうかを決めあぐねている様子だったが、やがて真に顔を向けると一歩踏み出しながら口を開く。


「ちょっと人探しにね……悪いけど今は君とお喋りする時間が惜しいかもしれない。本当はゆっくり話したいんだけどね」


 そう言うとただ憮然と立ち尽くす真の横をハイライトは通りすぎようとしていた。
 だが真にしても迷子からこの男に道を尋ねるのは心苦しい事だが、ここで唯一の顔見知りを手放すのは惜しかった。
 出来れば宿への道位は聞いておきたい所なのだ。


「その人探しを手伝ったら俺の迷子についてのお喋りをする時間もあるか?」
「……ん?」


 思ってもいない言葉が真の口をついて出た。
 ただ宿の道を聞けばよかっただけの事なのに真は負けず嫌いの性分からかどうにも素直に物事を進められないきらいがある。

 ハイライトはそんな真の言葉に一瞬足を止めると軽く鼻で笑って真に振り返る。

「……本当に迷子か。僕を組伏せた男が方向音痴とは、君を買い被りすぎたかな……でも……今は獣の手も借りたい気分でもある」

「……で、誰を探す?」


 真はそんなハイライトの一言に手伝えとの意思を感じて続きを促した。

「迷子の君が人探しを出来るか心配だが……女の子さ。これぐらいのね、髪は焦げ茶色のショートカットで……こう、耳がね、獣族なんだ」
「獣族……?」


 真は獣族と言う言葉にはてと記憶を巡らせる。
 フレイから様々な種族について話は聞いてはいたが実際に見た事は今の所無かった。
 確か話では耳が人間とは違い頭部から獣の様に生えているらしいとの事を思い出す。


「ああ……ノルト地区では案外見掛けると思うけど、まぁいい。服は赤とオレンジ色で目立つ筈、もし見掛けたら……そうだなこの魔力機で上空に水槍を打ち上げてくれるかな?」


 そう言うとハイライトはローブの中から一つの魔力機を出して真へと渡した。
 十字架にも似た不可思議なそれは、いつかに見たこの王都の中心に聳える確か魔力砲マナクローブと言う兵器の小型版にも見えた。


「使い方が、分からない」

「ん、あぁ君は魔力結石マナマイトも使えないんだったっけ……大丈夫、それは――――」
「――――と言うかそう言えばそんな服を着た女の子をここに来る途中で見たな」


 真は魔力機に目を向けながらふとここまでに来る途中、迷子になる経緯となったおかしな三人組の事を思い出していた。


「何だって?」

「男二人と一緒に歩いて……と言うか連れられて」
「待てっ、シン!君はそんなおかしな状況の人間を見過ごしたと言うのか?おかしいだろ、男二人と少女なんて組み合わせがあるか、それはいつだ?」


 ハイライトの剣幕に真は後ずさる。
 落ち着き払った態度はどこへやらだが、真としてもそれを何処か不自然に感じこうしてここまで来ているのだ。
 途中で諦めて迷子になった訳だが。


「いや、明け方だったか……確か宿を出たのがまだ暗かったから――――」
「とりあえず君の来た道を戻るぞ、それぐらいも忘れる程君の頭は空っぽじゃないだろう!?」



 ハイライトのその一言に若干苛立ちを感じた真であったが、そのあまりの変貌振りに何かあるのだと感じた真は黙って元来た道を焦るハイライトと共に駆けたのだった。
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