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Chapter A
sec.2
しおりを挟む「……やっ、誰か助け──きゃっ!」
「おぅおぅ、こんな奥まで逃げちまって怪我するぜぇ」
「へっへぇ!もうしちまったんじゃねぇのか? 俺が助けてあげるよぉんっ……へへぇ」
湖畔から少し茂みを抜けた先。そこには地面に転ぶ少女の姿と、全身を革の装備で包んだゲス二人組の姿があった。
「いいねぇ……その脚、たまんねぇよ」
「いやっ! 来ないでっ、誰かぁ!」
「へへ、何を今更嫌がってんだ? お前から誘って来たんじゃねぇか」
見た目通りのゲスっぷり、だがどうにもこの界隈では見かけない輩だとソウイチは思った。
これでも年齢の半分をこの地区で暮らして来ている彼には、一目見ればその輩がどの程度のクズで、なんなら余所者かどうかも見分けがつく。
おそらくは人が減って警備も手薄なフォーサイドでおイタをしようと考えた他の地区の半端者であろうとソウイチは判断した。
「へっへ、さぁ楽しませて貰おうかねぇ。 もうアレがパンパンでよぉ!」
「……や、や、だぁっ!」
そろそろ登場時期かと、ソウイチは目の前の三人を視界に捉えながら悠々と歩みを進めた。
「はいそこまでと! フォーサイド地区警備隊だ、大人しくしろ!」
とりあえずハッタリを一つ。
以前までは適当に変な組織の名前を作っては言いふらしていたソウイチだったが、「あん? 何だって?」などと言われイマイチ反応が悪いのを教訓にして今では専らフォーサイド地区警備隊を名乗るのがマイブームである。
「んなっ、なんだぁ!?」
「な、何で警備隊がこんな所にいる?」
ゲス二人組は突然の声と俺の出現に度肝を抜かれたと言った表情で此方を振り向く。その横で少女の様子も視界の端で捉えていた。
肩口まで下された栗色の髪は履いているブーツとお揃いの色か、白い無地のワンピースによく映える。
遠目から見た時に少女かと思ったがよく見れば歳はソウイチと変わらない様にも見えた。
「こんな所までわざわざ女を漁りに御苦労な事で。 よっぽど暇なんだな、あんたら」
そんな事を言いながらも自然な動きで少女とゲス野郎の間に割って入る。
「っち……おぃ、オスカー。警備隊が何で此処に居るんだよ? まずいんじゃねーか」
ゲスの一人がもう一人のゲスを責め立てる。早速仲間割れだろうか、ハッタリの効果が以外にもある事にソウイチ自身驚愕だった。
「……まぁ待て、こいつ警備隊ったって一人じゃねーか。 こっちは二人、しかも俺達だってツーサイド地区じゃC級ギルディランなんだ、警備隊一人に怯える必要はねぇさ!」
偽りだが、警備隊と聞いても強気で来るらしいゲス共。
ただ引っかかったのが、奴らがC級ギルディランと言う事だ。ツーサイドのC級がどの程度の物かソウイチは知らない。
だが、フォーサイド地区では警備隊の入団条件がC級以上のギルディランである。こんなふざけた事をしている割にはなかなか腕が立つのかもしれないとソウイチは憶測を巡らせていた。
「C級の組合員ギルディランがこんな事をしてバレたら資格剥奪だぞ?」
「へへっ! 此処でお前が消えれば関係ないさ」
「しかしこんな森の奥にフォーサイドのクソ警備隊がいるたぁな……よっぽど迷子の馬鹿野郎だったりしてなっ!」
ゲスの片割れ、長めの髪を逆立てた男がそう喚くともう一人のガタイのいい男も挑発にかかる。
だがそれはソウイチにとって……図星であった。
「とっととやっちまうぞ!」
「へっへぇ、いいねぇ!」
ゲス共は合図を交わすなり戦闘態勢を取ると、腰から互いに二本の単刀を抜き放ち一直線に此方へ向かって来る。
使い方を間違えてはいるものの中々の行動速度だった。
グダグダしたやり取りから一瞬の内に戦闘モードに切り替え、片割れが死角へ移動する。
連携の取れた動き……戦い慣れているのがはっきりと分かった。
「っと!」
ガタイのいい奴が放った剣撃を咄嗟に腰に差していた短剣で受ける。
暢気に相手の動きを観察してしまうのはソウイチの癖だ。自分の動体視力が並外れて良いせいか、すぐに動く気になれないのは玉に傷でもある。
「おいおいどうしたぁ!? フォーサイドの警備隊も大したこたぁないなぁ!」
挑発に乗ったソウイチが反撃しようとしたのも束の間、死角から今度は髪を上に逆立てた方が短刀で此方に狙いを定める。
恐らくは短刀スキル『死縫突』、盗賊の中でも上位に位置する者が好んで使う中位剣技の一つだ。
死角からの狙いは素晴らしいものがあった。
おそらく組合にいるより盗賊にでもなったら順調にその地位を上げるだろう一撃。
だがソウイチにとってそんなスキルなど造作もない。
ソウイチはその一撃も同じ剣の峰で受けようとし──
「あらっ!?」
刹那ソウイチの剣はその甲高い音と共に無惨にも茂みへと弾き飛ばされしまったのだ。
「クックック……残念だったな。 俺達はコンビでいつも狩りをやってんだ」
「舐めてんじゃねーぞ、このポンコツ警備隊! 俺らはなぁ、【蜂の巣】っつう二つ名がある程ツーサイドじゃ知らない奴がいないぐれぇ有名な組合員ギルディランのクラスナイトなんだぜ」
どうやらソウイチの読み通り奴らはクラスナイトだった様だ。此方の戦力を見て余裕と思ったか【蜂の巣】と名乗る輩は、下卑た笑みを浮かべながらソウイチに四本の単刀を向けて静止する。
「……なんだ、キメポーズのつもりか? 特戦隊なら一人足りないが」
「死にな!」
そう声を荒げた男が此方へ止めの一撃を繰り出そうとしたその時を待っていた。
先程【蜂の巣】が二人で自己紹介を始めている間に素早く懐から準備したモノを髪を逆立てた男の方へと向ける。
「はい、そこまで第二弾! 動くと頭が吹っ飛ぶぞ」
「「なっ!?」」
そう、彼が取り出したるはフォーサイド以外ではあまり流通が進んでいないはずの携行銃だった。
「な、そ、そりゃまさか……銃!?」
「おいマジかよ。フォーサイドの警備隊ってのはそんなモンまで持ってんのか……卑怯者め!」
卑怯と言われてもソウイチはそんな言葉など異に返さない。
これはれっきとした武器であり、フォーサイドではある意味常識でもあるからだ。
ソウイチは警備隊ではないが、フォーサイドの警備隊がこれより高性能な三弾装填式狙撃銃を持っているのもまた事実である。
強いて難点を上げるならば、かなりお高い商品であり一般組合員には簡単に手が出せない代物だと言う事。
そんなソウイチも無理をして買ったが為に一年分の貯蓄を失い、家賃がキツキツになってしまったと言う今があり、迷子の発端でもある。
それでも欲しかったのはこれが術式の使えないソウイチにとってこう言った輩を追い払うのに重宝するからだ。
「だ、だがよ! それを俺に撃ち込んでる間にオスカーがてめえの喉をかっ切るぜっ」
これを向けてもまだ戦意喪失しない蜂の巣、片割れ。
ソウイチは再びハッタリをかます。
「……そうか。じゃあお前は命を捨てるんだな? 戦士の誇りと共に死ねばいいさ」
「くっ……オ、オスカー!」
逆立て頭がオスカーと呼ばれるガタイのいい男へ怯えた目を向ける。
「クソがっ……てめぇ、覚えとけよっ!」
「ケッ!」
どうやら戦意は喪失された様だった。
オスカーと呼ばれた男がゆっくり後退りしながら走り去るのを確認して、逆立て頭も唾を吐きながら逃げ出した。
かくしてソウイチは一人の犠牲も出さずに勝利を手にしたのだった。
「……って、ぁ! 俺の剣どこ行った!? あれも高いんだぞ……」
「あ、あの……」
「あ、え!?」
ソウイチは何処かへ弾かれた剣を探していたが、この娘の存在を思い出し咄嗟に声のする方を振り返る。
女の子のアフターケアは一大事だ。と、よく神父に言われたのを思い出す。
あぁ、別に礼などいらないさ、なんせ俺は紳士だからな。とソウイチはそっと呟いた。
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