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ケモミミ奴隷と排煙の街
19話 叶わぬ正義と貫く正義
しおりを挟むあちこちについた裂傷は既に塞がっており、内出血を起こし腫れていた顔も今ではすっかり治まった赤バンダナの少年は既に覇気を取り戻したように見えた。
ただリタの最後の掌底と飲まされた丸薬の苦味に今もまだ悶え続けている。
「なんでもありか、それは。劇薬と思っていた自分が恥ずかしい」
リタの丸薬の凄さを改めて理解させられたアンナは、少年に何故こうなったのかを再び問い質す。
だが少年はそっぽを向いたまま「へっ」と笑った。
「別にお前らに関係ねぇだろ。いつもの事だ、ほっとけ、まぁなんか知らねぇけど力も戻ってきたしその辺は感謝するよ」
じゃあなと言ってその場をすごすごと立ち去ろうとする赤バンダナ少年をだがアンナは逃さなかった。
「別に礼を強要する訳じゃないがな、私は甘ったれた子供は放っておけない質らしい。理由ワケ位話したらどうだ?」
「よく言うわよ、私を殺そうとしてた癖に」
少年はミュゼの言葉を聞きとめ僅かにギョッとした表情でアンナを振り返った。
「だれが甘ったれだ……お前らには関係ないってんだろ! 余所者が首突っ込むんじゃねぇよ!」
何が逆鱗に触れたのか少年はアンナに腕を掴まれたまま震える体で激怒した。
だがその表情は今までの様にふざけた様子はなく、寧ろここにいる誰よりも真剣で憂いすらを漂わせているように見えた。
皆が静まり返る中、ふとリタが口を開く。
「良く知らないんだが、この街の奴隷ってのは簡単に解放できるものなのか?」
何の脈絡もないリタの言葉に一同が唖然とし、振り返る。
「どうしたの、リタ? 奴隷欲しいの?」
「いきなり何の話だ、と言ってもそんな辺りはいつもの事か。と言うか奴隷は、無理だろうな……奴隷の首輪には魔法とは違う旧世代の呪術と言われる呪いのようなものが掛かっている。奴隷商ならその解放方法位は知っているんだろが。つまりは奴隷に一度落ちればその首を飛ばされるか、朽ち果てるか……。ふっ、私のように自由と引き換えに汚れ仕事を請け負う人生ぐらいなら残されているだろうがな」
アンナは不可思議なリタの質問に答えながらも何処か皮肉めいた物言いでそう答える。
だがその後に突如怒声が響いた。
「何で無理って決めつけんだ!! 無理なんかじゃねぇ!!」
「びゃぁ!?」
「?」
赤バンダナの少年は顔を紅潮させアンナの腕を振り払ってそう叫んだ。
「お前……何かあるのか?」
「く、何もねぇよ! あばよ」
「確か荒らした卓にいた家族は俺の馬を買い取れんと言ったあのマテリアル工房の店主だった。横で床に正座していたのは獣人猫族に部類される少女だが、確か奴隷の首輪をしていたな。扱いも粗末なものだった」
「んな」
「?」
「え、え?」
再び立ち去ろうとする赤バンダナの少年が、リタの言葉に反応し立ち止まる。リタはだがそのまま話を続けた。
「お前が卓を荒らしたのは単にあの少女に、落ちた食事なら食べてもバレないと、そう伝えたかったのだろう」
「そういえばあの汗臭い親父、あの時の奴だわ! 私の神聖なるアンティークをゴミ扱いして」
「リタ、だがその推論はいくらなんでも」
飛躍しすぎている、アンナがそう言おうとしたが次のリタの言葉を受けて皆に衝撃が走った。
「店主はあの時またお前かと言ったな、つまりは前々からちょっかいをかけていると言うことだろう。そしてその理由はおそらくあの奴隷少女にある……守りたいのか?」
「…………」
リタの言葉に俯く少年。
その肩は僅かに震えていた。
「そんな理由だった、のか?」
「それって、つまり……恋!?」
ミュゼが恋よ、恋! 等とはしゃいだ刹那、赤バンダナの少年はリタに飛びかかっていた。
「ふっ、ふざけんじゃねぇ!! あんな風にされてる奴隷を見過ごせるか! まだ子供だ、それをあの豚野郎ぉ!!」
少年は奴隷であるあの少女がどんな生活を強いられているのかを知っていたのだろう。
だからこその怒り、自分にできる事は僅かだと言う憤りがその言葉には感じられた。
リタは掴みかかろうとする少年の手を何事もなく全て躱し、そして少年の頭を片手で押さえつけた。
「く、ふざけ、離せ……身体がう、ごかねぇ」
「話はどうであれ、まず何よりも一番の疑問がある。教えてくれ、守りたいと正義を翳す割にお前が生物として最低限の能力すら満足にないはどう言う事なんだ? 因みに俺は今お前の経絡秘孔、頭錐を押さえている。動けないのは当然、そして当然ながら俺の匙加減一つで爆散する」
「ちょっとなにそれ怖いっ!!」
「お、おいリタ! 子供相手に何をムキになってる……いや、違うな。コイツは本気で自分が人間の最低レベルだと勘違いしてる」
ミュゼが少年の爆散被害を恐れて後ろへ数歩下がる。
「経絡秘孔を抑えられると言う事はそれ即ち死を意味する恐ろしい事態だ。普通であればそもそも俺程度に経絡秘孔を捕らえられる事などない、こんな風に」
「っておい、身内まで殺す気か!」
リタのもう片方の手が突如アンナに向けられたが、アンナは刷り込まれた暗殺の技術から殺気を大凡反射的に感じ取りそれを寸での所で躱した。
「……普通はこうなる。つまりお前は正義正義と語りつつ、工房で働くような一般人にすらボコボコにやられると言う大凡赤子のような運動力に加え、その上やる事は人の料理をひっくり返し、守りたい相手に残飯を食わせる程度の策略しか沸かない知力しかない」
「ぐ、く……だ、まれ。正義は、俺にある、殺すなら殺せぇ、このクソ外道がァァ!!」
「いやぁぁ! やめてぇ、それ爆散する前の人っぽいぃぃ」
ミュゼが首を振り叫ぶ。
赤バンダナは動けないまま叫ぶ。
アンナは意味不明な自体に黙る。
地獄絵図がそこにあった。
だがリタが言わんとする事は一つなのだ。
「正義を掲げ、自分の信念を貫く為に行動したいなら思考するべきだ。鍛え、想像し、読み解け……と、妹がよく言っていた」
「「妹っ!?」」
「……う、ぐ、くそ。お、俺は、つ、強くねぇけど。守りてぇんだよ、助けてやりてぇんだよ! 俺は、俺は、自分の正義を」
「貫きたい」そんな少年の切な叫びは、夜の橋の下で虚しく木霊した。
そこにいる三人を除いて。
◯
ミーフェルは工房から見える排煙の空を見上げる。
ミーフェルに僅かに残る記憶の彼方には、寒空の下眺める暗闇に点々と光る星があった筈だ。
それは先の見えない自分にもこんなにも沢山の希望があるのだと、そう教えてくれる空だったと当時は思った。
このクロックの街では工場の汚れた排気ガスや粒子によって星は愚か、空すら見えない。
奴隷に落ち、油にまみれ、汚く、穢れた自分。
最早普通に生きる事も自分には許されていない。
そんな自分でも、今日はほんの少しだけいい事があった。
ただの荷物持ちと嫌がらせで連れて行かれる高級な店。自分には一生縁のないであろう場所。
そんな場で皆の楽しそうな顔や話し声を聞くと虚しさは何倍にもなったが、彼がまた現れた。
彼はわざとご主人達のテーブルを荒らして、美味しそうな食事を床にばら撒いた。
それ自体は良くないことなのかもしれないが、ミーフェルには分かる。
前にも彼は何度かご主人を邪魔しては、自分のような奴隷を助けてくれようとした。
やり方は不器用で、身勝手にも思える。
でもそんな時に少し目が合うだけでミーフェルは嬉しかった。
誰かが自分を気に掛けてくれることが、ただそれだけ生きていけるぐらいに。
だがそのせいでご主人が怒り、彼が酷い目に合うのも知っている。
今日は遂にご主人が凄い顔で街の領主と言われるとても偉い人間とあの子供の処遇をどうするかと言う事について話しているのを聞いた。
ミーフェルは恐ろしかった。
自分のような生きる価値もない奴隷の為に、彼が居なくなってしまうことが。
自分が居なくなればいい。
もし、そこに神がいるのなら、星に希望が届くなら。
――どうか、彼を助けて欲しい
そう願って。
ふと工房の扉が静かに開かれ、ミーフェルは慌てて居住まいを正しそちらを振り返る。
立っていたのはミーフェルと同じ位の背丈、その服は家族の中で一番高そうな服を着た少年だ。
今のミーフェルに年齢があるとすればいくつか下になるだろう、ご主人の一人息子ダーティハリ。
ダーティハリは口角を薄っすら上げて、ミーフェルに近付いてくる。
ミーフェルは思わず一歩後退ってしまった。
「何で逃げんだよ? パンやっただろ?」
「逃げて……ないです」
へぇと言いながらダーティハリはミーフェルの身体を弄り始めた。
「ご主人が」
「俺に指図すんな! 奴隷のくせに」
ダーティハリの平手がミーフェルに飛ぶ。
でもそれは慣れた事だった。
ご主人からも、その妻からも、奴隷商からももっと酷い仕打ちを受けた。
頬を赤くしたまま、だがミーフェルはダーティハリに反抗する事はしなかった。
「お前は父ちゃんのものなんだよな? なら俺のモノって事だろ。言う通りにしたらまたパンを持ってきてやるよ」
「でも」
逡巡するミーフェル。
だがダーティハリはまた無遠慮にミーフェルの豊満なそれを堪能し始めていた。
「何をしてるのッ! ダッティ!?」
「ま、ママ!?」
そこに現れたのはダーティハリの母だった。
母親は、大事な一人息子と戯れる奴隷の猫の姿を目の当たりにしその目を疑った。
愕然とした表情でよろよろダーティハリの元へ歩み寄ると、意識を取り戻したのかキッと鬼の形相でミーフェルを石床に叩きつける。
「この汚らわしい化け猫ッ!! ダッティを誑かして、考えられないわ! だから奴隷なんか嫌だって言ったのよ!!」
「こ、コイツが……ママ、こ、怖かった」
「あぁダッティ! 可哀想に! なんて事、この首へし折ってあげるわ」
母親は怒り狂ったままミーフェルの首を絞める。
ミーフェルは苦しいとは思わなかった。
このまま自分が死ねばもう誰にも迷惑を掛けることも無い。自分も楽になれる。
だが自然とその頬には一筋の雫が流れ落ち、薄れる意識の中ガタイのいい男が工房に怒鳴り込んで来るのが見えた時にはミーフェルの視界は闇に飲まれていた。
一瞬、脳裏には彼のはにかんだ笑顔が見えた気がした。
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