どうやら魔王を復活させてしまったようです。

神部 大

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傷だらけのエルフと迷いの森

28話 ミュゼの覚醒?

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 ここが幻惑の森だと言う事に気付いたのは随分後になってからだった。

 いつも前を歩くリタは一見頼り無さそうに見えるが、どんな時もしれっと物事を解決していた。
 と言うより彼にとっては端から何も問題ではないのかもしれない。

 
 人外、規格外の能力をさも当たり前に使用し、どこまでも先を読んで準備をしている。
 それはまるで千里眼よう。
 

 出会いこそ意味不明であったが、今となればそこにリタがいないというそれだけで、アンナはとてつもない不安に駆られた。
 
 リタ依存症かもしれない。


 アンナはジメジメと暗い森のあちこちから誰かに見られているような違和感を感じ、いつかの嘆きの森を思い出していた。


「ふう、参ったね。これじゃあ完全にダンジョンと変わりないよ、さっきから同じ所を歩いている気がする。ロレンスやカッチョルともはぐれちゃったし……あ、でも君達の安全は僕が保証するから安心してくれよ?」

「リタが森では億するなと言っていたからな、アンタのような能天気貴族がいてくれるとこっちも助かる」


「う……アンナさんは美人の割に言う事がキツイな。ま、まぁ少しでも元気になってくれるならレオンハルト冥利に尽きるよ」


 レオンハルト騎士団のキルレミットはアンナの冷ややかな態度にたじたじであったが、それでも今の自分の使命はここにいる女性陣を守る事だと固く決意しているようだった。


 数刻前までゼオパーティとレオンハルト騎士団で総勢十人はいたにも関わらず、気付けばキルレミット、アンナ、ミュゼ、マキナの四人となっていた。


 だがミュゼに関してはそれどころではなく、ずっとマキナの横にベッタリとくっつき魔法指導を受けている。

 一方のマキナは辺りの森の雰囲気が気になって仕方ないのか、キョロキョロと周りを見回してはミュゼの疑問に都度応えていた。


「ダッチャ!」
「はひぃ」

「「何!?」」


 突然上げられたミュゼとマキナの奇声に、何かあったのかとキルレミットとアンナがそれぞれ剣と苦無を抜いて振り返る。


「「で、出来た!」」


 見れば二人の少女は「やった、やった」と飛び跳ね、歓喜の舞を踊っていた。どうやらミュゼが遂に自らの才能を開花させたらしい。


「分かりづらい奇声はやめろ」
「ふう、魔の王でも現れたかと思ったよ。それ以外ならなんの問題もないけどね」


 アンナとキルレミットはほっと胸をなでおろした。


 膨大な魔力総量は王族貴族の証とも言われる。
 かつて王宮で何人もの教師から学んでも全く身にならなかった魔法行使。

 ミュゼもまさか十年越しに、しかも王族から追いやられた上、訳の分からない森で同い年位の少女から魔法の基礎と発現までを指導されるとは思ってもいなかっただろう。

 アンナも何故か妹の成長を見ているようで少しだけ目頭が熱くなった。


「ふ、しかしそうか……教える者が良かったのかもな」

「そ、そ、そ、そんなこと、ことないでです! ミュゼちゃん、飲み込みが早くて、魔力も多く内包してますから、だからです」


 アンナに褒められて照れたのか、マキナは両手で口を押さえながら小躍りした。


「どれ、元王族の力見せてみろ」

 
 アンナがミュゼをそう促し、その成果とやらを是非お披露目願おうとしたその時であった。

 日も差し込まないような暗い繁みの奥から屈強な体躯を持ち、真っ黒の毛をフサフサと生やした四足歩行の獣がのっそりと姿を見せていた。

 アンナは思わず視線をそちらに向け硬直する。


 魔獣。

 コヨーテの四倍はある身体、獰猛な牙にガッシリとした四肢。
 何より体から放つその異様な邪気は正しく魔獣と言って相違なかった。


「なんて、デカイ……やれるのか」

 リタの居ない今、嘆きの森で苦戦する程度の自分がなんとか出来る相手だろうか。
 アンナの思考は不安と恐怖に気圧されていた。


「魔獣、か。皆下がれ! マキナ」
「はい、これはダクネスコヨーテ。魔獣クラスCです、火の元素魔法に弱く大した脅威ではありません」

「魔獣クラスCだと」


 アンナは徐々に歩み寄る黒い獣を視界に捉え、マキナの解説を脳内で反芻した。


 ギルドによる危険度大別。
 自分は冒険者ではないが、多少の知識はあった。

 危険度クラスは大凡獣クラス、魔獣クラス、魔物クラスと大別され、それぞれでDからAまでに細分化されている。

 話では獣クラスでAまで上がった危険生物は、魔獣クラスのDに格上げされると言う。

 つまりは魔物クラスに位置するものが最も危険となるが、その分け方は知恵を持っているかどうかや、残虐性、国家の脅威になり得るか等の多様な理由があり一概に強さで測られている訳ではない。


 目の前にいるダクネスコヨーテが魔獣クラスCという事は、ルーテシアの嘆きの森にいたワーウルフやキャッスルベアよりも格下だ。
 ワーウルフに関して言えば、リタがコンマ三秒程度で撲殺した魔獣でもある。
 
 ふとミュゼが自信に満ちた表情でずいっと前に出た。

 左手で自分の右腕を掴み、その右掌は既にダクネスコヨーテに向かって翳されていた。


「ミュゼ!? お前何を」
「アンナ、見てなさい。私の真の力を見せてあげるわ!」

「わ、わ、ミュゼちゃん」

 
 初めて魔法が使えたことで舞い上がっているのかもしれない。
 こういう時こそ油断や自惚れが命取りになるという事をアンナは痛い程よく知っていた。

 だが止めようとするアンナをキルレミットがそっと抑止する。


「アンナさん、信頼も成長ってやつさ」

「……知ったような事を。あいつに何かあってもお前には関係のないことだろうがな、私は寝覚めが悪いんだ。それに、私は貴族が嫌いだ」


 アンナはキルレミットを下から睨み付ける。確かに元々は暗殺対象だったミュゼ、甘えた生活をしているバカ王女など死んだ方が国の為だと思っていた。


 だがミュゼは好きで王宮に生まれ、好きで恵まれた生活をしてきた訳ではないと言うことがこの不可思議な旅でアンナはよく理解していた
 親が甘やかしたから子供はそれを普通と認識してしまうのだ。
 本当は何にでも柔軟に対応できる、ミュゼはただ純粋に、目の前の事にがむしゃらなだけの至って普通の少女なのだと。


 自分も今や任務を放棄した人間。
 いつ始末されてもおかしくない身。

 一人の年上としても、せめてこの少女を無事王家に返り咲かせる時ぐらいまでは守ってやりたかった。


 それを知らずに勝手な事をと、アンナの苛立ちはキルレミットに当然向けられる。
 だがキルレミットはそうではないと静かに言った。


「分かるだろ。彼女の本気の目を見てみろ……ここまで必死にマキナの難しい話に食らいついていた。きっと彼女なりに貫きたい何かがある、もう立派な女性だよ。それに万が一の時は僕がその身に代えても助ける」


 「自立って奴さ」とキルレミットはミュゼとその横に立つマキナを優しい眼差しで見つめていた。


 その言葉を聞き、アンナは自分が恥ずかしくなった。
 自分より数個も下、ついこの前までただ逃げ、泣きじゃくるだけのバカ王女だったのにいつ間にここまで成長してしまったのかと。


 それに対して自分は。

 暗殺者と言う矜持も無くし、自分を負かした年下の男に頼り切って金銭管理や旅の支度をやっているだけ。
 今もまた自分の力が信用しきれず、リタの事を考えていた。


 ミュゼは今、一歩前へ進もうとしている。
 ならば自分がやるべきはそれを見守り、いざと言う時にその身を盾にしてでもミュゼを守る事だ。


「いけ好かない貴族だが……今回は勉強になった」

「ふふ、いい顔になった。美人はそうでなくちゃね」


 
 キルレミットとアンナはミュゼの成長を後ろから見守った。
 
 いざという時はすぐに前へ出る準備も出来ている。
 自分が勝てるかどうか、そんな事は問題ではないのだ。


 ミュゼは「はぁぁぁ!」と威勢よく息を吐き、その手に力を込める。


「あわわ、わ、み、ミュゼちゃん、詠唱、詠唱忘れてますぅー!!」

「王家に跪くがいい犬っころ、エクセレスファイヤーボール!!」


 刹那、魔力の渦が大気に混ざり合い、その余波が後ろまで流れ出る。「うぉぉっ」とキルレミットも叫び、その興奮は最高潮だ。




 見ればミュゼの人差し指に小さな火が灯った。



「凄い!! ミュゼちゃん無詠唱錬成」

「おぅ、マッチ!!」

「焚き火が出来るな、それで獲物を料理する気――って、ばか!!」


 マキナはミュゼが無詠唱で魔法を構築してしまった事に感嘆し、キルレミットは素直に感動している。

 さっきまでの思慮と覚悟を返してほしい、アンナは大げさにツッコんだ。


「マキナ!」
「はいっ」


 皆がミュゼの見守り態勢を解き、遂に痺れを切らして此方へ飛び掛らんとするダクネスコヨーテに相対した。
 本格的に戦闘開始だ。


「ね、ね、どう!? 凄い」

「って馬鹿、敵が来てるだろうが! 獲物を料理する前にこっちが餌だ」


 マキナが詠唱を開始し、その間にキルレミットがダクネスコヨーテを取り押さえようと走る。
 そんな中でも嬉しそうな顔で「どう?」と聞いてくるミュゼの頭をアンナは引っぱたいた。

「はぶっ!」

「ぅわ!」
「おぇ!?」


 アンナがそんなミュゼの頭を引っぱたいた瞬間、ミュゼの手から拳大の炎弾が飛び出しダクネスコヨーテの体毛を燃やす。

 何が起こったのかとキルレミットもマキナも思わず飛んできた炎弾をかろうじて避け、その場でよろけた。


「な、何だ。ミュゼ、何をした」
「え? へ、え、私?」


 だが本人にも何が起こったのかまるで分かっていない様子だった。
 ダクネスコヨーテはミュゼの放った炎に悶えながらもその怒りの矛先をアンナ達へと向け飛びかかる。


「おい待て、この!! あ、アンナさん!」

「アンナ、退いて私のエクセレントフレイムショットで」
「お前のマッチが役に立つか! 大体さっきと名前変わってるだろう!」

「はぶひ!」

 アンナはミュゼを一度ひっぱたき慌てて苦無をダクネスコヨーテへ向けようとして、二度驚いた。


「わわっ!」
「うお、また燃えた」


 二度目のファイヤーボールが魔獣に打ち込まれ、ダクネスコヨーテはその身を焼かれながらも何度か立ち上がろうとしたが、遂には苦しそうに雄叫びを一度上げるとそのまま絶命した。


「うっそ……倒しちゃったよ」
「いや馬鹿な!!」

「す、すごいよミュゼちゃん!!頭叩くと無詠唱なんだ!? わ、私もやってみる」


 マキナは何やら自分の頭をペコペコと叩いて魔法を出そうとしているが、うまく行かないようだ。


「へへん! ま、まぁ私は王族だからね、マッキーには難しいわ」

「ははは、それはいいな! プッシュオンマジックって奴さ、ははは!」


「笑い事か、アホ共」


 アンナは様々な事に悩んでいた自分が馬鹿らしくなり、その苛立ちをミュゼの頭に向けた。

 まるでそれを待ってましたかのように、既に叩かれる準備していたミュゼの手からは、相変わらずの炎弾が空に向け豪快に放たれた。

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