怪物が望むトゥルーエンド

フクベ

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お菓子な怪物

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 降る雨が強くなった。だが、そんなことを気にしている余裕はない。なぜなら目の前に本物の『怪物』がいるのだから。


(早くここから逃げよう……!)

 捕まったらあの巨大な口で食べられてしまうかもしれない。フロルはすぐにでも駆け出したかった。しかし、足がすくんで動かない。

「あれ?もしかして怖がらせちゃったかな。まぁ、無理もないか」

 そう言うと怪物はフロルの目線と自分の目線が同じ高さになるようにかがんだ。羽織っているチェスターコートの裾が水たまりに浸かる。

「このまま立ち話をしても風邪ひくだけだ。ついて来い、俺の家に招待してやる」

 そして笑いながら付け加える。

「安心しな。取って食ったりしないさ」

 帰り道はわからない、行くあてもない。今はただ目の前の怪物が頼りだった。




 
 ボロボロのアパートの錆びた外階段を上る。雨は全くと言ってもいい程に止む気配がない。

「たっだいま~」

 怪物が玄関のドアを開けた。中は真っ暗で何も見えない。

「待ってろ、今灯りをつけるから」

 すぐにパッと白い光が玄関を照らした。大きな手にはランタンが握られている。

「どうぞ上がってくれ」

 怪物はリビングへ案内してくれた。色褪せた赤いソファーとブラウン管テレビ、黒いシミがついた木箱。それ以外は何もない。

「ここがリビングで、そこがトイレと風呂、あっちの部屋は床板が腐ってて危ないから入るな」

 それから怪物は木箱に手を突っ込みタオルを取り出すとポイと投げた。

「ほら、これで拭けよ」
 
 フロルの濡れた黒髪にタオルが被さる。

「あの……、ありがとうございます」

「……まだ怖がってるな。そんじゃあ、とりあえず自己紹介でもするか」

「え?」

「自己紹介だよ。自分のお名前を相手に伝えるのさ。わかるかい、おじょうちゃん?」

 怪物はソファーにどっかりと座り、そして名乗る。

「俺はシャルロット。まぁ、気軽にシャルルとでも呼んでくれ」

 お菓子みたいな可愛い名前だと思った。
 
「えっと、シャルルさん……」

「堅苦しい子だね。シャルルでいいって言ってんだろ、敬語禁止な。んで、おじょうちゃんは?」

「フロル……」

「そっか。よろしくな、フロル」

 そう言うとソファーから立ち上がる。

「なぁ、フロル。お家人間の国に帰りたいのかい?」

「……!」

「協力してやってもいいぞ。俺は親切だからな」

 フロルはシャルルのギョロギョロした目をじっと見つめる。……どう見たっていい人には見えない。

「……本当?」

「ああ、本当さ。お前を元の場所に帰してやる」

 フロルの心は揺れていた。本当にこの怪物を信じても良いのか。

「俺は『偽善者』なんだよ。気まぐれで人助けをする、とっても優しい怪物さ」

(ギゼンシャ……?)

 知らない言葉だった。しかし、今のフロルにはそれが素敵な言葉に聞こえた。シャルルは大きな牙を見せてニヤリと笑う。


「フロル、お前に必ず――――ハッピーエンドをくれてやる!」
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