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銀の鈴の章
第1話 洞窟を駆ける馬車 4
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レイミリアが馬車を駆り出口を目指しているとき、その馬車の上に黒い影がスーッと立ち上がった。
その影は、激しく揺れる馬車の上に何事も無いかのようにスッと立ち、両腕を組んだ姿勢で御者台を見下ろしている。全身を異国の衣装に身を包み、顔を覆う布からわずかに覗く目が、足元の一点を凝視していた。その御者台に座って手綱を握っている薔薇色のドレスの娘を…。
見ながら男は考えていた。この女は何者なのだろうか、と。
魔王討伐という使命を帯び、二年がかりでようやく揃えた仲間の六人と、力を合わせついに辿り着く最後の迷宮。仲間たちは迷宮の途中で、一人倒れ、二人はぐれ、残る二人も気がつけば消えていた。
そうしてついに男だけが残る。霧の深い怪しげな迷宮の道を進みながら、食料が尽きるころにようやく霧が晴れた…。
晴れた途端に、足元にレンガの感触を覚えた。目は壁にかかる灯りをとらえる。いったいここは、どこなんだ。男がそう思い動き出そうとしかけたとき、ガラガラガラと近づいてくる奇妙な形の馬車に気がつく。
最初、男は怪訝な様子でその馬車を見つめていた。俺があれだけ苦労して辿りついた場所に、この馬車に乗る連中はいったいどうやって馬車なんぞで辿りついたのか?そう考えていた。
そうして次に男は考えた。
――考えられるのは、この馬車に魔王の手下が乗っていて…というパターン。あるいは迷宮の途中で俺だけ別の洞窟に迷い込んじまったのか?しかしいくら何でもそのパターンはなかろう。それだとあまりにもこの俺が阿呆ではないか。となると…。
男の考えは尽きることがなく浮かび消えていく。
そうしていると、馬車がまだ距離のある場所で停止した。御者台から白地に金の細工をあしらった立派な服装の男が、何やら意味不明な言葉を喚きながらこちらへと、向かってくるのが見えた。
男はそのおかげで迷いが晴れる。向かってくるならば、斬る。それだけのことだ。
同時に別の声がどこからか聞こえたような気がした。少し甲高い、女の声だ。しかし走り寄ってくる男の不可思議な動きが、それを詮索する暇を与えてはくれなかった。
金細工の服を着た顔は満面の笑みを浮かべ走り寄って来る。両手を上げたり下げたりし、スキップとターンを繰り返している。涎のようなものが口元に見えた。腹が減っているのか?ビッグフットの亜種なのだろうか?しかしこの肌に毛が無い様子は…。
一瞬、男は戸惑った。
――こいつ、もしかすると人、なのか…?
あたりを見回せばどこまでも続くトンネルのような穴の中。しかも左右を見ると灯りのようなものが等間隔で吊り下げられている。あきらかに、少し前までの様相とは異なる。
そしてそこに現れた不思議な黒い馬車。流線型を形どったその馬車は、男の知っている知識の中では馬などが引くようなものには見えない。シルエットだけを見ればトヨタかホンダのミニバンだ。しかし視界の先でUターンをしようとしているそれを、四頭の馬が引いている…。
戸惑いながら男は、駆け寄ってくる男に麻酔針を吹く。そうしてその怪しい男が目の前で眠り込むのを確認すると、その呆気のなさに確信を持った。
――こいつ、普通の人間だ。なんだって魔王の住むような場所に人がいるんだ?
確信と同時に湧く疑問。そのことに頭を抱えながら、その答えを得るため、男は走った。
見るともう一人、馬車を降りてこちら側に近づいてくる男がいる。黒い燕尾服の老人。おそらくは、今ここで倒れているこの男を助けようとしているのだろう。そう判断し、男の目標は遠ざかって逃げようとしている馬車へと切り替わる。
――馬車はどんなに早くてもニ十キロ程度の速度しかでなかったはずだ。ならば自分の足であれば余裕で追いつける。
男はそう考え馬車を追った。馬車は次第に速度を増していくが、男が考えたより低い速度でそれ以上の加速はなかった。
――ってことは、やっぱり普通に人間か。馬の方も魔障をくらってるってわけじゃなさそうだ。となると、猫じゃねえんだからそろそろ追うのをやめるか?
しかしなんでこんな場所に?男はそう思った。
ほどなくして男は馬車に追いつく。乗っている人間に気づかれぬようにと配慮し、そっと天井に飛び乗る。その時ガタンと車体が揺れるのを感じ、男は首を傾げた。
――なんだ今の揺れは?
しかし走る馬車の上ということもあり、車輪が何かにあたった揺れだろうと深くは考えないことにした。
そうして今、男はその馬車の上にいる。馬車に残っていたのが子女だとは思ってもいなかった。先ほどからいくら声をかけても返事が一向に返ってこないため、どう対処したらいいのか思いつかず戸惑っている。忍びの術で耳元に響かせる声を、まさか幻聴だと思われていようとは思いもしない男であった。
その影は、激しく揺れる馬車の上に何事も無いかのようにスッと立ち、両腕を組んだ姿勢で御者台を見下ろしている。全身を異国の衣装に身を包み、顔を覆う布からわずかに覗く目が、足元の一点を凝視していた。その御者台に座って手綱を握っている薔薇色のドレスの娘を…。
見ながら男は考えていた。この女は何者なのだろうか、と。
魔王討伐という使命を帯び、二年がかりでようやく揃えた仲間の六人と、力を合わせついに辿り着く最後の迷宮。仲間たちは迷宮の途中で、一人倒れ、二人はぐれ、残る二人も気がつけば消えていた。
そうしてついに男だけが残る。霧の深い怪しげな迷宮の道を進みながら、食料が尽きるころにようやく霧が晴れた…。
晴れた途端に、足元にレンガの感触を覚えた。目は壁にかかる灯りをとらえる。いったいここは、どこなんだ。男がそう思い動き出そうとしかけたとき、ガラガラガラと近づいてくる奇妙な形の馬車に気がつく。
最初、男は怪訝な様子でその馬車を見つめていた。俺があれだけ苦労して辿りついた場所に、この馬車に乗る連中はいったいどうやって馬車なんぞで辿りついたのか?そう考えていた。
そうして次に男は考えた。
――考えられるのは、この馬車に魔王の手下が乗っていて…というパターン。あるいは迷宮の途中で俺だけ別の洞窟に迷い込んじまったのか?しかしいくら何でもそのパターンはなかろう。それだとあまりにもこの俺が阿呆ではないか。となると…。
男の考えは尽きることがなく浮かび消えていく。
そうしていると、馬車がまだ距離のある場所で停止した。御者台から白地に金の細工をあしらった立派な服装の男が、何やら意味不明な言葉を喚きながらこちらへと、向かってくるのが見えた。
男はそのおかげで迷いが晴れる。向かってくるならば、斬る。それだけのことだ。
同時に別の声がどこからか聞こえたような気がした。少し甲高い、女の声だ。しかし走り寄ってくる男の不可思議な動きが、それを詮索する暇を与えてはくれなかった。
金細工の服を着た顔は満面の笑みを浮かべ走り寄って来る。両手を上げたり下げたりし、スキップとターンを繰り返している。涎のようなものが口元に見えた。腹が減っているのか?ビッグフットの亜種なのだろうか?しかしこの肌に毛が無い様子は…。
一瞬、男は戸惑った。
――こいつ、もしかすると人、なのか…?
あたりを見回せばどこまでも続くトンネルのような穴の中。しかも左右を見ると灯りのようなものが等間隔で吊り下げられている。あきらかに、少し前までの様相とは異なる。
そしてそこに現れた不思議な黒い馬車。流線型を形どったその馬車は、男の知っている知識の中では馬などが引くようなものには見えない。シルエットだけを見ればトヨタかホンダのミニバンだ。しかし視界の先でUターンをしようとしているそれを、四頭の馬が引いている…。
戸惑いながら男は、駆け寄ってくる男に麻酔針を吹く。そうしてその怪しい男が目の前で眠り込むのを確認すると、その呆気のなさに確信を持った。
――こいつ、普通の人間だ。なんだって魔王の住むような場所に人がいるんだ?
確信と同時に湧く疑問。そのことに頭を抱えながら、その答えを得るため、男は走った。
見るともう一人、馬車を降りてこちら側に近づいてくる男がいる。黒い燕尾服の老人。おそらくは、今ここで倒れているこの男を助けようとしているのだろう。そう判断し、男の目標は遠ざかって逃げようとしている馬車へと切り替わる。
――馬車はどんなに早くてもニ十キロ程度の速度しかでなかったはずだ。ならば自分の足であれば余裕で追いつける。
男はそう考え馬車を追った。馬車は次第に速度を増していくが、男が考えたより低い速度でそれ以上の加速はなかった。
――ってことは、やっぱり普通に人間か。馬の方も魔障をくらってるってわけじゃなさそうだ。となると、猫じゃねえんだからそろそろ追うのをやめるか?
しかしなんでこんな場所に?男はそう思った。
ほどなくして男は馬車に追いつく。乗っている人間に気づかれぬようにと配慮し、そっと天井に飛び乗る。その時ガタンと車体が揺れるのを感じ、男は首を傾げた。
――なんだ今の揺れは?
しかし走る馬車の上ということもあり、車輪が何かにあたった揺れだろうと深くは考えないことにした。
そうして今、男はその馬車の上にいる。馬車に残っていたのが子女だとは思ってもいなかった。先ほどからいくら声をかけても返事が一向に返ってこないため、どう対処したらいいのか思いつかず戸惑っている。忍びの術で耳元に響かせる声を、まさか幻聴だと思われていようとは思いもしない男であった。
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