黄昏史篇 アイオリア [ 1676 Common Era. Mystery. ] - 白い鍵と緑の書

仁羽織

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誰そ彼と われをな問ひそ 夜長月の

第16話 王の図書斎

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 アイリ様のところを後にしてすぐ、ケイサンと僕は城へと戻る。戻ってすぐに王への取次ぎを頼むと、呼び出しがかかるまでの間、城の待合所で時間をつぶすことになった。
 「なあ、ルミネ。なんかお城ってこう、背中が無理にピンと伸びたり、ちょっと緊張するよな。」
 ケイサンがそんなことを話しだした。
 「だいたいな、前々から思ってるんだけどよ、国民あっての国家だっつうのに、なんかこう偉そうに見えるんだよな。王城って。」
 「そう思うなら叔父さんが城に入ってあげたらいいよ。たぶんそれだけで国民からは身近に感じられるようになるだろうからさ。」
 僕のそんなテキトウな言葉に、ケイサンは考えるような素振りをしつつ答える。
 「そいつは難しいな。まずマチルダ姉さんが許してくれねえ。自分の家の整理もできない奴に国政が務まるかって言ってな。」
 母の言いそうな言葉だ。
 「次に、あの大臣達が許してくれねえ気がする。来た時にものすごく期待されて、それに見合う結果も出していた義兄さんでさえ追い詰められたんだぜ。口ばっかりの俺なんかじゃハナからはぶられちまいそうだ。」
 その後は大臣達も変わったと思うんだけど、どうなのかな…。
 「最後に、義兄さんから何度も城に上がれ城に上がれって打診され続けてきたんだ。それをこれまでずっと反故にしてきたのに、今更どの面下げてって話になっちまう。なので結局、俺は城に入らない。だからそれ以外の方法で何かいい手はないかって話だ。」
 正直、そこまで理由をあげてくれなくてもよかったんだけど…。でもまあ、いいか。ケイサン本人もそこまでして城内の雰囲気を変えたいわけじゃないわけだろう。

 アイオリア城は基本的に一般開放されている。けれど稀に、各部署の窓口で無理難題を言い出したり、暴力に訴えようとする人がいるため、それをさせないための荘厳さだろう。古いお城をそのまま使っているからってことも偉そうに見える要因だろう。
 働いているモリトのみんなは結構気さくだし、ちょっとしたことにも融通が利く人たちばかりだから、このままでいいんじゃないだろうかと僕は思っている。
 そんな話を二人でしてたら、王の間へ呼ばれた。なので僕らは連れ立って王の執務室へと向かう。

 王の執務室に入ると、王がいなかった。この状態で呼ばれるはずはないのだから、たぶんつい今しがたまではいたんだろう。
 「義兄さん?おーい、俺だ、ケイサンだ。どこに隠れて何してるんだ?」
 ケイサンがそう声をかける。
 執務室はそれほど広くはないので、仮にどこかに隠れられたとしても今の声は聞こえているはずだ。けれど、父上からの返事はない。
 「なんだ?義兄さんまで失踪しちまったか?」
 ケイサンの不謹慎な声が、執務室に響いていく。
 「それはないでしょう。」
 そうは言っても、謁見の許可をしておいて部屋にいないというのは何かおかしい。僕は気になって、室内をあちこち見て回る。すると、執務机の下に梯子がかけられているのを見つけた。
 「ケイサン、これ、どこに続いているのかわかる?」
 「なんだこれ?いや、俺は知らねえぞ。どこに続いてんだ?」
 ちょうど机の影になっていて、梯子の先はよく見えない。確か執務室の下は調理場だったと思う。床は石造りになっているので、こんなふうに綺麗な穴が開いているのは信じられない。
 「おーい、義兄さん、そこにいるかー?」
 ケイサンが机に潜り込んで、梯子が下がっている穴に顔を入れて騒いでみた。すると、声が返ってくる。父上の声に違いない。
 「すみませーん。ちょっと調べものをしているところなので、少しだけ待っていてくださーい。」
 梯子の下に父上がいることは間違いない。これは、降りて確かめてみたい。どこにつながっているのかを…。
 僕がそんなことを考えていると、ケイサンがもう一度梯子の下に向かって言った。
 「そっちいくよー。問題ないかーい?」
 「いいですけど、梯子大丈夫ですかー?」
 「こっちは問題なーい。そしたら降りるよー。」
 決断の早さも行動力も、ケイサンはすごいなと思った。

 結構長く梯子を下りると、降りた先に通路があった。石造りの壁でできている細い通路だ。左右の幅は僕が両手を広げたくらいしかない。明かりはついていないが、梯子の穴から入り込んでくるかすかな光でぼんやりとあたりが見える。通路の先は、ところどころから光が漏れている。石組みに隙間でもあるのだろうか?
 「おかしいな、あの部屋の下って調理場でしょう?」
 僕は思った疑問をそのまま口にしてみた。
 「義兄さんはああ見えてハバキの技術をひととおりマスターしてるからな。それっぽい何かだろ、きっと。」
 ケイサンはそう言うと、通路を先に進みはじめた。ほんの数歩行くと、ケイサンの歩く右側の壁が音もなく開いた。僕らは驚いてその開いた壁の中を覗きこむ。
 そこには、広めの部屋の中に本に囲まれて父上がいた。
 「やあ、すまないねケイサン。ちょっとグランさんに頼まれた調べものがあってね。」
 父上は本から顔を上げることなく、そうケイサンに言う。僕はケイサンと共にその室内へと足を踏み入れた。
 天井はかなり高い。僕の肩にケイサンが乗っても天井まで手は届きそうもない程にだ。そして部屋の四方の壁が、全て本棚になっている。床から天井までドンと並び立っている。そこに収められている本の数も尋常じゃない。パッと見える背表紙を見ても、アイオリアで使われている言語とは著しく違うのがわかった。
 「それでケイサン、どうですか?行方不明者の件、何かわかりましたか?」
 相変らず父上は本から目を離すことなく話しかけてきた。ケイサンが目くばせをしてきたので、僕がケイサンの代わりに答えてみることにした。
 「ハリル山の洞窟奥にある、地底湖まで行ってきました。」
 僕の声に驚いたのか、父上が開いてみていた本が宙を舞う。そうして顔をあげた父上が僕らを見て言った。
 「なんだ、ルミネ君も一緒でしたか。驚いたな。ケイサンも言ってくれればよかったのに。」
 よほど驚いたのだろうか、父上には珍しいリアクションだ。それを見てにやにや笑いながら、ケイサンは足元まで飛んできた本を持ちあげてこう答えていた。
 「もっと色気のある本を用意しといてくれよ。こんな文字ばっかりの本、疲れるばっかりだろう。」





 「なるほど、アイリ姫の幽霊ですか。それと『滅び』の呪い、ですね…。」
 僕らが交互にこれまでの経緯を説明し終えると、父上はしばらく考えてからそう言った。ケイサンが補足するように自分の考えを話している。
 「その穴の場所については、アイリ様も洞窟の奥にあることは認めている。なので本気で探そうと思えば、手はいくらでもありそうだと思ってる。問題はアイリ様がそれを邪魔しないで見ていてくれるかってところかな。また水鉄砲か水大砲みたいなので空に飛ばされたら敵わんもの。」
 たしかに、と僕も思った。すると父上が口を開きこんなことを言った。

 「アイリ姫はおそらく、命素体という状態で今も生きていると思います。」
 アイリ様が生きている?いったいどういうことだろう。
 「あの後、気になって『カムイ=アイリの伝承』を再考察してみました。それで、まだ推測でしかない段階なのですが、アイリ姫は生きている可能性が高いと。」
 「けど、はじめは実態がない感じの光の玉みたいだったぞ?」
 ケイサンも驚いたようだ。
 「けれど、砂浜でバーベキューを焼いて、それを食べてたんですよね、アイリ姫。」
 「お、おう…。」
 食べてた。それはもう美味しそうに…。

 「私達の体は全体の70%が水で、10%ほどを炭素が占めています。これを元素に分けて見ると、水素がおおよそ60%、酸素が25%、炭素10%に窒素とリン、硫黄などで2%から3%を占めます。他にもナトリウムなどの金属元素や、ケイ素なんかも必要ですが大雑把に言うとそうなります。」
 なんか、父上が研究者のモードに入っちゃってる。
 「ハバキではこれらの元素を主構成とする生命を炭素体と呼んでいます。水はどの体でも必要ですからね、その次に主成分となるものを名に付けただけなんですけど。」
 「そ、そうなんだ。んで?アイリ様の命素体ってのは?」
 「いくつかの元素には、命素という素粒子レベルの元素が含まれているのですが、この命素が生命体の命ではないかと言われています。いまだに研究段階なので私では詳しいことはわかりませんが、なんらかの条件が満たされると生命は命素だけで活動が可能になるのではないかと考えられていたはずです。」
 「父上、それって幽霊とは違うの?」
 「幽霊は…すみません。私はそういった方面の研究はあまり興味がなくて。指し示すものの方向性としては、おそらく同一のものを別方向から言い表しているようにも思えますが、命素体と幽霊…。いわゆる霊体とかアストラル体などと呼ばれているものですよね。…それについては、ちょっとわかりません。」
 「そう言えばアイリさんも、確か自分のことをそんな体だとかなんとか言ってたな。なあ、ルミネ。」
 そんなことを今更聞かれても、僕は覚えてない。
 「アイリ様がそんなこと言ってた?僕は覚えてないよ。」
 そうだ。せいぜい覚えているとしたら、緑の書を大事そうに見つめてたってとこくらいだ。
 「いずれにしても詳しく調べておいた方がいいでしょう。ルミネ君、君はハバキの都市へ行ったことはあったかな?」
 「いいえ。霊峰を越えた先の国々へはまだ一度も行ったことはありません。」

 霊峰キンシャ。標高八千メートルの山とその中腹から広がる五千メートル級の連なる峰と峰。未だ空を飛ぶ術を持たない僕らにとって、その山を越えるのは困難を極める。
 普通に考えれば、霊峰を迂回して五千メートルの峰を越える方が楽だと思う。しかし父上がこちらに来たときはキンシャの山頂を踏破してきたそうだ。連峰の峰には常に霧がかかり、そちらの道を行く方が逆に危ないのだとか。
 「旧ハバキの都市、オリハルトに非常に大きな書庫があります。名をラファエラ書庫。学びの場としても有名でそちらに行けば何かもっとわかるかもしれません。行ってみますか?」
 思わぬ父上からの申し出。しかし八千メートルの山を越えるのか。僕の力で越えられるだろうか?
 「山越えに装備や必要な道具は、私がこちらに来た時のものを元にして城の備品庫に保管されているはずです。なのでそれを使えるよう手配しておきます。アトランティス側には、私から連絡を入れておきますので、行った先で困ることはあまりないと思います。あとは…念のためですが、ヨホさんについて行ってもらえるよう私からお願いしておきます。あの人はすごいですから。」
 父上はそう言うと、僕からの返事を待っているようだった。ケイサンは書庫と聞いてから、どこか関係ないといった様子で僕らを眺めている。
 「わかりました。行きます。」

 こうして僕は、霊峰キンシャを越えて旧ハバキの都市であるオリハルトへと向かうことになった。
 ついでなので、他の謎に関しても調べてこよう。僕はひそかにそう考えていた。『たそかれの世界』について、モリトの道具について、カムイ=アイリの伝説について、あと『滅び』というものについて。
 「ああ、そう言えばマチルダさんからも頼まれていたんですが、例の女性もオリハルトまで連れていってあげてください。あちらの医療施設で彼女の辛さを和らげられるかどうか診てもらってほしいと頼まれていたんですよ。」
 え?
 「よかったなルミネ。道中両手に花で楽しそうじゃないか。」
 は?
 「それでは頼みましたよ。私は調べものがあるのでこれで失礼します。」
 そう言うと父上は、この部屋からそそくさと出ていってしまった。僕はケイサンにもついてきてくれるよう頼もうとしたら、既にいない。さっきの言葉を残してとっとと出ていってしまったようだ。
 「…父上、ひょっとして母さんからの面倒な頼みを、僕に押し付けた?」
 もうすでに後の祭りだ。今からあれこれ言おうにも、おそらく父上は見つからないだろう。ケイサンもあの様子だと、僕が近づいただけで気配を消して身を隠すに違いない。

 それにしたってどうやって。ヨホならまだしも、あの女の人に山登りなんてできるのかな?
 ため息が、頭上遥か高くまでそびえる本棚に吸い込まれていく。僕はいい考えも浮かばずに仕方なく、この部屋を出ることにした。


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