王子様を放送します

竹 美津

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本編

閑話 エクラ王子と神々の庭 5

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ずっと竜樹は、エクラと手を繋いでくれていた。
ジュヴールの元魔法院、現在の魔法使い療養所の、白い廊下を。

目を伏せた、ルプランドゥール・リュンヌ監督代表が、先立って案内をしてくれている。
因縁の国、ジュヴールへ、エルフの王子エクラが来てくれる、それもギフトの竜樹と。そうなれば、それが公的なものでないにしろ、ジュヴールにとっては何かのきっかけになるかも、と丁寧にならずにいられない。
だが、 ルプランドゥール代表は、控えめに多くは語らず。語れず。何を言えようか。言えば全てが軽くなる。ただ、よく来て下さいました、と深く深く礼を。

廊下は長く、以前のジュヴールの造りのまま、敵襲に備えて複雑である。

パシフィストからの護衛マルサ王弟含む精鋭たちに囲まれた、エクラと竜樹。そして、ムムン!と真面目にお顔を引き締めてついてきた、荷物持ちのお助け侍従タカラも、その後ろに。

「俺のいた国ではね、八百万の神様がいらっしゃると言われていて、そこかしこに様々な神様がいてね。面白いところでは、トイレの神様もいるよ。トイレを清潔に、毎日お掃除をちゃんとすると、運気が上がって女性が美しくなる、なぁ~んて言われたりね。歌まである。その神様は、女神様らしいんだ。だけど、俺のばあちゃんから聞いた話だと、女神様の話とはまた違って、便所神様が便を手で受けて下さるから、鼻をかんだ塵紙やなんか、ゴミや汚いものを、トイレに落としてはいけないよ、なんて言ってた。分からないけど、きっとそれは、女神様じゃなさそうだねえ。ばあちゃんの頃、ぼっとん便所だった時から伝わる、お話だろうかね。あちらの世界では、こっちのように、神様が顕現される事が表立ってはなされないから、まあひょっとしたら人知れずお姿を顕わしていらっしゃるのかもだけど、まあね、そんな風だから。人の間で、色々と思いが形になって、神様はこんなかな、だったらこうしたいな、って話が伝わっていくのかな。人の糞が肥料になるならば、そんなお話も、なんかきっと、分かる気がしてね。何ものかを敬する気持ちで暮らす、糞尿にそれ以外の汚れを混ぜない、その方が、肥料に使うにも、トイレを大事に使うのにも、気分が良いでしょう?だからかなあ、なんて。ふふ、変なのって思う?」

ええ!? ふわ、くすすす。
エクラは笑っちゃう。
竜樹はずっと、エクラと歩きながら道中、途切れなく面白い話をしてくれて。
それはきっと、ジュヴールに行く事で、緊張、身体が心が反応する、エクラを慮ってなのだろう。気を逸らしてくれているのだ。

エクラは、最初、布に描いた簡易転移魔法陣をヒュンと通ったすぐには、身体が固くなって喉がキュと締まったのに。

段々と、竜樹の握ってくれる温かい手や、面白い話や、何者からも守ろうと囲む、周りの頼もしい護衛たちに力強く微笑んでもらえて。しゅ~、と息が抜けて、ふ、強張った肩がゆるり落ちていった。

「神様がいろんなところにいる、って、こちらでも、色々な神様がいらっしゃるけど、似てますね!」

握った手をフリフリして、エクラは竜樹を見上げる。優しい手は、少し湿っていて、さっきクリームを塗っていた。元魔法院へ持っていく、土と種を用意して、汚れた手を洗ったばかりのエクラにも。お裾分け!なんて言って、塗りすぎたクリームをペタペタくっつけてくれた。

「うんうん。だから、こちらの神様にお世話になって、俺は何となく、馴染みやすいな~、嬉しいなって思っているんだ。あらゆるものに神様が宿るのなら、神々の庭って、この世界の全てが、神々の庭ともいえるのかもしれないね。」
ショボショボ、短い睫毛がほちほち、優しい小さな目。

「だから、エクラ王子が、どこに神々の庭をつくっても、好きな所につくっても。誰かがごちゃごちゃ文句を言ったって、神様たちはきっと、嫌だなんて言わないんじゃないかな。」
ふへ、と気の抜けた笑いが降ってくる。

エクラのほっぺも、ふにゃ、と緩む。安心する。

神々の庭をつくる話。
リュミエール父様たち各国の王様は、ジュヴールの報告連絡会の後、方針会議までの間を、お互いに根回し。打ち合わせ調整下話をしておくに決まっているのだ。
その流れで、エクラ王子による神々の庭も、ちょろっと話の杭を打っておく大人たち。

我が国に、いや我が国に神々の庭を、いやいっそ大陸各国全てに、そしてそれはどの地方につくれば一番国の繁栄に寄与するのか。
ふわぁっ!と朗報に盛り上がる、同時に、画策が始まる。

始まりは純粋な、サージュとエクラ王子の、神様が遊びに来てくれたらすてきだね!なんていう。
人々の素朴な信仰、祈りの具現、そんな神様の庭の事なのに、人だからこそ世知辛い。だけど、為政者だけでなく、また即座に各国の教会関係者が紛糾して、我が国のこちらの地方がよろしいかと(私どもの教会の近くに)いやいやこちらの地方が相応しく(私の管轄の地区に!)など、大人気なく半端なくモメモメした。教会関係者に信仰心がなくてモメる、という訳ではない。信仰心というものも、人にかかれば、諍いの元の1つとなりうるのである。

エクラは皮算用をする大人たち、聖職者たちに、時には実際に手を引っ張られ、腰をとられ。ね、ね、エクラ殿下、のアプローチに、事前にこうなるかも、と知ってはいたけど、ひええ!

直接的に間接的に、搦め手も使って、大人たちが暗躍を始めようとしたので、竜樹がバリン!と、エクラ王子を腹に抱きとって、俺が相談役になって決めます!なんてギフトの御方様案件にしてしまい。

また、オジジながら息を切らして速足、バッと現れたジュヴール教皇が、喝!控えおろう!神々の祝いにもなる事で諍うとはなんたることか!しかも守るべき子供を我欲で引っ張り合いとは!そんな者たちの地に神々の庭ができようか!!……めっちゃ本気怒りしたので。

ブツブツ言いながら諦めない、腹づもりのある大人たちは、一旦、引いた。パシフィストの宿屋で屯って、虎視眈々としているが、一応沈黙。
転移魔法陣がある、距離が近くなるというのも、良い事もあれば悪い事もあるのだ。

パシフィストのハルサ王などは、髭をポリポリしながら、ダヨネー、そうなると思ったんだよネ!なんて、エクラ王子に、改めてゴメンねぇ、した。エルフのリュミエール父様は、そりゃあこうなるだろうねぇ、エクラを撫でながら、はふ、と吐息。

各国各所に、話を通さないわけにはいかない。
だけど、きっとエクラ王子が揉みくちゃになる。だから、暫くの間、エクラ王子の側に、竜樹にいてあげてとハルサ王様もリュミエール父様も、頼んでいたのだ。ちゃんと、護衛もつけていた。各国の王様レベルになると、思う所はあれど、そのギフトの竜樹案件だという落とし所は想定内で。
パシフィストのハルサ王と連携をとりながら、各国それぞれの思い込み激しいヤバい連中の突撃をなるべく予測しやすいように、連絡の順番をあちこちしたり、国の思惑もあるからと牽制をかけたり、誰に伝えるかあれこれしたり、していた。大人仕事である。

そうでもしないと、落ちる所に落ちないのだ。誰だって、神々の庭なんて、すてきな場所は欲しいに決まっている。
何でもかんでも最初からギフトの竜樹案件にしてしまうと、パシフィストに良いようにするんじゃないか!?なんて、疑念とヘイトが溜まってしまうし。モメる前に消すと、モヤモヤとした不満が段々と溜まる。ちゃんと吐き出させるのも必要で。

アンタたちが大人気ないからだよ、という大義名分が必要だったのである。

小さな1人の少年の心を大切にしながら、大きな国の事もする。
というのは、本当に難しい事で……。
事前に説明は受けて、いいよ、って言って予想していたけど、エクラはあまりの勢いにびっくりして、そして。

「竜樹様。……あの、あのね。」
「うん?なんだい?」
歩きながら、腰を折って、目を合わせてくれる。見上げて、エクラ。

「私、最初に言ってもらってね。神様のお庭をつくるはなしを、お国の色々に伝えたら、きっとモメるけど、って。だけど、それは、必要なもめごとだから、どうか協力してくれないか、って、リュミエール父様とパシフィストのハルサ王様が、頭を下げてくださったとき。その後、モメテ、グチャ~ってなった時も。」
「うん。」

ほち、ほち、と瞬いたエクラの瞳は、静かにきらめいて。口元は笑うのだ。
「なんか、大変だったけど、うれしかった。大人の中に入って、お国や、エルフ族、人族同士のあれこれを、つくる仲間に入れてもらえたんだ、って。こういう訳だから、手伝ってね、って、あ、こうなるんだなぁ、って分かっていて、ちゃんと守ってもらえたし。それで、上手く、竜樹様の相談で決めます!って落ちついて。できた!って。うれしかったんだ。」
「うれしかったんだ?」

うん。
「何にも知らないで、ただ、相手に、一方的に虐められたりするのと違う。グチャってなっても、気持ちが違うんだな、って。私、パシフィスト王宮の庭師さんのとこも、行ったでしょう?」

神々の庭の話があって、ならば庭づくりの話も面白かろうと。
ニリヤ王子たち3王子と、押し花大好きサージュも含む新聞寮の子供たち皆で、わちゃ!とお仕事の話を聞きに行ったのだ。

(エクラ殿下は、どんなお庭がお好きですかな?)

「庭師のヒューおじいちゃんに聞かれて、私、どんなお庭が好きか、分からないな、って最初思って。お庭を、ちゃんとは、見たことなくて。」

長靴を泥で汚して、土を混ぜ、ちょっと通る時にチョイチョイ枯れた花の茶色を摘みながら。一時も手を休めず、眉毛がちょっと長く垂れているヒューおじいちゃんは、腰をとんとん、ニコニコ、陽だまり。助手の息子に指示を出しつつ。

(庭師ってのは、忙しくて、ゆっくりしてるもんですわな。花も木も、ここが良いよ、ってとこがあるんですわ。その組み合わせでも、時期でも、ここが良いよ、こうなりたいよ、は、違ってきます。竜樹様、子育てと似てる所もありますでしょうかねえ。こっちの思いの通りに動かすんじゃないんです。すてきに見える場所に、ここかな?って声を聞いて、手を入れてやる。強引に寄せるじゃなく、面倒を、こまめに見てやる。やり過ぎない、木や、花や、何やかや、生命が伸び伸び、生き生きと生きている、それでいて美しい庭が、私は好きですなぁ。)

「これから、色々なお庭を見ていって、段々、どんなお庭がいいか、知っていきたいなって。それで、……父様やハルサ王様たちも、何だか、お国の庭師みたいだな、って。」

どこになにを、日陰や日向、陽当たりを、水やり水はけその具合を、枯れ枝を払ってやり、虫を払って、剪定をして整えて、肥料を必要な分、必要な所にだけ。

「お国の、庭師か。」
「うん。お国の、庭師の、仲間に入れてもらえたんだ、って思って。なんか、私、子供で、だけど、大人の、庭をつくる、お庭を育てる仕事、どっちも、だからってジュヴールの、王様にとかは、決められないけど。」

未知への期待に、希望に、瞳が揺れている。不安もある。恐れもある。
見上げた目線を下ろして、ふっ、と息を抜く。

「サージュみたいに、うつくしいものを。私も、お庭なら、うつくしくはなれない私も、きっと、……それならできる。つくる仲間になれる。……どんなお庭を、つくろうかなぁ。」



「楽しみだねぇ。素敵な庭の、すてきな庭師になれるといいね。エクラ殿下!……きっとそんな君は、カッコいいと思う!」

エクラ王子は美しいよ、なんて、伝わらないおべんちゃらを言わない竜樹は、目をキュ!と楽し気に瞑ってニッコリ笑い。

前を先導する、ルプランドゥール・リュンヌ監督代表が。
前を向いたまま、疲れた顔を少しだけ緩めて。クシャ、と笑った。
彼も、四季、仕事の終わることを知らない、そして枯れ滅びの庭を、なんとか喜びの庭へとつくってゆくはずの、国造りの庭師だからだろうか。




「こちらが、魔法使いたちの部屋です。」

ルプランドゥール監督代表自ら、案内の手をこちら、と燻んだ飴色木目のドアの前。
第一管理室、と黄ばんだ札の掛かったそこを、キイ、ドアノブ開けて。

コクン、と唾を飲み込み、握った竜樹の手をギュッと力入れ。ふー、ふー、息吐く。……ヨシっ、となるまで、誰もが待っていてくれた。

微かな声、低い、ああ、とか、うぅ、とか、開けたドアから聞こえてくる。

ぽちょ、と一歩、恐る恐る。

ぎっしり詰めて並べられたベッドに、顔色の悪い大人たちが、同じ簡素な服で寝ている。枕は凹んで、脂じみ、腰に薄い布布団。一歩、一歩と進めば、どこか淀んだ臭いがする。男性ばかり、比較的若い者であるか。髪が乱れて、散っている。呻き、呟き、手を虚空に、カカキキ、震えて何かを掴もうと。足がバタバタ、寝ながら、腹を抱えて赤ん坊のように自らを守ろうと。

あぁあ、あ、あ。
うぅう、うぁ、うぅー。

「こちらは男性の部屋です。それも、まだあまり沢山の数は、エルフたちを呪い管理していなかった、新人たちの。」

かつ、こつ。
ぽち、ぽちょ。
ルプランドゥール代表の、硬い靴音の後、エクラの一歩が、軽く音たてる。竜樹の足音は、それさえも地味で、コッ、トッ、とエクラの足音とかぶる。

色んな顔。土気色の。嫌だ嫌だというように、顔を緩く振って、パカリと口が開いた。その赤さが生々しくて、でも、その中で、見回る浮いた存在、瑞々しいエクラの、少年の目は、ヒヤヒヤと見張って逸らせない。

「彼らはまだそこそこ、自分の感覚でいられる時間があるので、排泄や食事は何とか。風呂までは難しいので……事故が起きそうですのでね。清拭するのも、人手、予算をここに使って良いものか。最低限にしています。見殺しにするのは、罪人だとていくらなんでも。彼らも上司があり、国の命令があり、また魔法使いたち自身も呪いで管理され、反逆は難しかった。仕方なかった、などとは勿論、言えません。彼らは良くない道を選んだ。それを作りだす側にいた。国民は、今、いつ飢えて死ぬかと生活に不安、怯えている。魔法使いたち、彼らの世話を、手厚くはできないけれど。……どうしようもない、負の遺産ですね。」

ヒュ、と息を。鎮めて、そっと。
「ルプランドゥール様。もっと、たくさんエルフを呪っていた、人たちは?」

カツーン、と靴音が止まって、響いた。
「短い時間で排泄も満足に出来ず、オムツも取り替えが毎回できなくて、臭いもしますしね。その……、酷く、取り乱して苦しんでいるので。ひっちゃかめっちゃかなんですよね。暴れるので、危険ですから、どうか。」
ご遠慮いただきたい、と最後までは言わなかったけれど。

アアアアアァー!!!!!
バンバン!バン!

遠くで扉を叩く微かな音。

エクラの瞳は、震えて、きゅわ、と大きく揺れた。


むくり。
1人の窶れた魔法使いが、ベッドから起き上がり、ふら、と立った。
はっ、とエクラ王子たちはそちらに目を向けて、身構えたけれども。ふら、ふら、歩き出すボサボサ髪の虚な目、よろ、ふら。
エクラの横を、ふらふら、素通りしていく。そうして、入り口のドアをふらり。

「ああ、外に出るみたいですね。」
「外に?」

ええ、彼はね。
「田舎の、農村出身の子なんですよね。ジュヴールの土は死んでいるのに、毎日外に出て、触れて、確認せずには、いられないみたいなんです。彼らも、ジュヴールの今については、小間切れな情報でしょうけど、自覚しています。」
ルプランドゥール代表は、サッと歩み寄ると、フラフラしている魔法使いの男……よく見れば、まだ少年と青年の間くらいの子だろうか、背に手を当てて、並んで。
「テリー。外に行くのかい?今日はお天気だから、いいねえ。」

もしかしたらちょくちょく、ここを訪れているのか、気安い調子だ。エクラは、代表の息子が、このテリーくらいの年頃なのを知らなかった。でも、リュミエール父様がエクラを撫でてくれる時の声と似ているな、と思った。

何となく、ついてゆく。
枯れた大地。山々は遠く。木々は立ち枯れて枝が折れている。
きっと美しかった痕跡が残る、凸凹した庭に出ると、前は花壇だった煉瓦の囲いが、寂しそうに乾いたポロポロの土に埋まって、残っている。
枯れ残りの草さえない。
陽だまり。
お日様の光は、誰にも平等に降り注ぐ。
テリーの、ぼんやりした瞳にも射す。

テリーは花壇だった囲いの前にしゃがむと、手で、くしゃ、と土を掴んで。ほろ、ほろろ、と手触りをなん度も。何度も掴んで、ざらり、ほろり。
ジッと、そこにある何かを、見ていた。

ちょん、とエクラは、その隣にしゃがんだ。
テリーの顔、少年らしさの残る、こけた頬を見上げて、同じに土を触ってみた。いかにも栄養がなさそうな、パッサパサな、白茶けたそれ。
指の間を、ポソポソと滑り落ちる。

「テリー。」

テリーは返事をしない。

「テリーはどうして、エルフに……。」

さらり、ポソポソ、ポロポロ。

「どうして、私たち、こんなことに、なってしまったの。仲良くしていれば、なんてことなかったのに。私も、虐められずにすんで、テリーは、テリーは。」
こんなことにならずに、きっともっと、生き生きと生命を。

「……どうして。」
ポソ、とテリーが口に言葉を落としたけれども。それはとても悲し気で。だけど乾いていて。

2人は、黙って、しばらくそこで、土を掴んではポロポロとしていた。

大人たちは、それを、眩しく痛く、見守っていた。





「………………。」
お日様が充分に、どこか空っぽを抱えた2人に光を浴びせて、そこらへんが土の乾いた埃でほわほわと鼻に、クシャん、とエクラ、くしゃみを一つ。
ぷるっ、と頭を振って、振り返る。

「タカラさん、持ってきたあれ、ください。」
「はい、今お出しします。」

時止めの、沢山入る魔道具鞄から、両手でずしっと麻袋、重量のあるそれを取り出す。小さなスコップ、素焼きの丸い鉢、小石、花の種。

「ジュヴールでは、花の種なんて、今、いらないのかもしれないね。食べられないもの。」
麻袋を開けて、適度に湿った、黒くて栄養のたっぷりした、ジュヴールのものとは全く違う土を触る。
ああ、なんて、気持ちいいのだろう。ギュッ、握りしめて、ぽくぽく塊になって、柔らかく落ちる。

ハッ、とテリーが鼻をひくつかせた。

鉢の底、穴を覆うように、小石を幾らか入れる。
さく、と麻袋の中から土をすくって、さく、さく、と鉢に詰める。
「でも、私、エルフだから、簡単にジュヴールに食べ物を持ってきてしまっていいか、分からなかった。でも、思ったんだ。呪い返しを受けた、魔法使いの人たちは、あんなことしなかったらよかった、って思っていてくれないかな、って。緑を見たら、もうここにはない、お花の芽を見たら、どうしたらよかったのかな、って。」

種の紙袋を、カサカサと開けて。

ガッ。
「テリー?」

ゆがゆがとこぼれ落ちそうな、瞳は揺れて、テリーは、はっ、はっと息を荒く。エクラの、鉢を抱えて種持つ片手、手首を掴み。
サッと、パシフィストの精鋭護衛が緊張して一歩前へ。

「テリー……?」

声に応えず。掴んだ手首を外し。
麻袋に、ズボッと手を突っ込む。
ずりずりと麻袋を引き寄せて、しゃがんだまま、テリーはそこから、土を両手にすくった。捧げ、甘やかな水をすくって飲むかのように、顔を埋めて。すうう、と匂いを嗅いだ。

「……う、うぅ、うっ。これだ、この匂いだ!土の、畑の、帰りてぇ、帰りてぇよ、かあちゃん………。」

テリーは土に頬擦りをする。唇の端についても構わず、涙がそれを濡らす。

帰りたい。
帰りたい。
あの日の故郷へ。
幼く、父と母は畑をやっていて、汗を流しながらテリーを土のついた手で撫でた。畑はそこそこ、緑は鮮やかで、朝露が弾けて葉にうつくしく、山は森は萌え、生きて。

「どうして……!」

エクラの靴の先に突っ伏して、土をかき抱いて、テリーは泣いた。

エクラは、そんなテリーを見下ろして。
突っ伏した背中に手を当てて、遠く山並みを、土の、乾いて白茶けた大地を、見た。

「私たちエルフも、ずっと、帰りたかったよ。森に、あの湿った土の匂いのする、懐かしい場所へ。」

帰りたいね。
帰りたいね、テリー。










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