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15-2 夜会
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「フォアード小侯爵と奥様のアデレード様よ」
案内されたのは八人掛けの丸テーブル。四人座っている。類は友を呼ぶというのか、全員がサッと立ち上がり温かく迎えいれてくれた。
「妻はノイスタインから嫁いで来たばかりで知り合いがいないんです。仲良くしてやってください」
ペイトンの言葉に、アデレードは「またか」と思った。通常、夫が妻の紹介をする上での発言としてはおかしくないのだが、
(自分の挨拶だけすればいいのに。なんでいちいち私のこと言うの? 子供じゃないんだから)
と、ついてこられたことが嫌すぎて全部悪意に捉えてしまう。
一体何処の保護者のつもり? とアデレードは居た堪れない気持ちになっていた。
ただ、その場の全員がにこやかに笑っていてくれることが救いだ。
「アデレードです。この国のことはまだ知らないことが多いので教えて頂ければ嬉しいです」
アデレードが挨拶し終えると、
「こちらは、アルバン伯爵家のティオーナ様で、そちらはブルーム子爵家のハンナ様とエルム男爵家のローナ様です」
サシャが爵位順に友人達の紹介をしてくれて、
「立ち話もなんですから、皆さんお座りになって」
と、女性五人と女嫌いで有名なペイトンが一つのテーブルを囲う状況が出来上がった。
(どんな地獄)
アデレードは、いつものペイトンの様子を鑑みると絶対に無言でいるだろうし、サシャ達もペイトンがいては喋りにくいだろう、と考えて「これは詰んだ」と諦念した。
しかし、思いのほかペイトンが話題を振って会話が飛び交うので、違う意味で微妙な気分になった。
(ジェームスさんの言ったことは本当だったのね)
ジェームスが、食卓で自分から発言しないペイトンにポイントを加点しまくるため、アデレードは一度こっそり相談しにいった。
無口な気質の人間はいるし、その上、女性嫌いなペイトンに毎食ごとに会話を強いるのはある種の虐めじみた行為に思えたし、点数差が開きすぎると敗北を悟ったペイトンが途中で投げやりになって契約を守らなくなる恐れがあると懸念したから。
しかし、
「いえいえ、旦那様はお喋りではないですが、別に無口というわけでもないですから。それに苦手な女性相手でも仕事上ならば人並み以上にお付き合いはされます。愛する奥様に対しては変に意識してどう接すればよいか分からなくなっているだけです」
と返された。
その時は、正直嘘だと思っていたため、ジェームスに対して、めちゃくちゃポイントを付ける割に主人のことをフォローはするのね、とアンバランスさを感じた。
でも、実際、ペイトンが普通に女性と談笑するのを目の当たりにして、ジェームスが真実を語っていたことを理解した。
同時に、
(私にもこんな感じの対応でいいんだけど)
と思った。愛する妻という言葉に萎縮しすぎでは? という感情しかない。
「アデレード様は何かご趣味はあるんですか?」
ペイトンの言動に呆れ半分驚き半分でぼんやり会話を聞いていると、サシャがこちらに向けて話しかけてくれる。
これがクリスタだったら、こちらのことはずっと無視してペイトンとのみ喋り続けたはずだ。
いや、あんな女と比べるのがそもそも失礼ね、と懺悔の気持ちすら芽生えてくる。
「そうですね。甘い物が好きなので色んなお店を回ることです」
「まぁ、実はわたし達も甘い物が好きで、ローナは自分でもお菓子を作るんですよ」
「ご自分で? 凄いですね!」
「いえいえ、そんな下手の横好きで。アデレード様はどんなお菓子が好きなんですか?」
「なんでも好きですけど、甘ければ甘いほどいいです。何処かお勧めのお店ありますか?」
「だったらピランツェのマーブルケーキをお勧めします。私の今の一押しです。私達、月に一度自分が気に入っているお菓子を持ち寄るスイーツ会を開いているんです」
「そうなんですね。素敵ですね」
アデレードは無難ににっこり笑った。本当は楽しそうで羨ましいな、と思ったが、ここで「私もその会にいれてください」とズバッと言うほどコミュニケーション能力が高くない。
サシャ達四人は互いに呼び捨てにするほど仲良がいいし、古くからの付き合いなのだろう。
出来上がったグループに後から加わるのは難しい。
特に二月前まで学校に通っていた現役学生のアデレードはその感覚が強くある。
だが、女学生であったこともなく、そういう機知に疎いペイトンは、
「君も参加させてもらったらどうだ?」
と躊躇いなく言った。
(おーいー!)
アデレードは心の中で今日一番の叫び声を上げた。
この人は、きっと他人から拒絶されたことがないのだろうな、と思った。
だって男前で金持ちで爵位も高い。皆がチヤホヤするに違いない。選ぶ側の人間だ。
自分は女性を無差別に拒絶するくせに、それって狡くない? とも。
「えぇ、是非参加してください。次は来週末に私の屋敷で開く予定です」
幸い、ティオーナがすぐさま返してくれたので「図々しい」みたいな雰囲気にはならずに済んだが、諸々考えてアデレードはペイトンを締め上げたい衝動でいっぱいになった。
「だったら、私はピランチェのマーブルケーキを持参します」
「じゃあ、わたしも一番お気に入りのお店のにします」
ハンナとローナが続けて言う。
ティオーナからも「招待状を送りますね」と告げられたので社交辞令ではないらしい。
ペイトンの手前断れなかったのかもしれないが、こういう感じのよい人達とは是非親しくなりたいので、素直に喜ぶことにした。
しかし、やはり、
「良かったじゃないか」
ペイトンが呑気に笑うことには心底苛ついた。
ただ、ペイトンのお陰でお茶会に誘ってもらえたのは事実なので、帰りの馬車でブチ切れるのは抱いている怒りのボルテージの半分に抑えようと思った。
案内されたのは八人掛けの丸テーブル。四人座っている。類は友を呼ぶというのか、全員がサッと立ち上がり温かく迎えいれてくれた。
「妻はノイスタインから嫁いで来たばかりで知り合いがいないんです。仲良くしてやってください」
ペイトンの言葉に、アデレードは「またか」と思った。通常、夫が妻の紹介をする上での発言としてはおかしくないのだが、
(自分の挨拶だけすればいいのに。なんでいちいち私のこと言うの? 子供じゃないんだから)
と、ついてこられたことが嫌すぎて全部悪意に捉えてしまう。
一体何処の保護者のつもり? とアデレードは居た堪れない気持ちになっていた。
ただ、その場の全員がにこやかに笑っていてくれることが救いだ。
「アデレードです。この国のことはまだ知らないことが多いので教えて頂ければ嬉しいです」
アデレードが挨拶し終えると、
「こちらは、アルバン伯爵家のティオーナ様で、そちらはブルーム子爵家のハンナ様とエルム男爵家のローナ様です」
サシャが爵位順に友人達の紹介をしてくれて、
「立ち話もなんですから、皆さんお座りになって」
と、女性五人と女嫌いで有名なペイトンが一つのテーブルを囲う状況が出来上がった。
(どんな地獄)
アデレードは、いつものペイトンの様子を鑑みると絶対に無言でいるだろうし、サシャ達もペイトンがいては喋りにくいだろう、と考えて「これは詰んだ」と諦念した。
しかし、思いのほかペイトンが話題を振って会話が飛び交うので、違う意味で微妙な気分になった。
(ジェームスさんの言ったことは本当だったのね)
ジェームスが、食卓で自分から発言しないペイトンにポイントを加点しまくるため、アデレードは一度こっそり相談しにいった。
無口な気質の人間はいるし、その上、女性嫌いなペイトンに毎食ごとに会話を強いるのはある種の虐めじみた行為に思えたし、点数差が開きすぎると敗北を悟ったペイトンが途中で投げやりになって契約を守らなくなる恐れがあると懸念したから。
しかし、
「いえいえ、旦那様はお喋りではないですが、別に無口というわけでもないですから。それに苦手な女性相手でも仕事上ならば人並み以上にお付き合いはされます。愛する奥様に対しては変に意識してどう接すればよいか分からなくなっているだけです」
と返された。
その時は、正直嘘だと思っていたため、ジェームスに対して、めちゃくちゃポイントを付ける割に主人のことをフォローはするのね、とアンバランスさを感じた。
でも、実際、ペイトンが普通に女性と談笑するのを目の当たりにして、ジェームスが真実を語っていたことを理解した。
同時に、
(私にもこんな感じの対応でいいんだけど)
と思った。愛する妻という言葉に萎縮しすぎでは? という感情しかない。
「アデレード様は何かご趣味はあるんですか?」
ペイトンの言動に呆れ半分驚き半分でぼんやり会話を聞いていると、サシャがこちらに向けて話しかけてくれる。
これがクリスタだったら、こちらのことはずっと無視してペイトンとのみ喋り続けたはずだ。
いや、あんな女と比べるのがそもそも失礼ね、と懺悔の気持ちすら芽生えてくる。
「そうですね。甘い物が好きなので色んなお店を回ることです」
「まぁ、実はわたし達も甘い物が好きで、ローナは自分でもお菓子を作るんですよ」
「ご自分で? 凄いですね!」
「いえいえ、そんな下手の横好きで。アデレード様はどんなお菓子が好きなんですか?」
「なんでも好きですけど、甘ければ甘いほどいいです。何処かお勧めのお店ありますか?」
「だったらピランツェのマーブルケーキをお勧めします。私の今の一押しです。私達、月に一度自分が気に入っているお菓子を持ち寄るスイーツ会を開いているんです」
「そうなんですね。素敵ですね」
アデレードは無難ににっこり笑った。本当は楽しそうで羨ましいな、と思ったが、ここで「私もその会にいれてください」とズバッと言うほどコミュニケーション能力が高くない。
サシャ達四人は互いに呼び捨てにするほど仲良がいいし、古くからの付き合いなのだろう。
出来上がったグループに後から加わるのは難しい。
特に二月前まで学校に通っていた現役学生のアデレードはその感覚が強くある。
だが、女学生であったこともなく、そういう機知に疎いペイトンは、
「君も参加させてもらったらどうだ?」
と躊躇いなく言った。
(おーいー!)
アデレードは心の中で今日一番の叫び声を上げた。
この人は、きっと他人から拒絶されたことがないのだろうな、と思った。
だって男前で金持ちで爵位も高い。皆がチヤホヤするに違いない。選ぶ側の人間だ。
自分は女性を無差別に拒絶するくせに、それって狡くない? とも。
「えぇ、是非参加してください。次は来週末に私の屋敷で開く予定です」
幸い、ティオーナがすぐさま返してくれたので「図々しい」みたいな雰囲気にはならずに済んだが、諸々考えてアデレードはペイトンを締め上げたい衝動でいっぱいになった。
「だったら、私はピランチェのマーブルケーキを持参します」
「じゃあ、わたしも一番お気に入りのお店のにします」
ハンナとローナが続けて言う。
ティオーナからも「招待状を送りますね」と告げられたので社交辞令ではないらしい。
ペイトンの手前断れなかったのかもしれないが、こういう感じのよい人達とは是非親しくなりたいので、素直に喜ぶことにした。
しかし、やはり、
「良かったじゃないか」
ペイトンが呑気に笑うことには心底苛ついた。
ただ、ペイトンのお陰でお茶会に誘ってもらえたのは事実なので、帰りの馬車でブチ切れるのは抱いている怒りのボルテージの半分に抑えようと思った。
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