66 / 119
19-2 嫌いになる方法
しおりを挟む
▼▼▼
アデレードは朝は八時半に、夜は十九時に食事を取る。
その為、ペイトンは大体アデレードが来るより五分前に食堂に向かう。
アデレードに気を遣っているのではなく、自分の生活スタイルは元々これであり、そこにアデレードが介入している体を貫きたいため、という呆れた理由だった。
だから、今朝もジェームスとのやりとりで時間を費やしたにも関わらず、いつも通りランニングをしてシャワーを浴びてから食堂へ向かった。
案の定、時間は八時半を五分ほど過ぎた。それで「しまった!」と慌てて階下へ下りたが、部屋の前まで来ると、
(いつも僕の方が待っているのだから、たまには彼女を待たせるくらいいいんじゃないか)
と幼稚な考えが湧いた。
焦る気持ちを落ち着かせて深呼吸を一つして室内へ踏み込む。
食堂の扉は部屋の中央にあり、長方形のテーブルが入り口と並行に置かれている。
入室するとすぐにアデレードを確認できた。サラダを頬張っているところを。
「……先に食べていたのか……」
ペイトンは思わず心の声を漏らした。
確かに時刻は八時四十分になろうとしている。十分の遅刻なわけだが、自分はいつも早めにきてアデレードを待っている。
アデレードがテーブルについたら、すぐに食事を運ぶように指示しているから、メイドは自分不在でも先に用意したのだろう。
それもそれでどうかと思うが、それよりなにより「食べるのは待つだろ」という感情が脳内を支配した。
そしてそのまま脊髄反射みたいに口から溢れでた。嫌味っぽかったか、とペイトンの後悔より先に、
「五分以上も待っていたんですが!」
アデレードが語調を強めて言った。途端に背中に汗が流れる。
「……いや、違うんだ」
何も違わないのだが、ペイトンは自分の意思とは裏腹にすぐさま謝罪したい衝動に駆られて、
「その……すまない」
と実際すぐに頭を下げた。
しかし、アデレードはロールパンを引きちぎり、むしゃむしゃ食べるだけで返事をしない。
(確かに遅れてきたし嫌味を言ったことは悪かったが、普通無視するか?)
ペイトンはあっけに取られて何も言えなくなった。
アデレードはその間も、ペイトンがいないかのように食事を進める。
ペイトンはどう対処してよいかわからず、おずおず席に着いた。
メイドが食事を運んでくるが、生きた心地がしない。が、
(いや、別に僕はさほど非常識なことは言ってないだろう)
とペイトンは突如自分を奮い立たせて、渋い顔で、
「君、」
そんなに怒るようなことを僕は言ったか? と続ける前に、
「何!」
とまたしてもアデレードにひと噛みに合い、完全に戦意を喪失した。
一気に沈黙が広がる。
しかし、今度はアデレードが口を開いた。
「なんですか?」
「え?」
「なにか言いかけたでしょう?」
アデレードに詰め寄られてペイトンは目を泳がせた。
さっき発言しかけたことをそのまま口にすれば血祭りに遭うことは間違いない。
他の話題はないかと必死に探すが頭が白くなって思い浮かばない。
それでも辛うじて、
「あ、あぁ、前に君が続編を見たいと言っていた観劇のチケットが手に入りそうなんだ」
と言うことができた。
ちゃんと入手してから話をしようと考えていたから、若干バツが悪い。
「え! 本当ですか?」
しかし、アデレードが態度を軟化させたので、
(なんて現金な小娘なんだ)
とペイトンは内心悪態をつきつつ安堵した。
「あぁ、初日の昼間の公演になるが……」
観劇は夜公演をメインと考える貴族は多い。
夕方から着飾って劇場に足を運び、鑑賞後はゆったりディナーを楽しむ。
昼公演は忙しない印象がある。
特に男女のデートでは、昼間の公演を観に行くのは野暮だと嘲笑されかねない。
「ということは本当の初回公演ってことですよね。有難うございます。お礼しますね」
だが、アデレードの反応は違った。「一番乗りだ!」とは流石に口にはしないが、明らかにそういう感じで喜んでいる。
(本当に子供だな……)
あれこれ胃が痛かったペイトンは拍子抜けして、笑いまで湧き出しそうになった。しかし、
(淑女としてはあるまじき振る舞いだろう)
と敢えて自分を戒めて律した。
そうだ。どう考えてもおかしい。こんな変な人間は全くもって自分の好みではない。
そうだ。そうだ。この小娘は至る所であちこちおかしいのだから、理論的に考える為、異常な点を点数化していってやろう。
そしたら自分も冷静になれる。数値化すれば気の迷いも解消される。
ペイトンは、良案を閃いたみたいに晴れやかな気持ちになった。
これでアデレードを確実に嫌いになれるはずだ、と。
(取り敢えずは、チケットはどんな手を使っても入手しよう)
こんなに喜んでいるんだから行けなくなったら可哀想だ、と思う気持ちが何かについては一切考えなかった。
アデレードは朝は八時半に、夜は十九時に食事を取る。
その為、ペイトンは大体アデレードが来るより五分前に食堂に向かう。
アデレードに気を遣っているのではなく、自分の生活スタイルは元々これであり、そこにアデレードが介入している体を貫きたいため、という呆れた理由だった。
だから、今朝もジェームスとのやりとりで時間を費やしたにも関わらず、いつも通りランニングをしてシャワーを浴びてから食堂へ向かった。
案の定、時間は八時半を五分ほど過ぎた。それで「しまった!」と慌てて階下へ下りたが、部屋の前まで来ると、
(いつも僕の方が待っているのだから、たまには彼女を待たせるくらいいいんじゃないか)
と幼稚な考えが湧いた。
焦る気持ちを落ち着かせて深呼吸を一つして室内へ踏み込む。
食堂の扉は部屋の中央にあり、長方形のテーブルが入り口と並行に置かれている。
入室するとすぐにアデレードを確認できた。サラダを頬張っているところを。
「……先に食べていたのか……」
ペイトンは思わず心の声を漏らした。
確かに時刻は八時四十分になろうとしている。十分の遅刻なわけだが、自分はいつも早めにきてアデレードを待っている。
アデレードがテーブルについたら、すぐに食事を運ぶように指示しているから、メイドは自分不在でも先に用意したのだろう。
それもそれでどうかと思うが、それよりなにより「食べるのは待つだろ」という感情が脳内を支配した。
そしてそのまま脊髄反射みたいに口から溢れでた。嫌味っぽかったか、とペイトンの後悔より先に、
「五分以上も待っていたんですが!」
アデレードが語調を強めて言った。途端に背中に汗が流れる。
「……いや、違うんだ」
何も違わないのだが、ペイトンは自分の意思とは裏腹にすぐさま謝罪したい衝動に駆られて、
「その……すまない」
と実際すぐに頭を下げた。
しかし、アデレードはロールパンを引きちぎり、むしゃむしゃ食べるだけで返事をしない。
(確かに遅れてきたし嫌味を言ったことは悪かったが、普通無視するか?)
ペイトンはあっけに取られて何も言えなくなった。
アデレードはその間も、ペイトンがいないかのように食事を進める。
ペイトンはどう対処してよいかわからず、おずおず席に着いた。
メイドが食事を運んでくるが、生きた心地がしない。が、
(いや、別に僕はさほど非常識なことは言ってないだろう)
とペイトンは突如自分を奮い立たせて、渋い顔で、
「君、」
そんなに怒るようなことを僕は言ったか? と続ける前に、
「何!」
とまたしてもアデレードにひと噛みに合い、完全に戦意を喪失した。
一気に沈黙が広がる。
しかし、今度はアデレードが口を開いた。
「なんですか?」
「え?」
「なにか言いかけたでしょう?」
アデレードに詰め寄られてペイトンは目を泳がせた。
さっき発言しかけたことをそのまま口にすれば血祭りに遭うことは間違いない。
他の話題はないかと必死に探すが頭が白くなって思い浮かばない。
それでも辛うじて、
「あ、あぁ、前に君が続編を見たいと言っていた観劇のチケットが手に入りそうなんだ」
と言うことができた。
ちゃんと入手してから話をしようと考えていたから、若干バツが悪い。
「え! 本当ですか?」
しかし、アデレードが態度を軟化させたので、
(なんて現金な小娘なんだ)
とペイトンは内心悪態をつきつつ安堵した。
「あぁ、初日の昼間の公演になるが……」
観劇は夜公演をメインと考える貴族は多い。
夕方から着飾って劇場に足を運び、鑑賞後はゆったりディナーを楽しむ。
昼公演は忙しない印象がある。
特に男女のデートでは、昼間の公演を観に行くのは野暮だと嘲笑されかねない。
「ということは本当の初回公演ってことですよね。有難うございます。お礼しますね」
だが、アデレードの反応は違った。「一番乗りだ!」とは流石に口にはしないが、明らかにそういう感じで喜んでいる。
(本当に子供だな……)
あれこれ胃が痛かったペイトンは拍子抜けして、笑いまで湧き出しそうになった。しかし、
(淑女としてはあるまじき振る舞いだろう)
と敢えて自分を戒めて律した。
そうだ。どう考えてもおかしい。こんな変な人間は全くもって自分の好みではない。
そうだ。そうだ。この小娘は至る所であちこちおかしいのだから、理論的に考える為、異常な点を点数化していってやろう。
そしたら自分も冷静になれる。数値化すれば気の迷いも解消される。
ペイトンは、良案を閃いたみたいに晴れやかな気持ちになった。
これでアデレードを確実に嫌いになれるはずだ、と。
(取り敢えずは、チケットはどんな手を使っても入手しよう)
こんなに喜んでいるんだから行けなくなったら可哀想だ、と思う気持ちが何かについては一切考えなかった。
308
あなたにおすすめの小説
八年間の恋を捨てて結婚します
abang
恋愛
八年間愛した婚約者との婚約解消の書類を紛れ込ませた。
無関心な彼はサインしたことにも気づかなかった。
そして、アルベルトはずっと婚約者だった筈のルージュの婚約パーティーの記事で気付く。
彼女がアルベルトの元を去ったことをーー。
八年もの間ずっと自分だけを盲目的に愛していたはずのルージュ。
なのに彼女はもうすぐ別の男と婚約する。
正式な結婚の日取りまで記された記事にアルベルトは憤る。
「今度はそうやって気を引くつもりか!?」
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
私のことは愛さなくても結構です
ありがとうございました。さようなら
恋愛
サブリナは、聖騎士ジークムントからの婚約の打診の手紙をもらって有頂天になった。
一緒になって喜ぶ父親の姿を見た瞬間に前世の記憶が蘇った。
彼女は、自分が本の世界の中に生まれ変わったことに気がついた。
サブリナは、ジークムントと愛のない結婚をした後に、彼の愛する聖女アルネを嫉妬心の末に殺害しようとする。
いわゆる悪女だった。
サブリナは、ジークムントに首を切り落とされて、彼女の家族は全員死刑となった。
全ての記憶を思い出した後、サブリナは熱を出して寝込んでしまった。
そして、サブリナの妹クラリスが代打としてジークムントの婚約者になってしまう。
主役は、いわゆる悪役の妹です
さようなら、わたくしの騎士様
夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。
その時を待っていたのだ。
クリスは知っていた。
騎士ローウェルは裏切ると。
だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。
貴方なんて大嫌い
ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と
いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている
それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い
さようなら、私の愛したあなた。
希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。
ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。
「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」
ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。
ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。
「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」
凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。
なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。
「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」
こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる