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29-1 後半年の我慢
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好かれているとは感じていなかった。ただ、本気で嫌われているとは夢にも思っていなかった。
そんなはずはないのに。
花でも咲いているのじゃないか、と頭を掻きむしりたい衝動に駆られてペイトンは身悶えた。
――旦那様もそうでしたよね。
園遊会でアデレードの言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
それから、同じ? 誰と誰が? 冗談じゃない。冗談じゃないぞ、と憤りが湧いた。
だが、アデレードが嫁いできたあの日、一目見た時、確かに特筆すべきことのない凡庸な娘だ、と思った。よし、がつんと言ってやろうとも。
――私が何処にでもいる平凡な娘で、こいつには言っていいと思ったからあの発言をしたんでしょ?
どんな女性が来ても同じように拒絶した。それは断じて嘘じゃない。
けれど「問題はそこじゃない」というアデレードの歪んだ笑顔を前にして、何も言い訳ができなかった。
その通りだと思ったから。
何故あんな言葉をわざわざ選んだのか。他に告げようはあった。話し合う方法が幾らでもあった。ちゃんと婚姻前の会食に応じて、条件を擦り合わせれば友好的な関係が築けたはずだ。
友好的? いや、端からそんなつもりはなかったのだから、今の状態は自分が望んだ通りの結果だ。
良かったじゃないか。問題ない。
繰り返し考えては、その答えに帰着し、無理やり自分を納得させている。
園遊会の翌朝、どうしても顔を合わせづらくて、仕事と銘打って朝食を取らずに出かけ深夜に帰宅した。
「何を逃げ回っているんですか」
ジェームスの冷めた視線を無視し続けて。
が、いつまでも避けてはいられない。
三日経過して、ようやくペイトンは、アデレードと顔を合わせる気になった。
緊張してダイニングで待っていると、姿を現したアデレードは、
「お仕事、一段落したんですか?」
と機嫌よく笑った。
園遊会のことなどなかったように。
ペイトンは、自分一人が空回りしていることに虚しくなった。
思い返せば、アデレードは、出会った日からずっと変化がない。終始一貫している。つまり、自分に対する評価が初対面から変わっていないのだ。
アデレードにとって、恐らく自分は、ラウル・ホイエットと同じ存在だ。いきなり失言を浴びせた厭うべき人間。
いや、流石にそこまでじゃないだろう。それは酷すぎる。なんでも言うこと聞いてやっているじゃないか。
勝手に想像して、勝手に憤慨して、一人で落胆してしまう。
(馬鹿馬鹿しい。彼女は何も気にしていないのに)
そうだ。アデレードはこっちに興味はない。
白い結婚期間の残り半年を淡々と過ごして、何事もなく帰るだろう。へらへら笑って。少しの感慨もなく。
だったら、もう今すぐさっさと帰国してほしい。目の前から消えてくれ。そしたら、考えることもなくなる。忘れられる。いなくなってくれれば楽になれる。
あの女の時もそうだった。父を裏切り自分を捨てたあの女。幼い日。遠い記憶。もう顔も思い出せない。
(下らん。仕事しよう)
暇を持て余すと余計なことを思考する。幸いにして、仕事はいくらでもある。ブライダル業界への進出を模索していたから、企画を詰めるのには丁度良い。
ペイトンがこの事業に着想したきっかけは、ダミアンとクリスタの結婚式だった。
元々は新居で使用する家具や式で着用する結婚指輪、宝飾品、招待客への引出物の注文を受けていた。
それが、いつの間にか式場の手配や料理選びなど、業務外のことまで依頼されるようになった。
伝があるから応えられなくはないし、ローグ侯爵家の嫡男に恩を売っておいて損はないという打算もあり、なんだかんだと挙式自体にまで携わるようになった。
そして、この一連の代行業務を事業に起こせないか、と思案するようになった。
フォアード商会が母体となれば融通を利かせてくれる取引先は多いし、高位貴族や富裕層へ向けて個別受注をとれば集客は見込める。
一番の問題は従業員をどうするか。
フォワード商会は優秀な人間なら出自を問わず雇い入れているが、ハレの日である結婚式に出入りするのが平民だと嫌悪する貴族は多くいるだろう。
起業が失敗する可能性もあるので、あまり早期に人材を確保するのも問題があるし、兼ね合いが難しい。
いずれにせよ、まずダミアンとクリスタの結婚式を成功させる必要がある。
(後、二週間か……)
今更どうにもならないアデレードに関して無駄にあれこれ考えるよりよほど生産的だ、とペイトンはローグ侯爵家の挙式とその先にある新規事業の立上げに意識を集中させた。
好かれているとは感じていなかった。ただ、本気で嫌われているとは夢にも思っていなかった。
そんなはずはないのに。
花でも咲いているのじゃないか、と頭を掻きむしりたい衝動に駆られてペイトンは身悶えた。
――旦那様もそうでしたよね。
園遊会でアデレードの言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
それから、同じ? 誰と誰が? 冗談じゃない。冗談じゃないぞ、と憤りが湧いた。
だが、アデレードが嫁いできたあの日、一目見た時、確かに特筆すべきことのない凡庸な娘だ、と思った。よし、がつんと言ってやろうとも。
――私が何処にでもいる平凡な娘で、こいつには言っていいと思ったからあの発言をしたんでしょ?
どんな女性が来ても同じように拒絶した。それは断じて嘘じゃない。
けれど「問題はそこじゃない」というアデレードの歪んだ笑顔を前にして、何も言い訳ができなかった。
その通りだと思ったから。
何故あんな言葉をわざわざ選んだのか。他に告げようはあった。話し合う方法が幾らでもあった。ちゃんと婚姻前の会食に応じて、条件を擦り合わせれば友好的な関係が築けたはずだ。
友好的? いや、端からそんなつもりはなかったのだから、今の状態は自分が望んだ通りの結果だ。
良かったじゃないか。問題ない。
繰り返し考えては、その答えに帰着し、無理やり自分を納得させている。
園遊会の翌朝、どうしても顔を合わせづらくて、仕事と銘打って朝食を取らずに出かけ深夜に帰宅した。
「何を逃げ回っているんですか」
ジェームスの冷めた視線を無視し続けて。
が、いつまでも避けてはいられない。
三日経過して、ようやくペイトンは、アデレードと顔を合わせる気になった。
緊張してダイニングで待っていると、姿を現したアデレードは、
「お仕事、一段落したんですか?」
と機嫌よく笑った。
園遊会のことなどなかったように。
ペイトンは、自分一人が空回りしていることに虚しくなった。
思い返せば、アデレードは、出会った日からずっと変化がない。終始一貫している。つまり、自分に対する評価が初対面から変わっていないのだ。
アデレードにとって、恐らく自分は、ラウル・ホイエットと同じ存在だ。いきなり失言を浴びせた厭うべき人間。
いや、流石にそこまでじゃないだろう。それは酷すぎる。なんでも言うこと聞いてやっているじゃないか。
勝手に想像して、勝手に憤慨して、一人で落胆してしまう。
(馬鹿馬鹿しい。彼女は何も気にしていないのに)
そうだ。アデレードはこっちに興味はない。
白い結婚期間の残り半年を淡々と過ごして、何事もなく帰るだろう。へらへら笑って。少しの感慨もなく。
だったら、もう今すぐさっさと帰国してほしい。目の前から消えてくれ。そしたら、考えることもなくなる。忘れられる。いなくなってくれれば楽になれる。
あの女の時もそうだった。父を裏切り自分を捨てたあの女。幼い日。遠い記憶。もう顔も思い出せない。
(下らん。仕事しよう)
暇を持て余すと余計なことを思考する。幸いにして、仕事はいくらでもある。ブライダル業界への進出を模索していたから、企画を詰めるのには丁度良い。
ペイトンがこの事業に着想したきっかけは、ダミアンとクリスタの結婚式だった。
元々は新居で使用する家具や式で着用する結婚指輪、宝飾品、招待客への引出物の注文を受けていた。
それが、いつの間にか式場の手配や料理選びなど、業務外のことまで依頼されるようになった。
伝があるから応えられなくはないし、ローグ侯爵家の嫡男に恩を売っておいて損はないという打算もあり、なんだかんだと挙式自体にまで携わるようになった。
そして、この一連の代行業務を事業に起こせないか、と思案するようになった。
フォアード商会が母体となれば融通を利かせてくれる取引先は多いし、高位貴族や富裕層へ向けて個別受注をとれば集客は見込める。
一番の問題は従業員をどうするか。
フォワード商会は優秀な人間なら出自を問わず雇い入れているが、ハレの日である結婚式に出入りするのが平民だと嫌悪する貴族は多くいるだろう。
起業が失敗する可能性もあるので、あまり早期に人材を確保するのも問題があるし、兼ね合いが難しい。
いずれにせよ、まずダミアンとクリスタの結婚式を成功させる必要がある。
(後、二週間か……)
今更どうにもならないアデレードに関して無駄にあれこれ考えるよりよほど生産的だ、とペイトンはローグ侯爵家の挙式とその先にある新規事業の立上げに意識を集中させた。
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