逢魔の霧

kawa.kei

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11周目①

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 「――っ!?」

 勢いよく顔を上げる。 さっきまでの割れるような頭痛はない。
 それでも余韻は残っており、嫌な汗がどろどろと流れる。
 一体あれは何だったんだ。 何が起こったのかすらさっぱり分からない。 霧が深くなって無数の羽音とあの声。 最初は耳障り程度だったのに気が付けば頭痛がして最後には動けなくなった。

 恐らくだけど長時間聞いていると命に係わるのだろう。 あんなのが現れるなら隠れるのは論外だ。
 実質、やり過ごす事が完全に不可能になった。 街中であれなのだ。 民家に隠れたとしても寄ってくる可能性が高い。 かと言ってホテルに引き籠るのも現実的じゃなく、深夜まで居座っているのだから客室に隠れたとしても見つかりかねなかった。

 つまりは助かるにはここから逃げる以外の選択肢が封じられたのだ。
 あぁと頭を抱えた。 死ねば死ぬほど選択肢が狭まり、絶望が深まる。 窓から外を見ると今となっては忌々しいとさえ感じる風景が広がっていた。 

 正直、手詰まり感が半端ない。 試していないのは北と線路の二ヵ所。
 もうそれに賭けるしかないけど、望みが薄い事もあって優先度は低かった。 最大の問題である距離をどうにかしないと轢き殺されるリスクが高い。 とりあえず自転車で距離を稼いで――そこでふと気が付いた。

 向かいの席にいる男子――座間だ。 何故か早々にコンビニに向かって豪快に万引きして消えた。
 気にはしていたけど隠れる事を優先していた事もあって放置していたけどあいつの行動はおかしい。
 まるでこれから何が起こるのかを知っているみたいだった。 

 ……もしかしてこいつもやり直している?
 
 可能性としてはあり得なくはないけど見た限り同じ行動を繰り返しているように見えたので、記憶が残っているのかは微妙だ。 それでも何かを知っているかもしれない。
 どの道、手詰まりが近いので何かしらの突破口を探る意味でも当たって見るべきだ。

 もう藁にも縋る思いだけどこの街から出られる可能性がゼロとは思いたくない。
 僅かでも望みがあるなら試すべきだ。 私は座間がホテルを出るタイミングで捕まえようと決めて目的地へ着くまでぼんやりと霧の街を眺め続けた。


 ホテルのフロントで待っているといつも通りのタイミングで座間が下りて来たのが見える。
 
 「座間」
 「――遥香?何か用か?」

 私が声をかけると座間は大きく眉を顰めていた。 その表情にはやや探る様なものが見える。
 元々、碌に会話した事がない相手だ。 唐突に声をかけられたらこんな反応になるかもしれない。
 
 「ちょっと聞きたい事があるんだけど?」
 「……悪いが急いでる。 後にしてくれないか?」
 
 座間はわざとらしく腕時計に視線を落として迷惑といったアピールをしていたけど、こっちにも都合があるので知った事じゃない。 

 「なら歩きながら話さない? コンビニでしょ?」
 
 それを聞いて座間の表情が露骨に変わる。 明らかに警戒が混ざり始めたからだ。
 私としてはさっさと用件を切り出したいので、行こうと歩き出すと座間は何ともいえない表情でついて来た。

 「――で? 話ってなんだ?」
 「その前に確認したいんだけど座間は今回何周目?」
 「は? 何の話だ?」

 惚けている可能性も考慮してその慎重に表情を探るけど反応を見た限り私と違って繰り返している感じじゃない。 やっぱり私だけなのか?
 分からないけど同じ境遇じゃないならその行動の理由を聞いておきたい。

 「私も余裕ないからストレートに聞くけど、座間はこの後に何が起こるか知ってるんじゃない?」
 「……お前、いきなりなんだ? 何で俺にそんな話をする?」
 「いいから答えて」
 
 座間は完全に警戒の表情だ。 それを見てしまったと失敗を悟る。
 余裕がなさすぎでちょっと押しすぎた。 どうしよう。 こいつに知っている事を吐かせないとまた殺される。 ぐるぐると思考が纏まらない。 私は座間の肩を全力で掴む。

 「――お願い」
 
 座間は足を止めて肩を掴む私の手を見て、顔を見て、溜息を吐いた。

 「まぁ、事情はよく分からんが必死なのは分かった。 取りあえず、俺に絡んだ理由から説明してくれないか?」
 「多分、あんたは信じない」
 「それは聞いてみないと分からんだろうが」
 「――分かった。 私はこの時間を何度も繰り返しているの――」

 迷っている時間も惜しかったのでいきなり結論から入った。
 驚く座間を無視して淡々とそして短く私の身に起こった事を話し、その過程で座間の行動に不審な点を感じて声をかけた所で口を閉じる。 座間は黙って聞いていたけど納得したかのようにふむと頷く。

 「何度も繰り返してるっていうんならそれを試させてくれ。 俺はこの後にどうなる?」
 「コンビニで万引きしてた。 後は知らない」
 「……なるほど」
 「どう? 信じる気になった?」
 「あぁ、やるつもりだったから信じざるを得ないな」
 
 座間の表情から警戒が抜ける。 その反応に内心で胸を撫で下ろした。
 どうやら話してくれる気になったようだ。 

 「そっちの話にも興味があるけど、こっちの話を先にするか。 お前、この街に関してどこまで知ってる?」
 「しおりに書かれている事以外はよく分からない。 特産品とか名所とか軽く調べたけど大した事は書いてなかったから……」
 「――だろうな。 この街って別の意味では有名な場所なんだよ」
 「別の意味?」
 
 聞き返すと座間はやや大げさに肩を竦める。

 「神隠しに遭うって噂の心霊スポットだ」

 神隠し? 普段なら馬鹿らしいと鼻で笑う所だけど、この街の現状を見れば納得できる点も多い。
 要するに神隠しというのは人が消える心霊現象だ。 つまりはこの街から人が消えたのではなく、私達が人のいないこの街に迷い込んだと考えれば筋は通る。

 この端境町は立地の悪さもあって人があまり寄り付かない場所ではあったけど、遡れば歴史のある土地らしく。 調べれば様々な伝承が存在する。
 
 「正確な年数までは知らんが、1600年代――江戸時代ぐらいの頃にはこの街の前身となる集落があったらしい」
 「それが何の関係が――」
 「いいから聞け」

 その頃にも奇妙な噂が絶えなかったらしい。 
 曰く、人が姿を消した。 
 曰く、山中で村人が惨殺死体となって発見された。
 曰く、木々の隙間に異形の影を見た。

 「簡単に言うとここは昔からそういった怪奇現象の噂に事欠かなかったんだとさ。 ――で、ここからが本題なんだが、さっき挙げた噂な。 三つ目は見間違い、二つ目は熊などの獣の仕業で固まっていたんだが、最後の一つ――人が消える現象だけは説明が付かなかったんだとさ。 失踪と考えられた事もあったらしいが、当時から見ても姿を晦ます理由のない奴まで不自然に消えるものだから最後まで疑問が残ったんだとさ。 まぁ、俺もそこまで信じちゃいないがこの話には続きがあってな。 その神隠し、今でも続いてるらしい」
 「どういう事?」
 「俺も聞いた話だから信憑性に関しては保証しないが、県内でもこの近辺での捜索願の提出量が異常なんだとさ」
 「行方不明者が多いって事?」
 「あぁ、それだけなら消える奴が多いだけで済む話なんだが、面白い事に帰ってきた奴がいたんだ」

 座間の話は怪談としては面白いのかもしれないけど、興味を惹かれない。
 それでも帰ってきたというワードに私の期待感は大きく高まった。
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