逢魔の霧

kawa.kei

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18周目

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 最初に私の頭を吹き飛ばしてくれた存在の正体という嬉しくない情報を得たけど、それ以上に収穫はあった。 放送の効果はまだ不明だけど、バスガイドは脅せば動く。
 その後の反応を確認できなかったのは惜しいけど、突破口としては見込みがある。

 今後はその方向性で行くとしよう。 問題としては強い抵抗を示した座間を納得させる手間が――

 「――え?」

 ――私は目の前の光景に思わず声を漏らす。 
 それ程までに衝撃的だったからだ。 視線の先は通路を挟んで向かいの席。
 座間が座っているべき場所だ。 そこに居るべき人物がいない。
 
 要は座間が消えていたのだ。 
  背筋がさっと冷え、思わず座間の隣の席に座っている芹原に詰め寄った。

 「座間はどこ?」
 「は? え? あ、あれ? 座間の奴どこ行った?」

 芹原は今気が付いたといった様子で困惑を露わにする。
 お前、さっきまで隣にいただろうが、何で気が付かないんだこの間抜け! 
 同じ消えるならお前が消えるべきだろうがと呪いの言葉が胸中に渦を巻くが吐き出さずにぐっと堪えた。

 その後は大騒ぎだった。 何せいきなり座間が消えたのだ。
 同時に御簾納が居なくなった事も明らかになり、楢木も慌てていたけど位置的に引き返す事も難しい上、圏外なのでスマホも使えない。 結論としては一度、ホテルで私達を下ろしてから戻る事となった。 

 一応、私は今すぐに戻るべきだと主張したけど、聞き入れられることはなかった。
 分かり切った結果だったので特に失望は感じないけど、座間が居なくなった事に私は大きなショックを受けていた。 何だかんだと力を貸してくれた彼を蔑ろにした罰なのだろうか?

 そんな考えが脳裏を過ぎるけど、居なくなってしまった以上は私一人でやるしかないのだ。
 脅迫を選択肢に入れ、クラスメイトの犠牲を許容する事を決めた時点でもう手段を選ばない。
 どんな手を使ってでもこのクソみたいな街から出て行ってやる。 

 その為ならどんな犠牲も必要経費と支払ってやろう。 
 そんな気持ちで尚も収まらないざわめきから目を逸らした。 


 御簾納に続いて座間が消えた。
 これが何を意味するのかは分からない。 本当に順番に消えるのだろうか?
 
 消える為の条件は何なのか? 座間はこの街から脱出できたのではないかと語ったが、前回の座間の様子を見る限りその線は薄い。 何せ何周も一緒に居たのだ。
 何かしらの条件を満たしたのなら私が気が付いてもおかしくない。 それにいくら思い返しても座間が決定的な行動を起こしたようには思えなかった。

 ――不意に嫌な考えが脳裏を過ぎる。

 もしかして記憶を持ち越す代償に私だけは出られなくなっている?
 そんな馬鹿なと思うけど、それを否定できる程の材料はなかった。 
 仮に本当だったとしても認める訳にはいかない。 それを認めてしまえば私は――
 
 
 座間が居なくなった事で私は行動を大きく見直さなければならなかった。
 やる事は変わらないけど、一人と二人では行動の幅が大きく縮まる。
 バスガイドを脅すにしても一人では難しくなるだろう。 それでもやるしかなかった。

 生きてこの地獄から出る為にできる事をやるのだ。
 私は前回と同様に包丁を持ってバスガイドを脅迫に向かった。
 今回は座間がいない以上、正面から行く必要がある。 前回と同様に尋ね、顔を出したタイミングで首に包丁を突き付けた。

 ここまでは前回と同じ流れではあったけど――

 「ね、ねぇ、冗談なら止めて。 話しなら聞くから、ね?」
 「申し訳ないんですけど説明してる時間が惜しいんです。 頼みを聞いてくれたら危害は加えません」
 「た、頼み?」
  
 視線があっちこっちに彷徨っており、明らかに逃げ場を探している。
 座間が入れば行動を完全に抑えられるので、一人の不便さに苛立ちが募り理解力に乏しく思い通りにならないバスガイドの態度にも苛つかされる。
 
 思い通りにならない事だらけだったけど、それでも進んでいる。
 突破という目的に近づいていると思っていたからこそ頑張れたのだ。
 ――にもかかわらずこの状況は何なんだ?

 折角得た座間という協力者を奪われて目標から大きく後退する事となった。
 その事実は私の神経を大きく蝕んでいる。 自覚はあるのにどうにもならない。
 感情をぶつける事は簡単だけど、それをやって失敗したら元も子もないのだ。

 「はい、下の放送設備を使ってクラスの皆を誘導して欲しいんです」
 「どうして? そんな事なら自分でやればいいじゃない!」
 「大きな声を出さないで貰えませんか? 私じゃ誰も動かないからこうして頼んでいます。 いいから黙ってやってください」

 私はこれ以上の反論は許さないと包丁を突き付けたけど――不意に突き飛ばされた。
 油断していたつもりはなかったけど、慣れない事をした所為か脇が甘かったのかもしれない。
 尻餅ををついてしまい、大きな隙が出来たと同時にバスガイドは悲鳴を上げながら階段へと逃げて行った。 

 ……失敗した。

 こうなってしまった以上はリカバリは難しい。
 バスガイドを利用するのは諦めるしかなかった。 何をやっているんだと内心の苛立ちをぶつけるように包丁を壁に投げつけた後、階段を駆け下りてホテルから飛び出す。

 当初のプランが失敗に終わったので、今回は突破の目が完全に消えた。
 私は半ば自棄のように当てもなく霧の街を走り続ける。
 どうすればいいのかさっぱり分からない。 思考も同様に霧に包まれた私は体力の限界で息を切らせながらその場で立ち止まる。 ぜいぜいと荒い息を吐くけど、もう無理に整える必要もなさそうだ。

 何故なら背後からガラガラと音が響き、それが凄まじい勢いで近づいているからだ。
 私は特に動かず鼻で笑う。 自分でも驚く程に歪んだ声が出た。
 
 「……取りあえず、次はもっとしっかりと脅さなきゃ――」

 半端な事をするからこうなるんだ。
 ぐしゃり。 霧を突っ切るように現れた火車に踏み潰され私の意識は消え去った。
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