Intrusion Countermeasure:protective wall

kawa.kei

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第594話

 「――っ!?」

 思わず息を呑み、ややあって吐き出す。 アバターだというのに呼吸が乱れる。
 脳裏には一瞬前まで繰り広げられた地獄のような光景とそれに纏わる者達の様々な感情が広がり、本当にこれはゲームなのかという疑問が――

 ――あれ?

 ヨシナリはユニオンホームではっと我に返った。 
 時間を見ると深夜。 いつの間に戻って来たんだろうかと記憶を掘り返すと徐々に思い出してきた。
 確かマルメル達を倒した後、エリア移動していくつかのチームを撃破して――

 「あぁ、畜生。 負けたんだった」

 スコアが一定数を越えた所で行けるようになった新しいエリアで特殊エネミーの群れに襲われたんだ。
 スペックもカミキリムシの比ではない厄介な相手で、とにかく数で圧してきた。
 あれは無理だ。 単純に処理ができない戦力をぶつけられて当然のように負けたとしか言いようがない。

 もう少ししっかりと思い出そうとしたのだが何故か頭がぼんやりとしていて疲労感が酷かった。
 加えて喉の奥に何かが引っ掛かっているような違和感。 
 まるで泣きはらした後のような、怒りを吐き出した後のような奇妙な感覚が僅かに尾を引いていた。

 ――負けて悔しいからって我ながら感情的になり過ぎだな。
 
 今日の所は寝るかとウインドウを操作しようとして手を止める。
 メッセージが来ていたからだ。 何だと開けると珍しい相手からだった。

 一度、直接会って話がしたい。 頼みがあるとの事だったが、今日はもう遅いので明日だな。
 ヨシナリは相手に明日会おうと返事を送ってそのままログアウト――しようとしたのだが即座に返事が来た。 凄まじい速さでほぼノータイムだった。

 内容は今から頼むとの事。 
 
 「いや、必死過ぎないか?」

 それだけ深刻な内容という事だろうか?  
 まぁ、いいかと了承の返事を送り、入る許可を貰いウインドウを操作して移動した。


 移動先はとあるユニオンホーム。 
 構造は縦に細長い廊下で扉が等間隔に並んでいる。
 
 「えーっと03号室だったか?」

 指定された番号が振ってある部屋をノックすると中から応答があった。
 そのまま中に入ると甚兵衛を着た青年と中年の間のような男性型のアバターが出迎える。
 
 「よく来てくれた。 さぁ、入ってくれ」

 促されるままに中に入るとそこは五畳ぐらい広さの畳が敷かれた和室といったデザインの部屋だった。
 用意していたらしい座布団に座り相手と向かい合う形となる。

 「ど、どうもです。 直接、話すのは初めてですかね。 ヨシナリです」
 「こんな時間に無理を言って来てくれた事に感謝する。 モタシラだ」

 モタシラ。 『烏合衆』所属のAランクプレイヤー。
 ほぼ剣技だけであのふわわを仕留めた実力者だ。 
 正直、ヨシナリはモタシラの剣術に興味があった。 

 経験と才覚によって成立している面もあるが、その根本にあるのは合理だ。
 つまり最終的には誰にでも扱える事を目指した形。 
 だからヨシナリは彼の技術を少しでも学べればと思っていた。
 
 「時間も時間だ。 本題から入らせて貰っても構わないか?」
 「はい、どうぞ」

 一体何なんだと思っていたが、モタシラの雰囲気から嫌な予感がした。
 
 「俺はリアルでは剣術の道場のような物をやっている。 ――正確には実家がそうなんだが」
 「そうですか」

 特に驚きはない。 
 あの剣を見ればかなりやってるだろうなと思っていたので寧ろ腑に落ちた。
 
 「先日の事だ。 道場に客が来た」
 「はぁ」

 相槌を打つが話が何処へ向かっているのかが分からない。 
 ここはICpwなのでてっきりゲーム関係の話かと思ったのにいきなりリアルの話をされてもヨシナリとしては何を言っているんだこいつはとしか思えなかったからだ。

 「女の二人組で道場の見学がしたいと事前に連絡を受けていたのでそこは問題なかった」
 
 ヨシナリは相槌を打ちながら首を捻りそうになったが、女の二人組というワードに段々と背筋が寒くなって来た。

 「片方の中学生ぐらいの娘は特に問題はなかった。 問題はもう一人の方だ」
 
 モタシラの声が少し震えている。 ヨシナリもそれが感染ったのか何故か体が震えた。
 
 「美しい女ではあったが、目が、目がまるで獲物を狙う肉食獣のようで本音を言えば恐ろしかった。 ――それを感じていたのは俺と俺の親父だけだったようで、他はそうでもなかったようだ。 で、それに気づかないウチの数少ない門下生が鼻の下を伸ばして声をかけたのだが、女は待ってましたと言わんばかりに一手ご教授願いますと申し出て来たんだ。 俺はその時点で嫌な予感がしていた」
 「奇遇ですね。 俺も嫌な予感しかしません」

 付け加えるならその場にいなかった幸運に感謝したい。
 
 「止めたかったが、止められる理由がなかったので許可を出すしかなかった」

 ――止めたかったんだろうなぁ。

 「門下生は叩きのめされたよ。 そして剣の扱いを見てその正体も分かった」
 「ふわわさんですね」
 
 違って欲しいと思いたかったが、状況的にそうとしか考えられない。
 モタシラは顔を覆って頷く。 

 「あの女は何なんだ? 門下生の動きから俺の正体――恐らくは探し物を見つけたといった様子だった。 あの女は俺を探していたんだ」
 
 ヨシナリは絶句するしかなかった。 特定して直接行ったのか。
 本音を言えばヤバい女だという事は何となく分かっていたつもりだったが、ここまでとは思わなかった。 恐らく連れの中学生ぐらいの娘はシニフィエだろう。
 
 「あの人は一体、何をやっているんだ?」

 いくら何でもライン越え過ぎだろう。

 「表向きの理由はウチの剣を学びたいという事だった。 恢道かいどう流は元々、VRゲームを意識した育成で成功している道場という事もあって最初は軽い気持ちで受けたんだが、今では心底後悔している」
 「あー、具体的に何が問題なんですか? 一応、体裁は整っているんですよね?」
  
 我ながらくだらない質問をしていると思っていたが、話を進めるのは必要なプロセスだった。

 「あぁ、だから追い返せない。 ――あの女は人間なのか? 俺を見る目が餌を見る肉食獣のそれだった。 あんな目に日中晒され続けるんだぞ? 頭がおかしくなりそうだ」
 「ご愁傷様です。 恐らくですが、ふわわさんの琴線に触れてしまったんでしょう。 多分、悪気は一切ないと思いますよ」

 これは本音だった。 彼女は負けた腹いせに嫌がらせをしようなどとはまず考えない。
 恐らくモタシラの強さに興味があり、建前通りに学びに来たのだろう。
 だが、負けた悔しさもあるので、勝負して借りを返したいといった気持ちが前に出てそんな感じになっているのだ。 きっとそのはずだ。

 「あぁそうだろうな! だから猶更に性質が悪いのだ!」
 
 モタシラはヨシナリの両手を縋るように掴む。

 「頼む! 助けてくれ! あの女を俺の視界から消してくれるのなら、できる限りの事はする!」

 Aランクプレイヤーで大抵の事には動じないとベリアルとユウヤが評価したモタシラが、他人に縋るほどに追いつめられている。 彼の声には紛れもない恐怖が宿っていた。
 
 ――これ、どうすればいいんだ?
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