悪魔の頁

kawa.kei

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第24話

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 「ま、待ってくれ! 謝る、謝るから見逃して――」
 「会話ができない屑は死んでろ」

 学生服をだらしなく着崩した少年が顔面を掴まれながら命乞いの言葉を吐き出すが、男は一切の聞く耳を持たずに焼き尽くした。 炎によって少年は瞬く間に炭化し、単なる隅の塊へと変化する。
 男はゴミかなにかのように少年だったものを投げ捨てた。

 持ち主が居なくなった事により、魔導書が男の物へと統合される。
 厚みを増した魔導書だったが、明らかに二冊分ではなかった。
 それもその筈で男の周囲には四人分の炭化した死体が転がっていたからだ。

 宇治守うじがみ 慈照じしょう
 それが男の名前だった。 年齢は二十七で職業は消防士。
 両親からは名前の通り他者を慈しみなさいと言われ、途中まではその教えを守ろうとはしていたが様々な人々との摩擦を経験した彼はある日唐突に理解した。 世の中、何をしても無駄な人間がいるという事を。

 薄汚い悪意を垂れ流し、他者に害しか与えず、会話も成立しない。
 世の中にはそんなどうしようもない人間とは思えないが人間と同じ形をした生き物が一定数棲息している。
 職業柄、彼は様々な悲劇に立ち会い、死に瀕した人を救った事もあった。

 見返りを求めている訳ではないが、助けた人々に涙ながらに感謝されるのは悪い気持ちはしない。
 逆にさっさと助けろよと悪態を吐く者も一定数存在した。 それに関しても同様だ。
 別に助けてやったとも思っていないので、悪態を吐くなら好きにすればいい。 

 だが、それに対して不快に思うか否かはまた別の問題だった。
 命の危機に瀕した時、人の本性は浮き彫りになる。 そんな言葉をどこかで聞いた事があるような気もするが、至言ではないかと思っていた。

 大火傷を負いながらも自らの子を案ずる親、逆に子供を見捨てて逃げて来た親。
 親を必死に助けようとする子、助けないどころか火をつけて焼き殺そうとする子。
 世の中は突き詰めれば非常にシンプルだ。 白か黒、「そう」か「そうでない」か。

 要は屑か屑ではないかの二択だ。 だから彼は常々思う事があった。
 彼の価値基準での屑はそのまま火にくべてしまえばいいのではないのかと。
 どうせ生かしておいても碌な事をしない。 だったら炎によって浄化するべきではないか?

 その考えは非常に危うく、人を助ける事が本領の消防士には適さない考えだった。
 流石に社会常識を持ち合わせている彼がその考えを表に出す事はなく、死ぬまでそうなるはずだったのだが、この社会のルールが通用しない状況において彼の抑圧された狂気がゆっくりと鎌首をもたげるように顔を出したのだ。

 繰り返しになるが彼の判断基準はシンプルで、屑か屑でないか。
 この迷宮を徘徊する怪物は人を問答無用で襲うのでそれ以前の問題だ。
 つまりは駆除するべき害獣。 ならば人間はどうかだ。

 彼がここに来てから少し経った頃だ。 ガラの悪い四人組の少年に絡まれた。
 表情には数による有利もよる余裕と、これから慈照を痛めつける事によって発生する愉悦への期待が隠しきれていない。

 彼等は慈照を取り囲むと魔導書をチラつかせ、寄越せと恫喝して来たのだ。
 一応、話し合いでの解決を試みはした。 

 ――脅すのは良くない。 助け合うべきだ。 それができないなら不干渉でいるべきだと。

 彼等は慈照の態度を弱腰と判断したのかその主張を口々にくだらないと馬鹿にし、世の中は力こそが正義で弱い奴は淘汰されるべきだと覚えたての言葉のように繰り返した。
 慈照は納得して大きく頷く、それだけ聞ければ充分だ。 彼の中で少年達は救いようのない、救う価値のない屑だと決定する。 

 「最後に聞きたいんだが、君達は会話ができないって事でいいんだな?」

 最終警告だ。 それに少年達はゲラゲラと下品に笑い「おっさんビビってんの?」と返した。
 慈照は素晴らしい答えだと感心した。 これだけで会話が成立しないと確信できたからだ。

 屑は人の形をしているが人間ではなく、人間の振りをするどうしようもない生き物だ。
 こんな生き物を野放しにするとはこの国の未来を憂うばかりと少しだけ遠い目をして彼は魔導書の力を開放した。 

 ――<第三レメゲトン:小鍵アルス・パウリナ 64/72フラウロス> 

 第三位階により彼の体は炎に包まれ、炎を操る術を手に入れたのだ。
 手始めにやたらと顔を近づけてやたらと臭い息を吐きかけて来る少年の顔面を掴んで焼き殺した。
 少年は顔面どころか脳まで焼かれて即死。

 次に一番早く反応し、魔導書を使おうとした少年を腕を振るう事によって発生した炎で焼き殺す。
 上半身が瞬時に炭化して即死した。 散々、殺すぞと恫喝して来た彼等だったが、本当の殺し合いになるとは思っておらず、同時に自分達が死ぬとも思っていなかったのか突然の仲間の死に僅かに硬直する。

 だからと言って慈照がそれを見逃すはずもなく、三人目も同様に焼き殺した。
 最後の一人が慌てて魔導書の第五位階を使おうとするが、使用の直前に殴り飛ばす。
 少年は殴られて、炭化した頬を押さえながら零れ落ちた魔導書を拾おうとするがそれよりも早く慈照がその顔面を掴んで掴み上げる。

 少年は必死に命乞いするが、慈照はまったく聞き入れずにそのまま焼き殺す。
 これで四人。 本来なら殺人に対する罪悪感の一つも感じる筈なのだが、慈照の胸にあったのは爽快感だけだった。 まるで胸の閊えが取れたかのようだ。
 
 自身の気持ちに僅かな驚きはあったが、同時になるほどと納得できる部分もあった。
 殺しても何も感じない。 つまりあの連中は人間ではなかったのだ。
 人間ではない生き物を殺しても心が痛む訳がない。 何故なら虫を殺しても心が痛まないのと同じで、心がそれを当然するべき事と認識している事に他ならないからだ。

 あぁ、まったくもって素晴らしい。 自分は何でこんな簡単な事を我慢していたのだろうか?
 害虫は駆除するのが常識なのにそれを放置するなんて怠慢だと今までの自分を恥ずべきものだとすら思っていた。 だが、迷いが晴れた今の自分なら全てにおいて正しい選択ができる。

 彼は根拠なくそう確信していた。 

 ――行こう。

 この先には慈照の助けを待つ人々と、人の皮を被った害虫、そして迷宮を徘徊する怪物という名の害獣が居るのだ。 人を救う事を生業としている以上、やらないという選択肢はない。
 黒を全て消し去って盤面を真っ白にするのだ。 そうすれば誰にとっても幸いな結果になる。

 慈照はそう確信して迷宮を進み始めた。
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