悪魔の頁

kawa.kei

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第31話

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 ターゲットとの距離は約五十メートル。
 絶対に当てられる。 苅谷は弓を全力で引き、放つ。
 腐食毒を内包した矢は真っ直ぐに目標へと向かって飛ぶ。 完全に捉えた。 外す訳がない。

 矢はターゲットの頭部に吸い込まれるように――空を切った。

 ――!?
 
 苅谷は馬鹿なと目を見開く。 外したのではなく、首を傾けて躱したのだ。
 はっきりと見えている訳ではないが、明らかに背を向けた状態だった。
 後ろに目が――いや、この視界が悪い中で付いていても無理だ。

 だったら何故躱せる? あれは偶然ではなく、反応して躱したとしか思えない挙動だった。
 動揺は大きかったが、やる事には変わりはない。 
 一矢で決まらなかったのなら二の矢を放つだけだ。 苅谷は再度矢をつがえて構えるより早く、周囲の異変に気が付いた。

 いつの間にか苅谷を囲むように何かが現れる。 人間ではなく、異形の怪物だが、この迷宮を徘徊している個体群ではなく召喚された悪魔だ。 これは感覚的なものではっきりとした根拠はないが、これまでに遭遇した怪物達は単独で群れを作るような行動は一切取らなかった。 

 だが、苅谷を取り囲む異形達は明らかに一つの意思を持って彼を包囲している。
 それは共通の目的があるか何者かに使役されているかのどちらかである可能性が高い。
 前者は群れない事から考え難く、消去法で自然と後者になる。 つまり彼を取り囲んでいるのは悪魔で標的にしていた男が使役している可能性が高い。

 接近に気が付かなかったのは壁に張り付いていたからだ。
 恐らく、尾行中に何度か魔導書を使っている素振を見せていたのでその時に呼び出して伏せていたのだ。 狩るつもりが罠にかかって狩られる側に回った。
  
 苅谷は生粋の狩人という訳ではないが、自分がやろうとした事を逆にやられてた事に対しての動揺は大きい。 それにより、思考が一瞬ではあるが空白になる。

 「正直、お前みたいな奴は大歓迎だ。 何せ、見極める必要がないからな」

 不意に闇の向こうから声が聞こえる。 そして魔導書を使用したのか全身に炎を纏った男が闇を払うように近づいて来た。 それにより男を中心に周囲が明るくなる。
 苅谷は内心で詰んだとほぼ確信していた。 何故なら、彼の周囲を取り囲む悪魔は四体。

 そして男は魔導書の第三位階を用いて悪魔との融合を果たしているのだ。
 つまり目の前の男は最低でも五冊の魔導書を保有している。
 炎を纏った男は人間にはとても見えず、魔人と形容するに相応しい姿だった。

 苅谷は勝ち筋、少なくとも逃げる算段を整えるまでの時間を稼ぐ意味でもカラカラに渇いた口内に僅かに残った唾を呑み込み、必死に突破口を探る。
 
 「ひ、一つ聞きたい。 何故、俺の存在に気が付いた?」

 考えろ、喋りながら考えるんだ。 正面に男、周囲は四体の悪魔。
 撃破を狙うなら男の殺害を狙うべきだが、苅谷は自身の悪魔の性能をしっかりと把握していた。
 『14/72レラジェ』の本領は毒矢による奇襲だ。 つまり狩人であって戦士ではない。

 そして目の前の男が纏う炎の悪魔は明らかに戦士。 直接戦闘に特化しているのは想像に難くない。
 この距離で殴り合えば間違いなく数秒で殺される。
 だからこそ質問で意識を逸らしつつ突破口を探る事にしたのだ。

 ――頼む。 乗れ、乗って来い。

 嬲るタイプには見えなかったが、こそこそと隠れていた相手を引き摺り出したのだ。
 多少は得意になって余裕を見せる。 いや、見せてくれと祈るような気持ちで疑問を投げかけた。
 彼の祈りが通じたのか、男は僅かに目を細める。 
 
 ――確かに彼は苅谷の思惑通りに会話には乗ってくれた。

 だが、その口から放たれた言葉は彼の想像の斜め上だった。

 「お前、さっき一人殺しただろ? リーマン風の男だ」
 「……は?」

 てっきり彼の奇襲を見破った仕掛けを得意げに語ると思っていたのでこの返しは想定していなかった。
 それ以前に何故、彼が一人仕留めた事を知っているのか?
 魔導書のページ数で判断したのだろうと思うが、殺した相手の特徴まで言い当てたのはどういう事だ?

 男の意図が分からず、苅谷は突破口を探るという目的も忘れて相手の思考を読み取る事に意識を裂いてしまった。 男は淡々と続ける。
 
 「俺は常々思っていた。 自らの都合、欲望を満たす為に非がない人間を一方的に攻撃できる奴は何なんだろうなって」  
 
 男は視線を僅かに上げる。 その視線は苅谷ではなく、どこか遠くを見ているようだった。
 普段の苅谷ならその出来た隙に喰らいつくはずだったが、男の言っている意味が理解できずに硬直してしまう。

 「答えはちょっと考えれば分かる事だ。 そう、屑だ。 高度な意思疎通と言う人間に備わっている最大の能力を放棄し、飢えた獣のように弱者から奪おうとする。 あぁ、生きる為ですらなく、自らの愉悦の為だから獣以下の畜生だな。 そんな連中に生きている資格は――まぁ、なくはない。 ただ、人間として生きる価値はないと俺は思っている。 分かるだろう?」

 男はさも当然の事実、まるで常識を語るように同意を求めるが、苅谷にはさっぱり理解できなかった。
 質問に対する答えになっていない。 男の言葉をそのまま借りるならお前こそ意思疎通のできない畜生なのではないかといった考えがふっと浮かぶが口に出す度胸はなかった。

 「で、お前は何の罪もない、他者に害を与えたかも定かではない男を一方的に嬲り殺しにした。 そしてそれだけでは飽き足らず、俺も殺そうとした。 ――後者に関しては割とどうでもいい。 ただし、前者に関しては――あぁ、そういえば質問に答えていなかったな。 所詮は会話もできない屑畜生と思って言いたい事だけ言ってしまった。 俺も反省しないとな」

 ヤバい。 目の前の男を一言で形容するとこうだ。
 冗談抜きで精神異常者だと苅谷は確信した。 逃げないと殺される。
 だが逃げ場は何処だ? いや、そんな事を言っている場合ではない。
 
 取り囲んでいる悪魔をどうにか突破しないと数秒先の未来すら保証されないのだ。
 次に考えるのは何処を突破するかだった。 下手に視線を逸らすと殺されそうなので眼球の動きだけで周囲を観察する。 背後の悪魔が姿が分からないが左右のどちらかを一射で仕留める。 
 
 後は全力で走って逃げるのだ。 動悸が酷い。 
 ドロドロとかきたくもない汗が全身から滲み出る。
 右か左か? 右は壁に近い、壁から遠い左に決めた。 後は行くだけだ。

 頭部を狙って――

 「見せてやるよ。 お前が理不尽に奪った命の末路を」
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