悪魔の頁

kawa.kei

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第53話

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 「た、助け、助けて――」
 
 パンと渇いた銃声が響き、必死に命乞いをしていた男の頭が弾け飛んだ。
 笑実はたった今、仕留めた男の死体を一顧だにせず魔導書を拾い上げる。
 統合された魔導書は数もあってズシリと彼女の手に重みを伝えた。

 周囲をぐるりと見回すとあちこちに死体が転がっており、その全てを彼女が生産したのだ。
 彼等は元々、御簾納と行動を共にしていたのだが、全員が彼に縋りついた結果、抱えきれなくなって放り出したという経緯があった。 彼等はとにかく助かりたい、一刻も早くこの状況から逃れたい。

 それだけしか考えられなくなっていた。 最初から全員がそうではなかったが、数名が常に不安を口にする事でそれが伝染し、最終的には全員が引っ張られる形で似た態度を取るようになったのだ。
 御簾納の得た未来を見る力。 それさえ使えばここから出る答えを知る事ができる。

 ――にもかかわらず、御簾納は危険だと出し渋る。

 彼等からすればさっさと使えばいいのにダラダラと解決を先延ばしにしているように映り、徐々にだが御簾納に対する不満が溜まりつつあった。 彼が逃げた要因にはそれも含まれていたのかもしれない。
 加えて魔導書を実際に使用するのが自分ではないといったリスクを負わない点もその行動を後押していた。

 そんな事をしているから御簾納に見限られたのだが、彼等はそれを理解せず最終的には脱出する方法を見つけて一人だけ逃げるつもりだと解釈したのだ。 何か事情があったのではないか?と好意的に解釈する者は皆無。 疑心暗鬼も極まり、もはやお互いですら自分を出し抜いて脱出しようと企んでいるのではないかと疑い、殺し合いへと発展した。 

 彼等に明確なビジョンは存在せず、ただただ目の前の不安から逃れたいだけ。
 その一心で目の前の敵を屠らんと戦いを始めたのだ。 殺す覚悟も明確な殺意も何もかもが足りない者達の戦いは非常に消極的だった。 第二位階を用い、全ての人間が安全な位置で悪魔を操る。

 ここでの殺し合いを潜り抜けた者達からすればままごとでもやっているのかと言いたくなるほどに気の抜けたその攻防に割り込んで来たのが笑実だった。 彼女は遠くから戦いを眺め、脅威度を高い順に定め。 上から順番に狙撃して仕留めて行った。

 そしてついさっき仕留めたのが最後の一人だ。 
 笑実は全ての魔導書を回収し、その能力を確認しながら歩き出す。
 これで彼女が手に入れた魔導書の数は全部で二十八冊。 総数が七十二なのでそろそろ半分に達しそうだった。 様々な能力を得たが、中でも『08/72バルバトス』と『45/72ヴィネ』は特に有用で、前者は狩人の悪魔であり第一位階での能力行使で狩猟道具である銃を呼び出す事ができる。
 
 そして後者は千里眼――遠くのものを見通す能力を持っており、低位階での行使だと数十メートル程度の距離ではあるがこの薄暗い中で視界を確保できるのは非常に強力だ。
 彼女はその二つを定期的に起動して索敵を行い、標的を見つけるとそのまま射殺する。

 他にも火力や戦闘に特化した悪魔は数多く手に入れはしたが、現状ではこの二つを併用する事が最も合理的と判断していた。 銃など扱った事のない彼女だが、第一位階でも最低限の扱い方は教えてくれるので必中とまではいかないが、見える範囲で尚且つ止まっている的なら問題なく当てる事ができる程度には上手く扱える。

 ――だからこんな芸当も可能だった。

 笑実は自然な動作で振り返ると手に持った銃を発砲。
 古めかしいデザインの銃はパンと渇いた銃声を響かせて銃弾を発射する。
 銃声に比べると小さな風切音が僅かに響き、何かが砕けるような音と小さな呻き声。

 普通なら闇しか見えないが魔導書によって拡張された彼女の視界にはゆっくりと忍び寄っていた存在がはっきりと映っていた。 その周囲には数体の悪魔がおり、取り囲んで奇襲するつもりだったようだ。
 恐らく笑実と同様、周囲に転がっている者達の戦闘に引き寄せられ、収まった所で漁夫の利を狙いに寄って来たのだろう。 静かになった所で悪魔を第二位階で複数召喚し、取り囲んで仕留める。

 合理的な手段ではあった。 

 ――相手に視認されて居なければだが。
 
 倒れている死体に念の為、もう二発打ち込んで反応がない事と召喚した悪魔が消滅した事を確認した笑実は銃を構えたままゆっくりと仕留めた獲物に接近し、死体の傍に落ちている魔導書を拾い上げる。
 持っていたのは四冊。 『32/72アスモデウス』『33/72ガープ』『50/72フルカス』『60/72ヴァプラ』。 

 ――これで三十二冊。 

 笑実は淡々と脳内で残り四十とカウントする。
 彼女は念の為にと位階を上げて周囲を警戒し、誰もいない事を確認した後、歩き出した。
 数が多いのでこちらを優先したが、取り逃がした二人を追わなければ不味い。
 
 彼等が自分の事を他の参加者に触れ回れば不意の遭遇が起こった場合、即座に敵対する事となる。
 角を曲がってそのまま遭遇するのは想定していなかったので、笑実としても明確に対処を誤ったと認識できる出来事だった。 他の者達に敵視される事は奇襲の成功率が大きく落ちる事を意味するので生存率が下がる。

 彼女の目的ははぐれた祐平を見つけ、ここから出る事だ。
 ただ、祐平をタスクの上位に置く事に今の彼女は内心で首を傾げている状態だった。
 仮に祐平と合流したとする。 彼は脱出に有用な能力を持っているのだろうか?

 いや、それ以前に生き残っているのかも怪しい。
 彼女の魔導書の所持状況から生き残っているのはもう半分どころか三分の一もいないだろう。
 その状況で都合よく祐平は生き残っているのだろうか? 自分に当てはめて考える。

 彼女は『44/72シャックス』の能力を用いて最適化を行った結果、今まで生き残って来れたのだ。
 笑実よりもこんな状況に対する耐性に優れていたとしても、祐平が単独で生き残れるとは考え難い。
 だから、既に死んでいると仮定して行動する事が最も合理的だ。 仮に生きていればその時に考えればいい。 彼に対するスタンスはそれが最適だ。

 だが、笑実は頑なに祐平の捜索を最優先に置いていた。
 彼女は合理――壊れた思考で考える。 何故、自分は祐平にここまで執着するのかを。
 答えは最初から出てはいるのだ。 だが、ロジカルではないとその考えを棄却し、振り出しに戻る。

 結果として彼女は意味のない――合理的ではない思考を繰り返す事になっていた。
 それは好意。 笑実は祐平という異性に惹かれている。
 将来は彼と結婚して家庭を築くと疑っていなかった。 だから彼女は祐平がいい大学に入れば自分の事のように喜び、いい会社に就職したら同じように喜ぶだろう。
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