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第5話

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「その制服俺と同じ学校だよね?俺は土屋紫音(つちや しおん)、3年だよ。君は?」

「お、先輩か。ええっと、俺の名前は…」

苗字がすぐわからなかった俺は家を出た時に一瞬だけ見た表札の名前を必死に思い出そうとした。

「お、だ?小田 秋穂(おだ あきほ)、1年だ」

「なんで疑問形?秋穂ちゃんね、よろしく。先輩とか後輩とかそんな気にしなくていいよ。俺のことも紫音で良いし」

普通なら自分の名前ぐらいすぐ答えられて当然なのだが今の俺は自分のことなんて知らないことだらけだ。

「じゃあ…紫音、で」

こちらの方が後輩なので少し戸惑ったが、俺が名前を言うと先程の痴漢野郎に向けた笑顔が幻だったんじゃないかと思うくらいの眩しい笑顔で頷いてくれてなんかよくわからないが不覚にもドキっとしてしまった。

「ていうか、1年生ってことは今日入学式だよね?急がないとまずいんじゃない?」

「うわ、そうだった!やば!」

「じゃあ優しい優しい先輩が可愛い後輩ちゃんのために近道を教えてあげちゃおうかな~」

そういって紫音は俺の返事を聞く前に腕を掴んで走り出した。

先程まで歩いていた大通りとは違い裏道のような細い道を通っていく。しかしその細い道は行き止まりになっており私の身長よりも遥かに高いコンクリの壁が現れた。紫音を見ると壁から少し離れて勢いをつけ、器用に壁に足をついてジャンプし壁の上に登っていた。


「え、お前すごいな」

「えへへありがとね、さっ秋穂ちゃんも早く」

って言われても昔の俺の身長と身体能力ならまだしも、今の俺に届くわけがなく壁を見上げて睨みつけることしかできなかった。

「ほら、俺が腕伸ばしてるからさっきの俺みたいに壁を登ってく感じでやってみてよ」

きっとできないだろうけどと言わんばかりのにこにこの笑顔をして上から見下ろしてくる紫音に少しイラッとし、こいつの腕を借りなくても自分の力で登ってやると決意した俺は、壁から離れたところから助走をつけて勢いよく壁に足をつき、二·三歩壁を歩いて思い切りジャンプをした。

あれ、思ったより俺この体でもいけんじゃね?

壁の上に登ると向こう側は学校らしき建物がすぐそこに見えた。

「ほら、急ごうぜ」

びっくりした顔の紫音が見れて満足した俺は、降りる時も紫音が先に降りて手を出していてくれたが手を取らずに自分だけで着地した。

「俺びっくりしちゃった」

「ふん、舐めてもらっちゃ困る」

「まあ凄いことは凄いけど、秋穂ちゃん女の子なんだしもう少し自分のこと気にした方がいいかも?特にスカートの中とか」

「…変態!!!!!」

最初紫音の言ってる意味がよくわからなかったが、自分が今スカートを履いてるということを思い出し先程までの行動で思い切りパンツが見えていたということを悪びれる様子もなく言ってくるこいつにとりあえず一発腹パンをしておいた。
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