魔王がやって来たので

前日譚

ある青年の思い出 壱

「魔王が来たので」の前日譚
　前日譚の主人公は、本編の主人公とは別の人物です。

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　魔王が統べる魔界にいて、僕らはその商才を生かし人間界にほど近い場所でひっそり寄せ集まり生きていた。

　狐によく似た三角の耳と、ふさふさの尻尾。でも、それ以外は人間界の弱い人間達に、僕達はよく似ている。

　魔物達は僕達の商才の才能を利用するだけ、利用して、力のない僕らを表立って馬鹿にする。

　そんな時、祖父は「面白いじゃないですか、初めはうちで売っている珍しい人間界のお菓子、魔物たちは初めはそれを食べ、知らぬに私達が売るさまざな商品の虜になって、最後に魔物としての尊厳まで代価に差し出す。湊みなと今では、あの魔王まで私たちの店に顔を出す。経済を操るという事は知らぬ内に魔物も弱体させ、私たちの前にひれふさせる事が出来るという事です。魔物が力を振るうなら、もっと上の魔物を金やもので買えばいい。物には興味は無くても、色に興味ない魔物はそう居ませんしね」

　そう言ってのける、母がたの祖父は少し苦手だった。

　その逆に体が弱くても、心優しい父が僕は好きだった。だからそんな父のそばに少しでも長く居たいと、僕は幼くして母の実家にはあまり出向く事は無くなった。

　でも実は僕ら狐の種族には秘密がある。僕らは弱い。そんな僕らは実は魔法を使える。しかし人前で使うのはタブーになっていた。弱い魔物でも、相手の隙と急所を狙えば相手は殺せるから。

　しかし一握りの狐は、凄い魔力を持っている事は、秘密にしていても知れ渡ってしまっていた。

　それが白銀しろがねの毛並みを持つ一部の本家の者たち。

　だけど半分だけ白銀の僕はきっと普通の狐と変わらないのだ。だから僕は出来るだけ力を隠して生活していた。


　
　見た目は本家の父譲り、そして計算は母の血なのか良く出来た様に思う。

　しかし白銀の血も、いい事ばかりではないようで、純粋な血を受け継いだ父はそれゆえ体が弱かった。

　そんな父の代わり母は、仕事に打ち込み帰ると寄り添うために、父のそばばかりいた。　

　だから僕の家族は父が熱を出しているなどしている時、意外はだいたい父の部屋を中心として生活していた。

　父の事が大好きな母と僕はそれが、一番の幸せだった。

　でも、遅い夜に父の部屋の前を通ると、父の看病をする母の声がしても、僕はその薄い障子の前で父母を見る事しか出来ない時が多くあった事を覚えている。

　いつも僕の影に父が気付いて「湊、そこにいるんだろう？　入っておいで」と、父が呼んでくれた。

　「そこに居たなら、遠慮などせずに入ってくればいいに、いつもお母さんが帰ると嬉しいそうに迎えてくれるでしょう？　お母さんも今、たぶん同じ気持ちなのよ」と、って言って僕の頭をなでてくれていたのに。

　僕は母に、気付いて貰いたかったかもしれない。父が気づくより先に、今となっては廊下に背を向けている母にそれは難しいと納得できる。

　しかし子どもの頃はそれでも、って気持ちが強かった。

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　ある年の正月、それまでは正月くらいは無理をしても仕事を休んでいた母が、どうしてもその年は仕事が休めなかったらしく。

　白銀しろがねの家の本家である、僕の伯父の家に、お手伝いの綾とふたりで行く事になった。
　
　父は「湊みなと、僕の分まで楽しんでおいでよ」そう言って僕を見送ってくれた。

　お正月の、特別な時くらいは父とだけでも、一緒に居たかったが、何故かそれはやっぱり言えなかった。

　僕と綾は長い山への道のりを二人で歩いた。一人で野山を駆けまわっていた僕と、住み込み働きで、家事仕事の追われていた綾とでは、僕の方が幾分体力がまさっていたようだ。

　最後には彼女のあたたかく柔らかな手を、僕が引っ張って歩いていた。

　伯父の家に着くと、伯父と伯母に優しく出迎えてくれた。

　その後ろに可愛いらしい尻尾が、見え隠れしながら。

　その可愛らしい尻尾は、伯父に押し出される様に前へ出され、僕に挨拶した。

　「初めまして、私はフィーナと言います」

　「街の近くの森に住む、湊です。よろしくお願いいたします」

　「お母さん、もういいですか？」

　彼女は伯母さんの服を引っ張る。伯母は彼女の顔近くに、顔を寄せる。

　「いいけど、知らない場所だから今日はついていてあげてね」

　「もちろんです。湊、一緒に行こう！」

　そう言って、本家の座敷に集まる子ども達のもとへ彼女は僕を連れて行ってくれた。

　彼女の名はフィーナ。

　僕と同じ年頃の従妹で、両親譲りの白銀しろがねの髪、黄金こがね色の瞳をしていた。

　母似の赤茶色の瞳の僕だけれど、なんとなく僕と彼女はよく似ていた。




　お正月以外にも、その家にいろいろな年頃子狐たちが、仕事の合間に多く預けられていた。

　朝から晩まで、誰かがずっと話している。

　そしていつも喧嘩しているのに、寝る時は寄せ集まって一緒に寝てる。

　起きると誰かもふもふした尻尾が、顔の上にあるなんて想像した事もなかった事が起こるのだ。

　そんな初めての環境は僕にはとても居心地のが良かった。

　気づくと僕はそんな伯父の家に、習い事や勉強の無い日は、家から３０分、綾と食べられる木苺や木の実、時にはレンゲの蜜を吸いながら歩いて行く。

　そんな毎日になっていた。




　　　白銀の家の本家は山の中にあり、子どもたちは四季折々の山の幸を楽しむ事が出来た。僕の家とそう変わらない環境でも、誰かといれば遊びは全然代わり、一人の何十倍も楽しい。

　優しい伯母の手作りのお菓子を食べ、手の空いた伯父達ともによく山や川へとみんなで遊びまわる。

　僕の父も体が比較的に楽な時にはそれに加わる。父と歩くと、本家への道のりはとても短く、いつも僕を驚かせた。

「お父さん、凄い。何でいつも、こんなに早く着くの？」

「それはね最初は、出会ったばかりのお母さんに会いたいなぁ。と、思い、舞散る桜の花びらに目をつむったら、お母さんが目の前に居たんだ。それから誰かに会いたい、そう思うと少し早く着くみたいなんだよ」

「すごーい！　僕も出来る様になりたい！」

「いつか出来るようになるかも知れない。しかし出来る様になっても秘密にするんだよ。だからこの話しも秘密。」

　そういって父は、口に人差し指を近付け言った。

　そんな父と僕の、川遊びの思い出たち。

　僕の釣った魚や取った木の実などを見て父はよく褒めてくれた。父も伯父達と同じ白銀の髪、黄金色の瞳だが、しっかり者の伯父と違って父は優しく笑う。

「こんなに大きく新鮮な魚は見たことがないよ」

「そうなの？　伯父さんと一緒に魚釣りとかしなかったの？」

「そうなんだ……僕の体が弱いのは赤ちゃんの時からだからね」

「でも……お母さんのお薬のおかげで、最近になって外に出歩ける様になったんだよ」

「そっか、やっぱりお母さんは凄いんだね」
　
「うん、凄いよ、でも、もしお母さんが一緒に居ない事で何か困った事があったら、お父さんにすぐに言ってな」

「言ってもいいの？」

「もちろん、いいよ。湊が一人で困っているなんて、お父さんはいやなんだ」

「そっか……いいのか」
　僕は、少し安心していた。それに気づいただろう父は、尚も話しつづけた。

　「僕も湊みなとの為に頑張るけど、お母さんも湊の為に頑張ってくれる。お母さんはそういう人だから、湊も遠慮せずに、なんでも言うんだよ」

　僕は、それに答える代わり両手を広げ抱っこをせがむ。そして耳もとで「ありがとう」と、言った。

　父は、体の線が細い人だったけれど、それでも僕を抱きしめ、抱っこをしてくれた。

「そうは言っても、湊もお母さんもふたりともよく似ていて、頑張りすぎてしまうからお父さんは少し心配かな……」

　僕を抱っこしながら、耳元で僕達の心配を語る父の声を、間近で聞きながら目を閉じる。優しく笑う父が好きだった。父の鼓動も優しく安心させてくれる。

　そんな父と父の代わりに、本家で働き父の為の薬作りに励む母、そんな母の話を僕たちを思いやりながら話す父。

　幼い頃は、伯父と伯母に囲まれて暮らす従妹をうらやんだりしたけれど、成長する内にそんな気持ちはなくなっていた。

　　つづく