魔王がやって来たので

もち雪

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ふたたび動き出す世界

食堂での出来事

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 食堂の喧騒は相変わらず続いていたが、フィーナが魔王の元へ向かった事によって、集まっていた学生は自分の元居ただろう席に戻っていった。

「みんなは、どうしたのですか?」と二人に聞くと。

「私も狐の端くれなので、人を惑わす幻術は得意なのですよ」

「コーン」と、フィーナは両手首を折り曲げて狐のポーズをした。

 (可愛い、いつも可愛いけれど特別、可愛い……僕の胸がぽかぽかできゅんって……)

「確かに、今、幻術にかかった気がします」

 と、言った後に少し恥ずかしくなり髪を撫でて誤魔化した…。

「ハヤトさんには、幻術はかけた事ないですよ」

「もぉーハヤトさんは、私が照れる事ばかり言うんだから……」

 フィーナは、そう言って恥ずかしそうに少し笑った。そして両手を体の後ろで手を組み視線を落としながら……後ろを、振り向く。

 
 その先にはすっかり忘れていたが、魔王が居た。

 フィーナも思い出したようで、魔王の下駄げたの先から顔へとゆっくりと視線を上げていくと……やれやれと言う顔の魔王が――。

 「もういいのか?」と聞くので、二人で「「はい」「もちろんです」」と、同時に言った。
 漫画なら僕は飛びあがって驚いて居ただろう……。


「そうか……」
 そんな僕達に対して魔王は、冷静で見方によっては少し寂しいような、落ち込んでいるような気持ちに見える。

「じゃ……フィーナ帰るとするか」

「わかりました……」

「でも」
 彼女が、魔王の言葉を素直に受け入れるので、ぼくは思わず声に出してしまった。

「勇者よ、フィーナにはフィーナの事情がある」

「その話は、この場で話す事でもないのでな……」

「わかりました」
 さっきからの魔王の様子の事から、彼女の事情について、この場で話す話ではない事なのかもしれない。例え、他の人たちから僕の達が認識出来ない状態であっても……。事情のわからない僕はただだって引き下がるしかなかった。


 僕の言葉を聞いた魔王がふと、おっ!っと言うかの様な顔をした。

「勇者よ これを持っていけ」

 魔王が差し出した物は、伝説のつるぎでもなく、世界の半分でもなくーー。

 大学の購買で、買っただろう袋だった。中には手のひらサイズの大きさの物がふたつ並んで入っている。

「湯飲みだ」

「お前の部屋には湯呑みが無かったので、2つある内の好きな方を使うといい」

「我は残った方で良いぞ」
 魔王はいい顔で笑っているが、フィーナは呆れ顔である。
 
「ありがとうございます」
 僕は、両手で受けとり、持ち替えて買っておいた二人へのおみあげを魔王に差し出す。


「じゃーこれは良かったらみなさんでどうぞ。」
 すぐ、笑顔になる魔王。
「緑茶は彼女が選んでくれましたよ、そしてイチゴの飴は彼女へのおみあげです」

「そうか……」
(魔王ちょっと気落ちしたがっかりした?)
 
「魔王様、甘いお菓子も、買っていただいたのですよ」
 フィーナがすかさずフォローにまわる。

「おぉそうか」

 ふたたび笑顔になった魔王は、上機嫌で――。
「では、さっそく帰っていただくとする、さらばだ!」
 と言ったのであった。

「またね」

「またね」
 名残惜しく、そして出会えた事に胸があたたかくなる気持ちを残し、嵐の様に二人が光の中へ消える。
 それを合図にしてテレビの中の声が、急に現実の声に変わる様に、食堂での音がクリアに変わっていった。
 それは僕を現実に引き戻すには十分過ぎるほどで……、僕の心の色彩は少しダークな色合いの様になった気分にさせた……。

 そのせいかもしれない……帰りの電車では、二駅先まで寝過ごしてしまった。

 つづく
 
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