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神官ミリアは神の言うことしか聞きません 5

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「熱心に祈ってんな……」 
 早朝、俺は子供の姿に化けてミリアに会いに教会へ行った。
 
 扉を開けて礼拝室をのぞくと、ミリアは女神クィーラの彫像の前に膝まづき、朝の祈りを捧げていた。
 
「……しかし長い祈りだな」
 あんなにずっと同じ体制でいて、膝が痛くならないのだろうか?

 30分以上経ってやっと礼拝は終わったらしく、ミリアは立ち上がった。

 と、ミリアは俺の気配に気がついたのか、こちらを振り向いた。

「あらあら、あなたはいつかの子羊さんではないの!」
 ミリアは満面の笑みを浮かべてこちらに駆け寄ってくる。

「おはようお姉さん……ってわ!」

 俺は突然、『たかいたかい』の体制でミリアに抱き上げられた。

「聡明にして賢明にしてくもりなき目を持つ子羊よ、あなた女神クィーラの教えをもっと深く知りたくなってここへ来たのね? そうに違いない! 今日はなんて良き日でしょう。あぁ……クィーラ様、この尊き出会いに感謝いたします」

 ミリアは俺を掲げたまま、踊るようにくるくる回る。
 いくら俺が子供に化けているとはいえ、案外力持ちのようだ。

 ミリアの少しウェーブのかかった金髪は、朝陽に照らされ黄金色に輝いていた。

「僕が来たの、そんなに嬉しい……?」

「あらあらそんなの嬉しいに決まっているではないの!」
 ミリアは俺を地面に下ろし、今度はそっと抱きしめてくる。

 神官服ごしに、ミリアの胸の感触が伝わってきた。
 
 ……これは、見た目以上に大きい。
 弾力もある。 
 リューの胸を二回りくらい大きくしたような感じか。
 
 着やせするタイプなのだろう、絶対脱いだらすごい。

「ここ『クーラ』の街の住人は教会に来てはくれないの。私から説法しに行ったって『あ、そういうのはいいんで……』ってなぜか逃げていってしまうのよ……。だからあなたが二度も来てくれて本当に嬉しい」

 俺の再訪を予想以上に喜んでくれるミリア。

 さい先のいいスタートである。

「ところで子羊さん、これからちょっと教会のお掃除があるから、終わるまであなた別室で待――」

「あ、僕お手伝いします!」

 志願すると、ミリアは「あらあらなんて優しい子羊さんなのでしょう」と表情を綻ばせた。

 それから俺は、ミリアと一緒に教会の装飾を磨き、床をはき、庭の草をむしった。

 子供の体でやるにはけっこう過酷な作業で疲労困憊してしまったが、ミリアとの絆を深めるために頑張った。

 今回の作戦を成功させるには、ミリアと子供状態の俺の絆を深めておく必要があるのだ。

**
 
「お姉さんは小さい頃からずっと女神クィーラを熱心にあがめてたの?」
 教会の庭でミリアと昼食のパンを食べていた俺は、ふと聞いてみた。

「小さい頃から? いえいえそれ以前からずっとだわ。私は生まれる前からクィーラ様のしもべなの。信仰心には終わりもなければ始まりもない、それは永遠なのよ。そんなの、当たり前のことではないの――私はこの地上にクィーラ様の教えをひろめるために遣わされたの」

「そうなんだ……」

「ええ、ええ、そうなのよ――ところで子羊さん、よければあなたのパパとママもこの教会に連れてきてはくれないかしら。あなたのご両親ならきっとクィーラ様の教えをわかってくれるはず」

「あ、ごめん、僕の両親もう死んじゃってるから……」
 という、設定。

「まぁ……そうだったの。知らずにごめんなさい。軽率な私を許してくれる?」

「うん、怒ってないよ」

「ありがとう、優しい子羊さん」
 そっと、ミリアは俺の頭に手を乗せた。

 愛おしそうに頭と頬を撫でてくれる。

 ……なんだ、普通にいい奴じゃないか。

 街の人は口をそろえて『ミリアさんは本当にやばい、人の話を聞きやしねえ』と彼女をやばい女呼ばわりしていたが、そうでもない 

 たしかに話を聞かないところはあるが、それくらいはご愛嬌だろう――

「ねえ子羊さん、私あなたのご両親のために祈りたいわ」
 ミリアは不意に言った。
「今から夜まで、一緒にあなたのご両親のために祈りましょう!」

「よ、夜まで……?」

 今、昼前なんですけど。

**

 そうして俺とミリアは本当に夜まで祈り続けた。

 彫像の前に膝まづき、同じ体制で。

 祈りの最中に動くことは許されない。
 声を発してもだめだ。


 さて問題です。
 同じ体制を7時間以上もとり続けると、体はどんな状態になるでしょう?

 ……全身が派手に痙攣し、一部の筋肉はガチガチになり、膝の皿は炎症を起こしてズキンズキンと痛みを発する。

 何より、変化もなく長時間同じ体制を続けるというのは精神的にもきつい。
 
 目眩がしたし吐き気がしたし、意味もなく涙が出てきた。

 それは、半ば拷問であった。

「…………ッ……ッ」
 祈りを終えた俺の体は、運動したわけでもないのに鉛のように重くなっていた。

 ちらりとミリアの方へと目をやると、祈りを終えた彼女は『ふうっ……』と満足げな表情をしていた。
 まったく余裕そうだった。
 
 そして、子供の俺に悪いことをしたとは一つも思っていないようだった。

 ……なるほど、街の人がミリアさんをやばいという理由がやっとわかった。
 
 この世界の誰もが自分と同じレベルの信仰心を持っていて当然と思っているのだ、彼女は。

 どうして、ミリアがこうなってしまったのかと言うと――

「やっぱり、孤独が原因だろうな……」
 俺は呟いた。

 俺は以前収集した、ミリアに関する情報を思い出す。

 ミリアはかつて孤児であったが、この教会の男性神官にひろわれ、娘として育てられた。

 ミリアの父となった男性神官はかなり厳格なクィーラ教徒であった。
 彼は信仰に関しては、絶対に妥協しなかったらしい。

 宗教の信仰の形とは通常、その時々の世相に合わせて少しずつ変化していくものである。
 だが、彼はそのような変化を一切認めなかった。

 そんなミリアの父の周囲からはどんどん人が離れていった。
 他にいた神官までもが消えていった。

 だがミリアの父は、決して孤独ではなかった。
 娘のミリアが彼のそばにいつも寄り添っていたから。

 しかし父親が死ぬと、娘のミリアは正真正銘の一人ぼっちになった。

 孤独なミリアは、一人で父の教えを守り続けた。
 寂しい日々に、ミリアはますますクィーラ教にのめり込んでいってしまったのだろう。
 女神にすがったのだ。

 過剰な執着の背景には、必ずと言っていいほど孤独がある。

「お姉さん、僕の両親のために祈ってくれてありがとう……それじゃあ今日は僕帰り――」

 と、俺が言いかけたその時。

「ミリアー! 来たぞー!」

 そんな声がして、教会の扉が開いた。

 現れたのは、俺のターゲットの転生者、ユータロウだった。

「ユータロウ様! あぁ……女神クィーラの遣わした強き気高き転生者、今日はどんなご用なの?」
 ミリアは嬉しそうにユータロウの元へと駆け寄る。

 その足取りは、まるで兎のように軽やかだった。

「ああ、明日からまた遠征に出るからミリアに会っておこうと思ってな!」

「あらあらなんてもったいないお気遣い……! ユータロウ様の御心はクィーラ様そのものね……」

 ユータロウの手を両手で握り、熱のこもった視線を送るミリア。
 めすの顔になっていた。

 ミリアにとって、クィーラの遣わしたユータロウは、世界でたった一人の同志なのだ。

 孤独な女の子が、心から尊敬できる男の子と出会った――この状況で、好きにならないわけがない。

 このままでは、ミリアはユータロウに喰われてしまうだろう。

 ――だが。

「……絶対に奪う」

 ルビィと同じように、ミリアも俺がいただく。

 ユータロウの今回の遠征中に、俺は必ずミリアとやる。

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