Red Delicious

藤和

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第六章 異端

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 縁切りの儀式の後、僕達はぜひにと和人さんに誘われ、近所のファミレスで食事をすることになった。
 料理を注文して運ばれてくるまでの間、和人さんは何度も僕達にお礼を言った。
「本当にありがとうございます。
これで、ようやく安心して過ごせます」
「そんな、結局僕はたいしたお役に立てず」
 僕がそう謙遜すると、勤とイツキも続けて言う。
「そうですよ。俺なんてほんといただけだし」
「結局はツツジが解決する形になっちゃったしさ」
 それでも、和人さんは頭を振ってこう言う。
「でも、ジョルジュさんがはじめ来てくれなかったら、ツツジさんまで辿り着かなかったと思いますし。
それに、わざわざ俺を心配して来てくれたのがうれしかったです」
 こんなに頭を下げられたら謙遜しすぎる方が失礼になってしまう。そう思った僕は、にこりと笑って和人さんの言葉を受け取ることにした。
 ふと、話題をそらすためなのか、勤が和人さんにこう訊ねた。
「ところで和人さん。どうやってカルト系の教派から抜けたんですか?
カルトってなると、抜けるのは相当大変だと思いますけど」
 そう、宗派を問わず、一度カルトにはまり込んでしまうと抜け出すのは至難の業だ。和人さんはそのことがよくわかっているのだろう、僕達にこう説明した。
「はじめは、カルトでも神様のことを勉強できるならそれでも良いと思ってました。
でも、専門学校に進学するとなった時にひどく反対されて、それでもそれを振り切って上京した後、嫌がらせの手紙とか頻繁に届くようになったんです。それが前の教派を抜けようと思ったきっかけでした」
 そこでいったん言葉を切って、和人さんは懐かしそうな顔をする。
「俺があそこから抜ける手助けをしてくれたのは、友人の先輩で修さんという人です。
修さんは俺が所属していたところが恐れているロシア正教会の信徒で、そこに俺のことを連れて行ってくれたんです」
「ロシア正教会? ああ、なるほど」
 僕はそれで合点がいった。敵対しているのではなく、恐れている教派に逃げ込まれたら、カルトの信徒も下手な手出しはできなくなる。そのことは容易に想像がついた。
 和人さんはさらに言葉を続ける。
「でも、修さんが修道院に入ってしばらくしてからぽつぽつと異変が起こりはじめたんです。
その異変もはじめはスルーできる程度のものだったんですけど、段々耐えられなくなってきて」
 その説明に、和人さん以外の全員が納得した様な顔をしている。
「なるほど。その修さんって人が和人さんから離れたから、守りが弱まってその隙を突かれたのか」
 ツツジさんがそう呟く。今となっては推測の域を出ないけれども、おそらくツツジさんの言うとおりだろう。
 そうなると、和人さんの守りとなっていた修さんが修道院に入ってしまった今、新しくなにかの守りを見つけるまでは慎重にならなくてはいけないかもしれない。
 ツツジさんがしっかりと縁を切ってくれたようだけれども、やはりもうしばらくはようすを見ないと。
 それでもし、僕達が新しい守りとして機能するようになればそれはそれで良いのだろう。

 和人さんに縁切りの儀式をしてから一ヶ月。久しぶりに和人さんから連絡が来た。
 メールの送信元を見てまた異変が起こったのかとも思ったけれどもそういうわけではなく、その後なにごともなく日常を過ごせているという報告だった。
 あれだけおそろしい目にあったのだから、悪しきものとは別件で精神になんらかの支障が出ていてもおかしくはなかったけれども、そちらも問題はなさそうだった。
 その報告がてら、僕はイツキと勤、それに守を誘っていつもの飲食店で食事をすることにした。
 いつも通り個室に入って注文をし、料理が運ばれてくるまでの間に和人さんの近況を報告する。
「その後、なにごともないそうで良かったよ」
 僕がそう言うと、勤がにこりと笑って守に声を掛ける。
「守の見立て通りだったな」
 その言葉に、守はさも当然といった顔でこう返す。
「なんたってカルト絡みはなんでも縁切りが効果的ですからね。
あいつらの執念は凄まじいので」
「え? そんなすごいの?」
 嫌な話を聞いたと言った顔をするイツキに、守は水を飲みながら言う。
「呪いというか、縁を伝った怨嗟をかけられるのはカルトを足抜けした人あるあるなんですよ」
「そんな、あるあるって言うほどある話なんだ?」
「そうですよ。だからカルトは要注意なんです」
 守の話を聞いていて、ふと疑問に思う。僕はその疑問を素直に守にぶつける。
「ところで、守はなんで和人さんの件がカルト絡みだってわかったんだい?
僕にはさっぱりわからなかったよ」
 すると、イツキも同意する。
「そうそう。オレは背後に人の意思があるなーくらいにしかわかんなかったのに」
 口々にそう言う僕達のことを、勤はすこしぎこちない顔で見ている。もしかして、守は大学でカルトについて専攻していたのだろうか。
 そう思っていると、守はにっこり笑ってこう言った。
「カルトから逃げてきた人の話は、僕が通ってるお寺さんでよく聞くんですよ」
「そうなのかい?」
 面倒見が良いのか、警告の意味が強いのか、いずれにせよしっかりしたお寺さんだと思っていると、気まずそうな顔をした勤の横で、守はにこにこと笑ったままこう付け足す。

「僕も異端だから」
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