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第十一章 受け入れがたいもの
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夏の暑さも和らいだ頃。そろそろ航海に出ていたキャラベル船が帰って来る頃なので、それに備え、マリユスは書類の整理をしていた。
偶に思う。自分はこうやってこの地で交易の指示を出している立場だけれども、実際に海に出て、異国の地を踏むというのはどの様な感じなのだろう。航海は夢を持って語られるけれども、実際は過酷な物だ。一度の航海で失われる船員の数から、それは簡単に想像出来る。
船員の命は、大量に売り買いされている奴隷よりも安い物だと、貿易商の間では良く言われる。奴隷の命すら哀れんだソンメルソがこの事を知ったらどんな顔をするのだろうか。それとも、既に知っていて、その事実をただ耐えているのか、目を背けているのか。気にはなったけれども、これは訊ねてはいけないことなのだろうと、マリユスは溜息をつく。
ふと、ベルの音が聞こえた。これはソンメルソが自分を呼んでいる音だと心得ているマリユスは、整理していた書類を持ってソンメルソの部屋へ向かった。
ノックをし、声を掛けてから扉を開けると、そこにはソンメルソともうひとり、客人とおぼしき人物がいた。
「やぁマリユス君、久しぶりだね」
気さくにそう声を掛けてきた客人は、色の薄い金髪を緩く束ねた細身の男性。今までに何度かソンメルソと取引をしたことがある相手だ。
「お久しぶりでございますルクス様。本日はどの様なご用件で?」
「ああ、君たちに会いに来ようと思ってね。ユリウス君もいたらなお良かったのだけれど」
「そうなのですか? では、ユリウスをお呼びいたしましょうか」
マリユスとルクスと呼ばれた男性のやりとりを聞いて、ソンメルソは鋭い視線をルクスに投げてからマリユスに言う。
「ユリウスは呼ばなくていい。今、父上の客人をもてなしているところだろう。
そう言う事ですので、ユリウスを呼ぶのはまたの機会という事でよろしいですか、ルクス様」
ソンメルソの言葉を聞いてマリユスは、今日は他に客人が来ている様子も無いのだがと、不思議に思う。けれども、ソンメルソなりの考えがあってそう言っているのだろうし、ここは合わせて置いた方が良いと判断した。
「そうでしたね。
そう言うわけですので、また後日、と言う事でお願いいたします」
この返しに気分を悪くする様子も無く、ルクスは朗らかに笑ってこう言う。
「それは残念だけれど、他の客人の相手をしているのでは仕方ないね。
次は是非、ユリウス君の顔も見たいね」
「そうですね、都合が付けば」
心なしかソンメルソの言葉が素っ気ないが、気のせいだろうか。そう言えば、とマリユスは思い返す。いつ頃からかはわからないけれども、ルクスの相手をする時、ソンメルソはいつも丁寧だけれども素っ気ない対応で、その理由はわからない。きっと何か理由があるのだと思うけれど、マリユスにはそれが疑問だった。
「マリユス、書類を」
「はい。こちらでございます」
手に持っていた書類を渡すと、ソンメルソがルクスの方を向いてこう訊ねた。
「ところで、本日はどう言った物をお求めで?」
「おや、君はすぐに仕事の話に持って行ってしまうのだね。もう少し私と会話を楽しまないかい?」
「申し訳ありませんが、私も暇では無いので」
「ふふっ、つれないねぇ」
気のせいか、マリユスから見ている限りでは、本人が仲が悪いと言っているメチコバールを目の前にしているときよりも、ソンメルソから滲み出ている嫌悪感が強い気がする。それは仕事の話をなかなか進めないからと言う苛立ち故なのか、それとも他に何か理由があるのか。マリユスがそう考えている間にも、ふたりは商談をまとめていく。今回はルクスが、新しい陶磁器を欲しいと言うことだったようだ。
「かしこまりました。
ではマリユス、この絵型の陶磁器を持って来てくれ」
「かしこまりました」
陶磁器の絵型が描かれた書類を受け取り、マリユスは部屋を出る。それから、あまりあのふたりを一緒にいさせるのも良くないだろうと、急いで商品を取りに行った。
陶磁器が詰められた木の箱を持ったマリユスが、再びソンメルソの部屋へと入る。軽く礼をしてから、ルクスが座って居るひとり掛けソファの前にある、背の低いテーブルの上に、箱から出した陶磁器を並べるとルクスは満足そうな顔をしている。
「なるほど、絵型よりもずっと素晴らしい出来だね」
「そうですね、余り物が良くない物は既に安価で出してしまっていますから」
やはり、ソンメルソとルクスのやりとりはぎこちなさがある。早く話を切り上げたいと言った様子のソンメルソと、沢山話がしたいと言った様子のルクスでは、そもそも会話に対する熱量が違うのだろう。
「それでは、こちらの品でよろしいですね?」
否とは言わせない口ぶりで、ソンメルソが言う。ルクスもこの品で良いようだ。
「それでは、代金は後ほどいただくとして、出口までお見送りしましょう」
マリユスが陶磁器を箱に詰めている間にも、ソンメルソは立ち上がる。箱に詰め終わったマリユスも、にこりと笑ってルクスにこう言った。
「この箱は出口までお持ちいたしますね。
ではソンメルソ様、お見送りしてまいります」
箱を持ってその場を離れようとしたマリユスに、ソンメルソが少し慌てた様子で言葉を返す。
「待ってくれ。俺も見送りに出る」
「ソンメルソ様もでございますか?」
それを聞いたルクスは嬉しそうに笑っている。
「ソンメルソ君まで見送りをしてくれるなんて、嬉しいねぇ。
もっと素直になっても良いんだよ」
「……では、行きましょうか」
ルクスの言葉に返事を返さず、ソンメルソはマリユスに扉を開けさせ、部屋を出た。
ルクスを見送った後、ソンメルソは忌々しげな顔をしていたけれども、一体何が不満なのかマリユスにはわからなかったし、訊ねて良い物かどうかもわからなかった。
偶に思う。自分はこうやってこの地で交易の指示を出している立場だけれども、実際に海に出て、異国の地を踏むというのはどの様な感じなのだろう。航海は夢を持って語られるけれども、実際は過酷な物だ。一度の航海で失われる船員の数から、それは簡単に想像出来る。
船員の命は、大量に売り買いされている奴隷よりも安い物だと、貿易商の間では良く言われる。奴隷の命すら哀れんだソンメルソがこの事を知ったらどんな顔をするのだろうか。それとも、既に知っていて、その事実をただ耐えているのか、目を背けているのか。気にはなったけれども、これは訊ねてはいけないことなのだろうと、マリユスは溜息をつく。
ふと、ベルの音が聞こえた。これはソンメルソが自分を呼んでいる音だと心得ているマリユスは、整理していた書類を持ってソンメルソの部屋へ向かった。
ノックをし、声を掛けてから扉を開けると、そこにはソンメルソともうひとり、客人とおぼしき人物がいた。
「やぁマリユス君、久しぶりだね」
気さくにそう声を掛けてきた客人は、色の薄い金髪を緩く束ねた細身の男性。今までに何度かソンメルソと取引をしたことがある相手だ。
「お久しぶりでございますルクス様。本日はどの様なご用件で?」
「ああ、君たちに会いに来ようと思ってね。ユリウス君もいたらなお良かったのだけれど」
「そうなのですか? では、ユリウスをお呼びいたしましょうか」
マリユスとルクスと呼ばれた男性のやりとりを聞いて、ソンメルソは鋭い視線をルクスに投げてからマリユスに言う。
「ユリウスは呼ばなくていい。今、父上の客人をもてなしているところだろう。
そう言う事ですので、ユリウスを呼ぶのはまたの機会という事でよろしいですか、ルクス様」
ソンメルソの言葉を聞いてマリユスは、今日は他に客人が来ている様子も無いのだがと、不思議に思う。けれども、ソンメルソなりの考えがあってそう言っているのだろうし、ここは合わせて置いた方が良いと判断した。
「そうでしたね。
そう言うわけですので、また後日、と言う事でお願いいたします」
この返しに気分を悪くする様子も無く、ルクスは朗らかに笑ってこう言う。
「それは残念だけれど、他の客人の相手をしているのでは仕方ないね。
次は是非、ユリウス君の顔も見たいね」
「そうですね、都合が付けば」
心なしかソンメルソの言葉が素っ気ないが、気のせいだろうか。そう言えば、とマリユスは思い返す。いつ頃からかはわからないけれども、ルクスの相手をする時、ソンメルソはいつも丁寧だけれども素っ気ない対応で、その理由はわからない。きっと何か理由があるのだと思うけれど、マリユスにはそれが疑問だった。
「マリユス、書類を」
「はい。こちらでございます」
手に持っていた書類を渡すと、ソンメルソがルクスの方を向いてこう訊ねた。
「ところで、本日はどう言った物をお求めで?」
「おや、君はすぐに仕事の話に持って行ってしまうのだね。もう少し私と会話を楽しまないかい?」
「申し訳ありませんが、私も暇では無いので」
「ふふっ、つれないねぇ」
気のせいか、マリユスから見ている限りでは、本人が仲が悪いと言っているメチコバールを目の前にしているときよりも、ソンメルソから滲み出ている嫌悪感が強い気がする。それは仕事の話をなかなか進めないからと言う苛立ち故なのか、それとも他に何か理由があるのか。マリユスがそう考えている間にも、ふたりは商談をまとめていく。今回はルクスが、新しい陶磁器を欲しいと言うことだったようだ。
「かしこまりました。
ではマリユス、この絵型の陶磁器を持って来てくれ」
「かしこまりました」
陶磁器の絵型が描かれた書類を受け取り、マリユスは部屋を出る。それから、あまりあのふたりを一緒にいさせるのも良くないだろうと、急いで商品を取りに行った。
陶磁器が詰められた木の箱を持ったマリユスが、再びソンメルソの部屋へと入る。軽く礼をしてから、ルクスが座って居るひとり掛けソファの前にある、背の低いテーブルの上に、箱から出した陶磁器を並べるとルクスは満足そうな顔をしている。
「なるほど、絵型よりもずっと素晴らしい出来だね」
「そうですね、余り物が良くない物は既に安価で出してしまっていますから」
やはり、ソンメルソとルクスのやりとりはぎこちなさがある。早く話を切り上げたいと言った様子のソンメルソと、沢山話がしたいと言った様子のルクスでは、そもそも会話に対する熱量が違うのだろう。
「それでは、こちらの品でよろしいですね?」
否とは言わせない口ぶりで、ソンメルソが言う。ルクスもこの品で良いようだ。
「それでは、代金は後ほどいただくとして、出口までお見送りしましょう」
マリユスが陶磁器を箱に詰めている間にも、ソンメルソは立ち上がる。箱に詰め終わったマリユスも、にこりと笑ってルクスにこう言った。
「この箱は出口までお持ちいたしますね。
ではソンメルソ様、お見送りしてまいります」
箱を持ってその場を離れようとしたマリユスに、ソンメルソが少し慌てた様子で言葉を返す。
「待ってくれ。俺も見送りに出る」
「ソンメルソ様もでございますか?」
それを聞いたルクスは嬉しそうに笑っている。
「ソンメルソ君まで見送りをしてくれるなんて、嬉しいねぇ。
もっと素直になっても良いんだよ」
「……では、行きましょうか」
ルクスの言葉に返事を返さず、ソンメルソはマリユスに扉を開けさせ、部屋を出た。
ルクスを見送った後、ソンメルソは忌々しげな顔をしていたけれども、一体何が不満なのかマリユスにはわからなかったし、訊ねて良い物かどうかもわからなかった。
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