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第三十五章 仕立て屋でのこと
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吹く風も涼しくなり始め、夜は冷えるような気候となった頃。マリユスはユリウスと共に、街の仕立て屋を訪れた。冬のホリデイシーズン用の服を注文しに来たのだが、この店の店主、カミーユの仕事の余裕はどの程度の物だろうか。それはわからなかったけれども、取り敢えず来てみないことにはどうしようもないのでやって来た。
入り口のドアをノックすると、慌てた様子でエプロンを着けた男性、アルフォンスが出てきた。
「あ、マリユス様とユリウス様、いらっしゃいませ」
「やぁ、元気しているかいアルフォンス君」
「はい、おかげさまでみんな元気です。
今日は仕立ての注文ですか?」
「うん、そうだよ」
「そうですか。あー、えっと、じゃあ中へどうぞ」
戸惑った様子を見せるアルフォンスにマリユスは何か都合が悪いのだろうかと心配するが、応接間に通されて理由がわかった。先客が、既にソファに座っているのだ。
部屋に入ったマリユスとユリウスを見て、先客は不機嫌そうな顔をする。その顔には見覚えが有って、確か、先日ルクスがソンメルソの元へ連れてきたセイエンという歌手だ。
「セイエンさん、こんにちは」
「こんにちはー。仕立ての注文ですか?」
マリユスとユリウスがそう挨拶をすると、セイエンは挨拶も返さず答える。
「ボクとルクス様の服の注文。それが何か?」
なんでこんなに不機嫌なのだろう。理由がわからないままに、マリユスとユリウスはアルフォンスが用意してくれた木の倚子に座る。
なんとなく険悪な雰囲気が漂うので、それをなんとかしようとマリユスがセイエンに話しかける。
「今日はルクス様もいらっしゃっているのですか。おふたりとも仲がよろしいのですね」
すると、セイエンは嫌味を言うような口調でこう返す。
「当たり前でしょ。ルクス様に一番可愛がられてるのはボクなんだから」
それを聞いて、ユリウスがぼーっとした声で言う。
「あれ? でも、ルクス様って奥様がいらっしゃいましたよね?」
可愛がると言っても、お気に入りの歌手と妻とでは可愛がり方も意味も違うだろうとマリユスが言う前に、セイエンが苛立たしげにふたりにこう言った。
「そんなのは関係ないの! なに? お前らちょっとルクス様に気に入られてるからって良い気になってるの?」
「え? 確かに良くしていただいてはいますが? え?」
何故いきなりセイエンが怒りだしたかの理由もわからず、マリユスはただただ戸惑うしか無い。そこに、ユリウスが思いついたようにこう言った。
「もしかして、ルクス様の恋人は自分ひとりで良いと思ってるんですか?」
いきなり何を言っているんだと、マリユスは慌ててユリウスの口を塞ごうとしたが、その前にセイエンが膝を叩いて口を開く。
「そうだよ。ルクス様の寵愛を受けるのはボクだけでいいの!」
「ええええ、待って待って待って、何をおっしゃってるんです?」
とんでもない方向に話が飛んでいきはじめたと、マリユスは思わず狼狽える。自分達は男性で、勿論ルクスも男性だ。それにもかかわらず恋人だとか、そう言う話になると言うこと自体が理解出来なかった。
そして畳みかけるようにユリウスが言う。
「でも、それって神様に怒られない? 男同士で恋人になるなんてありえなくないです?」
ユリウスの言葉に、セイエンの表情が怒りに染まる。これはもう衝突待ったなしかとマリユスが身構えたところで、応接間の扉を開いてアルフォンスが入って来た。手にはクッキーが盛られたボウルを持っている。
「すいません、そう言えばお菓子をお出ししてなかったなって。
良かったらクッキーをお召し上がり下さい」
テーブルの上に置かれたボウルの中のクッキーは、よく見るとこんがりと焼けていていかにも美味しそうだ。それを見て、ユリウスもセイエンも笑顔になる。
「いいの? ありがとー。いただきます」
「やったぁ! ボク、アルフォンス君のクッキー大好き! いただきます」
突然の助け船に、先程までの険悪な空気はどこかへと消え去った。安堵はした物のまだ青い顔をしているマリユスに、アルフォンスが小声で声を掛ける。
「マリユス様、大丈夫ですか?」
「うん……おかげさまですごく助かったよ……」
そうこうしているうちに、応接間にカミーユとルクスもやって来た。おそらく採寸が終わったのだろう。
カミーユは少し驚いた顔をしてから、にこりと笑って口を開いた。
「マリユス様とユリウス様もいらっしゃっていたのですね。
そちらのお話は、そちらのセイエン様の採寸が終わってから伺ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、それで構わないよ。
すまないね、先客がいるところに押しかけてしまって」
「いえ、こう言う事はたまにあるので大丈夫ですよ」
カミーユとマリユスで少しやりとりをした後、セイエンが採寸のため別室へと案内されていった。代わりに部屋に残されたルクスが、にこやかにマリユス達に話しかける。
「やぁ、マリユス君とユリウス君が居るだなんて奇遇だね」
「こんにちは、ルクス様もこの仕立て屋さんを使っていたのですね」
「こんにちは。ルクス様」
ルクスがソファに座り、三人で話をする。ふと、マリユスがユリウスの手元を見ると次から次へとクッキーを口に運んでいるので、後でまた諍いが起きないようにと、半分ほど食べたところで食べるのを止めさせた。
入り口のドアをノックすると、慌てた様子でエプロンを着けた男性、アルフォンスが出てきた。
「あ、マリユス様とユリウス様、いらっしゃいませ」
「やぁ、元気しているかいアルフォンス君」
「はい、おかげさまでみんな元気です。
今日は仕立ての注文ですか?」
「うん、そうだよ」
「そうですか。あー、えっと、じゃあ中へどうぞ」
戸惑った様子を見せるアルフォンスにマリユスは何か都合が悪いのだろうかと心配するが、応接間に通されて理由がわかった。先客が、既にソファに座っているのだ。
部屋に入ったマリユスとユリウスを見て、先客は不機嫌そうな顔をする。その顔には見覚えが有って、確か、先日ルクスがソンメルソの元へ連れてきたセイエンという歌手だ。
「セイエンさん、こんにちは」
「こんにちはー。仕立ての注文ですか?」
マリユスとユリウスがそう挨拶をすると、セイエンは挨拶も返さず答える。
「ボクとルクス様の服の注文。それが何か?」
なんでこんなに不機嫌なのだろう。理由がわからないままに、マリユスとユリウスはアルフォンスが用意してくれた木の倚子に座る。
なんとなく険悪な雰囲気が漂うので、それをなんとかしようとマリユスがセイエンに話しかける。
「今日はルクス様もいらっしゃっているのですか。おふたりとも仲がよろしいのですね」
すると、セイエンは嫌味を言うような口調でこう返す。
「当たり前でしょ。ルクス様に一番可愛がられてるのはボクなんだから」
それを聞いて、ユリウスがぼーっとした声で言う。
「あれ? でも、ルクス様って奥様がいらっしゃいましたよね?」
可愛がると言っても、お気に入りの歌手と妻とでは可愛がり方も意味も違うだろうとマリユスが言う前に、セイエンが苛立たしげにふたりにこう言った。
「そんなのは関係ないの! なに? お前らちょっとルクス様に気に入られてるからって良い気になってるの?」
「え? 確かに良くしていただいてはいますが? え?」
何故いきなりセイエンが怒りだしたかの理由もわからず、マリユスはただただ戸惑うしか無い。そこに、ユリウスが思いついたようにこう言った。
「もしかして、ルクス様の恋人は自分ひとりで良いと思ってるんですか?」
いきなり何を言っているんだと、マリユスは慌ててユリウスの口を塞ごうとしたが、その前にセイエンが膝を叩いて口を開く。
「そうだよ。ルクス様の寵愛を受けるのはボクだけでいいの!」
「ええええ、待って待って待って、何をおっしゃってるんです?」
とんでもない方向に話が飛んでいきはじめたと、マリユスは思わず狼狽える。自分達は男性で、勿論ルクスも男性だ。それにもかかわらず恋人だとか、そう言う話になると言うこと自体が理解出来なかった。
そして畳みかけるようにユリウスが言う。
「でも、それって神様に怒られない? 男同士で恋人になるなんてありえなくないです?」
ユリウスの言葉に、セイエンの表情が怒りに染まる。これはもう衝突待ったなしかとマリユスが身構えたところで、応接間の扉を開いてアルフォンスが入って来た。手にはクッキーが盛られたボウルを持っている。
「すいません、そう言えばお菓子をお出ししてなかったなって。
良かったらクッキーをお召し上がり下さい」
テーブルの上に置かれたボウルの中のクッキーは、よく見るとこんがりと焼けていていかにも美味しそうだ。それを見て、ユリウスもセイエンも笑顔になる。
「いいの? ありがとー。いただきます」
「やったぁ! ボク、アルフォンス君のクッキー大好き! いただきます」
突然の助け船に、先程までの険悪な空気はどこかへと消え去った。安堵はした物のまだ青い顔をしているマリユスに、アルフォンスが小声で声を掛ける。
「マリユス様、大丈夫ですか?」
「うん……おかげさまですごく助かったよ……」
そうこうしているうちに、応接間にカミーユとルクスもやって来た。おそらく採寸が終わったのだろう。
カミーユは少し驚いた顔をしてから、にこりと笑って口を開いた。
「マリユス様とユリウス様もいらっしゃっていたのですね。
そちらのお話は、そちらのセイエン様の採寸が終わってから伺ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、それで構わないよ。
すまないね、先客がいるところに押しかけてしまって」
「いえ、こう言う事はたまにあるので大丈夫ですよ」
カミーユとマリユスで少しやりとりをした後、セイエンが採寸のため別室へと案内されていった。代わりに部屋に残されたルクスが、にこやかにマリユス達に話しかける。
「やぁ、マリユス君とユリウス君が居るだなんて奇遇だね」
「こんにちは、ルクス様もこの仕立て屋さんを使っていたのですね」
「こんにちは。ルクス様」
ルクスがソファに座り、三人で話をする。ふと、マリユスがユリウスの手元を見ると次から次へとクッキーを口に運んでいるので、後でまた諍いが起きないようにと、半分ほど食べたところで食べるのを止めさせた。
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