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2004年
5:お休みのお土産
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日差しが徐々に強くなってきた頃。仕事が忙しいゴールデンウィークも終わり、平日はすこし暇な日が多いある時のこと。林檎が白くて小振りな花瓶にピンク色のアマリリスを一本生け、レジカウンターの上に置いていた。
「うーん、アマリリスは香りがしないし、お香焚いても良いかなぁ」
薄暗い店内に、鮮やかに咲いたその花が有るだけで、なんだか香りが香るようにも感じたけれども、なぜだか物足りなさを感じた。それは香りがしないせいかとも思ったけれども、それは違うとすぐに気づく。連休中、仕入れ旅行に行っていたのでそこでそのざわめきに慣れ、今はざわめくことが無いほど落ち着いてしまっているこの店に物足りなさを感じたのだ。
本当は、ざわめくほどお客さんが多すぎても困ってしまう仕事だけれど。林檎は困ったようにくすりと笑う。
そうしていたら、店の扉が開いた。
「林檎さんこんちはー」
「お久しぶりです」
声を掛けられて振り向くと、そこには見慣れた同じ顔がふたつ並んでいた。
「あらあら木更さんに理恵さん。お久しぶり」
そう言って林檎は、すぐさまにバックヤードから丸い座面のスツールをふたつ出してくる。
並べられたスツールに木更と理恵が座ったので、お茶を淹れようとレジカウンターの奥の棚から茶器を出そうとする。
ふと、木更がレジカウンターの上に紙袋を置いてこう言った。
「ゴールデンウィーク中に旅行に行ってきたんだけどさ、お土産で揚げ饅頭買ってきたから一緒に食べようよ」
それを聞いた林檎は、お礼を言って紙袋の中から箱を出す。何個入りかを確認してから、こう言った。
「それじゃあ、真利さんも呼んできてみんなで食べましょうか。
私はお茶の準備をするから、どっちか呼んできてくれない?」
その言葉に、すぐに反応したのは理恵だった。
「わかりました。それじゃあ真利さんの事呼んできますね」
倚子から立ち上がって隣に声を掛けに行く理恵を見送り、今度は木更に声を掛ける。
「それじゃあ木更さんは、お皿の上にお饅頭分けてくれる?」
そう言って、棚の中から鮮やかな花の文様が描かれた九谷焼のお皿を四枚取り出してレジカウンターの上に乗せる。
「何個ずつ分ける?」
お土産の箱のパッケージを開けながら訊ねる木更に、林檎はすこし考えてから返す。
「そうね、八個入りだから、今日は欲張って二個ずつ食べちゃいましょうか」
「やったー!」
木更が意気揚々とお饅頭の袋を開けてお皿の上に並べ、林檎はカップとティーポットを出してお茶を淹れる。今日のお茶は渋味が有るけど華やかな、薔薇などの花やフルーツの香りが付けられた緑茶だ。
「こんにちは。
おや、いい香りですね」
「あ、真利さんいらっしゃい」
理恵に呼ばれてやって来た真利を見て、林檎ははたと思う。真利が座る椅子を用意していないのだ。それにすぐ気づき、お茶をレジカウンターの上に乗せたまま、すぐにバックヤードから追加のスツールを出してきた。
「ありがとうございます」
本当は、真利もこの店のバックヤードのどこに倚子が置いてあるかはわかっているのだが、商品が多く置かれているので、真利も林檎も、お互いの店のバックヤードにはあまり立ち入らないようにしている。林檎としても、多少、お茶の準備などでバタバタしていてもバックヤードに入られるのはなるべく避けたいので、真利はそれをわかっているのだろう。
倚子が揃い、全員が腰掛けたところで揚げ饅頭を配り、お茶の注がれたカップを渡していく。木更と理恵には青い線で絵付けされた有田焼の物を、真利には白と黒が印象的な唐津焼の物を渡し、林檎は自分用の萩焼のカップを手に取って、楽しいお茶の時間が始まった。
揚げ饅頭を食べながら林檎が訊ねたのは、どこに旅行に行ったのかという事だった。木更が思い出そうと難しい顔をしていると、理恵が楽しそうに答える。
「福島に行ってきたんです」
それにつられて、木更も笑顔になって言葉を続けた。
「そうそう福島。
五色沼って言う青い沼に行ってきたんだけど、すごいきれいだった」
楽しそうに旅行の思い出を語るふたりを見て、林檎も笑顔になる。
「五色沼はきれいよね。私も昔行った事があるけど、あんな色をしてるなんて、行く前はわからなかったもの」
それを聞いていた真利が、興味深そうな顔をする。
「青い水の沼なんですか。一度行ってみたいですね」
「えっ? 真利さん行ったことないんですか?」
普段仕入れなどで遠出することが多い真利が、まさか行った事が無いとは思っていなかったようで、理恵が驚いたような声を上げる。それを見て、真利はくすくすと笑う。
「そうなんですよ。国内ならすぐに行けると思って、ついつい後回しにしてしまうんです」
「わかる……私も頻繁に海外行くようになってから、国内旅行の頻度下がった」
真利の言葉に、林檎も妙に納得してしまう。なんとなく、国内ならどこでも近所ですぐに行けるという感覚になってしまい、けれども実際にはそれなりの日程を組まないといけないので、後回しになってしまうのだ。
そんなふたりに、木更が不思議そうな顔をして言う。
「そうなの? 海外行くより楽だよ!」
確かに国内ならパスポートは必要無いし、出国手続きも入国手続きも必要無いなと、林檎は思う。そう思っていると、理恵は店内を見回してから口を開いた。
「でも、海外旅行も行ってみたいです。
海外って、どんな所なんですか?」
それを聞いて、林檎と真利が顔を見合わせる。海外と言っても場所によって全然違う物だし、林檎と真利はお互い全く趣の違う土地へ行くことが多い。
海外の話をどちらから語ろうか。林檎と真利は双子の話を聞きながら、いつも行く土地へ思いを馳せた。
「うーん、アマリリスは香りがしないし、お香焚いても良いかなぁ」
薄暗い店内に、鮮やかに咲いたその花が有るだけで、なんだか香りが香るようにも感じたけれども、なぜだか物足りなさを感じた。それは香りがしないせいかとも思ったけれども、それは違うとすぐに気づく。連休中、仕入れ旅行に行っていたのでそこでそのざわめきに慣れ、今はざわめくことが無いほど落ち着いてしまっているこの店に物足りなさを感じたのだ。
本当は、ざわめくほどお客さんが多すぎても困ってしまう仕事だけれど。林檎は困ったようにくすりと笑う。
そうしていたら、店の扉が開いた。
「林檎さんこんちはー」
「お久しぶりです」
声を掛けられて振り向くと、そこには見慣れた同じ顔がふたつ並んでいた。
「あらあら木更さんに理恵さん。お久しぶり」
そう言って林檎は、すぐさまにバックヤードから丸い座面のスツールをふたつ出してくる。
並べられたスツールに木更と理恵が座ったので、お茶を淹れようとレジカウンターの奥の棚から茶器を出そうとする。
ふと、木更がレジカウンターの上に紙袋を置いてこう言った。
「ゴールデンウィーク中に旅行に行ってきたんだけどさ、お土産で揚げ饅頭買ってきたから一緒に食べようよ」
それを聞いた林檎は、お礼を言って紙袋の中から箱を出す。何個入りかを確認してから、こう言った。
「それじゃあ、真利さんも呼んできてみんなで食べましょうか。
私はお茶の準備をするから、どっちか呼んできてくれない?」
その言葉に、すぐに反応したのは理恵だった。
「わかりました。それじゃあ真利さんの事呼んできますね」
倚子から立ち上がって隣に声を掛けに行く理恵を見送り、今度は木更に声を掛ける。
「それじゃあ木更さんは、お皿の上にお饅頭分けてくれる?」
そう言って、棚の中から鮮やかな花の文様が描かれた九谷焼のお皿を四枚取り出してレジカウンターの上に乗せる。
「何個ずつ分ける?」
お土産の箱のパッケージを開けながら訊ねる木更に、林檎はすこし考えてから返す。
「そうね、八個入りだから、今日は欲張って二個ずつ食べちゃいましょうか」
「やったー!」
木更が意気揚々とお饅頭の袋を開けてお皿の上に並べ、林檎はカップとティーポットを出してお茶を淹れる。今日のお茶は渋味が有るけど華やかな、薔薇などの花やフルーツの香りが付けられた緑茶だ。
「こんにちは。
おや、いい香りですね」
「あ、真利さんいらっしゃい」
理恵に呼ばれてやって来た真利を見て、林檎ははたと思う。真利が座る椅子を用意していないのだ。それにすぐ気づき、お茶をレジカウンターの上に乗せたまま、すぐにバックヤードから追加のスツールを出してきた。
「ありがとうございます」
本当は、真利もこの店のバックヤードのどこに倚子が置いてあるかはわかっているのだが、商品が多く置かれているので、真利も林檎も、お互いの店のバックヤードにはあまり立ち入らないようにしている。林檎としても、多少、お茶の準備などでバタバタしていてもバックヤードに入られるのはなるべく避けたいので、真利はそれをわかっているのだろう。
倚子が揃い、全員が腰掛けたところで揚げ饅頭を配り、お茶の注がれたカップを渡していく。木更と理恵には青い線で絵付けされた有田焼の物を、真利には白と黒が印象的な唐津焼の物を渡し、林檎は自分用の萩焼のカップを手に取って、楽しいお茶の時間が始まった。
揚げ饅頭を食べながら林檎が訊ねたのは、どこに旅行に行ったのかという事だった。木更が思い出そうと難しい顔をしていると、理恵が楽しそうに答える。
「福島に行ってきたんです」
それにつられて、木更も笑顔になって言葉を続けた。
「そうそう福島。
五色沼って言う青い沼に行ってきたんだけど、すごいきれいだった」
楽しそうに旅行の思い出を語るふたりを見て、林檎も笑顔になる。
「五色沼はきれいよね。私も昔行った事があるけど、あんな色をしてるなんて、行く前はわからなかったもの」
それを聞いていた真利が、興味深そうな顔をする。
「青い水の沼なんですか。一度行ってみたいですね」
「えっ? 真利さん行ったことないんですか?」
普段仕入れなどで遠出することが多い真利が、まさか行った事が無いとは思っていなかったようで、理恵が驚いたような声を上げる。それを見て、真利はくすくすと笑う。
「そうなんですよ。国内ならすぐに行けると思って、ついつい後回しにしてしまうんです」
「わかる……私も頻繁に海外行くようになってから、国内旅行の頻度下がった」
真利の言葉に、林檎も妙に納得してしまう。なんとなく、国内ならどこでも近所ですぐに行けるという感覚になってしまい、けれども実際にはそれなりの日程を組まないといけないので、後回しになってしまうのだ。
そんなふたりに、木更が不思議そうな顔をして言う。
「そうなの? 海外行くより楽だよ!」
確かに国内ならパスポートは必要無いし、出国手続きも入国手続きも必要無いなと、林檎は思う。そう思っていると、理恵は店内を見回してから口を開いた。
「でも、海外旅行も行ってみたいです。
海外って、どんな所なんですか?」
それを聞いて、林檎と真利が顔を見合わせる。海外と言っても場所によって全然違う物だし、林檎と真利はお互い全く趣の違う土地へ行くことが多い。
海外の話をどちらから語ろうか。林檎と真利は双子の話を聞きながら、いつも行く土地へ思いを馳せた。
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